鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

文字の大きさ
36 / 42

無念

しおりを挟む
バイト達が帰った後、僕は再び川上さんに説教を受けることになる。
「完全に舐められてるじゃねえか。これで判ったろ。仕事が出来ないことがいかにバイト達に舐められることに繋がるか。もっと頑張れ。努力しろ。今月中にバーガーステーションを一人で回せるようになって見せろ。
…それと、相手の気持ちも考えずにただ言うだけでは指導とは言わねえぞ。特に女の子はデリケートなんだから配慮しないと。状況に合わせた指導をして、相手を納得させて初めて一人前の社員と言えるのだぞ。」
あなたはどうなんだ。と僕は内心で思った。
仕事の質を上げたくても思うようにならずに苦しんでいる僕の気持ちを考えてくれていますか?
結局今日のミーティングでも、僕を憎まれ役にして店長としての権威固めをしただけではないですか…。
もちろん、例によってそれらの思いが声帯を動かすことは無い…。
給料日を迎えた。その日はちょうど休みであった。
例によって弥生との疑似デートである。
まずはATM。契約社員として最後に稼いだ貴重な九万円が、今月も虚しく弥生の懐へと吸い込まれていく。
駅前のマックで向かい合ってバリューセットを食べるのだが、食欲が湧かない。
「ちょっと!何ぼーっとした顔してんの、笑いなよ。」
弥生に度々怒られるが…、引きつった笑みを浮かべる気にもなれない。
脳味噌と表情筋が、半分麻痺したような感覚…。周囲の景色もぼやけ、歪んで見える。
「そんなに辛いの?仕事?」
珍しく、弥生の方から気遣うような言葉が出た。僕は力なく笑いながら、まあねと答えた。
「だから言ったじゃん…私が勧めた所に行った方が良かったって…。もう辞めちゃいなよ。」
「い、いや。それは出来ない…まだ十日しか経っていないのに。」
「あの」川上さんに、辞める話を切り出すことを想像しただけでも、足が震えてしまう。どうせ日々怒られるなら退職話をして怒られるのも同じことじゃないか。という発想にはならなかった。すでにマジィ社の鎖は、杉野弥生に関するそれと同等かそれ以上に、強固に僕を縛っていた。
弥生と会った帰りに、僕はスポーツジムへ寄った。
退会の手続きをするためである。
無論、夢への未練はある。
しかし会費が借金返済の足を引っ張ってしまうことと、残業と休日出勤の連続でトレーニングどころではない、という現状から、決断せざるを得なかった。
用紙に記入し、会員証を返すと、僕はジムを出た。
振り返ると二階のトレーニングルームで、会員達がマシンに向かって汗を流している。
無念だ…。
ほんの数週間前まで、僕はあの中に入って死に物狂いで肉体を追い込んでいたのである。剛速球投手となる夢を追って…。
それが今はどうだ。スポンサーとなる筈だった企業にはそっぽを向かれ、興味も適性もない会社に入って呻吟している…。
駄目だ、こんな現状は間違ってる。
僕はジムの玄関口を凝視した。
いつか必ず、あそこへ戻って見せる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...