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第三節 〜サガンの街〜
029 逃げましょう……今すぐこの街から
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逃げたくなることが、あるのでしょうか?
それは秘密っぽい。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
僕ら三人は静かな喧騒に包まれた陥落寸前の城壁内街の真ん中で途方に暮れていた。改めてお腹すいた。そしておパンツ、 give me 。
「もうさ、諦めて先に進もう。この街を早々に出ようよ。次の街までまた“溜まりの深森”みたいな場所を通る訳じゃないんだろ? ならいいじゃん。遷ってがなんだか知らないが、この街ってヤバいんだろ? そんな事ぐらい解る。一晩ぐらいゆっくりベットで休みたかったけどな」
本当はハナのことを思えば、ゆっくり身体を休めさせてやりたかったが、仕方ないか。これからの道中でも夜はやはり野宿かもしれないが、魔物が出ないなら懸念はだいぶ少なくなる。それだけでも助かる。次の街までの我慢だ。大丈夫さ。ハナが大丈夫だと言うならばだけど。
「ふん、何見てんのよ。私は大丈夫よ。だいたいマトモなお肉も出せないような街、嫌いよ。さっさと出ていきましょ」と久々な悪役令嬢バージョンのハナ。
「その代わり何処か綺麗な水辺で身体は洗いたいわ。切実に、早急に」
でも、それさえも叶わなかった。サチが拒否したのだ。
「お金がありません」
「だから?」
「全財産をこの街に入る際に賄賂として渡してしまいました。エリエル様の持っていた宝石全部です。スッからカンです。一文もありません。
次の街に入る際の賄賂がありません。エリエル様、他に金目の物はないのですか? ちょっとジャンプしてもらえますか?」
「カツアゲかよ。ちょっと待て、なら最初から宿に泊まる事も肉の一片を買う事も出来なかったってことか?」
「イエス・アイ・ドゥ」
「何がドゥだ! はなから宿に泊まる気なんてなかったな。だいたい案内人のくせに交渉下手すぎだったんじゃんかよ」
「仕方ないだろうが小僧が! お金のことで私に頼るな! だいたいお金がなくてニッチもサッチも行かないから誘拐の片棒なんてヤバい仕事を受けたんだろうが! そもそもお金のほうが私を嫌っているんだ。察しろ!」
それ、ダメダメな人の転落人生まっしぐらな“だって”的な開き直り放棄思考じゃねーか。負け組確実だな、サチ。
「大丈夫、鞘から外した宝石はもうないけど、お金ならまだ持ってるもん。私ってエライ」
「ダメです。エリエル様の持ってらっしゃるお金って、一千万圓硬貨じゃないですか。どこの世界に子供にお小遣いで一千万圓持たせている親がいるんですか。それに三枚も。だから貴族ってやつは。
両替するにしてもそんな硬貨なんて一般人が持つものじゃありません。貴族限定です。それも超が付く。目立つ行動は慎むべきです。私たちは追われる立場なんですよ。
だいたいどこの世界に子供にお小遣いで一千万圓持たせている親がいるんですか。それに三枚も。だから貴族ってやつは……ブツブツブツ」
と、リフレインするも正論っぽい愚痴を吐くサチ。フンムって顔してる。
「……それじゃさ、魔晶石ならいっぱい有るじゃない。それ売ればいいんじゃない。アレ、冒険者ギルドで買い取ってくれるんでしょ? それに身分証もギルドで造れるんでしょ。身分証あったら賄賂ももういらないんじゃないの」
とハナ。なるほど、灯台下暗しだったな。なら問題解決じゃん。
「…………」
ってサチ、なに額からダラダラ汗ながして、顔が強張って怖いんだけれども。って、それって……。
「最初は直行でギルドに行こうとしてたよな、サチ。広場で絡まれた時、ギルドの場所を聞いてたし」
汗ダラダラなサチ。
「ギルドで身分証を造るのは既定事項だったよな」
汗がドバドバなサチ。
「さっきのオバ……お姉さんがいる事が想定外だったと……いったい誰なんだ」
汗がジョバジョバなサチ。
◇
「それ、私たちには関係ない事だよね。それよりお肉もいいけどやっぱりお風呂に入りたいな。もう服ベトベトだし、あっ、新しい服は欲しいかも」
……。
にべもないハナ。今、サチは悲壮な覚悟で罪の告白を行い、許しを請い、且つ口裏を合わせて貰おうと懇願していると言うのに。
さっきの自称お姉さんは種族は異なるがサチと同じく落国の民だそうだ。まあそうだろうなとは思ったけどね。
まあ、それは前置きで、彼女はアッシュ内で一つの勢力を纏める頭と呼ばれる力を持った上層部の一人だそうだ。それも最いてまえ派の。
最近までは『特異生物産資源買取その他業務委託会社』意訳『冒険者ギルド』の本店本部財政部門で辣腕を振るって居たそうだが、若い頃は被差別民族であるアッシュの地位向上を第一の信条とし組織の引き締めや、その足を引っ張る身内の犯罪行為を厳しく取り締まる特殊な機関に所属していたらしい。特高みたいな。
『特高』の彼女は時に非合法に“見せしめ”として執拗に嗜虐的に、そして実に効果的に“やり過ぎる”らしい。そしてエースとなった。
ついた渾名は“血塗れ薔薇乙女”。
「全然乙女じゃないけどね。って続くまでがお約束」
とサチ。
サチ、本当は全然びびってねーだろ。
そして現在はサチの頭|である祖母とは対立関係であるらしい。アッシュ内も色々複雑且つ面倒くさいらしい。
そしてこの街の冒険者ギルドの『長』に三年前に就任している。
そしてそれを失念していて、先ほど急に声を掛けられてパニックになっていたと。今ここ。
因みにキャリアの始まりを『特高』でその武闘力をもって頭角を表し、その後に中央官僚のそれも財務部門で頭脳をもって順調に成り上がっていた彼女が、例え“花魁蜘蛛の糸”の一大生産地であったとしても一地方都市の小規模ギルドの“長”への就任は、実質的且つ見せしめ的な意味でも不名誉な左遷だそうだ。
おまけに“遷”なる怪しげな行事? も、洩れなく付いている街ならなおさら。
「だから怖いんだ」とサチ。
左遷の理由を下っ端のサチは知らないらしい。ただ、十年前の落国の民のトップである総会頭の交代に関係しているらしい。あくまで噂だけど。
実際、その交代劇後のアッシュは色々大変なことが起こってるらしい。サチの借金生活も、その所為らしい。
嘘だな。唯の凋落なだけだな。って、借金もあるのかよ。
「下も地獄だけど、上は上でお決まりの魑魅魍魎らしいからな」だそうだ。
そして今までの話による更なる事実。
驚くべきことは、全ての、大陸中のどの国のどの街の『特異生物産資源買取その他業務委託会社』意訳『冒険者ギルド』は遍く落国の民が運営していた。
まあ、例外がない訳じゃないけどね。元世界の欧州での一大被差別民族である(もちろん今でも)流浪の民族も金融・経済界で絶大な影響力を持っている。ちょっと前だけど、忽然と国を一つ拵えるぐらいには。
この世界での基幹エネルギーは魔晶石だ。その魔晶石の生産採取と分配を司る機関が国や貴族領主ではなく、冒険者ギルドであり、その価格と流通を司る財務管理部門をやはり落国の民が独占している。
この大陸全体で貨幣として流通している魔晶石を信用基盤とした『魔晶石硬貨』の鋳造も落国の民が権利をもち、当然その流通量もコントロールしているのだろう。
これって世界規模の中央銀行だよね。って言うより、この世界を実質支配していると言っても過言ではない。少なくとも、フィクサーの一角だ。
この世界が成り立つ為に必要な底部基盤を全て落国の民が握っている。
知る人も把握している人も非常に少ないが、純然たる事実だった。
それでも、残念ながら古から続く凝固硬化した人々の意識は固着したまま変わらない。比類ない実績と実力を持つ落国の民を被差別民族として虐げる事をやめない。差別なんてそんなもんだ。比類ない実績と実力を持つが故に尚更。
ひとつは。落国の民自体がそれを改めさせる運動をしていない事も理由としてあるのだが。その資格も資金も組織力もあるのに。何故だろう。
「“贖罪”の、為だそうです。オババさまが言ってました」
