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鋼鉄のロードローラー
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6月となり…
アメリカ、イギリスのメディアは、ノルマンディー作戦の犠牲者数の多さを一斉に書き立てた。
『実質的な作戦失敗』
『情報漏洩の恐れ』
『消えた十数万の貴重な命』
『責任を取るべきは誰か⁉』
そんな見出しが躍る新聞が、ルーズベルト大統領の執務机の上にあった。
「さて、これらの世論…どう捉えるべきかね」
大統領の言葉に、アイゼンハワーが額の汗を拭きつつ答えた。
「何ともはや、申し訳もございませぬ。作戦の失敗の事由につきましては連合国参謀本部にて精査を進めておりますれば…。」
「情報漏れという線はないかね?」
「それも含めまして調査中であります。」
「ヒトラーが直前になって総統に復帰した時点で、今少し慎重になるべきであったな。むろん止めなかった私にも責任はあるが…。」
「ぎょ、御意…。」
「世論の沸騰を収めるには、目に見える政治的成果を示して見せるほかない。わかるな?」
「御意…依然ドイツ側の抵抗は激しいですが、それでもなんとか8月中にはパリを解放いたしたいと思います。」
アイゼンハワーは敬礼し、その場を退出した。
ルーズベルトは大きく息をつく。
「それにしてもだ、ヒトラーがユダヤ人の解放を宣言したのは、つくづくこちらにとっての痛手であったな、ハル?」
コ―デル・ハル国務長官は大きく頷いた。
「正直、この戦争の大義名分の半分以上を失うことになりますからな…。
このままヨーロッパに上陸した我が方がフランスを解放するのはいいとして、それ以上の進撃を肯定する要素が無くなってしまった、とも言えます…。」
「スターリンのソ連がドイツ全土を席巻するのを指を咥えて見ているしかない、というのは由々しき問題であるな。これはよくよく考えねばならぬ問題だ…。」
ルーズベルトはそこまで言って、錠剤を口に含み、コップの水を飲み干した。
同時期 東プロイセン
総統大本営にもたらされる報告は、こちらの善戦を伝えるものばかりである。
特に上陸作戦時、連合軍に史実をはるかに上回る人的損害を与えたことは大きかった。
これは後々、米英の戦争継続の意志に大きな影響を及ぼすはずだ。
まあ、上陸自体は許してしまってるんであるが…。東部戦線から引き抜ける兵力を考えたらここらが限界で有ろう。
その上陸後の連合国軍に対しては、ロンメルらが与えられた機甲師団を駆使し、健闘してくれている…
あと半月が勝負だな…彼らがパリへの扉を開く代償として、あと数十万の犠牲を払う…という展開に持っていければ理想だ。一度か二度、大規模な戦闘が生起すればそこで…。
そこまで考えて、ふと自分の思考に嫌悪を覚えてしまった。
結局、人の命をチップとしてゲームに興じてしまっている…肉体の主ヒトラーを道義的に非難する資格は、僕にはないな…。
そう考えつつも、夕食として運ばれてきたにんじんと牛肉の赤ワイン煮込みに舌鼓を打つ僕であった。
兵士たちを死地に追いやり、殺し合いをさせながらも、腹は減ってしまう。
そして…
僕はアイリを私室に呼んだ。相変わらず美しい…。
ふたりベッドに腰掛けながら、甘い言葉を囁き合う。
いい匂いだ。ぎゅっと抱き寄せる。
「総統…。」
「アドルフでいいよ。」
「アド…ルフ…。
今度の映画で、主演が決まったんです。」
「そうか、おめでとう。君ならいつかは、と思っていたよ。
ははは、今から楽しみだ。」
「ありがとう…」
アイリが頬にキスをくれた。
僕は彼女の耳を甘噛みすると、ゆっくりとベッドに押し倒した。
6月22日
ソ連 キエフ周辺 赤軍野戦司令部
最高指揮官代理、ゲオルギー・ジューコフ元帥は、サンドイッチを平らげ、コーヒーを飲み干した。
いよいよ、大祖国戦争始まって以来の大規模作戦が始まる。
「各方面軍、準備砲撃の体制、整ったとの由。」
「あと3分で空軍が該当空域に到達いたします。」
この空前の大攻勢で、ドイツの息の根を止める。
この戦争を事実上、終わらせる作戦だ…。
自然と拳にも力が入る。
「空軍各部隊、爆撃態勢に入ります!」
遠方から轟音が響く。
