4 / 32
【4】婚約者だと紹介される(アリシア視点)
しおりを挟むいつものように王宮に行き、いつもと変わりないお妃教育を受ける。
ただ今日は、本日分のカリキュラムが済んだ後、陛下を始めこの国の政治に関わる人々の会議の場に私の席もあるらしいと聞いた。
それもお妃教育の一貫ということだった。
ただ座っていればいいと言われたけれど、それでも緊張でどうにかなりそう……。
大きな円卓がある部屋に通される。
私はその円卓の後方にある長テーブルの端に案内され、会議に参加する貴族たちが入室してくるのを見ていた。
こうした場では位の低い者から入ってくる。
大方の席が埋まった頃、お父様が入ってきた。
ちらと私に目を向けておそらく驚いただろうが一切それを顔に出さずに、そのまま何事もなかったかのように着席する。
それから成人王族であるアルフレッド殿下とリカルド殿下が着席し、最後に陛下が座ると厳かに会議が始まった。
議題は、南方国シャーリドの第一王子イクバル殿下とドラータ帝国ルチアナ皇女殿下との婚約の儀についてだった。
ドラータ帝国は、我がヴェルーデ王国を含め五つの王国を束ねる大きな帝国だ。
そのドラータ帝国に隣に位置するのがシャーリド王国。
南北に長い我がヴェルーデの南に隣接している。
シャーリド領は、小さな国々や独立していた部族を併呑してできた云わば小さな帝国であり、その領土には砂漠地帯が広がっている。
シャーリド王国の第一王子イクバル殿下は、ドラータ帝国で婚約の儀を行った後、帝国内の王国を外遊するという。
我がヴェルーデ王国も訪問地の一つで、その立地からヴェルーデを最後の訪問地としてシャーリド一行は帰国の途に就く。
今回の婚約の儀に随行するシャーリドの一行は、末端の従者まで含めると百人ほどになるらしい。
そんな大人数でドラータ帝国内の王国を訪問していくのだから、それぞれ受け入れる王国側も大がかりな準備が必要となる。
一行の中の王族は、婚約を交わすイクバル第一王子とバースィル第三王子。
このお二人は、シャーリド王の正妃を母に持つ同母兄弟だ。
王族の饗応役は、ヴェルーデの王子であるアルフレッド殿下とリカルド殿下も加わるというところで、急に名前を呼ばれた。
「今日はアルフレッドの婚約者であるアリシア・ノックスビル公爵令嬢を皆に紹介しよう。このたびのシャーリドの王太子殿下饗応役としてアリシア嬢にも協力してもらうことになった」
まったくの初耳だった。
お父様をそっと見てもその表情からは何も読み取れない。
もしかしてお父様も聞いていらっしゃらなかった?
「アルフレッド、婚約者令嬢を皆に紹介してくれ」
陛下に促されたアルフレッド殿下は私のところまでやってくると、
「私の婚約者のアリシア・ノックスビル公爵令嬢だ。此度の饗応役に彼女にも尽力してもらうこととなった。妃教育期間中であるが、陛下からシャーリド王国の案件が終わるまではこちらに集中せよとのお言葉を給わった。私共々よろしく頼む」
アルフレッド殿下がお辞儀だけでよいと囁いたので、それに従い作法通りにお辞儀をする。
殿下に『私の婚約者の』と言われ名前を呼んでいただいて、うっかりドキドキした……。
涼やかな声で私の名前を……。
待って、今はそれどころではないわ。
「これも妃教育の一貫である。机上で学ぶことも大切だが現場で得るものはそれ以上だろう。シャーリドの件の総指揮官であるハワード公爵にいろいろ教えを乞うとよい。また、アリシア嬢の父であるノックスビル公爵からも大きな助けをもらえるはずだ。では次の議題を」
陛下の言葉で人々の視線が他へ移ってそっと息を吐く。
ハワード公爵はこのシャーリド王国関連の責任者のようだった。
ハワード公爵家は我がノックスビル家と並ぶ家格だが、その系譜はノックスビル家よりも新しい。
息子が三人いて娘がおらず、奥方の弟である子爵家から養女をひとり取ったという。
その養女をアルフレッド殿下の婚約者にと画策していたところ私がその座に収まってしまった。その令嬢は殿下と同じ学園に通っている。
私がハワード公爵について知っていることはこの程度で、帰ったらお父様にいろいろ尋ねなければ。
何にしてもハワード公爵は私のことをよくは思っていないだろう。
養女まで取って王室と縁続きになろうとしていたのを、邪魔した存在なのだ。
会議の後半はつい上の空でそんなことを考えているうちにすべてが終わり、やっと私は解放された。
「アリシア嬢!」
会議の行われた部屋を出て歩いていると、アルフレッド殿下に声を掛けられた。
まったく心臓に悪いので本当にやめてもらいたい。
「今日は丸一日拘束することになってしまった。お詫びに明日にでも何か馳走したいのだが」
「……お気遣いありがとうございます。ですが明日まではお妃教育のカリキュラムがありますので、お気持だけありがたくいただきます。失礼いたします」
「そうか、それは残念だが仕方がないな」
明日はお妃教育の後に孤児院に行かなければならなかった。
殿下のお誘いを固辞して、帰りの馬車の中でぼんやり考え事をする。
毎日時間に追われ、こんな時しかゆっくり考えを巡らすこともできない。
婚約破棄とその撤回について、アルフレッド殿下が何を考えているのか分からなかったが、今日の会議でなんとなく見えてきた。
陛下からシャーリド王太子の饗応役を仰せつかって、私と一緒にやれと言われた。
それなのにアルフレッド殿下は婚約破棄と私に告げてしまったから、慌ててそれを撤回にきたというところかしら。
あれは冗談だったと、冗談にもならない誰も笑わないつまらないことを言って。
でも本当にそれで殿下はよかったのかしら……。
私との婚約を破棄したい理由があったはずなのに、今日は私のお父様を含むヴェルーデの中枢にいる貴族たちの前で私を婚約者だとアルフレッド殿下自ら紹介をした。
これではシャーリドの件が無事に終わっても、改めて婚約破棄というのは難しいように思えるわ。
もしかしたら……。
その時は隣のフォートナム国の王太子のような手口を使うつもりなの……?
改めてお父様の言葉を思い出す。
たとえ友人であっても幼馴染であっても男と気安く口を聞くな、パーティ会場では何も口にするな、お妃教育で王宮に出向く以外は外出するな……。
これを聞いたときは、まさかそんなことがあるわけがないと聞き流したけれど、もしかすると本当に警戒しなければならないのでは……。
憂鬱な気持ちが馬車の揺れに合わせて頭の中で行ったり来たりする。
それにしても、今日のお詫びに明日にでも何か馳走すると殿下が言ったけど、何をご馳走してくださるおつもりだったのかしら。
先日の王宮のお菓子はとっくに全部私のおなかの中に消えてしまっていた。
本当は甘い物ならご馳走になりたかったな……なんて少し思う。
シャーリドの件が終わるまでは、たぶん私に何も手を出してはこないだろうから。
そこまではまあまあ安心して座っていられそうな、ぐらぐらの婚約者の椅子を勧められたようなものね。
そして頭の中のノートに『婚約破棄はいつ?』と書き込んだ。
265
あなたにおすすめの小説
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました
ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、
ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。
理由はただ一つ――
「平民出身の聖女と婚約するため」。
だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。
シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。
ただ静かに席を立っただけ。
それだけで――
王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、
王国最大の商会は資金提供を打ち切り、
王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。
一方シャウラは、何もしていない。
復讐もしない。断罪もしない。
平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。
そして王国は、
“王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、
聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。
誰かを裁くことなく、
誰かを蹴落とすことなく、
ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。
これは、
婚約破棄から始まる――
静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。
「私は何もしていませんわ」
それが、最強の勝利だった。
クリスティーヌの本当の幸せ
宝月 蓮
恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。
この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる