ヤマネ姫の幸福論

ふくろう

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第二章 霧ヶ峰のヤマネ

幸せのウロコ雲

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 すっかり、和やかで、一体感の出てきた車内。

 添乗員は、これで言い易くなった、とでもいうように説明する。

「今回の企画は、ヤマネの棲みかを訪ねるものです。でも、絶対にヤマネを見れる保証はありません。
 もし、見れたらラッキーくらいに考えて下さい。」

 誰からともなく「は~い」という返事が響く。

 文句を言う者は一人もいない。それはそうだろう。
 相手は自然であり、野生動物なんだから。

 出発地と、宿泊先でもあるベースの宿までは、あっという間だった。

 


 マイクロバスから降り立つと、高原はすっかり秋。
 高い空、信州の山々は、草紅葉くさもみじで紅く染まっている。

 今夜、泊まる宿は、ログハウスではないが、木造の山小屋風だ。

「講師が到着するまで、しばらくお待ち下さい。」
 
 と、添乗員が告げる。

 大きな荷物は、宿の中に入れ、リュックだけの軽装となる。

 続いて、山小屋の賄い風の中年女性から、昼食のお弁当が配られた。

 外に出て、周囲を見渡すと、ミニチュアサイズの笹や、小さな高山植物の茂みが広がっており、自分がゴジラになったような気分になる。

 笹は高さ10センチあるかないか。
 ちょっと笹藪を歩いてみたくなり、足を踏み出しかけたその時、

「中原くん、笹藪に入っちゃダメだよ。」
 
 背後から、佑夏に咎められてしまう。

「踏んだりしないよ。」
 
 それでも、歩を進めようとしたのだが。

「えい!大地の怒りじゃ!」
 
 そのかけ声と共に、この子は、僕のザックを引っ張り、仰向けにひっくり返してしまう。

 僕は、合氣道の受け身が取れるから、後ろ向きに倒れてもケガをしたりはしない。
 それを知っての、お姫様の狼藉だ。

 それに、彼女は、僕がバランスを崩すと、両手で背中から僕を支え、そっと地面に降ろしてくれた。
 だから、ズボンが破けたりすることもなかったのである。
 
 まだ、僕の背中と頭には佑夏の手が当たったままだ。

 見上げると、すぐ上には美しい美女の顔、その背後には秋のウロコ雲。
 髪の白い貝殻が、秋空に映えるのなんの。

 その上、温かく、柔らかい手の感触。心地いい。
 ずっと、このままでいたい。

 ちなみに、僕の合氣道教室での話。

 中学生や、小学校の高学年の生徒で、幼稚園や低学年の子の面倒見のいい、優しい子も中にはいる。

 こういう、優しい生徒は、他の道場生への触れ方が柔らかく、触れる相手を思いやる。

 そして、触れ方が優しく、柔らかい子ほど、技の理解と上達が早い。

 反対に、年少の生徒に露骨に嫌な顔をしたり、世話を全くしない子は、触れ方が硬く、冷たい。
 そういった道場生は、あまり上手くはならないものだ。

 他人への触り方一つに、性格も人生も現れるのである。

 佑夏のこの手は、とてつもなく優しく、柔らかい、温かい。

 僕を支えたまま、彼女が囁く。

「ほらほら、中原くん、雲が綺麗だよ。下ばっかり見てたら見えないよ。」

「ああ、そうだね。」
 
 ずっとこんな態勢のままでは、イチャついてるように見えて、他の参加者をシラケさせてしまう。

 僕はようやく起き上がる。

 秋の爽やかなウロコ雲に、山の紅葉、小さな高山笹が絶妙なコントラスト、最高の景観だ。

「すまなかった。佑夏ちゃん、ありがとう。」

 僕の謝罪に、いつものように、彼女は優しいクスクス笑いを返してくれる。

 
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