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市役所、元教団施設
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市役所
丸々とガス肥大したゾンビが、飛び跳ねていた。
南の国道から来たゾンビが、市役所周辺の避難所に向かっていた。
「南から十体ほど、こちらに向かってくる」
警察官の堀田が、消防署の屋上にいた。この辺りの建物では一番高かった。そこから双眼鏡でゾンビを視認し、無線で連絡していた。
「了解」
姫路輪子は市役所から南へ百メートルほど先にある四階建ての、繁本ビルの屋上にいた。元は行政書士や税理士など法律や税関係の職種が多く入るビルであった。
距離は二百、まだ少し遠い。コンパウンドボウの矢をつがえ照準器をのぞき込む。
狙いを定める。コンパウンドボウは滑車が付いているおかげで、引いてから維持する力が少なくて済む。
ガス肥大したゾンビは、跳ね上がるように移動する。上下に移動するゾンビの頭の位置と矢が届く速度を合わせる。呼吸を止める。矢を放つ。矢は大きく外れる。すぐに、矢をつがえる。
何本か、ゾンビに向かって矢が放たれている。輪子と同じように弓矢を持った人間が何カ所かに配置されている。
矢の数は潤沢にある。あらかじめ、市役所内の技術室でボランティアの人たちが作ってくれていた。
アルミ製の鏃に、プラスチック製のシャフト、ゴム製の羽根、存外良くできていた。
四度放って、ようやく頭に当たった。競技用と違って大きく作られた鏃は、頭蓋骨に穴を空け、ゾンビの脳みそを破壊した。
上下に動くゾンビの頭に当てるのは難しい。とにかく数を放って、慣れるしかなかった。
矢をつがえた。
矢で仕留められなかったゾンビが三体ほど、市役所近くのバリケードに近づいていた。
バリケードの高さはそれほど高いものではない。人間の膝程度、土嚢や木材などを使っている。足止め用に作られたものだ、ゾンビの侵入を防ぐものではない。
ゾンビが軽々とバリケートを飛び越えた。
飛び上がったゾンビに竹棒が振り下ろされた。
アルミ製の板を巻いた青竹、通称竹棒である。それをゾンビに向かって振り下ろした。筒状になったアルミ部分がゾンビの頭をつぶした。交通課の警察官である小久保直樹である。
フルフェイスのヘルメットに厚手の服に手袋、足首まである登山靴を履いている。
「あつい」
夏である。すでに全身汗だらけになっている。
同じように暑苦しいかっこをした男達が、竹棒を使ってゾンビを叩きつぶしていた。
「こりゃあ、体力勝負になるな」
顔の汗をぬぐおうとしたが、フルフェイスのヘルメットに阻まれた。
元教団施設
歌をうたっていた地下施設にいたゾンビを処分した結果、元教団施設に来るゾンビの数は減っていた。とはいえ、新たなゾンビが南と東から来ているという知らせがあった。情報源は、各避難所からの無線とコミニティFMである。コミニティFMは、普段はFM野勝として、音楽や落語などを流しているが、今は、ゾンビの襲撃情報を流している。
「ようやく一息つけそうです」
元信者の森山学がアルミ製のハンマーをとりつけた長い木の棒を手にいった。ハンマー部分は汚れている。あれで、防壁の上からゾンビの頭を叩いていたのだ。二度三度殴ると、頭蓋骨が割れ、四度目で頭の中にしっかりとハンマーが入る。木材の加工も、アルミの加工も、元教団施設内で行われていた。元教団信者の中には様々な技術を持った人間がいた。
「おつかれさん」
北浜のりぞうは、カメラを片手に、コップに入った水を渡した。水は、深井戸からとった水で、ほどよく冷えている。
「ありがとうございます」
森山は手袋を取り、水を受け取りゆっくりと飲んだ。
「何とかなりそうですか」
「今のところは大丈夫です。ですが、南と東からゾンビが大量に来てるみたいで、それ次第ですかね。うまいことそれてくれれば良いんですが」
「台風みたいですね」
「そうですね。ですが、我々が招いた台風みたいなもんですから」
森山は落ち込んだ顔をした。
「責任を感じているんですか」
「ええ、ゾンビに歌をうたわせるなんて、ちょっとおもしろがってやっていた面もありますから、こんなことになるとは思っていませんでしたよ」
