【完結】領主の妻になりました

青波鳩子

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【16】深夜の本邸 *フォスティーヌ視点 → *クライブ視点

 
クライブ様に名前を呼ばれて、逃げるように自室に飛び込んだ。
逃げるように、ではなく実際逃げたのだ。
髪を切ったと気づかれてしまったことも、今更ながら恥ずかしく思った。
クライブ様がいつまでもお健やかでいられるようにという願掛けをしたことも、自分の置かれている立場を何も分かっていなかったと恥ずかしくなる。
私などにそんな願掛けをされることさえ腹が立つに違いないのに。

編み棒を持ってみるものの、考え事ばかりしてしまって手が進まない。
クライブ様はどうして別邸の誰にも、ブリジット様にも内緒でこちらに泊まるというのか。
何回も考えたことをまた考える。
考えが堂々巡りを始めてそのしっぽを追いかけていたら、私はいつの間にか眠ってしまったようだった。


カチャリという音を耳にして目を覚ました。
どれくらい眠っていたのか、時間の感覚を見失っている。
窓の外を見ると、とても高い位置に薄い月が上っていた。
ずいぶんと夜が更けてしまったようだ。
喉の渇きを覚え、水を汲んでこようと静かに部屋を出て足音をしのばせて階段を降りる。
厨房から灯りと話し声が漏れてきて、私は何故か身を潜めた。


「これ以上ないほどしっかりと確認できましたね」

「ああ、あまりにも気づくのが遅すぎた」

「それでこれからどうなさるのか、旦那様のお心は決まったのでしょうか」

「すぐにでも追い出したいところだが、ただ追い出すだけで済ますつもりはない」

アーサーとクライブ様の声だ。
『すぐにでも追い出したいところ』と言ったクライブ様の言葉にハッとする。
この本邸で大人しく迷惑を掛けないように過ごしてきたつもりだったけれど、それでもダメだったの……?
ここを追い出されても今さら侯爵家には戻れない。
本邸の人たちとオールブライトの領民たち、やっと自分の居場所ができたと思い始めたところだった。
旦那様の邪魔はしないから、できればここで静かに暮らしていきたいけれど……。


「あっ……旦那様、それだけでは誤解を生みます」

「誤解? どういう意味だ?」

「旦那様は、どなたを追い出したいのでしょうか」

「何を言っているのだ、ブリジットを追い出したいに決まっているだろう」

「え?」

思わず声を出してしまって慌てて手で口を押える。
ガタンと椅子の音がした。

「……フォスティーヌ」

「も、申し訳ありません、立ち聞きなど、するつもりはありませんでした……」

「奥方様、深夜の酒盛りにようこそ」

アーサーが戸惑う私に椅子を引いた。
向かいに座り直したクライブ様を見ると、肩からあのひざ掛けを羽織っていた。



「お二方ともいつまでそうやってテーブルの木目を見つめているおつもりですか。
自分がいないほうがよいのなら自室に戻りますが」

「いや、それはダメだ……」

「私がお二人のお邪魔をしてしまったのですから、私が部屋に戻ります」

「……いや、それもダメだ……」

湯が沸いて、アーサーが立ち上がった。
ポットにお茶を淹れてくれる。
アーサーはクライブ様と私の顔を交互に見て、ため息をつきながらカップにお茶を注いだ。
沸いたばかりの湯を注いだお茶からは、白い湯気が立ち上っている。

……。
…………。
………………。

「アーサーすまぬ、やはり外してくれ。私はフォスティーヌにきちんと話さなければならない」

「かしこまりました。旦那様奥方様、何かあればいつでもお声がけください。それでは、ひとまずおやすみなさいませ」


***


おそるおそるという感じに、フォスティーヌがお茶を口に運ぶ。
そうしてカップに目を落としている隙をつくように、フォスティーヌを盗み見た。
濃い金色の髪があごのラインで短く切り揃えられていて、まるで少年のようだ。
やけに首が細く心許なく、寒そうに見える。

「寒く、ないか」

「……はい、お茶が温かいので、大丈夫です」

「これは、君が編んでくれたと聞いた。ありがとう」

「お礼など、勿体ないことで、あの……」

立ち上がって、フォスティーヌの肩にひざ掛けを羽織らせる。
やはり、首回りが寒そうに見えて仕方がない。

「こうするととても暖かい。こちらの夜は冷える」

「……ありがとうございます」

「急に、私がこちらに来て驚いただろうし戸惑ってもいるだろう。
これまで長いこと君に……フォスティーヌに酷いことをしてしまった。
身勝手で自己満足にしか聞こえないと思うが謝罪をしたい。
申し訳なかった。
許してもらえると思っているわけではないが、謝罪をしなければここから一歩も進むことができない」

「クライブ様と、お呼びしても差し支えありませんか?」

「あ、ああ、もちろんかまわない」

これまでそう呼ばれたことが無いことに気づき、単純に驚いてしまった。
どれだけの間、私はフォスティーヌを酷く扱っていたのか……。
私がフォスティーヌを『お飾りの妻』という棚に投げるように置き、そこに目を向けずに過ごしていたのだ。
『お飾りの妻』を表面上だけでも大切にするということすらしなかった。
それは『飾っていた』とは言えない。ただ放置し、埃まみれにさせていたのだ……。

