10 / 15
【10】咄嗟の行動(エレイン視点)
しおりを挟むそれから夜はずっと殿下の言葉の意味を考え、学園では言われたとおり生徒会室にもグレイアム殿下にも、もちろんジェシカ様にも近寄らないようにした。
そしてできるだけ朗らかに友人たちと過ごすように心がけた。
おなかを壊してから食欲もなく、食べることそのものが楽しくなくなっていたけれど、昼休みには友人たちとランチをいただかなくてはならない。
口にできるものを少しずつ飲み物で流し込むようにしながら、それを友人たちに気づかれないようになんとか食べ終える。
何をしていてもグレイアム殿下の言葉を考えてしまい、胸もおなかも締めつけられるように痛んだ。
今日も、昼の休みに食堂で友人と食事を終えておしゃべりをしていたら、ジェシカ様から声を掛けられた。
「エレインさんにお願いがあるの。グレイから借りていた大切なものを落としてしまって、一緒に探してもらえないかしら。彼には内緒で見つけたいの」
「まあ、それは大変ですわ……」
私は腰を浮かしかけた。
「ちょっと、どうしてそんなことをエレイン様に頼むのかしら?」
「それよりも、『グレイ』というのは、まさかグレイアム殿下のことではないわよね?」
一緒に居た友人たちが、非難めいた口調でジェシカ様に問いかけた。
まるで、私の心の中でぐるぐると渦巻いている言葉を読んだように、友人たちが言ってくれた気がした。
「私はあなたたちじゃなくて、エレインさんに話してるの! 関係ない人は黙っててくれない?」
「まあ! なんて失礼な……」
騒ぎになっては困ったことになる。ジェシカ様の声はかなり大きくて食堂ホールの中に響き、近くにいる人たちが何事かとこちらを気にしている。私はこの場をどうにか収めたかった。
「ごめんなさい、少しお手伝いしてきます。二人とも、先に教室に戻っていてね」
「エレイン様大丈夫? 先生に話したほうがいいと思うのだけれど……」
「大丈夫よ。心配かけてしまってごめんなさい。また後で」
友人たちは、何度か振り返りながら教室に戻って行った。
「先生に話したほうがいいとか意味が分からないわ。エレインさん、お友達は選んだほうがいいわよ」
ジェシカ様のその言葉には応えなかった。口を開けば、選んで選ばれてお付き合いをしている友人たちだからこそ、私を案じてくれての言葉でしょう。そう言ってしまいそうだった。
ジェシカ様は、肩を怒らせるようにして私の前を歩いていく。
ほんの少しの違和感はあった。
グレイアム殿下からお借りしたものを失くしてしまったのだから、殿下に内緒というのは分かる。
でも、それならいつも一緒にいる生徒会の皆さんにこっそりお願いすればいいのではないかしら。
どうして私に? そこに偶然私がいたからだろうか。
「たぶんこのあたりだと思うの。昨日からずっと探しているけれど、それでもまだ見つからなくて……」
ジェシカ様は裏庭にある人工池のあたりにやってきた。
ここは自然にできた池ではなくきれいに整えられている池だ。魚を放っているため、水際の近くからすぐに深くなっているという。
水辺には花や芝がきれいに植えられ、花をつける低木もあって生徒たちの憩いの場だ。
でも私は……できれば近寄りたくない場所だった。
水面を見るのも恐ろしく足が竦む。
冷たい風が頬を撫で、その風が水面に小さな波を立たせる。
その小さな波の間から無数の目が私をじっと睨みつけていて、目を逸らしても恐ろしさが足元からよじ登ってくるようだ。
おなかのあたりがキリキリと痛み始め、指先が冷えていく。
ジェシカ様にどんな言い訳をしたら、穏やかに一人で戻れるだろうかと必死に考えていた。
その時、頭の中で危険を知らせる灯りがチカチカ点滅した。
ジェシカ様は探し物をしているはずなのに、先ほどから少しも地面を見ていない。
そしてたった今気づいたけれど、ジェシカ様から何を探しているのか聞かされていなかったわ!
ジェシカ様は私やあたりの様子をチラチラ伺うように見ている。
これは、例の婚約破棄によく使われる『池に突き落とされた』をなさろうとしているのでは……?
自ら池に飛び込み、私に突き飛ばされたと言うつもりかもしれない。
池に落ちたジェシカ様が、グレイアム殿下に『エレインさんが私を突き飛ばしたの!』と訴えたら、殿下はそれを信じるだろうか。
『いいえ、そのようなことはしていません』と言う私を信じてくださるだろうか。
先日の、生徒会室に近寄らないように、学園で話し掛けないようにするとおっしゃった殿下の言葉が頭の中で再生された。
……グレイアム殿下が信じるのは、私ではないかもしれないわ……。
そう思ったとき、ジェシカ様はまさに池に落ちようとしているように見えた。
咄嗟にその手を引いて身体を入れ替え、私は池に飛び込んだ。
──ああ、私はこれで死ぬのね……でも、殿下に信じてもらえないのなら……。
目を固く閉じたまま、冷たい水の中で上も下も分からなくなっていく。
誰かが自分の名を叫んでいるような気がした。
目を閉じて瞼の裏に見える世界よりもさらに、すべてが真っ暗になった。
233
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
あなたの言うことが、すべて正しかったです
Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」
名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。
絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。
そして、運命の五年後。
リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。
*小説家になろうでも投稿中です
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる