38 / 38
【最終話】エピローグ
しおりを挟むロンバルディスタ王国、その王宮の中庭に賑やかな声が響いていた。
今日は、第一王子の座を第二王子ベルナルド殿下に譲ったジュスティアーノ殿下と、サンタレーリ公爵嫡子レティーツィアとの結婚式だ。
二人は王宮の庭でのささやかなガーデンウェディングを希望した。
親しい者たちだけを招いた温かな式。
王家の者たちは、一度に一か所に集まることができない。
だが、王宮の庭で行われていれば、好きな時にやってくることも城内に戻って行くことも可能だった。
第一王子ジュスティアーノ殿下に代わり、先だって立太子の儀を終えたベルナルド第二王子殿下は、婚約者を伴いジュスティアーノ殿下と談笑していた。
東のモルテード公爵家からは、亡き父の後を継いで公爵となったイラリオ・モルテードとクラリーサ夫人。イラリオは小さな息子を抱いている。
西のブレッサン公爵家からは、この結婚式の後に当主の座を退く予定のブレッサン公爵夫妻。そしてもうじき公爵家を継ぐアルマンド・ブレッサンとレナータ夫人。
南のアンセルミ公爵家に、レティーツィアが三女のマリアンヌ嬢宛てに招待状を送ったが、欠席の旨をしたためた丁寧な返事が届いた。
招待状を送る前に、『悔悛の塔』にいるヴィオランテが、解放を二度目も固辞したとの話を聞いたところだった。
『悔悛の塔』は、管理者によって悔悛できたと看做されれば解放されるが、ヴィオランテは本当に悔悛できたかどうかは自分で決めると、一度断っている。
そして二度目も同じ理由で断った。
ヴィオランテはいつか真から自分の罪を赦せる日が来れば、『悔悛の塔』から出て修道院に身を捧げると決めていた。
レティーツィアは、自分を赦せないことが誰に非難されるよりも一番辛いことだと知っている。
ヴィオランテが自身の罪との向き合い方を会得し、悔悛したとヴィオランテ自身が看做せば必ず会いに行こうとレティーツィアは思っていた。
そして、サンタレーリからはレティーツィアの亡き母エウジェニアの実弟夫妻が出席している。レティーツィアの父、バジャルドは笑顔を貼り付けて、皆に挨拶をしていた。
陛下と王妃殿下を証人として、二人は愛を誓い合った。
その場で結婚証書にサインをするとき、ジュスティアーノはあの古銀のペンで滑らかにサインをした。
「レティも、このペンでサインを」
ジュスティアーノから古銀のペンを手渡されて、初めてレティーツィアはそのペンで自分の名前を記した。
ジュスティアーノが欲しがって手に入れた古銀のペン。
レティーツィアは微笑みながら滑らかにサインをし、そのペンをジュスティアーノに返した。
ジュスティアーノの手に戻ったペンをみつめる右目に、薄っすらと涙が浮かんでいる。
これから、幸せな日々のことを古銀のペンでジュスティアーノは綴っていくだろう。
ここぞという時ではなく、何と言うこともない日のことを──
一年と少し前のシャンデリア落下の事故で、ジュスティアーノの片目は火傷による皮膚の爛れで開くことができなくなった。
シャンデリアの鉄のアームが刺さった左肩は、当初は動かすこともできなかったが、今では床と並行までには上げられるようになり、カトラリーを使っての食事も難なく摂れるようになっている。
片目で物を見ることにも慣れ、歩くときにバランスを崩すこともほとんどなくなりジュスティアーノは杖を手放した。
火傷を負った頭部は、一部の皮膚からは髪が生えてこなかったが、他の部分は生えて伸びてきたため、火傷はあまり目立たなくなった。
そんなジュスティアーノの隣には、ミディアム丈の白いウェディングドレスに身を包み、亡き母エウジェニアが遺した宝石箱から、父が選んだサファイアのジュエリーを身に着けている。ジュスティアーノの『ロイヤル・ブルー』の瞳の色に合わせたと思われているが、単に母が一番気に入っていたジュエリーとのことだった。
愛を誓い合い、指輪の交換の儀式が終わると、庭にテーブルがセッティングされてたくさんの料理やデザートが並べられた。
椅子は端の方に並べられ、舞踏会のような立食パーティ形式である。
ジュスティアーノとレティーツィアの周りに、イラリオ夫妻とアルマンド夫妻がやってきた。
それぞれ新郎新婦に挨拶を済ませると、クラリーサはアルマンドの妻レナータに話し掛けた。
「レナータ様、デザートのテーブルにエスカルパ王国から取り寄せたチーズのタルトがあるのですって」
「まあ、幻のチーズタルトと呼ばれているものが!」
「他の方々がお料理のテーブルにいらっしゃる間にいただきませんこと?」
「食べてくるといいよ、レアンは俺が抱いていよう」
イラリオは息子レアンをクラリーサから抱き取ると、クラリーサとレナータはデザートのテーブルに向かった。
「改めて、ジュストとレティ結婚おめでとう。ジュストが選んだ未来へ走る馬車の両輪に、俺は落ち着くべきところに落ち着いたと思っているんだ」
イラリオが息子の為に身体を揺らしながらそう言った。
