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無念
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バイト達が帰った後、僕は再び川上さんに説教を受けることになる。
「完全に舐められてるじゃねえか。これで判ったろ。仕事が出来ないことがいかにバイト達に舐められることに繋がるか。もっと頑張れ。努力しろ。今月中にバーガーステーションを一人で回せるようになって見せろ。
…それと、相手の気持ちも考えずにただ言うだけでは指導とは言わねえぞ。特に女の子はデリケートなんだから配慮しないと。状況に合わせた指導をして、相手を納得させて初めて一人前の社員と言えるのだぞ。」
あなたはどうなんだ。と僕は内心で思った。
仕事の質を上げたくても思うようにならずに苦しんでいる僕の気持ちを考えてくれていますか?
結局今日のミーティングでも、僕を憎まれ役にして店長としての権威固めをしただけではないですか…。
もちろん、例によってそれらの思いが声帯を動かすことは無い…。
給料日を迎えた。その日はちょうど休みであった。
例によって弥生との疑似デートである。
まずはATM。契約社員として最後に稼いだ貴重な九万円が、今月も虚しく弥生の懐へと吸い込まれていく。
駅前のマックで向かい合ってバリューセットを食べるのだが、食欲が湧かない。
「ちょっと!何ぼーっとした顔してんの、笑いなよ。」
弥生に度々怒られるが…、引きつった笑みを浮かべる気にもなれない。
脳味噌と表情筋が、半分麻痺したような感覚…。周囲の景色もぼやけ、歪んで見える。
「そんなに辛いの?仕事?」
珍しく、弥生の方から気遣うような言葉が出た。僕は力なく笑いながら、まあねと答えた。
「だから言ったじゃん…私が勧めた所に行った方が良かったって…。もう辞めちゃいなよ。」
「い、いや。それは出来ない…まだ十日しか経っていないのに。」
「あの」川上さんに、辞める話を切り出すことを想像しただけでも、足が震えてしまう。どうせ日々怒られるなら退職話をして怒られるのも同じことじゃないか。という発想にはならなかった。すでにマジィ社の鎖は、杉野弥生に関するそれと同等かそれ以上に、強固に僕を縛っていた。
弥生と会った帰りに、僕はスポーツジムへ寄った。
退会の手続きをするためである。
無論、夢への未練はある。
しかし会費が借金返済の足を引っ張ってしまうことと、残業と休日出勤の連続でトレーニングどころではない、という現状から、決断せざるを得なかった。
用紙に記入し、会員証を返すと、僕はジムを出た。
振り返ると二階のトレーニングルームで、会員達がマシンに向かって汗を流している。
無念だ…。
ほんの数週間前まで、僕はあの中に入って死に物狂いで肉体を追い込んでいたのである。剛速球投手となる夢を追って…。
それが今はどうだ。スポンサーとなる筈だった企業にはそっぽを向かれ、興味も適性もない会社に入って呻吟している…。
駄目だ、こんな現状は間違ってる。
僕はジムの玄関口を凝視した。
いつか必ず、あそこへ戻って見せる。
「完全に舐められてるじゃねえか。これで判ったろ。仕事が出来ないことがいかにバイト達に舐められることに繋がるか。もっと頑張れ。努力しろ。今月中にバーガーステーションを一人で回せるようになって見せろ。
…それと、相手の気持ちも考えずにただ言うだけでは指導とは言わねえぞ。特に女の子はデリケートなんだから配慮しないと。状況に合わせた指導をして、相手を納得させて初めて一人前の社員と言えるのだぞ。」
あなたはどうなんだ。と僕は内心で思った。
仕事の質を上げたくても思うようにならずに苦しんでいる僕の気持ちを考えてくれていますか?
結局今日のミーティングでも、僕を憎まれ役にして店長としての権威固めをしただけではないですか…。
もちろん、例によってそれらの思いが声帯を動かすことは無い…。
給料日を迎えた。その日はちょうど休みであった。
例によって弥生との疑似デートである。
まずはATM。契約社員として最後に稼いだ貴重な九万円が、今月も虚しく弥生の懐へと吸い込まれていく。
駅前のマックで向かい合ってバリューセットを食べるのだが、食欲が湧かない。
「ちょっと!何ぼーっとした顔してんの、笑いなよ。」
弥生に度々怒られるが…、引きつった笑みを浮かべる気にもなれない。
脳味噌と表情筋が、半分麻痺したような感覚…。周囲の景色もぼやけ、歪んで見える。
「そんなに辛いの?仕事?」
珍しく、弥生の方から気遣うような言葉が出た。僕は力なく笑いながら、まあねと答えた。
「だから言ったじゃん…私が勧めた所に行った方が良かったって…。もう辞めちゃいなよ。」
「い、いや。それは出来ない…まだ十日しか経っていないのに。」
「あの」川上さんに、辞める話を切り出すことを想像しただけでも、足が震えてしまう。どうせ日々怒られるなら退職話をして怒られるのも同じことじゃないか。という発想にはならなかった。すでにマジィ社の鎖は、杉野弥生に関するそれと同等かそれ以上に、強固に僕を縛っていた。
弥生と会った帰りに、僕はスポーツジムへ寄った。
退会の手続きをするためである。
無論、夢への未練はある。
しかし会費が借金返済の足を引っ張ってしまうことと、残業と休日出勤の連続でトレーニングどころではない、という現状から、決断せざるを得なかった。
用紙に記入し、会員証を返すと、僕はジムを出た。
振り返ると二階のトレーニングルームで、会員達がマシンに向かって汗を流している。
無念だ…。
ほんの数週間前まで、僕はあの中に入って死に物狂いで肉体を追い込んでいたのである。剛速球投手となる夢を追って…。
それが今はどうだ。スポンサーとなる筈だった企業にはそっぽを向かれ、興味も適性もない会社に入って呻吟している…。
駄目だ、こんな現状は間違ってる。
僕はジムの玄関口を凝視した。
いつか必ず、あそこへ戻って見せる。
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