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第二節 〜忌溜まりの深森〜

010 強い人は悪い人、良い人は強い人を従える人

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キレイなお姉さん? の視点での一人称です。
主人公にイイようにあしらわれるお姉さんはサキュバスです。
彼女は何を思うのか。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
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 ◆ (『サキュバス』の視点です)

 人の名前は家族、或いは村や町等の帰属する場所や環・コミュニティーの名称が付いて初めて自分を示す名となる。
 私の名はサマンサ。ただのサマンサ。国落の民アッシュだから。
 生まれた場所も育った場所も旅の空の下。私は帰属を持たない。帰属を持てないただの名前だけな私を人は『国落の民アッシュのサマンサ』と呼ぶ。
 侮蔑を込めて。

 の日、私は割のいい仕事にあり付いた。わかってる。世の中に割のいい仕事なんてない。割のいい=ヤバイって事。でも黒のフードに顔を隠した男はコレがヤバい仕事で有ることを隠さなかった。割のいいってだけで騙そうとしないだけが評価できた。

 事前に半金、事後に半金。そこも無理が無くていい。後は全てが終わった後のバッサリが怖いが、ヤバい仕事は手間がかかる。金で解決出来るなら金で解決したほうが良い。
 余計な手間を掛ければそれだけ失敗するリスクが高まる。悪い事は資金と信用が第一。手練れはそう考える。そして慎重な手練れは資金が豊富だ。慎重な手練れは優秀だから。
 奴らは相当の手練れだとオババという名のおかしらは私にそう言って押し付けた。

 ダメじゃんオババ。初っ端から危険が危ない。

 仕事は国落の民アッシュの冒険者ではありきたりな道案内。
 ちょっとハードだけど。道なき山や川を越え(それを逃避行と呼ぶ)、魔物や獣を避け、野営の世話をしつつ目的地処まで同行する。
 私はここで彼らが空間移動して逃げて来るのを待って居たところ。
 因みに目的地は国境を越える概要は聞いているが、具体的な場所までは知らない。勿論、密入国で。森の奥に隠れるように移転してくる時点で察して。

 って極大の魔晶石を使用した空間移転って、何処どこの大金持ちか、お貴族様よ! って身元を探ろうなんて身の破滅よね。危ない危ない。でも極大の魔晶石コレ売るだけでヤバい事をしなくても一生遊んで暮らせるのに。ほんと悪事って生産性が悪いって思うんだけどどうなんだろう。

 移転してくるのは夕刻のはずだった。それ迄は私は移転の目印となる復帰石(残念なことに起点石に比べてやや小ぶり。ダメヨ物欲よ去れ)の干渉域に障害物が混じり込むのを防ぐ(異物との衝突はシャレにならん。即スプラッタよ)為に見張っていた。
 まだまだ時間が有るし、一人だし、重い旅装を解いて、普段着になる。まあ、ビキニなんだけど。ふう、楽。ラクなのよ。

 サキュバス族の、ひいては落国の民アッシュ一族の主神であらされる亡国の破壊神『はふりたる従者』は触れるモノ全てを瞬時に溶かし蒸発させたと言われていたけど、今の私達サキュバスは普段はただ体温が高いだけ。意識しなければ『焼き切る』ことなんて出来ない。
 けど、虫除けや(山の中でコレ大事)自分の匂いを拡散して魔物や獣避け(臭くないから)には有効あるの。

 でも暑いことは暑い。乙女としてははしたないってわかってるんだけど、だってね。まあ、もうちょっと胸の盛り上がりが在れば私だって自信を持ってね。それが悩み。お尻はクイッて上を向いて程良いんだけど、やっぱり胸がねぇ、と、埒も無いことを考えながら妙なポージングしてボーっとしてたらいきなり移転復帰石が光り出した。

 ちょっと、まだ時間には早すぎるよ。それにこの格好。ああ、もう間に合わない。復帰石が黄金色に爆散した。


 そして白金の壁を押し分けて現れたのは銀色の髪の女の子と黒髪の男の子。黒髪! 忌み子だ。珍しい。
 男の子はなぜか裸で黒髪は禍々しかったが、二人共が息をのむほど美しい魔力を醸していた。そして男の子に比べ女の子は……その横顔に私は一枚の絵を思い浮かべていた。幼き頃に旅の幌馬車の荷台で読んでもらった絵本の一頁の美しい絵を。

