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昼、警察署長の憂鬱
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警察署長の田志沢栄太郎は目をつむって鼻筋をもんだ。田志沢の署長室に十数人の人間が所狭しと押しかけていた。
「まず第一に、食糧の配給を二十パーセント増やすこと、第二に、医療、高齢者の介護の専門スタッフを増やすこと、第三に未成年者の労働、戦闘訓練を直ちにやめさせ、学校を再開すること、第四に感染者の処刑の禁止。第五に市長および議会の下、その指示に従うよう命令系統の一本化。我々議会は決定いたしました」
書面を、張りのある渋い声で議長と名乗る男は読み上げた。どうやら議長とやらがまた変わったらしい。
「まず第一に、食料がありません。第二に医者がいません。第三に食料がないので子供達にも働いてもらわないといけません。子供達を守るためにも戦闘訓練は必要です。第四に感染者を放置すれば、別の人間が感染しますので、そもそも、我々は処刑してるわけではないんですよ。直しようがないから殺してるんです。第五に、おまえらの言うことなんて聞いてられるか!」
田志沢は机を蹴った。様々な書類や写真が上にのっているため大きな音を立てた割に机はさほど動かなかった。
「子供達の未来を奪う気ですか!」
議員の一人が金切り声を上げた。他の議員も同調してそうだそうだと騒ぎ立てた。
「今生きなきゃ、未来なんてあるわけ無いでしょう。子供達だってわかっていますよ。戦わなきゃ生き残れないってね。子供達の方がよっぽどわかってますよ。未来を奪おうとしてるのはあんたらだ。不平不満ばかり言わず、少しは我慢ていう言葉を覚えてください」
「我慢ですって! 我慢の限界は、みんな超えてます! 市民の声を聞いてください。民主主義を守ってください。人間の権利を守ってください。あなた方警察の圧政にみんな苦しんでいるんです。その声をちゃんと聞いてください。お願いします」
田志沢をにらみつけながら言った。
警官が何人も死んだ。ゾンビに噛まれ、または感染したため、しかるべき処置を施した。その犠牲の上で成り立っているのだ。それを警察の圧政というのか?
「我々は命をかけて戦っている」
「ええ、もちろんそうでしょう。我々もそのことは十分理解しております。ちゃんと評価していますよ。ですが、こういう状況下だからこそ、決められたプロセスを大事にすべき時なのでは、多くの市民が署長に対して、警察に対しての不信感を持っています。我々は市民の代表者です。市民から選ばれたものです。様々な問題をあなた一人で考え決めるのではなく、我々みんなで、みんなの知恵で乗り越えていきませんか」
議長と名乗っていた男が言った。田志沢は、たばこの残り香しか残っていない灰皿をにらみつけた。
そのみんなの知恵というものが一番やっかいなのだ。みんなそれぞれ立場が違う。その立場の違うみんなが、それぞれ勝手な知恵を言い出せば、どうなるか。これを寄越せあれを寄越せ、この問題を何とかしろ。知恵ではなく要望合戦になる。平和なときならそれでいい。時間をかけてまとめ上げれば良い。だが今は、足りないものの方が多すぎる。みんなの知恵に頼れば、みんなの知恵という名目で、身の丈に合わない自分のやりたいことをそれぞれ推し進めようとする。そんなことになれば、あっという間に食糧と資材が尽き、内紛が起き何も決められなくなる。
「あなた方の力はいりません。間に合ってます」
「しかしねぇ、われわれだってね。市民の代表としてきてるんだよ。その言い方はないんじゃないですかねぇ」
議員の任期はとうに過ぎている。選挙も行われていないじゃないか。そう言いたくなったがやめた。そんなことを言えば、では選挙をやりましょうなどと言いかねない。拡声マイクで選挙活動などやられたら、投票者より前にゾンビが大量に集まってくる。
「そもそも、こういうことって、市長がやるべきなんじゃないですかね。選挙で選ばれた市長が」
田志沢が言った。
「市長は、現在体調を崩されています。ですから我々が代わりに民主主義を守っているんです」
議長の口調は乱れた。市長は、最近は部屋からほとんど出てこないそうだ。四年ほど前、市長の指示で各避難所を結ぶ安全通路を造ろうとした。その結果、作業音に惹かれたゾンビが現れ、多数の作業員が犠牲になり、避難所にも犠牲が出た。そのこともあり、田志沢が市役所周辺の指揮系統を掌握した。こいつらに任せていたら何をするかわからない。最近の市長は、出家しようかどうか悩んでいるという噂もある。出家できる寺があればの話だが。
