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第二節 〜忌溜まりの深森〜

021 二歩進んで三歩下がる的な

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“溜まりの深森”の最深部、“忌溜まり”にいよいよ入ります。
いろいろと大変です。
ご笑覧いただければ幸いです
―――――――――

 だからってこれはヒドイ。

 避けられてねーじゃん。

 息を潜め、岩と岩の間に身を伏せた僕の頭の直ぐ上を狼モドキの魔物が何処どこかバランスが悪そうな仕草で跨ぎ通りすぎる。
 それにしても、象ぐらいデカイ狼モドキってなんだ。口が上下に二つあるし。それ、機能的に意味なくね。加えて足は八本あるし、右偶数、左奇数の位置の足がカブトムシな、それだった。
 そりゃバランス悪いだろ。いい加減だな。でもそれが魔物クオリティー。甘くないな。

「なにをブツブツ呟いている。静かにしろ。気づかれるぞ」
「おい、生殖器官と排泄器官がなかったぞ。人生の半分以上を損してるな」
「サっちゃん、お腹空いた」
「アンタたちは子供か! 緊張感を持て!」

 そうやって三歩進んで二歩下がる的な行進を続けている。もう気分的には二歩進んで三歩下がる感じで、進んでる気が全くしない。体力的には楽なはずだけど……。岩陰やブッシュの中でジッとしてるのは辛い。飽きるし。何時になったら目的地に着くのやら。いや、抜け出せるのか。

 そして一歩、歩みを進める毎に現状が現実性を少しづつ失なわせ続け、失う毎に確実に僕らをさいなんで行く。益体の無い雑巾を絞り続ける様に。……災厄。
 それを僕達はまだ知らない。いや、認めることが出来なかった。だけどね。
 それでも今までの『溜まりの深森』から『忌溜まりイミタマリ』に入った途端にコレはないじゃん。

 森の窪地に身を伏せやり過ごす事、一昼夜。寝てないし食べてないし出してない。動かせない足の甲の上を虫が這う。

 そして……何時終わるか神の身ぞ知る最果てない追い掛けっこが始まる。
 
「フー、もう良いでしょう、進みましょう」
 とサチ。

「駄目だ。まだ臭い。凄く臭い。もう一匹、いる?」

「何言っているんですか。もう居るはずが……」
 そのサチの背後から狼型の魔物が襲いかかってきた。今度のは左右真横に一つずつ口だけが突き出ていた。奇を衒って失敗したバージョンアップっぽいのはさておき、喧嘩しそうだなと思わず要らん心配をしてしまった。
 僕はハナをお姫様ダッコで横っ飛び。背後で岩が爆ぜる。逃げる。またこのパターン。
 ガッ! って背中がまたピキッていった。ピキッて、俺の腰椎C4番が!

「サチ、何とかしろ! 冒険者だろ!」

「私はB職の二種だ。警護はやらん! 安全な道中を担保するのが仕事だ!」

「この状況のどこが安全な道中だ! 探知も俺のほうが早かったじゃねーか」

「索敵は“おまけ”だ。業務内容範囲外の格安サービスだ!」

「使えねー、ゼンゼン使えねー! そしてなして無料じゃない」

「炎弾」
 抱えられたままでハナが背後に向かって火炎魔法『炎弾』を放つ。でも全く当たらない。動いてるし。こっちも動いてるし。ただの牽制には成ってるっぽいけど。

「がァー! 顔の直ぐ傍でいきなり撃たないで。鼓膜が破ける。火傷する。頭が燃える!」

「エリエル様、遠慮なくビシバシ打っちゃってください」

「黙れ薄幸サチ!」
 ハナの炎弾も最初に比べ、格段に威力が増している。まあ人ではなく魔物相手だからだろうが、それでも凄いと思う。だって当たれば小範囲ながら一瞬で灰に変え抉る。狙って延焼させることも可能。それはもう当初とは別物級の進化だ。
 だけど、化け物相手では致命傷には程遠い。何発も時間を掛けて当て続ける必要があった。だけど。

〈∮ 索及び検証考察結果を報告。
 公彦のハナ様への魔力の供給もまだまだですね。今は身体を密着させている事で普段よりは、という感じです。ですが、じきに本格的にパスが繋がるようになるまで遠くありますまい、そうなれば、なにせハナ様公彦様の…… ∮〉
 黙れ、それ以上は言うな。


 撃つ撃つ撃つ。ずっと撃つ。暗い森の中、幾重の輝く白炎の弾丸が糸を引き放たれている。でも当たらない。

 自分も移動しながら、相手も動く中、早々上手く当たるもんじゃない。解ってる。だから数で勝負。でも当らない。なぜなら決定的に弾速が遅いから。何発もの無駄弾の中でヒットしそうな数少ない炎弾を魔物ヤツは機敏に避ける。ヒョイって。ゴム跳びの幼な子のように。魔物のドデカ図体でやられると流石にイラッと来る。