「馬車の両輪?」
アルマンドが訝しそうに聞くと、イラリオは未来へ走る馬車の話をした。
それを聞きながら、レティーツィアとアルマンドが何度も小さく頷く。
「二人はお似合いだ。互いの隣に他の者がいるなんて考えられないほどにね」
「俺の馬車の両輪は素晴らしいものになったが、レティはどうだろうな。少しいびつな車輪になってしまった」
ジュスティアーノは眉を下げて笑いながら言う。
「ジュストは後ろも見えているのではないかと思うほどだったから、片目だって問題なくすべて広く見えるさ。あれ、これ失言か?」
「イラリオは全部が失言ということでいいよ。何の問題もない」
アルマンドが笑いながら言った。
「私の馬車は唯一のものよ。どこまでもどこまでも行けるわ」
レティーツィアは、胸に手を当てて小さな声で呟くように言う。
「……あー、うん」
ジュスティアーノが咳払いをした。
「大丈夫?」
「レティ、心配することない。ジュストは幸せにむせ込んだだけだ。イラリオ、僕らも幻のチーズタルトを貰いに行こう」
アルマンドがイラリオを促してテーブルのほうに向かって行った。
二人の背中を見送ると、ジュスティアーノがレティーツィアの手を取った。
「俺たちも少し向こうへ行こう」
「皆さんを置いてしまって、大丈夫かしら」
出席者たちが、賑やかに歓談している中で、ジュスティアーノはレティーツィアの手を引いて、迷路のような小径に歩いて行った。
「かまわないさ。みんな食べたり飲んだり忙しい」
「そんなものかしら……」
レティーツィアはジュスティアーノの手から離れて、一人で小径を歩いていく。
ここへ来ると駆けたくなるが、さすがに今日は細くて高いヒールの靴を履いているので無理だった。
「レティ、そっちは行き止まりだ」
「知っているわ。懐かしい」
「……行き止まりだと、知っていたのか? あの日も?」
「ええ。何度も駆けた小径だもの。すごい速さで追いかけて来るジュストを待ち伏せしようと思ったの。少しくらい困らせてあげようと……」
「確かにあの時は焦ったよ」
行き止まりの通路を背にしたレティーツィアに、ゆっくりジュスティアーノが近づいていく。
風がマートルの枝を微かに揺らしていた。
レティーツィアの想いが、ジュスティアーノの想いが、白い花の花糸の先で金色にきらめいている。
ジュスティアーノは、空に一番近い花を一つ手折った。
その花を、レティーツィアの髪にそっと挿す。
「愛している……。思い出のこの場所で言いたかった。レティ、必ず君を幸せにする」
「……もう、とっくに幸せよ」
レティーツィアの瞳に、温かい涙が浮かぶ。
「もうひとつ俺が間違っていたことに気づいた」
「間違っていた?」
「一番欲しかったレティがいれば他には何も要らないと思っていたんだ。片目が見えなくなっても構わないと……。でも、幸せだと涙ぐむレティを、しっかりと両目で見たかった……」
「……ジュストは何も欲しがらないと思っていたけど、本当は欲張りだったのね……」
レティーツィアの淡いグレーの瞳から、とうとう涙が溢れた。
ジュスティアーノがそれを指先で拭う。
少しぎこちないが、指の先まで愛しいという想いが込められていた。
幼い日にジュスティアーノが諦めて飲み込んだ想いが、レティーツィアが頭の中で砕いた想いの欠片が今、レティーツィアの髪でキラキラと光っている。
あの日、このマートルの花の道で起こったこと──ジュスティアーノに一瞬だけ抱きしめられたことを、大人になっても決して忘れないだろう──
そう思ったことをレティーツィアは懐かしく思い出した。
「ふふふ」
「今度は笑って、何を思い出したんだ?」
「なんでもないわ」
「片腕が使えなくてもいいと思っていたが、やはり両腕が必要だ。俺は欲張りだからな」
微笑むレティーツィアをジュスティアーノはそっと抱きしめる。
あの日のように──
『あの日の小径に光る花を君に』
おわり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これで完結です、お読みくださりありがとうございました!
2,046
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く
禅
恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。
だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。
しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。
こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは……
※完結まで毎日投稿します
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる