吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、養鶏場、署長室、食糧課

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 養鶏場

 市役所から東方面へ五キロほど離れたところに養鶏場はあった。
 姫路輪子と堀田と野口と里山の四人は、養鶏場に運ぶ荷物の護衛をしていた。養鶏場の防壁を強化するために、ステンレス製のパネルを大八車三台に、つめこみ運んでいた。輪子達四人は周囲を警戒しながら移動していた。
「右の雑木林になんかいますね」
 先頭を移動していた里山が右手を挙げ、隊列を止めた。
 輪子は道路脇の雑木林に向けて弓を構えた。こういう開けた場所で矢を射るとなぜか命中率が下がった。
 アスファルトの歩道に、のしかかるように木々が垂れ下がっている。街路樹は伸び広がり、落ち葉が積もり、折れた小枝が辺りに散乱していた。
 雑木林の奥から、何かが近づいてきていた。
 大きい、なにか。そんな感じの音であった。
 五メートルほど先の、枝葉が揺れ、出てきたものは、馬の鼻面だった。
「うま?」
 輪子は驚いた声を出した。茶色い毛をした馬は、顔を覗かせ、ぶるひんと、鳴き声を上げると、きびすを返して、雑木林の中へ帰って行った。
「馬かよ。びびらせんじゃないよ」
 堀田が息を吐き出しながら言った。
「てか、なんで馬がいるのよ」
「牧場でもあるんですかね」
 里山が辺りを見渡しながら言った。
「ちょっと離れたところに乗馬クラブがあったはずだ。そこから逃げ出したんじゃないが」
 消防隊員の野口が言った。
「そういや、会員募集のポスターを見たことあるな」
「ああ、なんかあったな」
「大八車を引いてくれないですかね」
 里山は、ステンレス製のパネルを乗せている大八車を見た。一人が前で引き、後で一人が押している。一つ二組で六人の人間が運んでいる。途中、少しきつめの坂があるため、運んでいる人間は疲れた顔をしていた。
「馬は、無理じゃないか。鳴き声とかあるだろうし。移動するときも、ぱかぱか音を出すだろう」
 犬などの鳴き声を出す生き物は、避難所には入れないようになっている。そのため、避難所には入らず、ペットと一緒に自宅に避難する家庭もある。
「ああ、そうですよね」
「鶏舎みたいに、人のいないところで飼うなら別だけどな」
「馬か、戦国武将みたいで良いな」
 堀田は、腕を振りながら、ご機嫌な顔で言った。


 市役所から二時間ほど歩いて、養鶏場まで来た。丘の斜面の中腹に養鶏場はあった。数人の男が、養鶏場の周りを囲むステンレス製の壁を作っていた。
「おう、ごくろうさん」
 五十代の日に焼けた短髪の男が、養鶏場の入り口で出迎えた。腕嶋工務店の社長の嶋田健太である。避難所の、様々な建築関係の仕事をボランティアで行っている。
「お疲れさんです」
 堀田が言った。
「おう、お疲れ、ゾンビとは会わなかったか」
 嶋田は、堀田が持っているゴムが巻いてあるステンレス製の鉄パイプを見ながら言った。
「ええ、ゾンビは見なかったですけど、馬は見ましたよ」
「ああ、いるらしいな。田んぼの草とか食ってるとこを見たことがある。野生化してるんだろうな」
「他の動物とかもいるんですかね。象とかキリンとか」
「さすがに、そういうのは、何とかしてんじゃないか。いたらおもしろいけど、近くに動物園とかもないしよ」
「そうですよね。こっちにゾンビは出ましたか」
「何体か来たな。うちの若いもんが始末つけたが、上の斜面が、ちょっと問題だよな。上から転がってくると結構早くてな。できれば道路脇にも壁を作りたいぐらいだ」
 養鶏場は緩やかな丘の斜面の中腹に作られている。斜面の上にある一車線の道路には白いガードレールがあるだけだった。
「上からだとこっちは丸見えですしね。でもまぁ、とりあえずは、養鶏場の周り囲っておかないと」
 作業員が、養鶏場の回りに均等に打ち込まれた鉄杭に、ステンレス製のパネルを貼り付ける作業をできるだけ音を出さないように行っていた。
「資源が限られてるからな、贅沢は言ってられないか。とりあえず中でしばらく休んでてくれ、昼飯でも食べて、また頼むわ」
「はい」
 堀田達は、荷物を下ろし養鶏場の中に入った。