 機能停止に陥っていたのは僅かだった。即座に状況を理解する。黒フードはいない。それは悪巧みが失敗した現実を指し示していた。そして悪巧みの一味の私がひとり此処ここにいる。これは非常にヤバい状況だった。

 逃げよう。
 相手は子供だし大丈夫。そっと空気に成って。でもただで逃げさせてくれるほど甘くはないかな。自らか、親の意思かはわからないが、黒髪を染めさせることもなく、そのままとする神経は異常だ。マトモじゃない。
 ヤバいか? ちょっとひと当てしたほうがいいか? そう愚かに思い腕に力を込めたのが浅はか。バカだ私。瞬間、男の子が振り返った。

 れは身の毛もよだつ邪悪で強大な恐ろしい魔力だった。
 ちょっと前に思い浮かべた美しい絵本の、相対の頁に描かれた、亡国の破壊神『はふりたる従者』魔王ルシファーを思い起こさせる程に。咄嗟に腿に括りつけた投擲とうてき用の苦無クナイを両手の指の間に三本ずつ挟み抜いていた。恐怖から無意識に。ダメ、逃げなきゃ。

 そう思った瞬間、彼が私の目の前に居た。
 そんな、速すぎる。咄嗟に衝撃回避層を体表前面に魔装形成する。サキュバスの自個保有魔系技能《スキル》。だからただの突進なら揺るぎもしなかっただろう。でも彼はただ突っ込んで来ただけじゃなかった。足を浮かされた。そんな。
 私は受け身をとろうとしたが、胸を押され、そのまま後頭部を地面に激突させられた。
 私はブラックアウトした。そんなぁ。


 目覚めたとき、男の子と女の子は肩寄せあって陽だまりの中でビスケットを齧ってた。何だかほっこりする風景だった。でもつかの間、黒髪の男の子の視線が私の胸に注がれてた。嫌。
 ねっとりとしたイヤラシイ視線。ヒドイことされるの? されちゃうの? 決して胸が小さいとか胸が極小とか胸がツルペタとかの嘲りの視線じゃない欲情に駆られたイケない視線のはず。ダメヨ。

 と、現実逃避していたら女の子は私に掌を向け。
「動かないで。貴方より私達のほうが速いわよ。それとも試してみる?御免、もう試したわよね。それで如何するの?」
 その掌に半端じゃない魔力を籠め私を脅した。
 おババ、ほんとダメじゃん。

 女の子は何度も思うけど。多分これからもことあるごとに思うけど、信じられないほど美しかった。今までこんな綺麗な生き物を見たことは無かった。思わず平伏し、膝を衝きたくなる程に荘厳で恐ろしい美しさ。そう、思い出した絵本に描かれていた、お伽話に出てくる亡国の破壊乙女神『おほみたる誰か』ラドゥ・エリエル様のよう。


 私に害意は無いこと。ただの雇われ冒険者で或ること等を切々と訴えた。私の返答にいちいち女神は私にタックルした少年と寄り添い顔を近づけて言葉を交わしていた。
 交わす言葉は何処どこか魔法の詠唱文に似た異国の言葉だった。少年は裸で布を腰に巻いているだけだ。時よりチラチラして眼福って違う不快だ。絶対不快。

 気になるのはその腰巻き布に無造作に差した短刀? 剣鉈? に鏤められたキラキラな宝石。賜ったのか? 分不相応だ。そして何より妙に私の女神に馴れ馴れしく甚だ不快だ。甚だ。

 黒瞳黒髪で異質の言葉はこの大陸では見られない人種だ。あれ? 黒瞳? 本当に黒瞳だ。黒瞳自体は珍しくないが、男で黒髪黒瞳では亡国の破壊神『祝(はふり)たる従者』ルシファー様と本当に同じになってしまう。そんなことはあってはならない。絶対に。

 数少ない絵本で見たルシファー様はそれはそれは美しく荘厳だった。憧れの君。『おほみたる誰か』のエリエル様の御兄さまで常にお傍に御使いし、万物を統べる魔王で在らされる。
 それに比べ少年は年の割にも背が低く痩せており、猫背で致命的な超なで肩。最悪。何より顔が超貧相・超暗い。私の胸を笑った恨みからじゃない、客観的な正当な見た目。唾棄すべき小僧。略して唾棄小僧。たいして略してないけど。

 それに二人とも私と話しているんだからビスケットをカリカリうさぎみたいに齧らない。行儀悪いわよ。


 驚くべきは彼女達は私が道案内するはずだった国境とは反対の国の更にもう一つ小さな国を超えた超大国の王都から飛ばされてきたらしい。どれ程の大きさの帰還石を使用したのよ。想像できない。どれ程の費用対効果を見込んだの? ヤバいよ。

 見せてくれた。持ってきちゃったらしい。超デカい。極大。国宝級。幾らすんのよ。黒フード超涙目。

 彼女は『黒フードの男』の代わりに雇い主になるから元いた国まで連れて行って欲しい、安全な場所までと交渉してきた。
 金額は破格。その金額はすごく魅力的だった。でも、最後の方は真面に聞いていなかった。それどころじゃない。
『黒フードの男』がこの悪事に掛けられる費用と、彼と彼女に掛けられた費用の大きさに背筋が凍る。それに何なのよ、アノ極悪超大国の侯爵令嬢様だなんて。だってそうでしょ。両方とも大きすぎる。私には手に負えない。
 巻き込まれたら私は終わる。

 ごめんなさい女神エリエル様、私は国落の民アッシュ。アッシュのモットーは命大事。先ずは生き残る事。第二がお金。信じられるものは最後は金、だけど、ここは第一の掟に従って逃げることにしましょう。本当に残念。

 幸いエリエル様と唾棄小僧は可愛そうなぐらいイイ人。私が国落の民アッシュじゃなかったらイイ友達に成れるぐらい。でもここではイイ人は生き残れない弱い、浅はかな人。幾ら魔力が強くても地位が高くとも其処そこは変わらない。最後は死んでしまう。だから私は死んでしまう前に逃げる。いや、全て無かった事にする。

 ごめんなさい。
 幾ら魔力が強く速く動けてもイイ人は幾らでも付け入るスキが有り対処できる。だから、私は全身の血液に魔力を流す。
 魔の力が体中を廻る。内に抑え込んでいた暴力が形となって外に出ようと暴れる。
 あれ以来封印していた力。怖くて使えなくなった力。でもここには私とお二人しかいらっしゃらない。だから大丈夫。大丈夫……。

 滾る。まだ、まだまだ。最高潮に高まった内なる魔力素粒子アルカナが。

 瞬間、唾棄小僧の翳した掌から極大の火の玉、いや、莫大な量の目が眩む程の光そのものが出現し、私を直撃した。
 否、私の目の前で爆散した。私の顔を残り香のような熱風が嬲る。サキュバスの私が熱さを感じる程の熱い風。

「動くなって、言ったよな」
 と、唇の片端を釣り上げて悪鬼のような白髪白瞳の少年は言い放った。

 冗談でしょ。無詠唱での光魔法? 違う。
 アレは……古に大魔王ルシファー様は太陽の欠片を手にとり、敵を一瞬で滅したと言う。
 それは触れるモノ全てを瞬時に溶解蒸発させる伝説の魔法、“ザ・サン”。それに……白髪白瞳って。私は失禁した。

 その場から動けず、そして大泣きした。涙が止まらない。嗚咽が止まらない。
 涙に霞む視界の中で、白銀色に輝く髪の唾棄小僧の後頭部にエリエル様の廻し後ろ蹴りが荘厳且つ壮大に炸裂し、唾棄バカ小僧改めルシファー様が前かがみに倒れ込むのが見えた。
 私は生きている。国落の民アッシュの教えの通りに。


 私は安堵したんだと思う。
 彼女と彼、エリエルとルシファーが本当に良い人で悪い人だから。
 私は二度負けた。一度目は咄嗟のことで油断したと言い訳できるが、二度目は違う。私は油断してなかったし、準備もしてた。この私が負けた。悪魔であるこの私が。一瞬で。

 強い人は悪い人、良い人は強い人を従える人。
命を長らえる人は決まって“悪い人”、裏切りを許さないのは“良い人”。
 落国の民アッシュの古い伝承にある、それは力と信頼であると。
 私を満たしていたのは畏怖、そして抑えきれない程の高揚感。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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