何の罪なのだろう。そう言えば、落国の民が虐げられる理由がわからない。サチも、オババさまも、誰一人。
◇
「私はエリエル様の誘拐にあろう事か与していました。
エリエル様はキノギス王国の有力侯爵令嬢であり、これが明るみに成ればキノギス王国と、誘拐を画策したのが他国であれば、そのの二国間で国際外交問題となります。有り体に言えば侵略戦争の口実にも成り得てしまいます。
そこに関わったのが落国の民で有るとバレれば、それだけで被害国も加害国もアッシュを利用するか、スケープゴートにするか、どっちにしても碌な事にはなりません。
そしてそれを一番嫌うのが“血塗れ薔薇乙女、全然乙女じゃないけどね”です。(あっ、やっぱりそれは続くんだ)
“全然乙女じゃないけどね”は(肝心な血塗れ云々が既に消えているけど)そのような不味い事態になるぐらいなら私は勿論、エルエリ様も最初から存在しない事とするなど朝飯前です。
「ならさ、今いるこの街の領主や国自体に助けを求めたら。第三者だろ」
「浅はかなり唾棄小僧。領主や国主が当てになるならこの世界はもっとマトモになっている。そんな厄介ごと、それこそ闇から闇、臭い物には蓋ならまだ良い方で、自らの利益になるようにトコトンしゃぶってくるぞ。それが貴族だ。だから唾棄小僧は!」
悪うぅございました。
「だからさ」と、いままでソッポを向いて我関せずの態度を貫いていたハナが初めて口を開いた「押し通せばいいのよ」
野蛮だなおい、でも、それしかないかな。
「何を日和ってんのよ。
ここは最初から私を助ける為に態と関わっていたぐらいに言いなさいよ。実際に今は私を主として付き従い助けようとしてんだから。もっと自分に自信を持ちなさい。
実際私は助けられてる。そして私が今、あなたの主なら、アッシュとか被差別者とか関係ない。私、キノギス王国五大貴族が一つヴレゥ侯爵家、その第二息女。勇者候補であり神聖乙女である私の下僕として先達するのです」
ああ、ここで初っ端のセリフ“関係ない”に繋がる訳ね。結構怒ってたのね。
サチがハナの細い腰に抱きつき涙を流しながら「主様~」とか喚いてる。
ハナも満更じゃないフンム的に鼻の穴をおっ広げて握り拳を天空に突き上げてる。
周りは“遷”で一杯一杯なのか前を向いて黙って歩いている人々ばかりで視線を向ける者は皆無だったけど。大通り(メインストリート)の真ん中で寸劇は辞めてくんないかなぁ。
まあ、ハナが随分と元気になってくれたのは嬉しいかな。ちょっと恥ずかしいけど。まだふと、虚空を見つめるその瞳が気になるけど……。まだ気を抜けないけど……。それでも。
「まぁ、サチの心配はわかるが、今更だよな、多分あのオバさ……お姉さんにはもう全部じゃないけどバレてるっぽいけどな」と僕。
その時、誰かの悲痛な叫びと「空!」の声。
そして悲鳴は連鎖的に広がり蜘蛛の子を散らすように人々が一斉に逃げ出し始めた。
悲惨なのは逃げる方向がてんでバラバラで、人を突き飛ばし、踏みつけ乗り越え、屋台を倒し、屋台に押しつぶされ、実は全く逃げられていない。道のあちこちで人が倒れ這いつくばり、額から血を流し、それでも這って逃げようとしていた。
典型的な集団パニックだ。
何が起こった? 視線を上げると、雲ひとつない、高く青く澄み切った晩秋の空の一点を蜻蛉が飛んでいた。
魔物肉の鼻をつく匂いがただ漂っていた。それだけが余計だった。
酷く高いと思われる虚空を蜻蛉が唯一匹、優雅に羽を広げ滑空している。目を細め凝視する。
あれ、凄くデカイぞ。そしてなんかフォルムがオカシイ。
「比較対象がないから断定はできないけど、相当デカくね」
“忌溜まりの深森”で追いかけ回された魔物共と気配が似ている。でも感度は桁違いだった。
デカイ蜻蛉モドキは高い高度を保ったまま街の上空を旋回している。でも時より急に急降下をし、腹の醜い縞模様を見せつけるように低い高度で滑空するものの、直ぐに元の高い位置へと戻るという行動を繰り返していた。急降下時の羽音が黒板を引っ掻くような高周波で酷く耳に来る。その時ばかりは身構えるが、こちらに攻撃をする素振りも見せない為、僕はしばらくそんな蜻蛉モドキを眺めていた。
