【完結】あの日の小径に光る花を君に

青波鳩子

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【5】悲劇

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周囲の木々が増えてきたあたりには、放たれた猟犬を集めようとしている者たちがいた。
従者が馬の歩度を緩めると、そこに居た者たちに止められた。

「この先へは誰も通さないようにとのことです、お戻り下さい」

私は馬を降りて、アンセルミ公爵家の紋章の付いた騎士服を着ている者に近づく。

「サンタレーリ公爵家が嫡子、レティーツィアと申します。アンセルミ公爵家のヴィオランテ様に、レティーツィアが来たと伝えてください」

「サンタレーリ公爵家のレティーツィア様! 大変失礼いたしました、どうぞお通りください。ただ、馬はこちらでお預かりいたします」

話の分かる者で助かった。
しばらくは歩いたものの、気が逸り自然と小走りになってしまう。
気が立っているような犬たちの鳴き声、木に繋がれた馬の嘶き……何か、嫌な予感が胃の腑からこみ上げてくる。
何が……何があったというの……。
事故が起こったのだろうか。
過去には、馬同士がぶつかった事故があったというのを聞いたことがある。
大きな事故などではないといいのだけれど……。
そして何人かの人が集まっているところまで来て、私はゆっくりそこに近づいた。

「レティ、ダメだ止まれ!」

ジュスティアーノ殿下の叫び声がした。
私の足は止まったけれど、それは殿下に声を掛けられたからではなかった。
そこから見えてしまった光景に、足が竦んでしまったからだった。

土の上に、うつ伏せ状態で倒れている男性がいた。
倒れている男性の頭には、頭部を守るはずのトップハットは無く、後頭部のその状態は……彼がもう生きてはいないことを残酷に告げていた……。
倒れている男性のジャケットの袖に、四つ並んだ紫色のボタンが見えた。
私はそれを見て倒れている男性が誰だか分かり、声を上げそうになったのを辛うじて両手で抑えた。

その先にヴィオラがいた。
顔面蒼白で焦点の定まらないヴィオラに、私はよろよろと近づいた。

「……ヴィオラ……」

ハッとしたように私を見たヴィオラは、泣く直前のようにその顔を歪ませた。
女性の護衛がヴィオラの肩を抱き、ヴィオラはそのまま連れて行かれるように歩いていった。
置いて行かれたようになった私は、その場に立ち尽くす。
これからヴィオラが立ち向かわなければならないことを考えると、涙がこみ上げてくる。
どうしてこんな事故が……。

見てしまった光景や、ヴィオラのこと、いろいろなことが頭の中を物凄い速さで駆け巡り、目の前がぐらりと揺れた。
私の腕を掴んだのは、ジュスティアーノ殿下だった。

「建物に入ろう」

殿下はすぐに腕を離すと、私を見ずに真っ直ぐに前を見てそう言いながら歩きだした。
私はこみ上げた涙を振り払うように、両手で自分の頬を叩いた。
泣いている場合ではない、ヴィオラを支えなければ。
これからどうなっていくのか、不安に圧し潰されそうだった。

***

アンセルミ公爵家所有の森林、その中のカントリーハウスに子きつね狩りの参加たちが集められた。
公爵自ら皆の前で詫び、詳細は何も語らなかったけれど狩りを続行できない事故が起きたと説明されて、ほとんどの貴族は帰ることになった。
後日、アンセルミ公爵家から詫びの品を届けるという。
ベルナルド第二王子殿下は、沈痛なお顔でアンセルミ公爵とカルロの兄バディーニ侯爵令息にお言葉をかけてお帰りになった。後は四大公爵家の私たちとその婚約者、そしてジュスティアーノ殿下だけが残った。

アンセルミ公爵家の従者に応接間に案内され、テーブルにはお茶が置かれたけれど、手をつける者はいなかった。
ただ冷めていく紅茶をどれくらいみつめていただろうか、ヴィオラとカルロの兄が応接間にやってきた。
重苦しい空気の中、青ざめた顔のヴィオラが口を開いた。

