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昼、元教団施設、歌、鈴川ステンレス工業
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元教団施設
「歌を歌おう」
志賀山は、おかしなことを言い出した。右手にはマイクを持っている。
「嫌ですよ。こんなところで」
ゾンビのいる檻の前だ。ゾンビ映画の次はカラオケ、何でこいつは俺におかしなことを頼んでくるんだ。そう思いながら、北浜は志賀山にカメラを向けた。
「君に言ってるんじゃない。彼らだよ」
北浜はマイクを檻の中のゾンビに向けた。
「ゾンビに、歌、ですか」
歌わないだろう。北浜は同意を求めるようにゾンビを見た。数体のゾンビが、志賀山の方を見て、うなり声を上げた。
「ほら、彼らも歌を歌いたがっている」
「なわけないでしょ。腹が減ってるんです」
「歌を通じ、わかり合うのだ。歌は心。歌を通じ、ゾンビ同士、いや、人とゾンビも、歌を通じて語り合うのだ」
そう言いながら、志賀山は歌を歌い始めた。北浜はその様子をあきれながらカメラに収めた。
鈴川ステンレス工業
防音壁に囲まれた工場施設の一角で、市原道夫は、ステンレス製の鉄パイプを振っていた。元々剣道を習っていたため、その振りは鋭い。上段に構え、振り下ろす。ゾンビ相手には、頭を叩くか首を叩くか、それ以外はあまり意味はなかった。
まずは、こめかみ辺りに軽く打ち込んで、動きを止め、少し下がった頭に、腰を落とし振り抜く。
何体ものゾンビをこれで葬ってきた。そのことについては、もう慣れたとしか言いようがなかった。
構えを代え、だらりと右手の鉄パイプを下におろした。
鉄パイプを、上にあげて腕の力だけで打ちおろす。
「違うな」
市原道夫は、何度か同じ動作を繰り返しながら、つぶやいた。
一度だけ、山本権造が戦っているところを見たことがあった。二年ほど前のことである。ゾンビ退治に手間取り、夜、三人で帰っているところで、山本権造がゾンビと戦っているところを見た。戦っているというか、あれは、まるで、手で肩を叩くような軽さで、ゾンビの首に打ち込んでいた。一匹しか居なかったため、一度しか見ることができなかったが、市原道夫は、その時の様子を鮮明に覚えていた。
そんなやり方で、どうやったらゾンビの首をへし折れるのか、わからなった。何度かやってみたことはある。片手で、ゾンビの首筋をなでるように叩く。もちろん、そんなものでゾンビの首をへし折れるわけがなかった。
「おう、精が出るな」
作業服を着た中年の男が顔をかけた。
「あ、はい、どうも」
市原は軽く頭を下げた。
中年の男は鈴川功太、鈴川ステンレス工業の社長である。
「この間も、近くのゾンビをやっつけてくれたってな。近所のおばさんも喜んでたぜ。ありがとよ」
避難所に入らず、この辺りの住宅地で暮らしている人間も、ある程度いる。
「そうですか。それはよかったです」
「俺も、もうちょっと若けりゃ。やっつけにいくのによ」
鈴川功太は腕を振り回した。
「そういうのは、俺らにまかしといてください」
「まぁ、そうなるよな」
周辺のゾンビの駆除は、若い者に頼んでやってもらっている。とくに、市原道夫は、積極的にゾンビの駆除をおこなっていた。
「十分、お世話になっていますよ」
防音壁を見た。四メートルほどの高さがある。四メートルもあると、ガス肥大化したゾンビも容易に乗り越えて来られない。補強をおこない、ある程度の衝撃にも耐えられるようにもなっている。家を焼け出され、家族を失い、住むところを失った市原道夫を迎え入れてくれたのがここだった。
「そうか、そう思ってくれているとありがたいよ」
汚い仕事をやらせている。そういう後ろめたい気持ちがあったが、彼らのやっていることを、汚い仕事といってしまって良いのかという思いもあった。どちらにしろ周辺にゾンビが増えれば増えるほど、感染のリスクも増える。やってもらうしかないのだ。
