【完結】あの日の小径に光る花を君に

青波鳩子

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【18】疑惑(ジュスティアーノ視点)

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ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
意識してレティーツィアのことを考えないようにしている。

執務室に行くと、側近のドナートもどういうわけか俺と似たような酷い顔だった。
午前中は、商人の陳情を聴く予定をこなした。
その後、慌ただしく昼餉を摂ると、昨日から気懸りだったセルソ・バディーニ侯爵令息との面談だ。
いつになく緊張しながら応接室に入ると、着座していた者たちが立ち上がる。

「このたびは急なお願いにも関わらず、こうして面談の場を設けてくださったことに心から感謝を申し上げます。誠にありがとうございます」

「さっそくだが、話したいこととは何であろうか」

「はい、子キツネ狩りで起きた私の弟の事故についてお話ししたくやって参りました。こちらは、我がバディーニ侯爵家に仕えるダニエレ・マルデーラといい、マルデーラ男爵家の次男です。どうかこの者の話からお聞きください」

「分かった。ぜひ聞こう」

ダニエレという従者が重たそうに口を開いた。

「……私は、子キツネ狩りの事故の時、バディーニ侯爵家のカルロ様に……付いておりました。キツネを見つければカルロ様に、合図を送ったりします」

ダニエレは言い直したり、少し間が空いたりして緊張しているようだった。

「ゆっくりで構わない、時間はとってある。茶を飲みながら話そう」

「はい、ありがとう、ございます」

ダニエレは茶をひと口ふた口と飲み、いくらか落ち着いたようだった。

「……あの日の狩りは最初からどこか変でした。いつものカルロ様は角笛の音を使い分け、猟犬たちに的確に指示を出していましたが、その日の音色はどこか違って聞こえました。そんな時、急に猟犬たちの様子がおかしくなりました。何か餌のようなものを見つけたのか、子キツネを追うのを猟犬たちがやめました。
狩りの場に餌などあるはずもありません。猟犬たちの本能を駆り立てるために、前夜から餌もやりませんので」

従者はそこで小さく息を吐き、失礼しますと言って茶をひと口飲んだ。
最初よりは淀みなく話しているものの、指先が小刻みに震えている。
側近ドナートは、特に危険はないと判断したのか増員した分の護衛たちを静かに下がらせた。
俺の護衛騎士は厳選に厳選を重ねた者しかおらず、聞こえた話を他に漏らすような者は一人もいないと信じているが、ドナートはこの先の話を予測して慎重になったのだろう。
少しの落ち着きを取り戻した従者は、さらに小さな声で再び話し始める。

「……その時、私は見てしまったのです。あるお方が……腰に結わえた革袋から肉片を取り出して投げるのを……先頭を走っていた猟犬たちが匂いに気づき何頭か速度を落としました。
狩場で肉片を投げるなど危険極まりない行為です。そのようなことは事故を誘発しようという意図があるとしか思えません。
お止めしようと動いた私の視界の端で、そのお方はまた肉片を投げました。
私はカルロ様にお伝えしなければと、馬首を引いて戻ろうとしましたが、興奮した犬たちが勝手にぐるぐると駆け回ったり肉を奪い合ったりしていました。そして……その中に、全速力で駆けてきたカルロ様の馬が突っ込みました。
馬は嘶き今度は急に速度を落として、カルロ様は振り落とされてしまいました。
私は慌てて自分の馬を止めて降り、カルロ様のほうに駆け寄りましたが……あのような……」

「待て、肉片を投げた『あるお方』とは誰だ!?」

狩りの場で訓練された猟犬たちは、猟犬係ハンツマンの笛による指示でキツネを獲物として追いかける。そのような場に肉片など投げられたら……猟犬たちが興奮し混乱することは分かりきったことだ。
そのようなことを故意にするのは狩りを台無しにすることでしかない上、従者が言ったように事故を誘発する恐れもある。
現に、あの日は大変な落馬事故が起こってしまった。
あの日の子キツネ狩りのマスターをしていたバディーニ侯爵家や、主催のアンセルミ公爵家の面子を潰そうという目的があったとしか思えない。
いや、先頭を走っていた猟犬たちに肉片を投げたのなら、そのすぐ後ろを走っていた亡くなったカルロ・バディーニ殿を狙ったのではないか。
そんなことをしたのは、いったい誰なのか。
従者はハンカチで額の汗を雑に拭った。

「……そ、それは、ヴィオランテ・アンセルミ公爵令嬢様……です……」

「……なん、だと……?」

……ヴィオランテが、肉片を……ありえないではないか……。

「第一王子殿下、ここからは私に話させてください」

セルソ・バディーニ殿が、驚き過ぎてそれ以上の言葉が出ない俺にそう言った。


「第一王子殿下のご婚約のお話を先日の定例会議の際に伺いました。父は所用で領地から出られず、私がバディーニ侯爵代理として出席していたのです。
会議が終わり私を迎えたこの者に、殿下とアンセルミ公爵令嬢の婚約が調ったようだと何気なく話しました。アンセルミ公爵令嬢は弟カルロと婚約しておりましたが、あのような事故の後も、アンセルミ公爵家はそれまでと変わらず狩りにはバディーニ侯爵家を尊重してくださっていたのです。ですから私は、アンセルミ公爵令嬢の新たな婚約を嬉しく思いました……」

セルソ・バディーニはそこで天井に目を向けた。何か祈りの言葉のようなものを呟くと、再び話し始める。

「この者が、あの事故のことで今まで言えなかったことがあると、悲壮な顔つきで言いました。私はそのただならぬ様子から、帰りの馬車の中で聞くことにしたのです。他では必ず誰かの耳に入りますから。そして、狩りの途中で先頭集団の猟犬たちに向かってアンセルミ公爵令嬢が肉片を投げるのを見たと、そう言ったのです。この者がこれまで黙っていたのは、アンセルミ公爵家が恐ろしくて言えなかったという理由からです。我がバディーニ侯爵家ですら、アンセルミ公爵家に睨まれればひとたまりもありません。この者は男爵家の次男ですから、誰に何を言えましょうか。ですが、この件はロンバルディスタ王国の第一王子殿下の婚約に関わる重大な事とも思え、私は覚悟を決めて殿下に面談を申し入れたのです。
どうかアンセルミ公爵令嬢について、お調べください。狩りの場に肉片を投げ入れたのはどういう意図だったのか。弟カルロがあの狩りの最中に死んだのは、本当に偶然の事故だったのか。もしやアンセルミ公爵令嬢は、第一王子殿下の婚約者になるためカルロが邪魔に」

「それ以上は口にしなくてよい。話の概要は分かった。私も突然の話に驚いているが、二人に他意が無いことはその態度と言葉から判る。この証言が、たとえ何らかの勘違いや行き違いに拠るものだったとしても、バディーニ侯爵家やマルデーラ男爵家に罰を与えるつもりはない。私がきちんと調べよう。
……あの日、自分もあの事故現場に居合わせた。弟君の身に起こったことについて、あの時もそして今でも心を痛めている。それだけは分かって貰いたい」

「過分なお言葉、ありがとうございます。言葉が過ぎてしまったこと、申し訳ございません。第一王子殿下に対し、不敬ともなるお話をいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。ですがロンバルディスタ王家に対する私の赤心、確固たるものであることに相違ありません」

セルソ・バディーニは従者と共に身体を折るようにして礼をすると、ドナートに促されて下がっていった。

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