15 / 15
【最終話】言葉を尽くす(エレイン視点)
しおりを挟むすっかり体調も回復し、元気に学園に通っている。
婚約破棄に怯えることがなくなって、自分らしさを取り戻すことができた。
あれからジェシカ・ドーソン様が私に会って話したいと、イーデン・ファロン様を通じて申し込まれた。
私はすぐにグレイアム様に相談すると、生徒会室を貸してくださると、隣の部屋に居るから安心してほしいと、そうおっしゃってくださったので会うことにした。
「エレイン・ミッドフォード公爵令嬢様、今日はお時間を作ってくださりありがとうございます」
これまでと違う言葉使いだった。私にそこにはこだわりはないけれど、グレイアム様が『きちんと線を引き直した』とおっしゃったことを思い出す。
「エレインでいいわ」
「ではエレイン様とお呼びさせてください」
ジェシカ様はゆっくり言葉を選びながら、話し始めた。
「私にはずっと友達ができませんでした。少し仲良くなっても他の子が来ればそちらへみんな行ってしまいました。
ある時、母が焼いたクッキーを持って行ったら、みんな喜んで食べてくれました。
それから母に教わってクッキーを作っては、いろいろな人にあげました。グレイアム殿下が食べてくれた時は本当に嬉しかった。この国の王子様だというのに毒見もせずに食べてくれたから。
それを母に話したら、それはジェシカが特別だからねと言ったのです。
今思えば、それは母が殿下の乳母だからという意味での特別という言い方だったと思いますが、その時は私がグレイアム殿下の特別な存在なんだと勘違いをして喜びました。
でも、やっぱり私には友達はできませんでした。クッキーを持って行けばみんな食べてくれるけれど、食べ終われば私に興味はなくなり、みんなどこかへ行ってしまいます。
生徒会室でエレイン様がクッキーを食べてくださったとき、嬉しかったのは本当です。
私なんかの手作りを、嫌がりも疑いもせずに。
ただそれを喜んでいればよかったのに、グレイアム殿下がどんどんエレイン様に惹かれていく様子を見て、殿下にとって特別なのはエレイン様だと思うことが辛かった。
それで嫌がらせのようなことをしてしまいました。
普通の公爵令嬢のように、よく知らない人の手作りクッキーなど拒否してくれればいいと思いました。
でも、エレイン様は食べてくださって、そのせいで具合を悪くしてしまった。
友達が欲しくて作り始めたクッキーを、私は自分でそれを壊すことに使ってしまいました。
グレイアム殿下から、この先エレイン様は何か食べる時にすべて大丈夫かと疑ってしまうかもしれないと聞いて、私がやってしまったことの卑劣さに初めて気づきました。
本当に申し訳ありません。謝る機会をいただき、ありがとうございました。
それからこれはエレイン様には興味がないと思いますが、今日で学園を退学することになりました。
元からあまり勉強は得意ではなかったので、家族と領地に戻って私にできることを探そうと思っています」
ジェシカ様の謝罪を聞いて、思うことはたくさんあった。
確かに物を食べることが苦痛になってしまったし、これから先、誰かの手作りと聞いたら、少し躊躇ってしまうだろう。
「話してくださってありがとう。謝罪も受け入れます。それから学園を退学なさるとのこと、事前にグレイアム様から聞いていました。
このクッキーを仕返しにジェシカ様に差し上げたく思います。私が、生まれて初めて自分で焼いたクッキーですから、何の保証もありません。これでも焦がした分は持ってきていません。どうぞ召し上がってください」
ジェシカ様にクッキーを渡すと、目を丸くして驚いている。
そして、まさに恐る恐るという感じでクッキーを口にした。
「……エレイン様、粉はダマにならないようにしっかり混ぜたほうがいいと思います……それから、砂糖をもっと入れないと……このクッキー、味がしません……」
「いいところが一つもないですね…。でも、教わったとおりに用意した砂糖の量を見たら驚いてしまって、こんなに入れて大丈夫なのかと……」
「砂糖はこんなに入れるの? というくらいでいいのです。そこからちょっとだけ控えるくらいで。あの、エレイン様、このクッキーをグレイアム殿下にあげるのですか?」
「いいえ、自分でもびっくりするくらいおいしくなかったので、もっと上手に作れるようになってからにします。これは、味見は済ませていますが、ジェシカ様への仕返しですから……」
失礼だとは思ったけれど、ジェシカ様が無表情で食べたことがおかしかった。材料を混ぜて焼けば普通に食べられるクッキーができると思っていたのは間違いだった。それを知ることができただけでもやってみたのは良かった。
