【完結】あの日の小径に光る花を君に

青波鳩子

文字の大きさ
21 / 38

【20】殿下からの手紙

しおりを挟む
  
王家からの早馬がサンタレーリにやってきた。
家令に王家からの使者であることを名乗り、私宛のこの手紙は本人に直接手渡さなければならないと言ったそうで、呼ばれて出向いた。
やはりドナート様だった。

「急なことで申し訳ございません。殿下から直接の手渡しと言われておりました」

「ええ、解っております。殿下にレティーツィアが確かに受け取ったとお伝えください」

ドナート様は深く一礼すると、すぐに帰って行った。
受け取った封筒の表にも裏にも、ジュスティアーノ殿下の名は記されていないけれど、宛名である私の名前の飾り文字の中に、差出人がジュスティアーノ殿下だと示す記号があった。

いったい何があったというの……。
暗号を潜ませた表書きから、子供の頃に叩き込まれた暗号文を思い出す。
癖字のような綴りの中に、癖字と見分けのつかない飾り文字が含まれている。
その飾り文字だけを拾って読むと、短い文になった。
当然、この暗号文は読むよりも書く方が難しい。
そこまでして、ジュスティアーノ殿下が伝えたかったことは何なの……?

急いで私室に戻り、手紙を開封した。
心臓が早鐘のように打つ中で、普段の殿下の文字の特徴とは違う独特の筆致が現れた。
やはり中身も飾り文字を混ぜた癖字で書かれている。
中の紙に私の宛名はなく、代わりに『3/3』と書かれている。
これは『三通書いたうちの三番目にあたるもの』という意味だ……。
私は紙を持つ手が震えた。
この暗号を知っているのは、ジュスティアーノ殿下と四大公爵家の嫡子の四人だけなのだ。
暗号はいずれ国王となる後継者の世代ごとに変えられるという。
今の陛下の代の暗号はジュスティアーノ殿下の代の私たちには読めず、私たちが読めるこの暗号は、陛下と同じ代の私の母やイラリオやヴィオラやアルマンドの御父上は読めない。

東のイラリオ・モルテード、西のアルマンド・ブレッサン、南のヴィオランテ・アンセルミ、そして北の、私──レティーツィア・サンタレーリ。
この暗号文の手紙を、四人のうち三人にしか出していないということはどういうことなのか。
当然、残る一人のことに関する内容だろうがそれは誰なのか……。
癖の強い文字を目で追う。

『あの日の……紫について……知りたい。七の後、希望の……海で』

そのように読めた。
あの日の、紫について……。

この手紙は四人の公爵家嫡子のうちから一人を除いて三人に出されている。
私たち四人の中で、紫の特徴を持つのは……。
美しいバイオレット色の瞳の……ヴィオラしか思いつかない。
婚約者になったヴィオラのことを、暗号文を使ってまで私たちに調べて欲しいというの?
第一王子の婚約者を決める際に、王家は徹底的にヴィオラのこともアンセルミ公爵家のことも調べ尽したはずだわ。
それなのに、いったいジュスティアーノ殿下とヴィオラの間に何が起こっているの……。

私は自分に落ち着くように言い聞かせ、手紙の内容を考え始める。
あの日……あの日とはいつのこと……?
紫がヴィオラだとして、殿下が『あの日』と言えば私たちに解るはずだと思っている『あの日』とは……。
定例議会にて、ヴィオラとの婚約を発表した日のことだろうか。
あの日についての記憶は、どんなに思い出そうとしてもほとんどが霧の中のように霞んでしまっていた。
ヴィオラが、あの日どんな色のドレスを着ていたかのさえ記憶にない……。
それに私は、定例議会後に具合が悪くなってその後の茶話会も欠席した。
そんな私にジュスティアーノ殿下が『あの日のヴィオラのことを知りたい』と尋ねるだろうか。
『あの日』とは、婚約を貴族に発表した日のことではない?
だとしたら、『あの日』とは、どの日のことだろう……。

頭の中を整理しなくては。
ノーラにお茶を頼もうとしたら、家令がまた慌ただしくやって来た。

「お嬢様、アルマンド・ブレッサン公爵令息様が、お見えになっております」

「アルマンドが!? 分かったわ、応接室に通して」

先触れも無く訪れるなんて、きっとこのジュスティアーノ殿下からの手紙の件だわ。
王都のブレッサン公爵邸から、ここはそれほど離れていない。
私はノーラに頼んで急いで身支度を整え、アルマンドが待つ応接室へと向かった。

***

「お待たせしてごめんなさい」

「こちらこそ突然ですまない」

「アルマンドが何の用件で来たのか分かっているつもりよ。人払いをしたいのだけど、アルマンドと二人になるわけにはいかないから、扉の無い隣室に父に居てもらってもいいかしら。この件については、すぐに父にも話すことになるでしょうから」

「もちろんだとも、是非そうしてもらいたい」

私はお茶を出してくれたノーラに目配せをして、父を呼んでもらうようにした。
それまでは扉を開け放っておく。
ほどなくして、父が応接室にやって来た。

「ブレッサン公爵が嫡子、アルマンド・ブレッサンにございます。本日は突然の訪問をお許しいただき、ありがとうございます」

「私は隣室におりますので、何かありましたらお声掛けください」

父はアルマンドに丁寧にそう言うと、扉の無い続きの隣室に行った。
お茶をひと口飲んだアルマンドが口を開く。

「ジュストから手紙が届いた。レティにも届いただろう」

「ええ、先ほど読んだわ。もう一通は……イラリオに届いているのでしょうね」

「そうだ。何故三通しか出されていないのかと言えば、手紙の中の紫というのが……彼女だからだろう」

「私もそれは判ったの。だけど、『あの日』というのがいつを指しているのかと考えている最中に、アルマンドが来たのよ。『あの日』とは、陛下が二人の婚約についてお話しになった定例会議の日のことかしら」

「いや、僕は子キツネ狩りの日のことだと考えている」

「あの事故の日……?」

『あの日』というのが、ヴィオラが婚約者を事故で亡くした子キツネ狩りの日ではないかというところまで、私の思考はまだ辿り着いていなかった。

「そうだ。ジュストがヴィオラ以外の三人に、ヴィオラについて情報を集めたい『あの日』とは、あの事故についてだろうと考えている。僕は、少し気になることがあるんだ」

アルマンドが声を落として、子キツネ狩りの日のことを話し始めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く

恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。 だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。 しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。 こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは…… ※完結まで毎日投稿します ※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

処理中です...