「……本日は、皆さまをお招きしたにも関わらず、このような事態となってしまい、大変申し訳ございません。わたくしの婚約者カルロは……」

言葉を失ったヴィオラを気遣って、カルロの兄が立ち上がった。

「……弟カルロは、功をいたのか猛スピードで駆けていたと聞きました。そして馬に何かトラブルが生じ、カルロは放り出されて落馬したようです。運悪く、そこに大きな石があり……カルロは頭を強く打ち、亡くなりました」

猛スピードで駆けている時に落馬したのなら、そこに大きな石など無くても亡くなってしまったかもしれない。首や腰を強く打てば、命を落とすこともあると聞いたことがあった。
ヴィオラの婚約者に、功を急くような必要があったのかしら……。
それが悲劇を招いてしまったとは、言葉も無い。

「わたくしとバディーニ侯爵家が婚姻という縁を結ぶことはなくなりましたが、これからもアンセルミ公爵家の狩りを担うのは、バディーニ侯爵家であることは変わりありません。どうか皆さま、今後もバディーニ侯爵家をお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます」

ヴィオラは気丈にそう言った。
カルロ・バディーニ侯爵令息の葬儀は、王都ではなくバディーニ侯爵領の教会で執り行われるとのことで、私たちはここで最後のお別れになるという。
私たちは、彼を一時的に寝かせているという部屋に案内された。
服はそのままで頭には布が巻かれていたけれど、顏はきれいになっていて眠っているようにしか見えなかった。

イラリオとアルマンドは、婚約者の手をそっと握っていた。
アルマンドの婚約者、レナータ様は震えが止まらない様子だった。
ジュスティアーノ殿下は私の向かい、ヴィオラの傍にいた。
私はこんな時なのに、うまく捉えることのできない孤独を感じていた。

ご遺体の眠る部屋を静かに出て、先ほどまで居た応接間に案内され従者が新たなお茶を淹れてくれた。
今度はそっと口に運ぶ。
温かいお茶が、こんなにもありがたいと思ったことはなかった……。
外も部屋の中も暑いくらいなのに、私は身体の内側が凍り付いたようになっていた。
そこに温かな紅茶が沁みて身体の端までゆき渡り、ようやく人心地がついてきた。

「ヴィオラ、何かあったらいつでも私を呼んでね。何かなくてもいいわ、飛んでいく」

「ありがとう。レティは本当に飛んで来そうだから、部屋の窓を開けておくわ」

ヴィオラはほんの少し微笑みながらいつものように返してくれて、私は安堵感に心からほっとする。

「無理かもしれないけれど、食べられそうなものを食べてゆっくり眠ってね。では私はこれで失礼します。皆さまもどうぞお気をつけて」

「レティ、大丈夫か」

ジュスティアーノ殿下が心配そうな瞳で言った。
いつもはきちんとレティーツィアと呼んでいるのに、殿下もこのような事故に直面して動揺しているのだろうか、昔のようにレティと呼ばれた。

「第一王子殿下、お気遣いの言葉をありがとうございます。今、そのお言葉を一番必要としているのはヴィオランテです。どうぞ今はヴィオランテに寄り添ってくださいませ」

私は言うだけ言うと、誰の顏も見ずに一礼をしてその場を辞した。
サンタレーリ家の馬車に乗り込むと、結局使われなかったドレス一式のトランクの一つに寄りかかるようにして座った。
悲しくて衝撃的な出来事を、なるべく思い出さないようにしても無理だった。
あの時、どうして婚約者のダヴィードが傍にいてくれないのか、心が凍り付いたような気持ちになった。
何かの終わりというものは、そこに明確な意図がなくてもひっそりとそれを告げてくる。

今回の子キツネ狩りにダヴィードはわざと参加しなかったわけではない。
指を怪我しているという理由はきちんとあった。
それでも、自分の心が激しく揺さぶられ悲しみに支配されてしまった時に、隣にいてくれるはずのダヴィードがいなかったということは、もう抗えない運命のように思えた。
落ち着いたら、父にダヴィードとの婚約を白紙に戻してもらいたいと伝えよう。
そう心の中で言葉にすると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
ドレスの詰まった硬いトランクが、私を寄りかからせ支えてくれていた。

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