それを合図に重砲、カチューシャロケット砲も猛然と咆哮する。
ドイツ軍を、ファシストどもをソビエトの領地から一気呵成に追い払う、「バグラチオン作戦」の火ぶたが切って落とされた瞬間であった。
ソ連軍はこの作戦に総兵力200万、戦車・自走砲8000両、火砲3万門、航空機7000機を投入した。
敵の最前線のみならず、その向こうの第二防衛線の予備兵力、補給部隊にも砲爆撃を徹底して叩きこんだ上で、機動部隊で蹂躙する。
「全縦深同時打撃戦術」
まさに鋼鉄のロードローラーが、ドイツ中央軍、南方軍集団を押し潰さんとしていた。
鉄と炎の暴風が、ドイツ軍の防御陣地に襲い掛かり、火砲を、集積された物資を、戦車を粉々に打ち砕く。
準備砲撃、爆撃は2時間続き、その後ソ連戦車軍団が怒涛の如く押し寄せた。
85mm砲を搭載した新型T―34、ティーガーⅠに対抗するため開発されたIS―2重戦車の群れが、ドイツ軍車両や陣地の残骸を押し潰し突進していく。
「敵の抵抗は軽微」
「わが軍は破竹の勢いで進撃ッ。すでに最大進出点はアシポヴィーチに達しております!」
「南方戦線も順調。ファスチフをすでに確保!」
もたらされる報告はこちらの圧倒的優勢を伝えるものばかりである。
ジューコフは腕組みした。
ファシストどもは第二戦線に対応する為西側に兵力を割いてしまい、ただでさえ手薄な兵力がさらに不足をきたしてしまっている。
質量ともに十分すぎる我が方の大攻勢を受け止める力などないのだ。
このまま…同志スターリンが望んでおられる通り、ポーランド国境の向こう側まで奴らを駆逐できる。
必ず、だ。
「ミンスクまでは何キロだ⁉」
作戦開始3日目、ジューコフはこの日3度目の同じ質問をした。
「先遣部隊が15キロのところまで迫っております。ですが市街突入にはまだ…敵の情勢が不明な以上、準備砲爆撃も念入りに行いませんと…。」
「うむ、わかった。だが急げ。」
ここまで焦る理由は一つ。書記長スターリンからの催促であった。
政治的なアピールポイントになる主要都市の奪回という結果をご所望のようだ。
また快進撃の割に敵の戦死者や、捕らえた捕虜が少ない事もご不満のようだ。
(まあミンスクを解放すればそのあたりも解決するだろう。)
そう考え、自身を落ち着かせることにする。
アメリカ、イギリスのメディアは、ノルマンディー作戦の犠牲者数の多さを一斉に書き立てた。
『実質的な作戦失敗』
『情報漏洩の恐れ』
『消えた十数万の貴重な命』
『責任を取るべきは誰か⁉』
そんな見出しが躍る新聞が、ルーズベルト大統領の執務机の上にあった。
「さて、これらの世論…どう捉えるべきかね」
大統領の言葉に、アイゼンハワーが額の汗を拭きつつ答えた。
「何ともはや、申し訳もございませぬ。作戦の失敗の事由につきましては連合国参謀本部にて精査を進めておりますれば…。」
「情報漏れという線はないかね?」
「それも含めまして調査中であります。」
「ヒトラーが直前になって総統に復帰した時点で、今少し慎重になるべきであったな。むろん止めなかった私にも責任はあるが…。」
「ぎょ、御意…。」
「世論の沸騰を収めるには、目に見える政治的成果を示して見せるほかない。わかるな?」
「御意…依然ドイツ側の抵抗は激しいですが、それでもなんとか8月中にはパリを解放いたしたいと思います。」
アイゼンハワーは敬礼し、その場を退出した。
ルーズベルトは大きく息をつく。
「それにしてもだ、ヒトラーがユダヤ人の解放を宣言したのは、つくづくこちらにとっての痛手であったな、ハル?」
コ―デル・ハル国務長官は大きく頷いた。
「正直、この戦争の大義名分の半分以上を失うことになりますからな…。
このままヨーロッパに上陸した我が方がフランスを解放するのはいいとして、それ以上の進撃を肯定する要素が無くなってしまった、とも言えます…。」
「スターリンのソ連がドイツ全土を席巻するのを指を咥えて見ているしかない、というのは由々しき問題であるな。これはよくよく考えねばならぬ問題だ…。」
ルーズベルトはそこまで言って、錠剤を口に含み、コップの水を飲み干した。
同時期 東プロイセン
総統大本営にもたらされる報告は、こちらの善戦を伝えるものばかりである。
特に上陸作戦時、連合軍に史実をはるかに上回る人的損害を与えたことは大きかった。