「あなたがやり始めたことでは、ないのでは、志賀山さんがやり始めたことでしょ」
「そうですけど、元教祖ですからね。教祖がやったことなら、教祖の所為にできるんですけど、元教祖ですからね。我々は何となく、志賀山さんについて行っているだけの集まりですからね。どういう集まりなのか、本当にわからない」
途中から悩むような仕草を見せた。
「こんな状況ですから、避難所みたいなものだと思えば、良いんじゃないですか」
「避難所ですか。ここは、ゾンビが出る前から、避難所みたいなものだったのかも知れません」
森山は辺りを見渡した。様々な人間がいる。ほとんどが元信者やその家族だった。
「ここに来たことを後悔してますか」
「後悔ですか。あのまま、内定している会社に入っていたら、とか、考えなくはないんですけど、それはそれで後悔していたかも知れないです。今となっては、どういう選択肢を選んだとしても、あまり関係はないというか。結局、ゾンビが全部壊しちゃったんですよね。そういう当たり前の価値観から、なにもかも、後悔する余地もないぐらい、壊れちゃったんですよね」
「わかりますよ。全部ゾンビが悪いんです」
北浜自身も、映画監督としてこれからだというときに、ゾンビがあらわれた。
「そうですね。ですが、今回の件に限っては、我々の責任はあるんでしょうね。意図してやったことではないんですが、何かしらの危険性は予見できたわけですし、このことで、たくさんの人間が死にます。我々の責任です」
「そう言われると、私も心苦しいです」
北浜は後ろめたい気持ちになった。北浜も、間違いなく関係者の一人なのだ。映画を撮れと言われ、ゾンビが歌をうたうところを撮り続けた。今も、人ごとのように、カメラをまわしている。
「北浜さんは巻き込まれただけですよ。志賀山さんのわがままに、巻き込まれただけです。僕たちとは違う。僕たちは自分の意思でここに残ったんです。信仰心を持ち、ここに集まり、それを砕かれ、ここに残った。それからゾンビ、やっぱり僕たちの責任ですよ。やらなくてもいいことをして被害者を増やした。もう、神様の所為にもできませんからね」
森山は疲れた顔で笑った。
丸々とガス肥大したゾンビが、飛び跳ねていた。
南の国道から来たゾンビが、市役所周辺の避難所に向かっていた。
「南から十体ほど、こちらに向かってくる」
警察官の堀田が、消防署の屋上にいた。この辺りの建物では一番高かった。そこから双眼鏡でゾンビを視認し、無線で連絡していた。
「了解」
姫路輪子は市役所から南へ百メートルほど先にある四階建ての、繁本ビルの屋上にいた。元は行政書士や税理士など法律や税関係の職種が多く入るビルであった。
距離は二百、まだ少し遠い。コンパウンドボウの矢をつがえ照準器をのぞき込む。
狙いを定める。コンパウンドボウは滑車が付いているおかげで、引いてから維持する力が少なくて済む。
ガス肥大したゾンビは、跳ね上がるように移動する。上下に移動するゾンビの頭の位置と矢が届く速度を合わせる。呼吸を止める。矢を放つ。矢は大きく外れる。すぐに、矢をつがえる。
何本か、ゾンビに向かって矢が放たれている。輪子と同じように弓矢を持った人間が何カ所かに配置されている。
矢の数は潤沢にある。あらかじめ、市役所内の技術室でボランティアの人たちが作ってくれていた。
アルミ製の鏃に、プラスチック製のシャフト、ゴム製の羽根、存外良くできていた。
四度放って、ようやく頭に当たった。競技用と違って大きく作られた鏃は、頭蓋骨に穴を空け、ゾンビの脳みそを破壊した。
上下に動くゾンビの頭に当てるのは難しい。とにかく数を放って、慣れるしかなかった。
矢をつがえた。
矢で仕留められなかったゾンビが三体ほど、市役所近くのバリケードに近づいていた。
バリケードの高さはそれほど高いものではない。人間の膝程度、土嚢や木材などを使っている。足止め用に作られたものだ、ゾンビの侵入を防ぐものではない。
ゾンビが軽々とバリケートを飛び越えた。
飛び上がったゾンビに竹棒が振り下ろされた。
アルミ製の板を巻いた青竹、通称竹棒である。それをゾンビに向かって振り下ろした。筒状になったアルミ部分がゾンビの頭をつぶした。交通課の警察官である小久保直樹である。
フルフェイスのヘルメットに厚手の服に手袋、足首まである登山靴を履いている。
「あつい」
夏である。すでに全身汗だらけになっている。
同じように暑苦しいかっこをした男達が、竹棒を使ってゾンビを叩きつぶしていた。
「こりゃあ、体力勝負になるな」
顔の汗をぬぐおうとしたが、フルフェイスのヘルメットに阻まれた。
元教団施設
歌をうたっていた地下施設にいたゾンビを処分した結果、元教団施設に来るゾンビの数は減っていた。とはいえ、新たなゾンビが南と東から来ているという知らせがあった。情報源は、各避難所からの無線とコミニティFMである。コミニティFMは、普段はFM野勝として、音楽や落語などを流しているが、今は、ゾンビの襲撃情報を流している。
「ようやく一息つけそうです」
元信者の森山学がアルミ製のハンマーをとりつけた長い木の棒を手にいった。ハンマー部分は汚れている。あれで、防壁の上からゾンビの頭を叩いていたのだ。二度三度殴ると、頭蓋骨が割れ、四度目で頭の中にしっかりとハンマーが入る。木材の加工も、アルミの加工も、元教団施設内で行われていた。元教団信者の中には様々な技術を持った人間がいた。
「おつかれさん」
北浜のりぞうは、カメラを片手に、コップに入った水を渡した。水は、深井戸からとった水で、ほどよく冷えている。
「ありがとうございます」
森山は手袋を取り、水を受け取りゆっくりと飲んだ。
「何とかなりそうですか」
「今のところは大丈夫です。ですが、南と東からゾンビが大量に来てるみたいで、それ次第ですかね。うまいことそれてくれれば良いんですが」
「台風みたいですね」
「そうですね。ですが、我々が招いた台風みたいなもんですから」
森山は落ち込んだ顔をした。
「責任を感じているんですか」
「ええ、ゾンビに歌をうたわせるなんて、ちょっとおもしろがってやっていた面もありますから、こんなことになるとは思っていませんでしたよ」
「あなたがやり始めたことでは、ないのでは、志賀山さんがやり始めたことでしょ」
「そうですけど、元教祖ですからね。教祖がやったことなら、教祖の所為にできるんですけど、元教祖ですからね。我々は何となく、志賀山さんについて行っているだけの集まりですからね。どういう集まりなのか、本当にわからない」
途中から悩むような仕草を見せた。
「こんな状況ですから、避難所みたいなものだと思えば、良いんじゃないですか」
「避難所ですか。ここは、ゾンビが出る前から、避難所みたいなものだったのかも知れません」
森山は辺りを見渡した。様々な人間がいる。ほとんどが元信者やその家族だった。
「ここに来たことを後悔してますか」
「後悔ですか。あのまま、内定している会社に入っていたら、とか、考えなくはないんですけど、それはそれで後悔していたかも知れないです。今となっては、どういう選択肢を選んだとしても、あまり関係はないというか。結局、ゾンビが全部壊しちゃったんですよね。そういう当たり前の価値観から、なにもかも、後悔する余地もないぐらい、壊れちゃったんですよね」
「わかりますよ。全部ゾンビが悪いんです」
北浜自身も、映画監督としてこれからだというときに、ゾンビがあらわれた。
「そうですね。ですが、今回の件に限っては、我々の責任はあるんでしょうね。意図してやったことではないんですが、何かしらの危険性は予見できたわけですし、このことで、たくさんの人間が死にます。我々の責任です」
「そう言われると、私も心苦しいです」
北浜は後ろめたい気持ちになった。北浜も、間違いなく関係者の一人なのだ。映画を撮れと言われ、ゾンビが歌をうたうところを撮り続けた。今も、人ごとのように、カメラをまわしている。
「北浜さんは巻き込まれただけですよ。志賀山さんのわがままに、巻き込まれただけです。僕たちとは違う。僕たちは自分の意思でここに残ったんです。信仰心を持ち、ここに集まり、それを砕かれ、ここに残った。それからゾンビ、やっぱり僕たちの責任ですよ。やらなくてもいいことをして被害者を増やした。もう、神様の所為にもできませんからね」
森山は疲れた顔で笑った。
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