吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、田植え、元教団

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 田

 田植えが始まった。もちろん、手植えだ。有志を募って、田んぼに苗を植えている。武装した警官とボランティアが周辺を警戒していた。署長の田志沢は警備の指揮を執っていた。ついぼんやりとしてしまうような春の陽気だった。
 食糧問題があるため、農地には、つねに何らかの野菜を植えている。入れる肥料があまりないため、徐々に農地の力が落ちてきているそうだ。土地を休ませる必要性があるのだが、そのためには、別の農地を借りなければならない。農地の所有者が、わかっていても、行方不明の所有者も多かった。所有者がわかっている農地に関しては、所有者かその家族にお願いして、無償で借りている。
 所有者が行方不明になっている農地を勝手に借りれば良いのではないかという声もあるが、警察官である田志沢には、できなかった。倫理的な問題もあるが、市議会派に揚げ足をとられるのは避けたかった。市議会派が支持を失っているとはいえ、それなりに影響力はあった。ルールや法律を守っている姿勢を見せなければ、すぐにつけいれられることになる。そうなるとすべては空転する。食糧の確保も、安全性の確保、ゾンビの駆除、反対する人間が増えれば増えるほど、動かなくなる。全員、ボランティアなのだ。田植えをしている人間も、その警備をしている人間も、全員無報酬で行っている。田志沢の言うことを聞く理由など無いのだ。
「せめて金でもあればな」
 腰をかがめ、苗を植える人たちを見つめながらつぶやいた。



 元教団

 驚いたことに、志賀山の試みは功を奏した。ゾンビが歌を歌い出したのだ。もちろん生きている人間のように明瞭な歌詞を歌うというわけではない。リズムが崩れたうなり声と言ったところだ。その様子を、北浜のりぞうはカメラで撮っている。
 童謡が流れている。ゆっくりとしていて誰もが知っている曲の方がゾンビは歌いやすいようだ。
「見たまえ、いや聞きたまえ、彼らは人間なのだ。ちゃんと心を持っているのだ」
 志賀山はマイクを手にきらきらしたラメが入った赤いジャケットを着ていた。どうやら悪のりしたようだ。
「それで、そちらの方は」
 志賀山の横に、年の頃なら六十代ぐらいの女性が、おどおどとしながら立っていた。
「彼女は、プロだよ」
「プロ?」
「そう、プロだよプロ、歌のプロだ」
「いや、そんな、私プロというわけでは、ないです」
 女は手を振り否定した。
「歌手の方ですか」
「いえ、市民合唱団で歌っていたんです。プロではないです。歌手でもないです。川山と言います」
「合唱団、ですか」
 何となくだが、志賀山の考えがわかった。
「探したよ。市役所に問い合わせても、合唱団の人見つからなくてね。いろいろ聞いてみると、学校に避難したみたいでね、ご不幸が重なったようだ」
 窓が多い学校は、避難所としてはあまり適していない。このゾンビは爆発する。ガス肥大したゾンビの爆発で、窓ガラスが割れ、中にゾンビが入り込んだ。大勢の犠牲が出た。
「まさかと思いますが、ゾンビの合唱団、やる気なんですか」
「さえてるね。まさしくその通り、みんなで声を合わせて歌う。これこそが、心の交友、歌を通じてゾンビとゾンビ、人とゾンビ、心を合わせて歌うんだ。そうすればきっと、ゾンビは人の心を取り戻し、元の人間に近づく一歩になるに違いない」
「すばらしいお考えです」
 なぜか意気投合している元市民合唱団の川山が手をたたいた。

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