【完結】どうか、婚約破棄と言われませんように

青波鳩子

文字の大きさ
1 / 15

【1】婚約が決まる(エレイン視点)

しおりを挟む


バートレット王国第二王子であるグレイアム殿下との婚約を打診されていると父に聞かされた瞬間、感情を表に出すなと日頃から言われているのに驚きの声を上げてしまった。
すぐに口元を自分の手で押さえても、その喜びは隠せない。
ずっと密かに憧れ続けたグレイアム殿下との婚約の話だったのだから。

「お父様、本当なのですか……」

「ああ、陛下直々にこの話を戴いたのだ。グレイアム殿下は側室ミリアナ妃殿下のお子の第二王子でいつも毅然とした表情でいらっしゃる、とても厳しく教育を受けておられる王子だ。
エレインを王家に嫁がせるというのは、我がミッドフォード公爵家にとって誉れではあるが切に望んでのものでもない。むしろ、第二王子の後ろ盾として王家のほうがミッドフォード公爵家のエレインを望んでいるのだ。
私はエレインの気持ちを蔑ろにするつもりはない。エレイン、君はこの婚約についてどう思う」

お父様は優しい眼差しで私の気持ちを尋ねてくれた。
そのことがとても嬉しい。

「今の私がグレイアム殿下の婚約者となるのであれば足りない点が多々あるかと思いますが、ミッドフォード公爵家の娘として恥じないよう努力をしていきたいと思います。私個人としてとても嬉しく、このお話をお受けしたいと思います」

「エレイン個人としても、なのだな。そうか、わかった。王家には承諾の旨伝えることにする。これから忙しくなるが、身体を大事に過ごすように」

お父様は穏やかな笑みを浮かべてそう言ってくださった。


あれは八歳の頃と記憶している。
王宮で開催されたお茶会に母に連れられて行った時、グレイアム殿下と出会った。
大人の女性ばかりの集まりにグレイアム殿下は退屈していたのか、その時近くにいた私の手を取って一緒に駆けまわって遊んだ。
途中でハチに追いかけられた私に、グレイアム殿下は上着を脱いで振り回しハチを追い払ってくださった。お付きの者ではなく殿下自身がそうしてくれたことに私は驚いてしまった。
ハチがいなくなって安心した私が泣き出してしまうと、殿下は真っ白いハンカチを差し出してくれた。
小さな私は絵画の天使のようなグレイアム殿下を、差し出されたハンカチを受け取るのも忘れてみつめた。
金色の巻き毛、透き通った緑色の瞳は美しいだけではなく光を宿して輝いていた。

それからあまり好きではなかった刺繍をたくさん練習して、バートレット王家の紋章とグレイアム殿下のイニシャルを刺繍したハンカチを、また母に連れられて行ったお茶会の時に渡すことができた。
グレイアム殿下は驚いたような顔をしながら受け取り、花が咲いたような笑顔で『大事にする』と言ってくれた。
それが私の初恋だった。


父から婚約の話を聞いて嬉しかったが、喜びと同じくらいの寂しさにも襲われた。
グレイアム殿下には想い人がいて、それは殿下の乳母の娘ジェシカ・ドーソン様だと学園内で噂されているからだ。

第二王子のグレイアム殿下は側室様から生まれた。
王妃様の生んだ第一王子のエリック殿下よりも優秀であれば、陛下はその後継をグレイアム殿下とするかもしれない──そう信じていらっしゃる側室のミリアナ妃殿下が殿下に厳しく教育しているというのは有名な話らしい。
快活だったグレイアム殿下はどんどん言葉も笑顔も少なくなり、その頃から殿下の心の拠り所は優しい乳母だけだったという。
そしてその乳母の娘であるジェシカ様にグレイアム殿下は心を許している──そのように噂されていた。

学園ではグレイアム殿下が生徒会にジェシカ様を誘ったという。
グレイアム殿下はいつもジェシカ様と生徒会の役員たちと一緒に過ごしている。
殿下が『ジェシカ』と、ジェシカ様が『グレイ』と互いに呼び合っていることで二人の仲が噂になっているが、二人とも『ただの幼馴染』と言うだけだ。

生徒会に属している生徒たちも、殿下とジェシカ様は恋仲などではないと言っている。
殿下とジェシカ様は二人きりになったことなどないと。
それでもグレイアム殿下が親しく言葉を交わす女生徒はジェシカ様だけということもあって、噂になっていた。
私はグレイアム殿下を密かにお慕いしていたことで、殿下のお姿をよく視界に収めてしまっていた。
あんなお優しい微笑は、ただの同級生に向けるものではないと感じている。
婚約が決まって喜んだのはきっと私だけだ。

グレイアム殿下はジェシカ様ではない私が婚約者となって鬱陶しく残念だとお思いだろうし、ジェシカ様は私を恨んでいるかもしれない。
それでも、公爵家の娘としていつか誰かに嫁がねばならないのだとしたら、それがグレイアム殿下であることは、途方もない幸せだと感じている。
グレイアム殿下との婚約話に、喜びと不安の両方を抱えることになった。


王室とミッドフォード公爵家との間で正式に婚約が交わされてから、私はひっそりと目標を掲げた。

──グレイアム殿下から婚約破棄をされないこと。

そう思ったのには理由があった。


私には兄と姉がいる。
ミッドフォード公爵家嫡男のアンディ兄様は、学園在学中に隣国へ留学していた。一年の留学を終えて戻ったアンディ兄様は、留学先の学園でのパーティで起きた『婚約破棄事件』を姉と私に話してくれた。

その話を聞いている時、アンディ兄様が婚約破棄をされた令嬢に同情する立場で話しているにも関わらず、どこかエンターテインメントとして捉えている空気を感じた。
私はアンディ兄様が誠実で、他者に対して思いやりがあることをよく知っている。
でもそんな兄様でさえ、婚約破棄された令嬢のことを『冤罪の被害者』と憤慨しながらどこかで見下げているように感じてしまって、私は鳥肌が立った。

私はグレイアム殿下自身が願い求めた婚約者ではない。
殿下の母であるミリアナ妃殿下が殿下の後ろ盾と成り得る公爵家の娘として、私を見出し婚約者に据えたに過ぎない。私という存在を、自分の心に被せた蓋の上の邪魔な重石と感じてもおかしくない。

隣国からの留学生のエンターテインメントにさえなってしまう『婚約破棄騒動の渦中の令嬢』は、このままいけば未来の自分なのではないか……。
私はグレイアム殿下から婚約破棄を突きつけられないように、もしも婚約を無かったものにしたくなった場合、殿下が穏やかにそれを解消してくださるように、注意して日々を過ごそうと決意した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

処理中です...