【完結】どうか、婚約破棄と言われませんように

青波鳩子

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【最終話】言葉を尽くす(エレイン視点)

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すっかり体調も回復し、元気に学園に通っている。
婚約破棄に怯えることがなくなって、自分らしさを取り戻すことができた。

あれからジェシカ・ドーソン様が私に会って話したいと、イーデン・ファロン様を通じて申し込まれた。
私はすぐにグレイアム様に相談すると、生徒会室を貸してくださると、隣の部屋に居るから安心してほしいと、そうおっしゃってくださったので会うことにした。



「エレイン・ミッドフォード公爵令嬢様、今日はお時間を作ってくださりありがとうございます」

これまでと違う言葉使いだった。私にそこにはこだわりはないけれど、グレイアム様が『きちんと線を引き直した』とおっしゃったことを思い出す。

「エレインでいいわ」

「ではエレイン様とお呼びさせてください」

ジェシカ様はゆっくり言葉を選びながら、話し始めた。


「私にはずっと友達ができませんでした。少し仲良くなっても他の子が来ればそちらへみんな行ってしまいました。
ある時、母が焼いたクッキーを持って行ったら、みんな喜んで食べてくれました。
それから母に教わってクッキーを作っては、いろいろな人にあげました。グレイアム殿下が食べてくれた時は本当に嬉しかった。この国の王子様だというのに毒見もせずに食べてくれたから。
それを母に話したら、それはジェシカが特別だからねと言ったのです。
今思えば、それは母が殿下の乳母だからという意味での特別という言い方だったと思いますが、その時は私がグレイアム殿下の特別な存在なんだと勘違いをして喜びました。

でも、やっぱり私には友達はできませんでした。クッキーを持って行けばみんな食べてくれるけれど、食べ終われば私に興味はなくなり、みんなどこかへ行ってしまいます。
生徒会室でエレイン様がクッキーを食べてくださったとき、嬉しかったのは本当です。
私なんかの手作りを、嫌がりも疑いもせずに。
ただそれを喜んでいればよかったのに、グレイアム殿下がどんどんエレイン様に惹かれていく様子を見て、殿下にとって特別なのはエレイン様だと思うことが辛かった。
それで嫌がらせのようなことをしてしまいました。
普通の公爵令嬢のように、よく知らない人の手作りクッキーなど拒否してくれればいいと思いました。
でも、エレイン様は食べてくださって、そのせいで具合を悪くしてしまった。
友達が欲しくて作り始めたクッキーを、私は自分でそれを壊すことに使ってしまいました。
グレイアム殿下から、この先エレイン様は何か食べる時にすべて大丈夫かと疑ってしまうかもしれないと聞いて、私がやってしまったことの卑劣さに初めて気づきました。
本当に申し訳ありません。謝る機会をいただき、ありがとうございました。
それからこれはエレイン様には興味がないと思いますが、今日で学園を退学することになりました。
元からあまり勉強は得意ではなかったので、家族と領地に戻って私にできることを探そうと思っています」

ジェシカ様の謝罪を聞いて、思うことはたくさんあった。
確かに物を食べることが苦痛になってしまったし、これから先、誰かの手作りと聞いたら、少し躊躇ってしまうだろう。

「話してくださってありがとう。謝罪も受け入れます。それから学園を退学なさるとのこと、事前にグレイアム様から聞いていました。
このクッキーを仕返しにジェシカ様に差し上げたく思います。私が、生まれて初めて自分で焼いたクッキーですから、何の保証もありません。これでも焦がした分は持ってきていません。どうぞ召し上がってください」

ジェシカ様にクッキーを渡すと、目を丸くして驚いている。
そして、まさに恐る恐るという感じでクッキーを口にした。

「……エレイン様、粉はダマにならないようにしっかり混ぜたほうがいいと思います……それから、砂糖をもっと入れないと……このクッキー、味がしません……」

「いいところが一つもないですね…。でも、教わったとおりに用意した砂糖の量を見たら驚いてしまって、こんなに入れて大丈夫なのかと……」

「砂糖はこんなに入れるの? というくらいでいいのです。そこからちょっとだけ控えるくらいで。あの、エレイン様、このクッキーをグレイアム殿下にあげるのですか?」

「いいえ、自分でもびっくりするくらいおいしくなかったので、もっと上手に作れるようになってからにします。これは、味見は済ませていますが、ジェシカ様への仕返しですから……」

失礼だとは思ったけれど、ジェシカ様が無表情で食べたことがおかしかった。材料を混ぜて焼けば普通に食べられるクッキーができると思っていたのは間違いだった。それを知ることができただけでもやってみたのは良かった。

「なんでも優雅に美しくこなす公爵令嬢のエレイン様にもできないことがあるのですね。これは意地悪で言ったのではなく、エレイン様にできないことなど無いと思っていたからです」

「どうぞご内密にお願いします。でも次はもう少し上手にできると思います。
では、ジェシカ様、ご領地はここより寒いところと聞いています。お身体大事になさって」

「ありがとうございます。私、エレイン様のお友達になれますか?」

急にそう問われて驚いてしまった。
私はジェシカ様と友達になれるのだろうか……。
答えはグレイアム様が新たに引き直した線の上にあるように思えた。
今、私の心に浮かんだ答えを、見た目の優しさのために書き換えることはしたくなかった。

「ジェシカ様、今はまだお友達にはなれません。今の私には、そうとしか申し上げられません」

「……分かりました。今日は、お時間いただきありがとうございました」

ジェシカ様は、無理に作った笑顔でそう言うと、静かに部屋を出ていった。



友達にはなれないと言葉にするのはこれからもこの先も、そう無いことのように思えた。
言われたジェシカ様も痛かったと思うけれど、言った私も苦い何かの塊を大きいまま飲んだような感じがあった。
こう言えば確実に相手を傷つけると分かっているのに、でも別の言葉では何の意味もない。

「エレイン、お疲れさま」

隣の部屋からやってきたグレイアム様が、そっと私の肩を抱きしめてくださった。
今の私の胸の苦さを、すべて聞いていらしたグレイアム様はきっと理解してくださる。
そう思うと、少しラクになった気がした。

「彼女にあげたクッキー、僕も食べてみたい」

「絶対に差し上げることはできません。不敬罪は私には重い罪です。これからもっと練習していきたいと思います」

グレイアム様は優しい笑顔を向けてくださった。


***


ジェシカ様と話してから翌々日に、ドーソン男爵は王都のタウンハウスを引き払い、ジェシカ様と奥様を連れて領地へ向かったと聞いた。
学園卒業を待たず、すぐに退学して領地に行ったことは誰かからの命ではなく、ジェシカ様本人から事のあらましをすべて聞いた男爵が自ら決めたことだった。
一連のジェシカ・ドーソン様の件について、お父様は一切関わっていない。


グレイアム様は、すぐに陛下にすべてを話し、同時に陛下の側室である御母上に、『自分は兄上を支えていく者としてこれからも学びたい。兄上に取って代わる気持ちなど全く無い』とはっきり言葉にしたという。
その言葉に、陛下は『そのことを知らなかったのも知ろうともしなかったのもミリアナだけだ』とミリアナ妃殿下をお叱りになり、グレイアム殿下には『良き婚約者と共に励め』とのお言葉をお掛けになったそうだ。

良き婚約者……そのように勿体ないお言葉が陛下から戴けたというのはとても嬉しいことだ。
定例の月に一度の茶会はなくなったけれど、王子妃教育のために王宮に行くたびに、グレイアム様は終わる頃を見計らって、すっと現れる。

そう、今みたいに。


「エレイン疲れただろう。これから僕の部屋で茶を飲まないか? 塩味のクッキーという珍しいものを貰ったから一緒に食べよう。ああ今日も可愛らしいね。その水色のデイドレス、とても似合っている」

あれからグレイアム様はずっとこんな調子だ。
なんでも『言葉を尽くすのが大切だ』という信念を掲げているらしく、とにかく私を褒めてくださるので少し恥ずかしい。

そして、帰り際に送ってくださった時にグレイアム様は、

「ではまた明日。明日になればあと228日だ」

そう結婚の儀までのカウントダウンをして、数字が今日も一つ減ったことに満足そうに微笑を浮かべるのだった。











おわり

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