「なんでも優雅に美しくこなす公爵令嬢のエレイン様にもできないことがあるのですね。これは意地悪で言ったのではなく、エレイン様にできないことなど無いと思っていたからです」
「どうぞご内密にお願いします。でも次はもう少し上手にできると思います。
では、ジェシカ様、ご領地はここより寒いところと聞いています。お身体大事になさって」
「ありがとうございます。私、エレイン様のお友達になれますか?」
急にそう問われて驚いてしまった。
私はジェシカ様と友達になれるのだろうか……。
答えはグレイアム様が新たに引き直した線の上にあるように思えた。
今、私の心に浮かんだ答えを、見た目の優しさのために書き換えることはしたくなかった。
「ジェシカ様、今はまだお友達にはなれません。今の私には、そうとしか申し上げられません」
「……分かりました。今日は、お時間いただきありがとうございました」
ジェシカ様は、無理に作った笑顔でそう言うと、静かに部屋を出ていった。
友達にはなれないと言葉にするのはこれからもこの先も、そう無いことのように思えた。
言われたジェシカ様も痛かったと思うけれど、言った私も苦い何かの塊を大きいまま飲んだような感じがあった。
こう言えば確実に相手を傷つけると分かっているのに、でも別の言葉では何の意味もない。
「エレイン、お疲れさま」
隣の部屋からやってきたグレイアム様が、そっと私の肩を抱きしめてくださった。
今の私の胸の苦さを、すべて聞いていらしたグレイアム様はきっと理解してくださる。
そう思うと、少しラクになった気がした。
「彼女にあげたクッキー、僕も食べてみたい」
「絶対に差し上げることはできません。不敬罪は私には重い罪です。これからもっと練習していきたいと思います」
グレイアム様は優しい笑顔を向けてくださった。
***
ジェシカ様と話してから翌々日に、ドーソン男爵は王都のタウンハウスを引き払い、ジェシカ様と奥様を連れて領地へ向かったと聞いた。
学園卒業を待たず、すぐに退学して領地に行ったことは誰かからの命ではなく、ジェシカ様本人から事のあらましをすべて聞いた男爵が自ら決めたことだった。
一連のジェシカ・ドーソン様の件について、お父様は一切関わっていない。
グレイアム様は、すぐに陛下にすべてを話し、同時に陛下の側室である御母上に、『自分は兄上を支えていく者としてこれからも学びたい。兄上に取って代わる気持ちなど全く無い』とはっきり言葉にしたという。
その言葉に、陛下は『そのことを知らなかったのも知ろうともしなかったのもミリアナだけだ』とミリアナ妃殿下をお叱りになり、グレイアム殿下には『良き婚約者と共に励め』とのお言葉をお掛けになったそうだ。
良き婚約者……そのように勿体ないお言葉が陛下から戴けたというのはとても嬉しいことだ。
定例の月に一度の茶会はなくなったけれど、王子妃教育のために王宮に行くたびに、グレイアム様は終わる頃を見計らって、すっと現れる。
そう、今みたいに。
「エレイン疲れただろう。これから僕の部屋で茶を飲まないか? 塩味のクッキーという珍しいものを貰ったから一緒に食べよう。ああ今日も可愛らしいね。その水色のデイドレス、とても似合っている」
あれからグレイアム様はずっとこんな調子だ。
なんでも『言葉を尽くすのが大切だ』という信念を掲げているらしく、とにかく私を褒めてくださるので少し恥ずかしい。
そして、帰り際に送ってくださった時にグレイアム様は、
「ではまた明日。明日になればあと228日だ」
そう結婚の儀までのカウントダウンをして、数字が今日も一つ減ったことに満足そうに微笑を浮かべるのだった。
おわり
763
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
あなたの言うことが、すべて正しかったです
Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」
名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。
絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。
そして、運命の五年後。
リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。
*小説家になろうでも投稿中です
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる