17 / 17
【最終話】大階段を上って行く二人
卒業パーティの当日、エレノアとフィンリーは学園の大階段を見上げていた。
ノーリス王立学園の卒業パーティが行われる大講堂は、この階段を上った先のさらに奥にある。
この場所で入れ替わりから無事に戻ったあの日以来、エレノアは初めてここにやってきた。
なんとなくこの階段を避けたい気持ちもあったが、実はしばらく工事中だった。
カートフォード公爵家とローレンス公爵家の双方が費用を出し合い、大階段の真ん中に手すりが取り付けられることになった。
それが卒業パーティのこの日に間に合うように完成したのだ。
黒い鉄で曲線を描いた優美な手すりで、手に触れるところは堅い木製である。
「これなら安心して階段を使えますね」
「そうだな、今まで手すりがなかったことが不思議なくらいだ」
大階段を右と左に二分することになるが、安全に上り下りできる階段になりそうだ。
エレノアとフィンリーが入れ替わってしまった大階段の下、手すりの始まりとなるその場所には小さな植え込みができた。白い石で造られたうさぎを囲むように花が植えられている。
石のうさぎはここから見上げた断頭台で身代わりとなって亡くなった者の慰霊の思いを込めて造られたが、
それを知る者はフィンリーとエレノアしかいない。
さらにエレノアだけが知る事実もあった。
入れ替わりが起こったのが何故この場所だったのかということが推察される資料を、後から見つけた。
断頭台で切断された頭部が、執行補助の者の失態により坂を転がり落ちてしまったというのだ。
切断された頭部が止まったところが、大階段の下のエレノアとフィンリーが入れ替わった場所だった。
貴族の処刑を娯楽気分で見ていた民衆も、自分たちの足元に転がってきた首に慄き、
静まり返って手を合わせる者もいたと挿絵つきで書かれていた。
そのできごとを最後に、この学園ができる前の広場での処刑は行われなくなったという。
あの日フィンリーから婚約を白紙にと言われて、心臓がちぎれて身体をすり抜けて足元に落ち、
そのままあの階段を転がり落ちていったような錯覚がエレノアにはあった。
その感覚のことをうまく言える気がしなくてフィンリーには伝えていない。
また、フィンリーはエレノアに『婚約を白紙に』と言ったことを深く悔いており、
それを告げられたとき、心臓がちぎれて落ちた感覚があったと言うのもなんとなく憚れた。
そのことはエレノアの胸の中にしまっておくことにした。
ただ、この場所を踏んだり誰かが転んだりしないように、二度と入れ替わりが起こらないようにと、
手すりの工事と一緒に小さな植え込みを作りたいとエレノアが提案したのだ。
「このあたりに立つと、なんだか少し寒気を感じます……」
「そうだな……人が亡くなった場所というのは王国内の至るところにあると思うが、
何も悪いことをしていない者が権力者の横暴で身代わりで命を落としてしまったのだ。
その場所に怨みのようなものが残ってもしかたがない」
「ここに美しいお花を植えたので、いつも誰かに気に留めてもらえますね。
その方のお気持ちも、安らかに鎮まりますように」
「ローレンス家の庭師が咲かせた珍しい二色の花が、人の足を止めてくれるだろう」
手を合わせるエレノアの肩を、フィンリーはそっと抱いた。
「さあエレノア、そろそろ行こうか。この大階段を上っていこう」
「はい、フィンリーさま」
エレノアはこのパーティのために作ったジェードグリーンのドレスを身にまとっている。
フォーン色のオーガンジーの薄布が、腰のあたりから裾に向かって波のように揺れている。
二人の瞳の色をそのまま写し取ったようなドレスは、大きなリボンなどの装飾はない。
シンプルなものだが生地がとても美しく、光に当たるとうねるように色が変化して見える。
髪飾りは以前フィンリーが贈ったものだ。
緩くアップにした髪に小花のピンを散らすように差して、髪飾りが映えるようにまとめている。
しばらく前に、フィンリーが髪飾りとお揃いのネックレスとイヤリングを持ってローレンス家にやってきた。
実は髪飾りと一緒に作らせていて、驚かそうと黙っていたという。
ただ、知らなかったのはエレノアだけで、ローレンス公と侍女のナタリアは事前に知らされていた。
フィンリーの従者であるセオドアが、卒業パーティ用にローレンス家が用意してしまうかもしれないから、完全なる秘密は無理だとフィンリーに言ったのだ。
ナタリアはイヤリングの長さを事前に知ることで、当日の髪型をいろいろ考えることができた。
そのネックレスとイヤリングも今日のエレノアを飾っていた。
