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七、終章「吸血鬼ブラッド伯爵」

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 ブラッド一号が、ホリスと旦那の生首を持って現れたとき、高見はさすがに絶句した。完全に以前の殺人ロボに戻っていた。その後、ブラッド一号は桜庭博士の城に戻り、ブラッケン伯爵の令嬢を誘拐して殺し、榊と同じロボットにしてもらった。彼女自身の希望である。博士が、これでわが子に花嫁ができたとほくそえんでいると、高見と榊が突入してきて殺し合いになった。

 桜庭もタイムスリップしてきた口である。東京で榊に射殺されたはずだったが、崖から落ちたときに時空のゆがみに飲まれ、この城の池へ落ちた。それを見つけたここの城主である天才科学者、フランクリンシュタイン博士は彼女をサイボーグにし、復活させた。
 その後、桜庭は博士を殺して城をのっとった。ここはブライトン教会と近く、榊たちもそこへ来ていると知ると、しばらく様子をうかがっていた。だが変わり果てたわが子が次第に元に戻りだしていることを知り、行動を開始。彼女の夢は、東京にいたときと変わらず人類の滅亡で、今度はこの時代でブラッド一号を暴れさせて人々を虐殺しようともくろんだのである。
 むろん歴史が変わるのを恐れた高見たちがこれを許すはずもなく、逃げたブラッド一号を追って城へ来た。桜庭もいちおうサイボーグだが、この時代の技術なので榊には太刀打ちできなかった。それでもブラッド一号とその嫁の助力で、なんとか対抗できた。

 高見は説得を試みたが、ブラッド一号は聞く耳持たず、ついには首をもがれて死んだ。これが、ブラをこの世で一番に愛した者の末路だった。
 榊と桜庭は相打ちになって爆発炎上したが、そのとき、またもあいた時空の裂け目に、ブラッド一号だけが吸い込まれ、再び現代の日本に戻ってきた。自分と高見たちが吸い込まれた直後の時間だった。トランシルバニアでいろいろ騒いだあの二人も、ここでは、たんに不意に消滅しただけ、という事態になった。



 ブラッド一号はルーマニアに渡り、いまだに建っているフランクリンシュタイン博士の古城へ行った。とうに無人だが、博士の部屋の机の引き出しから、黒マントケープとベスト、それに黒ズボンを見つけた。調べたところ、この城はもともと吸血鬼の疑いのある、とある伯爵が所有していたものだったが、彼の死後に博士が買い取ったという。その衣装は、その吸血鬼と言われた伯爵のもので、博士はなぜかずっと保管してしたのだった。
 それでブラッド一号は、これはほとんど吸血鬼といっていい自分にはぴったりだと思い、それを着て、その城の主に収まった。こうしてその地方に再び、吸血鬼の恐怖が囁かれることになった。すぐにバレそうなものだったが、迷ってきた外国の旅行者ばかりを狙ったので、しばらくは何事もなかった。



 ある日、行方不明者の捜索にきた地元の警官数名を殺し、そろそろ潮時だと城を出た「吸血鬼ブラッド伯爵」は、満月の光の下で、頭上からなにかが落ちてくるのを見た。地面にぼてっと落ちたそれは、人の形をしているのにかかわらず、怪我ひとつない様子でむっくりと起き上がり、彼女に気づくや、にっこりと微笑んで言った。
「ブラ様、お懐かしゅうございます」
 それは忘れようもない笑顔だった。
「メグ」
 伯爵はつぶやいた。彼女の初恋の人で、花嫁でもある少女。メグ・ブラッケンだった。
「君もここへ来たのか」
「はい、お城が火に包まれたあのとき。ここは、どこなのです?」
「二千○○年のルーマニア。僕が生まれた時代だ」
「まあ、またあなた様にお会いできるなんて。メグは幸せもので御座います」
 指を組んでうっとりされても、相手はもう感情がろくにないので、特に反応はない。

 メグは脳も含めて、肉体のほとんどを機械化されているが、いちおう人間なので感情がけっこう残っており、喜びや悲しみなどを表現することがよくある。また、これもブラにはどうでもいいことだが、メグにはブラに殺された記憶が完全に消えていて、ただ彼女への憧れと恋心だけが残っていた。実は自分の誕生パーティで見かけたとき、メグはドレス姿のブラに一目惚れしていたのである。

「まあ、お城は無事なのですね」
 自分の後ろにそびえるそれを見て、喜びの声をあげるメグに、冷ややかな目を向けるブラ様。
「もう、ここにはいられない」と振り向いて一瞥し、また彼女を向く。「また東京へ戻る」
「お供いたしますわ」

 歩き出すブラにメグが続き、二人は月の光に照らされた山道を行く。ブラはふと振り返り、メグの顔を見た。一瞬そこに、なにか忘れものでもしたような気がしたが、すぐに前を向いた。
 それはかつて、ほんの少しのあいだに持った「愛」だの「優しさ」だの「慈悲」だのといった感情の、ほんのかすかな記憶の影だったが、それらは風にまうように残らずさっと吹き飛んでしまい、二度と見ることはなかった。

 二人の行く手には無限の闇が口をあけている。血と恐怖に満ちた地獄の時代が、再び幕を開けた。
(「戦争の親玉 ブラッド一号の花嫁」終)
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