 

 六月に入り、市役所周辺の避難所では、備蓄していた米がなくなり、ジャガイモを主食に切り替えた。冬の終わり頃にビニールマルチで保温してジャガイモを植えて早めに収穫した。
 新じゃがは癖のないあっさりとした味わいで、少し物足りなかった。
 とはいえ。
「これで一息つけるな」
 署長の田志沢は言った。署長室である。食糧課の課長の報告を聞いていた。
「ええ、当面は何とかなりそうです」
 食糧課課長の高橋がやつれた顔で言った。元は小太りの男だったが、やせてしまった。
「君も大変だったな」
「ええ、まぁ」
 高橋は頭を掻いた。主食の米がなくなり、様々な苦情が寄せられた。その苦情に一番さらされたのが食糧課課長の高橋である。
「米ができるまで、早くても九月か。それまでは何とか、なりそうか」
 田志沢は伺うように言った。
「気温が上がれば、植物の成長は早くなりますから、九月までつなげば、天候が悪くならない限りは何とかなります。問題はタンパク質ですね。やはり、栄養が気になります」
「今、人員を増やして養鶏場の防衛の補強を行っている。それがすめば、ある程度、鶏を増やせるはずだ」
「それはいい話です。ただ、このまま避難者の人数が増えると、まずいことになります」
 声を潜めた。食糧事情が、ここより厳しいところがあるようで、他の避難所から移ってくる人間が増えていた。
「わかっている。だが、避難者を断るわけにもいかないだろう」
 何か特殊な理由が無い限り、避難者は受け入れていた。犯罪者でさえ、監視付きで受け入れていた。
「農地を、所有者の許可を得ず利用することはできませんか」
「それはできない」
「どうしてですか」
「最初の頃に、農地を所有者の許可を得て使うと決めてしまったからな、避難者の中に、農地の所有者がいたなら、許可を取るのは自然なことだろ。ただで使わせてもらうんだからそれぐらいしないと、それを今更かえられない。それを変えてしまうと、いらぬ反発を招くことになる」
 所有者の許可を得て使うという方針は、田志沢自身が決めたことでもあった。正直、変えたいという気持ちもあったが、ちゃんと手続き踏んでやっているという安心感もあり、変られなかった。
「しかし、食糧というものは、すぐには、できません。必ず数ヶ月の準備期間が必要です。仮に不満の声が起きても、空腹には変えられませんよ」
 ゾンビがあふれている。食糧は心許ない。批判を恐れて必要なことをやれないのは困る。高橋はそう考えていた。
「こういう状況だからこそ、ある程度のルールというものは必要じゃないか。今までそれで何とかやってきたわけだし、他人の土地を勝手に使うのは、さすがに問題があると思うぞ」
「確かに、それは、その通りなんですが、流通が死んでいる状態です。たとえば雨が続いて、ここら一帯の稲がだめになってしまったら、米の収穫が見込めなくなります。そうなれば、飢え死にする人間がでてきてもおかしくはありません」
「それはわかるが、やってもらう人間の問題もあるだろ。農家の人に他人の土地を無許可で耕してくれとは、言えない。ちゃんと許可を得ているから彼らは協力してくれる。警備をしてくれる人間もそうだ。命がけで働いてくれている人たちに、そんな泥棒みたいなまねを要求することはできない」
 ただの不平不満なら、我慢しろと言えるが、無報酬で働いてくれる人たちに、それはいえなかった。
「それは、その通りなんですが」
「努力はするよ。できる限り、使える農地も見つける。ただし、ちゃんと許可を得てからだ」
「そうですか」
 高橋は落ち込んだ表情を見せた。

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