フィンリーは明るい紺色のコートジャケット、薄茶色のタイにエレノアの髪留めと同じ石のピンを差している。
紺色のコートジャケットにはエレノアのドレスと同じ色の裏地があり、そこにエレノアが刺繍を施した。
フィンリーが依頼した柄は、『F』にまるで蔦を這わせるように『E』を絡めた図の連続柄だった。
エレノアは母グレイスの形見の裁縫箱と会話をするように、夜毎フィンリーのコートの裏地に刺繍をした。
その時間はエレノアにとって至福の時だった。
母グレイスの好きだったお茶を飲みながら、母がローレンス公爵家に嫁入りしたときに
実家から持たせてもらった裁縫箱の針を動かす。
──お母様、私は今、本当に幸せです。
エレノアは瞼の裏の面影に語りかけながら、フィンリーへの想いを一針一針刺した。
カートフォード家で、フィンリーができあがったコートジャケットを試着して見せたときに、
何度も裏地が見えるようなポーズをしてセオドアが苦笑いをしたという話を、
エレノアはナタリアからこっそり聞かされて微笑んだ。
フィンリーがエレノアをエスコートして、二人はゆっくりと大階段を上っていく。
折った足はすっかり治ったと聞いているが、エレノアは少し心配になる。
急にバランスを崩したりはしないだろうか。
ボリュームのあるパーティドレスでこの階段を使う者はほとんどいない。
普通になだらかな小径があるのでそちらを使う。
でもフィンリーとエレノアは、この大階段を上って行くことに二人で決めた。
二人の身体も人生も交差したこの大階段を、一段一段ゆっくりと踏みしめていく。
最後の一段を上ると、二人は互いを見てほほえみ合った。
大講堂に向かう同級生たちが、そんな二人を見て『ごきげんよう』と声を掛け、二人もそれに応える。
「フィンリーさま、お願いがあるのですが……」
「急にどうした?」
「あの、この卒業パーティが終わりましたら、コートジャケットの裏側がちらっと見えるポーズをわたくしにもやってみせていただけませんか?」
そんな話がエレノアの耳に入った流れを、フィンリーはすぐに思い至った。
帰りの馬車でエレノアを抱き寄せてみせて、砂糖をかぶったような気分にさせてやる。
「……エレノア……大好きな君からのお願いだ、もうやめてと言うまでやってみせよう」
「ありがとうございます、楽しみにしていますわ」
「さあ、行こう」
フィンリーはもう一度エレノアの手を取った。
みつめあって微笑み、まっすぐにまばゆい光が集まる大講堂の中へと入っていった。
おわり
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された
夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。
それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。
ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。
設定ゆるゆる全3話のショートです。
偽りの恩人と失われた絆 〜凍てついた心を溶かす献身の雫〜
余白に蒼
恋愛
若き侯爵アリスティアと妻セラフィナは、誰もが羨む仲睦まじい夫婦だった。
しかし、北部の視察へ向かったアリスティアが事故に遭い、行方不明となってから運命は暗転する。
不安と孤独の中セラフィナは彼の無事を信じ続けて領地を切り盛りするが、ようやく帰還した夫は記憶を失い、見知らぬ平民の娘ニーナを「命の恩人」として伴っていた。
絶望的な状況下でも献身的に夫を想う愛と再生の物語。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
「お前を愛することはない」と言ってしまった夫は、妻の本当の目的を知らない【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
辺境伯ロランは、政略結婚で迎えた妻メリンダを「お飾り」だと思っていた。
だがある日、愛人が社交界で妻を侮辱し、王宮から勧告が下る。
窮地に立たされたロランは、妻の実家へ謝罪に向かうが──
メリンダは、9歳で商会を立ち上げ、15歳で貴族学園を3ヶ月で飛び級卒業した“怪物級の才女”だった。
さらに、ロランの代わりに愛人を修道院へ送り、家政も社交も完璧にこなす。
一方ロランは、妻の望む「コンドル」と「虎」を本当に捕まえて帰ってくるほど、妙な方向に頑張り始め──
気づけば、“お飾り”だと思っていた妻に、人生ごと振り回されていた。
そんな中、パーティーで“アフェイリ窃盗団”が出現。
ロランは初めて、妻を守るために剣を抜く。