「お忙しいでしょうから、お帰りください」
田志沢は手でドアを示した。議員団はぞろぞろと出て行った。一人の議員が近づいてきて、所長の机に要望書を両手に持ちながら、さも大事そうに置いた。
「議会の決定ですから」
議員は、そう捨て台詞を吐き部屋を出た。
守られているだけの人間が、なぜこうも、偉そうにできるのか、田志沢は不思議でならなかった。
「まず第一に、食糧の配給を二十パーセント増やすこと、第二に、医療、高齢者の介護の専門スタッフを増やすこと、第三に未成年者の労働、戦闘訓練を直ちにやめさせ、学校を再開すること、第四に感染者の処刑の禁止。第五に市長および議会の下、その指示に従うよう命令系統の一本化。我々議会は決定いたしました」
書面を、張りのある渋い声で議長と名乗る男は読み上げた。どうやら議長とやらがまた変わったらしい。
「まず第一に、食料がありません。第二に医者がいません。第三に食料がないので子供達にも働いてもらわないといけません。子供達を守るためにも戦闘訓練は必要です。第四に感染者を放置すれば、別の人間が感染しますので、そもそも、我々は処刑してるわけではないんですよ。直しようがないから殺してるんです。第五に、おまえらの言うことなんて聞いてられるか!」
田志沢は机を蹴った。様々な書類や写真が上にのっているため大きな音を立てた割に机はさほど動かなかった。
「子供達の未来を奪う気ですか!」
議員の一人が金切り声を上げた。他の議員も同調してそうだそうだと騒ぎ立てた。
「今生きなきゃ、未来なんてあるわけ無いでしょう。子供達だってわかっていますよ。戦わなきゃ生き残れないってね。子供達の方がよっぽどわかってますよ。未来を奪おうとしてるのはあんたらだ。不平不満ばかり言わず、少しは我慢ていう言葉を覚えてください」
「我慢ですって! 我慢の限界は、みんな超えてます! 市民の声を聞いてください。民主主義を守ってください。人間の権利を守ってください。あなた方警察の圧政にみんな苦しんでいるんです。その声をちゃんと聞いてください。お願いします」
田志沢をにらみつけながら言った。
警官が何人も死んだ。ゾンビに噛まれ、または感染したため、しかるべき処置を施した。その犠牲の上で成り立っているのだ。それを警察の圧政というのか?
「我々は命をかけて戦っている」
「ええ、もちろんそうでしょう。我々もそのことは十分理解しております。ちゃんと評価していますよ。ですが、こういう状況下だからこそ、決められたプロセスを大事にすべき時なのでは、多くの市民が署長に対して、警察に対しての不信感を持っています。我々は市民の代表者です。市民から選ばれたものです。様々な問題をあなた一人で考え決めるのではなく、我々みんなで、みんなの知恵で乗り越えていきませんか」
議長と名乗っていた男が言った。田志沢は、たばこの残り香しか残っていない灰皿をにらみつけた。
そのみんなの知恵というものが一番やっかいなのだ。みんなそれぞれ立場が違う。その立場の違うみんなが、それぞれ勝手な知恵を言い出せば、どうなるか。これを寄越せあれを寄越せ、この問題を何とかしろ。知恵ではなく要望合戦になる。平和なときならそれでいい。時間をかけてまとめ上げれば良い。だが今は、足りないものの方が多すぎる。みんなの知恵に頼れば、みんなの知恵という名目で、身の丈に合わない自分のやりたいことをそれぞれ推し進めようとする。そんなことになれば、あっという間に食糧と資材が尽き、内紛が起き何も決められなくなる。
「あなた方の力はいりません。間に合ってます」
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議員の任期はとうに過ぎている。選挙も行われていないじゃないか。そう言いたくなったがやめた。そんなことを言えば、では選挙をやりましょうなどと言いかねない。拡声マイクで選挙活動などやられたら、投票者より前にゾンビが大量に集まってくる。
「そもそも、こういうことって、市長がやるべきなんじゃないですかね。選挙で選ばれた市長が」
田志沢が言った。
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