何か気の利いた言葉をかけようと思ったが、ろくに思いつかず、鈴川功太は首をかきながら、その場を去った。
「歌を歌おう」
志賀山は、おかしなことを言い出した。右手にはマイクを持っている。
「嫌ですよ。こんなところで」
ゾンビのいる檻の前だ。ゾンビ映画の次はカラオケ、何でこいつは俺におかしなことを頼んでくるんだ。そう思いながら、北浜は志賀山にカメラを向けた。
「君に言ってるんじゃない。彼らだよ」
北浜はマイクを檻の中のゾンビに向けた。
「ゾンビに、歌、ですか」
歌わないだろう。北浜は同意を求めるようにゾンビを見た。数体のゾンビが、志賀山の方を見て、うなり声を上げた。
「ほら、彼らも歌を歌いたがっている」
「なわけないでしょ。腹が減ってるんです」
「歌を通じ、わかり合うのだ。歌は心。歌を通じ、ゾンビ同士、いや、人とゾンビも、歌を通じて語り合うのだ」
そう言いながら、志賀山は歌を歌い始めた。北浜はその様子をあきれながらカメラに収めた。
鈴川ステンレス工業
防音壁に囲まれた工場施設の一角で、市原道夫は、ステンレス製の鉄パイプを振っていた。元々剣道を習っていたため、その振りは鋭い。上段に構え、振り下ろす。ゾンビ相手には、頭を叩くか首を叩くか、それ以外はあまり意味はなかった。
まずは、こめかみ辺りに軽く打ち込んで、動きを止め、少し下がった頭に、腰を落とし振り抜く。
何体ものゾンビをこれで葬ってきた。そのことについては、もう慣れたとしか言いようがなかった。
構えを代え、だらりと右手の鉄パイプを下におろした。
鉄パイプを、上にあげて腕の力だけで打ちおろす。
「違うな」
市原道夫は、何度か同じ動作を繰り返しながら、つぶやいた。
一度だけ、山本権造が戦っているところを見たことがあった。二年ほど前のことである。ゾンビ退治に手間取り、夜、三人で帰っているところで、山本権造がゾンビと戦っているところを見た。戦っているというか、あれは、まるで、手で肩を叩くような軽さで、ゾンビの首に打ち込んでいた。一匹しか居なかったため、一度しか見ることができなかったが、市原道夫は、その時の様子を鮮明に覚えていた。
そんなやり方で、どうやったらゾンビの首をへし折れるのか、わからなった。何度かやってみたことはある。片手で、ゾンビの首筋をなでるように叩く。もちろん、そんなものでゾンビの首をへし折れるわけがなかった。
「おう、精が出るな」
作業服を着た中年の男が顔をかけた。
「あ、はい、どうも」
市原は軽く頭を下げた。
中年の男は鈴川功太、鈴川ステンレス工業の社長である。
「この間も、近くのゾンビをやっつけてくれたってな。近所のおばさんも喜んでたぜ。ありがとよ」
避難所に入らず、この辺りの住宅地で暮らしている人間も、ある程度いる。
「そうですか。それはよかったです」
「俺も、もうちょっと若けりゃ。やっつけにいくのによ」
鈴川功太は腕を振り回した。
「そういうのは、俺らにまかしといてください」
「まぁ、そうなるよな」
周辺のゾンビの駆除は、若い者に頼んでやってもらっている。とくに、市原道夫は、積極的にゾンビの駆除をおこなっていた。
「十分、お世話になっていますよ」
防音壁を見た。四メートルほどの高さがある。四メートルもあると、ガス肥大化したゾンビも容易に乗り越えて来られない。補強をおこない、ある程度の衝撃にも耐えられるようにもなっている。家を焼け出され、家族を失い、住むところを失った市原道夫を迎え入れてくれたのがここだった。
「そうか、そう思ってくれているとありがたいよ」
汚い仕事をやらせている。そういう後ろめたい気持ちがあったが、彼らのやっていることを、汚い仕事といってしまって良いのかという思いもあった。どちらにしろ周辺にゾンビが増えれば増えるほど、感染のリスクも増える。やってもらうしかないのだ。
何か気の利いた言葉をかけようと思ったが、ろくに思いつかず、鈴川功太は首をかきながら、その場を去った。
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