圧はとんでもないが、最終的な飛び掛かられる直前の心臓を直接鷲掴みされるような鋭角な殺気は薄いな。
遊んでるな。
ハナは眉間に皺を寄せ、苦しそうに胸を抑えていたが、視線を最後まで外すことはしなかった。
サチは、ただ驚愕と恐怖で瞳孔を大きく開かせ、掠れた声で。
「逃げましょう……今すぐこの街から」
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
それは秘密っぽい。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
僕ら三人は静かな喧騒に包まれた陥落寸前の城壁内街の真ん中で途方に暮れていた。改めてお腹すいた。そしておパンツ、 give me 。
「もうさ、諦めて先に進もう。この街を早々に出ようよ。次の街までまた“溜まりの深森”みたいな場所を通る訳じゃないんだろ? ならいいじゃん。遷ってがなんだか知らないが、この街ってヤバいんだろ? そんな事ぐらい解る。一晩ぐらいゆっくりベットで休みたかったけどな」
本当はハナのことを思えば、ゆっくり身体を休めさせてやりたかったが、仕方ないか。これからの道中でも夜はやはり野宿かもしれないが、魔物が出ないなら懸念はだいぶ少なくなる。それだけでも助かる。次の街までの我慢だ。大丈夫さ。ハナが大丈夫だと言うならばだけど。
「ふん、何見てんのよ。私は大丈夫よ。だいたいマトモなお肉も出せないような街、嫌いよ。さっさと出ていきましょ」と久々な悪役令嬢バージョンのハナ。
「その代わり何処か綺麗な水辺で身体は洗いたいわ。切実に、早急に」
でも、それさえも叶わなかった。サチが拒否したのだ。
「お金がありません」
「だから?」
「全財産をこの街に入る際に賄賂として渡してしまいました。エリエル様の持っていた宝石全部です。スッからカンです。一文もありません。
次の街に入る際の賄賂がありません。エリエル様、他に金目の物はないのですか? ちょっとジャンプしてもらえますか?」
「カツアゲかよ。ちょっと待て、なら最初から宿に泊まる事も肉の一片を買う事も出来なかったってことか?」
「イエス・アイ・ドゥ」
「何がドゥだ! はなから宿に泊まる気なんてなかったな。だいたい案内人のくせに交渉下手すぎだったんじゃんかよ」
「仕方ないだろうが小僧が! お金のことで私に頼るな! だいたいお金がなくてニッチもサッチも行かないから誘拐の片棒なんてヤバい仕事を受けたんだろうが! そもそもお金のほうが私を嫌っているんだ。察しろ!」
それ、ダメダメな人の転落人生まっしぐらな“だって”的な開き直り放棄思考じゃねーか。負け組確実だな、サチ。
「大丈夫、鞘から外した宝石はもうないけど、お金ならまだ持ってるもん。私ってエライ」
「ダメです。エリエル様の持ってらっしゃるお金って、一千万圓硬貨じゃないですか。どこの世界に子供にお小遣いで一千万圓持たせている親がいるんですか。それに三枚も。だから貴族ってやつは。
両替するにしてもそんな硬貨なんて一般人が持つものじゃありません。貴族限定です。それも超が付く。目立つ行動は慎むべきです。私たちは追われる立場なんですよ。
だいたいどこの世界に子供にお小遣いで一千万圓持たせている親がいるんですか。それに三枚も。だから貴族ってやつは……ブツブツブツ」
と、リフレインするも正論っぽい愚痴を吐くサチ。フンムって顔してる。
「……それじゃさ、魔晶石ならいっぱい有るじゃない。それ売ればいいんじゃない。アレ、冒険者ギルドで買い取ってくれるんでしょ? それに身分証もギルドで造れるんでしょ。身分証あったら賄賂ももういらないんじゃないの」
とハナ。なるほど、灯台下暗しだったな。なら問題解決じゃん。
「…………」
ってサチ、なに額からダラダラ汗ながして、顔が強張って怖いんだけれども。って、それって……。
「最初は直行でギルドに行こうとしてたよな、サチ。広場で絡まれた時、ギルドの場所を聞いてたし」
汗ダラダラなサチ。
「ギルドで身分証を造るのは既定事項だったよな」