これは後々、米英の戦争継続の意志に大きな影響を及ぼすはずだ。
まあ、上陸自体は許してしまってるんであるが…。東部戦線から引き抜ける兵力を考えたらここらが限界で有ろう。
その上陸後の連合国軍に対しては、ロンメルらが与えられた機甲師団を駆使し、健闘してくれている…
あと半月が勝負だな…彼らがパリへの扉を開く代償として、あと数十万の犠牲を払う…という展開に持っていければ理想だ。一度か二度、大規模な戦闘が生起すればそこで…。
そこまで考えて、ふと自分の思考に嫌悪を覚えてしまった。
結局、人の命をチップとしてゲームに興じてしまっている…肉体の主ヒトラーを道義的に非難する資格は、僕にはないな…。
そう考えつつも、夕食として運ばれてきたにんじんと牛肉の赤ワイン煮込みに舌鼓を打つ僕であった。
兵士たちを死地に追いやり、殺し合いをさせながらも、腹は減ってしまう。
そして…
僕はアイリを私室に呼んだ。相変わらず美しい…。
ふたりベッドに腰掛けながら、甘い言葉を囁き合う。
いい匂いだ。ぎゅっと抱き寄せる。
「総統…。」
「アドルフでいいよ。」
「アド…ルフ…。
今度の映画で、主演が決まったんです。」
「そうか、おめでとう。君ならいつかは、と思っていたよ。
ははは、今から楽しみだ。」
「ありがとう…」
アイリが頬にキスをくれた。
僕は彼女の耳を甘噛みすると、ゆっくりとベッドに押し倒した。
6月22日
ソ連 キエフ周辺 赤軍野戦司令部
最高指揮官代理、ゲオルギー・ジューコフ元帥は、サンドイッチを平らげ、コーヒーを飲み干した。
いよいよ、大祖国戦争始まって以来の大規模作戦が始まる。
「各方面軍、準備砲撃の体制、整ったとの由。」
「あと3分で空軍が該当空域に到達いたします。」
この空前の大攻勢で、ドイツの息の根を止める。
この戦争を事実上、終わらせる作戦だ…。
自然と拳にも力が入る。
「空軍各部隊、爆撃態勢に入ります!」
遠方から轟音が響く。
それを合図に重砲、カチューシャロケット砲も猛然と咆哮する。
ドイツ軍を、ファシストどもをソビエトの領地から一気呵成に追い払う、「バグラチオン作戦」の火ぶたが切って落とされた瞬間であった。
ソ連軍はこの作戦に総兵力200万、戦車・自走砲8000両、火砲3万門、航空機7000機を投入した。
敵の最前線のみならず、その向こうの第二防衛線の予備兵力、補給部隊にも砲爆撃を徹底して叩きこんだ上で、機動部隊で蹂躙する。
「全縦深同時打撃戦術」
まさに鋼鉄のロードローラーが、ドイツ中央軍、南方軍集団を押し潰さんとしていた。
鉄と炎の暴風が、ドイツ軍の防御陣地に襲い掛かり、火砲を、集積された物資を、戦車を粉々に打ち砕く。
準備砲撃、爆撃は2時間続き、その後ソ連戦車軍団が怒涛の如く押し寄せた。
85mm砲を搭載した新型T―34、ティーガーⅠに対抗するため開発されたIS―2重戦車の群れが、ドイツ軍車両や陣地の残骸を押し潰し突進していく。
「敵の抵抗は軽微」
「わが軍は破竹の勢いで進撃ッ。すでに最大進出点はアシポヴィーチに達しております!」
「南方戦線も順調。ファスチフをすでに確保!」
もたらされる報告はこちらの圧倒的優勢を伝えるものばかりである。
ジューコフは腕組みした。
ファシストどもは第二戦線に対応する為西側に兵力を割いてしまい、ただでさえ手薄な兵力がさらに不足をきたしてしまっている。
質量ともに十分すぎる我が方の大攻勢を受け止める力などないのだ。
このまま…同志スターリンが望んでおられる通り、ポーランド国境の向こう側まで奴らを駆逐できる。
必ず、だ。
「ミンスクまでは何キロだ⁉」
作戦開始3日目、ジューコフはこの日3度目の同じ質問をした。
「先遣部隊が15キロのところまで迫っております。ですが市街突入にはまだ…敵の情勢が不明な以上、準備砲爆撃も念入りに行いませんと…。」
「うむ、わかった。だが急げ。」
ここまで焦る理由は一つ。書記長スターリンからの催促であった。
政治的なアピールポイントになる主要都市の奪回という結果をご所望のようだ。
また快進撃の割に敵の戦死者や、捕らえた捕虜が少ない事もご不満のようだ。
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