 ガッ! 膝が、右膝がガクンってなった。カクカクして力が入らない。色んなところが相変わらず壊れていく。

「ハム君、私がさも重いような動作しないで」

「だって」

「私は重くないよね、私は重くないよね。重くないよね」

 ガッ! 膝が、左膝が……「はい」

「いい加減当てて下さいエリエル様! お願いします!」
 サチは先頭を走っている。一番後尾で晒されている僕の背中。いや道案内なのは判るけど、意識的に僕を盾にしてないかい?
「イイじゃないですかケチ臭い。やられてもすぐ直るんだから、肉の壁として役目を果たしなさい」
 既成事実だった。ヒドイ。すぐ治っても痛いものはイタイ。痛いのは嫌。
 それにしても、やっぱり当たらんな。

 ドンドン迫って来る。涎を垂らし、大口✕2を開けて巨大狼モドキが迫る。小賢しく的を絞れなくするように左右に体の軌道を機敏に変えながら、幼子のゴム飛びで。ウザイ。そして迫る。迫る。
 カブトムシ形状の足が高速でカサカサ動いてキモい。カブトムシと思ったが間違い、あれは黒い悪魔の足だ。だから速い。でも残りの狼の足はそのままだから時たま縺れさせて速度が落ちる。だから助かっている。でも徐々に距離は。
 距離が近くなってもなぜか当たらない。器用に避けてる。魔物キショイ。

「死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃうぉ~お!」

「うるさい幸薄さちうすサチ!
 ハナ、俺がテルミットを撃つ! タイミングを合わせて離脱しろ!」

「まだ出来るよ! 任せて! 絶対に当ててみせるから!」

「タイムリミットだ」
 僕は速度を落とし、十メートル。超近距離、確実に当たる距離迄、五メートル。まだだ。呼吸を合わせ、二メートル。

 振り向きざま放り投げるように(マジに投げててるけど何か)ハナを離脱させ、一メートル、振り返りざまに目の前の相手に左手を伸ばし。五十センチ。ちょっと近すぎ? ヤバい!!
 狼モドキの出来損ないキメラの鋭利で馬鹿デカイ爪が僕の頭の横を通り過ぎる。耳と頬の一部が千切れ飛ぶ。

「堕ちろ、カトンボ!」
 ただ言ってみたかっただけ。飛んでないし。カトンボじゃないけど。


 異世界こっちの魔法は具体的に『顕現化けんげんか』と『事象遷移じしょうせんい』に二分される。

 『顕現化』とは何もない空間に摩訶不思議な力(魔力アルカヌム)で幻の様に実在的な物質を生み出す事。
 似非に依ると魔力素粒子アルカナが寄り集まって形作るって話だけど眉唾。
 でもまあ、異世界こっちでは現実に炎や氷などを何もない空間に出現させぶっ放す派手でザッツ魔法なトンデモ現象だ。
 顕現化した炎や氷は一定期間、或いは与えられた使命が終了した段階で消えてなくなり、魔力素粒子アルカナに還元される。

 代わって『事象遷移』とはそのまま、あらわになった事象の強制変更だ。
 似非に依ると魔力量子波クァンタムアルカナがあるべき事象を捻じ曲げる理力らしいけどやっぱり眉唾。

魔力素粒子アルカナが疑似的に量子化していると捉える事で万象の情報の素体となる。魔力量子は常に変化し大量の波と化す。魔法使いはその波を捉え、自らの表象イメージを基に顕現化なり事象遷移を行う。

 地味で見栄えはよくないが実はとても強力く且つ使い勝手が良い。そして魔法の癖に現実的で、物理化学のことわりを基本としている。自然界にある物質の分子の振動を抑制すれば熱を奪い冷却し、逆に促進させれば熱を溜め込む発熱する

 例えば『顕現化』で氷を出現させられるが、『事象遷移』でも可能だ。空気中の窒素を集中的に一点に集め分子振動の抑制で熱を放出させる。窒素の氷を矛のように尖らせ飛ばせば“アイスランス”の出来上がりだ。
 ただし“アイスランス”のように複数の要素を組み合わせる複合魔法は非常に面倒だし当たり前のように発動に時間が掛かる。使い所とセンスが必要だ。

 その弱点を克服させたのが進化ハイブリッド系だ。僕が使ったテルミットがソレ。
『具現化』で酸化鉄と粉末アルミを大量生成し、『事象遷移』で事象の方向性を与え極小の空気を超圧縮発火。瞬間的な連続爆炎を生み出す。

 資材は幻だが化学反応と得られる成果物は物理の法則に則った現実的なピアな威力。
 加えてノイマン効果もプラス。
 細く収束させ、炎の域を超えた閃光の帯が音もなく走る。超高温特化の全てを一瞬で溶解焼失させる僕の改良型『テルミット』
 
 狼モドキ魔物の頭の左上部が完全に消滅していた。でも背後の木々には影響はない。1メートル以上離れているから。そこはマスト。ただ周りの纏わりつく熱が籠った空気に混ざってイオン臭が漂い鼻につく。

 僕の左腕の肘から先が炭化してプスプス言ってる。強力になった反面、効果範囲が1メートルだと正直辛い。そして。

「顔半分から血が滴ってるわよ。ねぇ、わかってる?あと3センチずれていたらあなたの頭の左半分無くなってたわよ。
 それに……」
 と、僕が咄嗟に放り投げた深く柔らかそうな薮草ブッシュの上で、僕の左手を見つめながらハナが言った。

「ごめんね、私に任せてって言ってたのに……また」
 悔しそうに。そして辛そうに。

「気にするなよ、直ぐに治るさ」
 と僕。

「それでも……」
 と、ハナ。


 今現在、僕らが取れる方法としては、“ずっと隠れてる”からの“何処どこまでも逃走”それ一択。見つかったら即逃走に移り、遠距離からハナが撃ちまくり倒せるなら倒し、倒せなくても距離を取り逃走する。サチの先導で。

 絶対的な基本だ。何故なぜなら、申し訳なくてホント心苦しいんだけど、僕らは非常に弱いから。
 逃げきれなかったなら?
 今見た通り、一メートルの距離でイチカバチカの止めを僕が刺す。

 問題は本当にイチカバチカだって事。
 そうなんだよね。魔物と有効打撃域一メートルの距離で対峙すれば、例え先に頭を吹き飛ばそうが、既に相手も鋭利な爪や、長くしなやかな棘が生えた尾を飛ばしている。だって相手は最低でも体長が3メートルはあるから。余裕っショ。

 こんなもの、避けられる訳がない。
 当たらないのを祈って運任せにするか、あるいは腕一本を盾にして本体を守るか。盾って上品に言ってみたけどモチのロンにそんな腕一本紙防護魔物怪獣規格外級キツキツな一撃なんて防げるはずもなく、潰れる、ひしゃげる。
 ならいい方で、引き千切られて飛んで行ったのが今までに2回。それが多いのか少ないのか……その時は正直に股間が縮縮み上がった。
 キュンって。

『今にも取れそう』は有っても『取れた』のは始めてだった。
 血がバンバンドバドバ噴水状態で、慌ててサチが拾ってきてくれたが彼女も焦っていたのか反対に着けようとしやがった。ヤメテ。
 まぁ結論を言えば繋がったんだけどね。それでもまともに動くまで相当時間が掛かった。その間が痛いの痛くないのって、泣くぞ。って泣いた。収支がまるで合わない感じ。サチに言わせれば費用対効果崩壊。
 そしてその治癒時間は完全に僕らは無防備となる。

 グチャ、って潰れて繋ぐことも出来ない部位欠損で新たに生えてくるのかも含めて、例えば頭と胴体、上半身と下半身が|離ればなれになったその時に、僕はそのまま生きていられているのか、てか生き返れるのか……全く自信がない。
 絶対に無理だろう。加えて試しに一回やってみるかってのも勘弁して欲しいし。

 でもまあ、超至近距離目の前で魔物とタイマンしなくちゃならなかった場面は今のを含めて五回、その五回は凄く運が良かったと、素直に思う。特に今回。腕一本紙防護は間に合わず、ただの運で三センチずれてくれた。脳味噌の三分の一をぶち撒けなくてホントよかった。
 それ、絶対無理なヤツだから。ほんと、何か祈っちゃうよ。感謝してます。

 問題は、六回目以降が致命的になる可能性は何時でもあり、それはいつか必ずやってくる既成な事実。

 ハナが僕を見つめる。そうだよね、そういう顔しちゃうよね。ごめんな。

「そうじゃなくて、私は……」
 顔を歪め、苦しげにハナ。
「そうじゃなくて……」

 サチが僕の飛んでった耳を手の平にのせて拾ってきてくれた。もうさ、ぐちゃグッチャで原型は留めて無くて三個四個に千切れてて……質量的にもちょっと少ない感じ。どうすんのよコレ。取り合えす「ありがとな」
 サチの満足そうな顔がムカつく。そりゃ丁寧に拾ってきてくれたんだろうけどさ。

 終わってる感が、っパない。

 諸事情を鑑みれば、ハナの負担が増え、彼女一人きりに全て任せるのには心苦しいが、やっぱり彼女の遠距離攻撃の充実が全ての鍵だろう。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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