汗がドバドバなサチ。
「さっきのオバ……お姉さんがいる事が想定外だったと……いったい誰なんだ」
汗がジョバジョバなサチ。
◇
「それ、私たちには関係ない事だよね。それよりお肉もいいけどやっぱりお風呂に入りたいな。もう服ベトベトだし、あっ、新しい服は欲しいかも」
……。
にべもないハナ。今、サチは悲壮な覚悟で罪の告白を行い、許しを請い、且つ口裏を合わせて貰おうと懇願していると言うのに。
さっきの自称お姉さんは種族は異なるがサチと同じく落国の民だそうだ。まあそうだろうなとは思ったけどね。
まあ、それは前置きで、彼女はアッシュ内で一つの勢力を纏める頭と呼ばれる力を持った上層部の一人だそうだ。それも最いてまえ派の。
最近までは『特異生物産資源買取その他業務委託会社』意訳『冒険者ギルド』の本店本部財政部門で辣腕を振るって居たそうだが、若い頃は被差別民族であるアッシュの地位向上を第一の信条とし組織の引き締めや、その足を引っ張る身内の犯罪行為を厳しく取り締まる特殊な機関に所属していたらしい。特高みたいな。
『特高』の彼女は時に非合法に“見せしめ”として執拗に嗜虐的に、そして実に効果的に“やり過ぎる”らしい。そしてエースとなった。
ついた渾名は“血塗れ薔薇乙女”。
「全然乙女じゃないけどね。って続くまでがお約束」
とサチ。
サチ、本当は全然びびってねーだろ。
そして現在はサチの頭|である祖母とは対立関係であるらしい。アッシュ内も色々複雑且つ面倒くさいらしい。
そしてこの街の冒険者ギルドの『長』に三年前に就任している。
そしてそれを失念していて、先ほど急に声を掛けられてパニックになっていたと。今ここ。
因みにキャリアの始まりを『特高』でその武闘力をもって頭角を表し、その後に中央官僚のそれも財務部門で頭脳をもって順調に成り上がっていた彼女が、例え“花魁蜘蛛の糸”の一大生産地であったとしても一地方都市の小規模ギルドの“長”への就任は、実質的且つ見せしめ的な意味でも不名誉な左遷だそうだ。
おまけに“遷”なる怪しげな行事? も、洩れなく付いている街ならなおさら。
「だから怖いんだ」とサチ。
左遷の理由を下っ端のサチは知らないらしい。ただ、十年前の落国の民のトップである総会頭の交代に関係しているらしい。あくまで噂だけど。
実際、その交代劇後のアッシュは色々大変なことが起こってるらしい。サチの借金生活も、その所為らしい。
嘘だな。唯の凋落なだけだな。って、借金もあるのかよ。
「下も地獄だけど、上は上でお決まりの魑魅魍魎らしいからな」だそうだ。
そして今までの話による更なる事実。
驚くべきことは、全ての、大陸中のどの国のどの街の『特異生物産資源買取その他業務委託会社』意訳『冒険者ギルド』は遍く落国の民が運営していた。
まあ、例外がない訳じゃないけどね。元世界の欧州での一大被差別民族である(もちろん今でも)流浪の民族も金融・経済界で絶大な影響力を持っている。ちょっと前だけど、忽然と国を一つ拵えるぐらいには。
この世界での基幹エネルギーは魔晶石だ。その魔晶石の生産採取と分配を司る機関が国や貴族領主ではなく、冒険者ギルドであり、その価格と流通を司る財務管理部門をやはり落国の民が独占している。
この大陸全体で貨幣として流通している魔晶石を信用基盤とした『魔晶石硬貨』の鋳造も落国の民が権利をもち、当然その流通量もコントロールしているのだろう。
これって世界規模の中央銀行だよね。って言うより、この世界を実質支配していると言っても過言ではない。少なくとも、フィクサーの一角だ。
この世界が成り立つ為に必要な底部基盤を全て落国の民が握っている。
知る人も把握している人も非常に少ないが、純然たる事実だった。
それでも、残念ながら古から続く凝固硬化した人々の意識は固着したまま変わらない。比類ない実績と実力を持つ落国の民を被差別民族として虐げる事をやめない。差別なんてそんなもんだ。比類ない実績と実力を持つが故に尚更。
ひとつは。落国の民自体がそれを改めさせる運動をしていない事も理由としてあるのだが。その資格も資金も組織力もあるのに。何故だろう。