「ありがとうございます。クライブ様の今の謝罪の理由をお聞かせいただけなければ、私もここから一歩も進むことができませんので、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」

痛いくらいにまっすぐな瞳を向けられた。
そのまっすぐさに、こちらもきちんとごまかすことなく答えなければと襟を正す。


「それは……君を妻にしておきながら、これまで一度もそう扱ったことがなかったことだ。
君を大事にせず、虚しく辛い思いをさせてきたことを真っ先に謝りたい。
本当に申し訳なかった。
生涯歩けなくなるほどの大怪我を負わせたと思っていたブリジットが、とっくに歩けるようになっていた。
ブリジットに騙されていたが、見抜けなかった自分が愚かだった。
彼女には私の次兄と婚約していた時の公金横領の疑いがある。
長兄である陛下が証拠を手にすればブリジットは罰を受け、私にも何らかの罰が下るだろう。
そうなると、たとえ名義上とは言え私と婚姻中の君にも影響が及ぶことは避けられない。
今の私には、フォスティーヌの未来について決める権利を持っていない。
すべてはアルデルス王となった長兄に委ねている。
陛下には、君の希望を尊重してもらえるように頼むつもりだ」

「……考えなければならない問題がたくさんあり過ぎて整理しきれず、今の時点ではクライブ様の謝罪を受け入れることはできません。ただ、クライブ様が私に謝罪をなさったということは受け止めました」

「聞いてもらえただけでも、ありがたいと思っている」

「陛下のご判断が下るまで、私はここに居ても良いのでしょうか」

「こんなところから君はすぐに出て行きたいところだと思うが、沙汰が下りるまでは居てくれると助かる。
ただ、ブリジットにこちらの動きが気づかれないようにしたい。別邸との関わりはこれまで通りにしてもらえないだろうか。すまないが頼む」

「かしこまりました。私はこれで失礼いたします。どうぞゆっくりとお休みになってください。それから……やはりこのひざ掛けはクライブ様がお使いください」

フォスティーヌは、髪を切って願掛けをしたというひざ掛けを、そのことは何も言わず私の隣の椅子の背もたれに掛けて、静かに部屋を出て行った。


***


側室の腹から第三王子として生まれた私は、実母からも王である父からもひとかけらも望まれていなかった。
王妃殿下が第一王子の長兄を産み、ほぼ同時に側室から第二王子の次兄が産まれた。
長兄の前に王妃殿下は自分の姉となる王女殿下を二人産んでおり、言い方は悪いが政略に使える『駒』を王妃殿下は『二つ』持っていることになる。
これも言い方は悪いが長兄のスペアとなる次兄もおり、第三王子、しかも用済みの側室から生まれた私は完全に王室に必要のない人間だった。

何の価値もなく使える『駒』にさえならない。
産んだ母でさえ、一瞥もくれなかった。
その上、放蕩と横暴の限りを尽くした実母である側室とそれを放置した王が長兄によって弑されて、私は王室に必要のない人間どころか『悪人の産んだ王子であり悪事を企てたマーヴィンの実弟』という新王に害成す存在になった。
新王となった長兄が私を生かしているのは、いずれ何かの『駒』に使える日を待っているだけなのだ。

アルデルス王国に隣接する五か国の中で、私の年齢と見合う王女はあまりいない。年が近いところだと、七つ上の王女がいる国と、九つ下の王女がいる国がある。
しかしどちらの国も我がアルデルスより国力は上で、私のような悪条件の第三王子との婚姻を必要とはしていないだろう。どの王女も国内の有力貴族に嫁いだほうがはるかにいい。

政略結婚にも使えない『駒』の用途は、その命を散らすことしかない。
──捨ていくさの旗印。あるいは他国への人質といったところか。

この世に生を受けたことに始まり、その後何ひとつ自分の意志で選べたものはない。
だからと言って、フォスティーヌのことを粗雑に扱っていたことの言い訳にもならない。
『自分は王家の駒』だと正しく理解していたのなら、フォスティーヌとの結婚を『駒』としてきちんと受け入れなければならなかった。
フォスティーヌを尊重し、手を取り合って自分の役目を果たすことが課せられていたはずなのだ。
そうできなかったということは、次兄マーヴィンと同じく、王家に不利益をもたらす存在に成り下がっていたのだ。
長兄が次兄を赦さないのなら、私に対しても同じだろう。


昨日、本邸の執務室に初めて入った時、コップに差した白い小さな花がテーブルにあった。
これまで別邸を飾っていた花に目を留めることなどなかったのに、この小さな白い花がまっすぐ私の胸に刺さった。
その花は小さくも気高く上を向いて咲いていた。
その花を前に、いかに自分が愚かだったか恥ずかしさを覚えた。


今、私は王都に行っていることになっているが、本当に早急に行く必要があった。
異母兄である、新アルデルス王と話をしなければならない。
自分で自分を罰せられない私は、長兄からの罰を欲していた。


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