吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、署長、食糧問題

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「米の在庫がつきそうです」
 食糧課の報告に野勝市警察署長の田志沢栄太郎は顔をしかめた。
 今年の冬の寒さが原因で、一戸建てや別の避難所にいた住人が十数世帯、市役所に避難してきた。太陽光発電や、浄水場近くの川に設置してある小型の水力発電所のおかげで、市役所周辺の避難所は、かろうじてエアコンが使える。
 避難者が増えたので、前々から厳しかった食糧事情がさらに厳しくなってしまった。
「どれぐらい持つ」
「あと二ヶ月ぐらいですかね」 
「五月ごろか」
「なんとか、手に入れようと努力はしていますが、難しいですね」
「そうだな」
 米はあるところにはあるのだ。問題は物流だ。ゾンビは世界的に蔓延している。当然産油国もだ。石油や天然ガスを日本に輸出できるような人員は居ない。エネルギーの輸入は、ほとんどストップしているような状態だ。
 となると物流は止まる。
 いくら農地で米がとれようと、それをここまで持ってくる手段が限られてくる。ガソリン車は動かない。市役所にある電気自動車は一台しかない。急病人の輸送に使うことを考えると、あまり使えないし、使えたところで、たいした量は運べない。電車による輸送も、できなくはないらしいが、やはり音がネックになる。電車を走らせれば線路周辺にゾンビが集まってくることになる。ただのゾンビなら何とでもなるが、このゾンビは火がつくと爆発する。
 鉄と電気でできている電車との相性は最悪である。ぶつかると爆発する可能性がある上、ガスをため込んだゾンビは少し浮くため、電車に電気を供給する電線に接触する可能性もあった。電車が爆発すれば、線路は二度と使えなくなる。それだけは避けなければならなかった。見通しがよく、金網に囲まれている線路は比較的に安全な通路であった。
 電気を使わず、手動のトロッコによる輸送も考えられたそうだが、ゾンビとぶつかった際とブレーキの火花で爆発する可能性があるそうだ。
 よって、食糧は近場で調達するしかなかった。
「どこかで手に入れることができれば良いのだがな」
「商店街には、あるらしいですが」
 配送用の電気自動車を何台か持っているらしく。それを使って、農地から食糧を輸送しているそうだ。
「ただ、あそこは」
「ええ、お金がないと、手に入れることはできません」
 当然ながら、市は税金を一切取っていない。そのため、現金は、ほとんど無かった。市の職員も警察官も、避難所の人間はほとんど無給で働いていた。
「お願いしても、無理だよな」
 商店街の人たちも現金で食糧を買ってきている。元手がかかっているのだ。しかも命がけだ。
「あっ、そういえば、市議会の人たちが、商店街の人たちに会いに行ったそうですよ」
「なにしにいったんだ?」
 顔をしかめた。
「避難所に、食糧を分けてくれないかって、話し合いにいったそうです」
「それでどうなったんだ」
「断られました」
「そうか。まぁ、そうなるだろうな」
 市議会の人間が署長室に乗り込んできたときのことを思い出した。
「あきらめず、またお願いしに行くって、いってました」
「実を結んでほしいね」
 こっちに矛先が向かわなければそれで良い。田志沢はそう思った。
「そうですね」
「米以外はどうなんだ」
「ほかの食糧もかなり減っています。菜花や葉物野菜などは、まだありますが、あとはサツマイモぐらいですかね」
「サツマイモか」
 最近ずいぶん多いと思っていた。
「四月辺りになったら、早生のタマネギがとれますから、あとは五、六月にジャガイモですかね。米の代わりにジャガイモを代用すれば、何とかなるとは思いますが、けっこう厳しいですね。綱渡りって言うか。あと、タンパク質が足りませんね」
「肉か。鶏はどうなったんだ」
「所有者の許可をもらって、使わなくなった養鶏場で養鶏を進めていますが、まだそこまで増えていません。ただ、増えすぎると、ゾンビを招く可能性もあります。警備の人間も足りませんし、鶏の餌の確保や輸送も難しくて、やはり現状では、それほど増やせません」
 鶏の餌は、米ぬかや野菜くずなどでなんとかなるそうだ。問題は市役所から五キロほど離れた郊外の養鶏場に鶏の餌を運び、鶏の世話をする人員や警備の人間を用意することが難しかった。
「ウズラでは足らないか」
 ウズラは狭いゲージで育てることができるので、市役所の駐車場でコンテナを置いてその中で育てている。
「ええ、小さすぎます。成長の速度も、とれる肉の量も鶏の方が圧倒的に上です」
 鶏はおよそ二ヶ月で、1.2㎏ほどの肉を取ることができる。一方のウズラは骨が多く肉が少ない。
「卵はおいしいんだけどね」
「ええ、ですが卵アレルギーの方もいますので、成長期の子供にはどうしてもタンパク質が足りなくなります」
「魚はどうだ。浄水所で、魚の養殖を始めたんだろ」
「ええ、地下から水をくみ上げて、使わなくなった浄水用のプールでマスの養殖を始めました。ですが、まだ実験段階で、そもそも、ノウハウがないのでどうなるかわかりません」
「養鶏は何とかしたいな。問題は餌の確保と人員の確保、あと安全性だな。囲みとかあるのか」
「周囲を二メートル程度の高さの金網で囲っているだけですね。目隠しでブルーシートを貼っていますが、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられるでしょう」
 ゾンビは体内でガスを生産しているため、二メートル程度の金網では簡単に乗り越えてくる。
「建設課に、壁を作らせるか。警備の人間は、なんとか確保しよう。鶏の餌に関しては、現状は自転車か大八車で運ぶしかないだろうな」
 田志沢は地図を思い浮かべた。いくつか上り坂はあるが、それほど、けわしい道ではない
「そうですね」
「あとは、大豆の生産も増やすか」
「農地を確保しないといけませんね」
「それも大変なんだよな」
 さすがに所有者の許可も無く農地を利用することはできなかった。許可を得たとしても、何年も放置された農地を手作業で使える状態にするのは、恐ろしく手間がかかった。刈り払い器で草を刈ったり、耕耘機で耕したりもできない、すべて手作業だ。しかもゾンビに警戒しながらの作業である。
「何をするにしろ命がけか」
 田志沢は鼻筋を揉んだ。
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