吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、散髪、市役所

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「野球が見たいねぇー」
 坂木は市役所の待合室を借りて、常連客の髪を切っていた。

「野球、好きなんですか」
「それほどでもないんだよ。言われてみるとね。でも、見れないとなるとねぇ、当分というか、ずっと無理だろうからねぇ、今の時期だと、オープン戦やってるのかな。新人とか、助っ人外国人とか、よくわかんないやつとか出てくるじゃない。そういうのわりと好きだったんだよ。なんか、いろいろ期待が持てるっていうかねぇ。まぁ、大概期待外れなんだけどさぁ、店長さんは野球とかファンとかあるの」
 彼は、ゾンビが蔓延する前からの常連客である。
「私ですか、そうですね。郷里が広島なんで、広島ですかね。さほど熱心ではないですけどね」
 坂木は野球に対しては全く興味はなかった。ただ、こういうときは郷里に近いチーム名をあげておくことが無難であることを知っていた。
「ああ、そうなの。それで野球見たいね、なんて話を市役所の寝床で話してたんだよ。そしたらラジオの野球中継ってあるでしょ。それいっぱい持ってる奴いたんだよ。懐かしいカセットテープ、阪神のやつばっかりだけど、持ってる奴いたんだよ。避難するとき持ってきたらしいんだけど、他にもっと貴重な物をね、持ってきなさいよ。かさばるでしょうにねぇ。それで、夜七時頃になるとみんなで集まってさ、聞くんだよ。手回しので電気作りながらさ、あれ、いいよねぇやっぱり、こういうときは野球だねぇ。なんか盛り上がるんだよな。見たいねぇ。ああいう、じっくりとした勝負事、ドーム球場なんてどうなってんだろう。避難所にでも、なってるのかねぇ」
「さあ、どうなんですかねぇ。でも屋根まで密閉できるから良いかもしれませんね」
「でしょ。商店街みたいだよね」
「そうですね。アーケード、雨漏りするみたいですけどね」
「あっ、店長さん、商店街にも出入りしてるんだ」
「ええ、おかげさんで、常連さんが何人かいるんで」
「うらやましいね。あそこ、食料とか潤沢でしょ。お金もまだ使えるんだったっけ」
「ええ、かなり値段は上がってますけどね」
「あそこも、何とかならないかねぇ。けちなんだよね」
「そうなんですか」
「そうだよ。食料をこちらにも回してくれるようにって、何度か市役所の方から頼んでるのに、全然分けてくれないんだ。金払えってさ、この際だから、みんなで分けた方が良いと思わない。みんな困ってるんだから、助け合いだろ。中にも入れてくれないんだよ。どんな様子なの」
「いやあ、私も中には入れるんですが、入り口の美容室、までですね。そこで髪切って帰るだけです」
 野勝市銀座商店街の複数箇所ある入り口は建設用のステンレスパイプを天井まで組み、隙間を金属製の板で覆って、ゾンビや人間の侵入を防いでいる。
 坂木は入り口近くの美容室の裏口から入り、そこで髪を切っている。美容室の経営者や従業員は逃げたか死んだのか、すでにいないので、坂木が月に一度ほど、そこで散髪をおこなっている。美容室の外、今の商店街の中の様子を坂木も見たことは無い。食料品が豊富らしく、生卵や新鮮な野菜、肉なんてものもある。それらを、少し分けてもらえるので、坂木としては、外せない仕事になっている。
「そうなの、市役所もいよいよまずいよ。人数多いからね。お巡りさんもがんばってるみたいだけど、もうちょっとあたたかくなったら何とかなるんだけど、それまでがねぇ」
「大変ですねぇ」
 常連客の男は坂木に千円払って帰っていった。
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