鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

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夢を追うということ

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…尻の筋肉が痙攣しかける中、僕はどうにか五〇メートルダッシュ四〇本をやり切ることが出来た。
肉体を追い込むトレーニング時特有の、独特の陶酔感に、僕は浸っていた。
やれる!きっと僕は奇蹟を起こせる!
僕はきしむ身体に鞭打ち、遠投へと移った。
もっと速く、もっと遠くへ!
ボールの飛距離そのものは、今までと変わらない。しかし今は足腰がガタガタになるまで追い込んでから、いわばハンデを背負った状態で投げているのである。こうやって鍛えていけば、ベストコンディションで行う球速測定時の記録は飛躍的に伸びる筈…。
背番号18の剛速球をイメージしながら、僕は投げ続けた。
その夜、満腹になるまで大飯を食った上で、プロテインミルクをがぶ飲みする。
今日のトレーニングは、存分に追い込むことが出来た!心地よい充実感に、僕は一人ほくそ笑んでいた。
体脂肪率一〇パーセント前後のままで、鍛え込みつつ体重を五六キロから六五キロくらいに増量できれば、球速一三〇キロも見えてくる筈だ。
この調子で三カ月…いや実質二カ月半程頑張れば…。
丁度夜のスポーツニュースで、背番号18の快投が伝えられていた。
歯を磨きつつ、映像に見入る…。
一五〇キロオーバーのストレート、雷撃のようなスライダー。
いつかきっと、その領域を超えて見せる…。

寝る準備をしていると…、堀根浩二氏の顔のアップが画面に映った。
どうやらニュース番組のインタビュー特集らしい。
テレビ局買収のアクションは失敗に終わったが、本人は宇宙事業への参画
を口にするなど、今なお意気軒昂である。
『はっきり言って拝金主義者などという批判は気にならないですね。金があれば広がる可能性、防げる不幸。得られる自由。それらの意義が理解できない人とは一生分かり合えないですし、相手にするだけ時間の無駄ですから。』
相変わらず歯に衣着せぬ発言だなあ。僕は羨ましく思った。周りに卑屈に頭を下げ続け、日々をどうにかこうにかで乗り切る。そんな生き方とは無縁の人だ。
『嫌われること、批判されることを恐れては何もできませんよ。僕も会社を大きくしていく過程では、昔から一緒に居た社員とぶつかることもありました。結局僕の方が自分を曲げなかったから、会社を離れていく社員も少なくありませんでしたけど、今やりたいことが出来ている現状を考えれば、全く後悔はありません。今の僕やファースト・ドアが好きでついてきてくれる社員も多いですしね。』
僕は腕組みした。
嫌われることを恐れない…か。
なんだか今の僕自身に向けられてる言葉のような気がした。
現在の僕は…杉野弥生に言われるままに貴重なお金を貢ぎ、またバイト先の会社に社員にしてやると言われたら喜んで尻尾を振ってしまっている。
そうして誰彼にもいい顔をしつつ、夢を追うなどと…。
甘すぎる、虫が良すぎるのかもしれない。
杉野弥生に毅然とした態度を取って、もう金は出さない、なんなら二度と会わないと宣告し、マジィ社に対しても正式に正社員の話はお断りしますと伝える。
双方から(特に弥生の方から)轟々たる非難を浴びても動じない。
ここまで出来て初めて、夢を語る、追う資格が得られるのかもしれない。
だけど…。
僕には出来ない。
一度は生涯の伴侶にしたいと願い、女神様のように崇め、拝み倒した女性を(もう恋人にはなることはないと確定したとは言え)いまさら切り捨てるなど。
全く使えないバイトだった僕をずっと雇い続けてくれ、バイトマネージャーにまで取り立ててくれた会社のせっかくの誘いを、地に足のつかない夢を追いかけたいなどと言う理由で断るなど。
それが出来る強さを、これまでの人生において僕は全く培ってこなかったし、誰かに指摘されたとしても改めることはなかった。
いまさら…この性格が直るとも思えない。正確に言えば、直そうとしたときに生じるであろう巨大な摩擦に耐えられそうにない。
僕は、この性格のまま、夢を叶えたい。
このまま、一息に思い描いた理想の自分へと跳躍したい。
今現在、取り組んでいるハードトレーニングは、まさにその願いを叶えるためのものだ。
僕はテレビを消し、布団に潜った。
出来る。きっと叶う。
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