吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、元教団、商店街

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 元教団

 地下の研究施設では、日々ゾンビの研究が行われていた。その様子を北浜はカメラに納めていた。
 ゾンビだけではなく、元信者の方も撮っていた。
 信者は神を信じ教祖を信じ、教団に訪れたのだ。それがその中心人物である教祖が、神を否定し教団をぶっ壊したのだ。神を否定した教祖を信者は許せるのか、神を否定している教祖の元でその教祖の命令通り、ゾンビの治療研究という、危険なことをなぜ元信者は、おこなっているのか、北浜は不思議に思った。
「はじめは、驚きましたよ。何を言っているんだこの人は、そう思いました」
 腹も立ちましたねぇー。森山は付け加えた。
 森山学は元信者だ。大学在学中に天命地層会の勧誘を受けて、卒業後内定していた会社を蹴って、家出同然に教団に入信した。今は、ゾンビの世話係をしている。
 北浜はカメラを森山に向けながら、教祖が信仰をやめたときの話を昼の休憩の時に聞いていた。
「急にゾンビが現れて、世界がめちゃくちゃくちゃになって、僕は、これは、神の試練だと思ったんです。ところが、あの人は違ったんですね。神のことを全否定しちゃったんですよ。神がいたらこんなことしないって」
 森山はいった。
「今まで、神様のことを信じろって、いってた人でしょ。今までの話はなんだったんだって、思わなかったんですか」
 北浜はレンズ越しに森山を見つめながら言った。
「思いますよ。毎日のように神に祈りを捧げてたんですから、修行をおこなってたんですよ。勧誘だってしてたんです。多くの人々を教団に誘ったんです。それが、全否定ですよ。今までやってきたことは、なんだったんだ。そりゃ思いますよ!」
 森山は顔を赤らめ拳を振り上げた。
「その怒りをぶつけなかったんですか?」
「ぶつけました。志賀山さんに詰め寄ってぶつけましたよ。そしたら」
「そしたら」
「悪い! 考えが変わったんだ。そういって、頭を下げてました。考えが変わったって、なんだ、そんなに簡単に変わるなよ。て思いましたよ。僕らには、考えるな信じろって、さんざん言ってたくせにさぁ。でも、もう、ねぇ、僕らも行くところがなかったし、外はゾンビだらけだし、とりあえず、ここにいて良いですかってことになったんです。生活ですからね。ゾンビ相手に信仰しても助からないって、わかってたんですよ。神様は、なんにもしてくれないってね。結局、僕らも志賀山さんと同じような考えに落ちちゃったってことですかね」
 森山は薄いあごひげをさわり上を見つめた。空と地の間に人がいる。天命地層会の基本的な宗教観だ。神は空におわす地におわす、上を見上げ祈りをささげ、下に向いて祈りを捧げる。すべての物に感謝しろと言うことなのだろう。
「でも、志賀山さんの言うことは、正しいとは思わないですけど、それで良いかなって思えてしまうんです。だって、学生時代、天命地層会にあう前は、神のことなんてこれっぽっちも信じていなかったですからね。そう考えると、急に考えが変わるなんてことは、起こっても良いことじゃないですかね」
「じゃあ、もし、これから先、志賀山さんが、急に、神様はいるんだ! なんて言い出したらどうするんです」
「へへっ、ありそう。志賀山さんなら言い出しかねないや。どうしようかな、でも、神様って本当はそういうものかもしれないですよ。いるって思えたり、いないって思えたり、突然なのかもしれない。ははっ、北浜さんも変な人に巻き込まれちゃいましたね」
 森山は笑った。

 商店街

 商店街の会長室の扉に一人の男が立っていた。年齢は三十代後半、身長は百八十センチ前後、短く刈り込んだ髪に、薄汚れたスーツを着ていた。
 扉を叩いた。
「はいはい、どうぞ~」
 間の延びた声が帰ってきた。
「失礼します」
 頭を下げて部屋に入った。
「おお、須田川くんか、どうしたんだい」
 六十代ぐらいの背の低い男がいった。
「会長、ご報告したいことがあります」
「君に会長と呼ばれると、なんか変な気分になるよ」
 会長と呼ばれた川崎五郎は頭を掻いた。
 須田川は、元は地元のやくざだった。組員がゾンビに発砲したせいで、組事務所が爆発、組事務所があった建物は全焼し、組長以下組の幹部は全員死亡した。たまたま、その場にいなかった須田川は生き残った。途方に暮れていた須田川を、面識があった会長の川崎は雇い入れた。
「配達先の一つと連絡が取れません」
「ほう、どこだね」
「野勝市、端坂台二丁目の四ノ宮様です。今朝配達にいったんですが、いらっしゃいませんでした」
「留守だったんじゃないのか。亡くなったか、ああ、あるいは、外でゾンビに噛まれたのかも知れないねぇ」
「二階の雨戸と窓が開いていました」
「二階の窓、それは変だね」
 ゾンビは二階ぐらいなら簡単に登ってくる。春先のこの時期、窓を開ける理由はない。
「ええ、それで気になって、家の周りをぐるっと回ってから、玄関から入って中の様子を確かめてみました」
「玄関、鍵は閉まってたんじゃないの」
「はい、ピッキングで開けました。家の中の様子を一通り見ましたが、四ノ宮様はいらっしゃいませんでした」
 須田川は平然とした顔で言った。
「そ、そう」
 川崎はちょっと困った顔をした。
「二階の、窓が開いていた寝室を念入りに調べてみたんですが、ベットの枕に、わずかながら血痕が残っていました」
「ふむ、窓の鍵を閉め忘れていて、ゾンビにでも噛まれたのかな。その後、噛まれたゾンビと一緒に外に出た。とか?」
「部屋に争った跡も、汚れもありませんでした」
「ああ、あいつら、汚れもひどいし、無駄に暴れるよね。痕跡が残ってないのは変だね。となると、人間の仕業ということになるのかな」
 川崎は眉をひそめた。
「そういう可能性もあります」
「家の中に荒らされた跡はあったの」
「いえ、ありませんでした。食糧も貴金属も残っていました」
「では、物取りの犯行では、ないということなの。怨恨? 何か恨まれていたのかなぁ。こんなご時世だし、恨み事の一つや二つあっても、おかしくはないよね」
「ただ」
「なんだい」
「ずいぶん鮮やかな手口だなと思いまして」
 須田川の目が細くなった。
「四ノ宮さんとこは、しばらく様子を見ておこう」
 川崎はいった。

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