「“贖罪”の、為だそうです。オババさまが言ってました」
何の罪なのだろう。そう言えば、落国の民が虐げられる理由がわからない。サチも、オババさまも、誰一人。
◇
「私はエリエル様の誘拐にあろう事か与していました。
エリエル様はキノギス王国の有力侯爵令嬢であり、これが明るみに成ればキノギス王国と、誘拐を画策したのが他国であれば、そのの二国間で国際外交問題となります。有り体に言えば侵略戦争の口実にも成り得てしまいます。
そこに関わったのが落国の民で有るとバレれば、それだけで被害国も加害国もアッシュを利用するか、スケープゴートにするか、どっちにしても碌な事にはなりません。
そしてそれを一番嫌うのが“血塗れ薔薇乙女、全然乙女じゃないけどね”です。(あっ、やっぱりそれは続くんだ)
“全然乙女じゃないけどね”は(肝心な血塗れ云々が既に消えているけど)そのような不味い事態になるぐらいなら私は勿論、エルエリ様も最初から存在しない事とするなど朝飯前です。
「ならさ、今いるこの街の領主や国自体に助けを求めたら。第三者だろ」
「浅はかなり唾棄小僧。領主や国主が当てになるならこの世界はもっとマトモになっている。そんな厄介ごと、それこそ闇から闇、臭い物には蓋ならまだ良い方で、自らの利益になるようにトコトンしゃぶってくるぞ。それが貴族だ。だから唾棄小僧は!」
悪うぅございました。
「だからさ」と、いままでソッポを向いて我関せずの態度を貫いていたハナが初めて口を開いた「押し通せばいいのよ」
野蛮だなおい、でも、それしかないかな。
「何を日和ってんのよ。
ここは最初から私を助ける為に態と関わっていたぐらいに言いなさいよ。実際に今は私を主として付き従い助けようとしてんだから。もっと自分に自信を持ちなさい。
実際私は助けられてる。そして私が今、あなたの主なら、アッシュとか被差別者とか関係ない。私、キノギス王国五大貴族が一つヴレゥ侯爵家、その第二息女。勇者候補であり神聖乙女である私の下僕として先達するのです」
ああ、ここで初っ端のセリフ“関係ない”に繋がる訳ね。結構怒ってたのね。
サチがハナの細い腰に抱きつき涙を流しながら「主様~」とか喚いてる。
ハナも満更じゃないフンム的に鼻の穴をおっ広げて握り拳を天空に突き上げてる。
周りは“遷”で一杯一杯なのか前を向いて黙って歩いている人々ばかりで視線を向ける者は皆無だったけど。大通り(メインストリート)の真ん中で寸劇は辞めてくんないかなぁ。
まあ、ハナが随分と元気になってくれたのは嬉しいかな。ちょっと恥ずかしいけど。まだふと、虚空を見つめるその瞳が気になるけど……。まだ気を抜けないけど……。それでも。
「まぁ、サチの心配はわかるが、今更だよな、多分あのオバさ……お姉さんにはもう全部じゃないけどバレてるっぽいけどな」と僕。
その時、誰かの悲痛な叫びと「空!」の声。
そして悲鳴は連鎖的に広がり蜘蛛の子を散らすように人々が一斉に逃げ出し始めた。
悲惨なのは逃げる方向がてんでバラバラで、人を突き飛ばし、踏みつけ乗り越え、屋台を倒し、屋台に押しつぶされ、実は全く逃げられていない。道のあちこちで人が倒れ這いつくばり、額から血を流し、それでも這って逃げようとしていた。
典型的な集団パニックだ。
何が起こった? 視線を上げると、雲ひとつない、高く青く澄み切った晩秋の空の一点を蜻蛉が飛んでいた。
魔物肉の鼻をつく匂いがただ漂っていた。それだけが余計だった。
酷く高いと思われる虚空を蜻蛉が唯一匹、優雅に羽を広げ滑空している。目を細め凝視する。
あれ、凄くデカイぞ。そしてなんかフォルムがオカシイ。
「比較対象がないから断定はできないけど、相当デカくね」
“忌溜まりの深森”で追いかけ回された魔物共と気配が似ている。でも感度は桁違いだった。
デカイ蜻蛉モドキは高い高度を保ったまま街の上空を旋回している。でも時より急に急降下をし、腹の醜い縞模様を見せつけるように低い高度で滑空するものの、直ぐに元の高い位置へと戻るという行動を繰り返していた。急降下時の羽音が黒板を引っ掻くような高周波で酷く耳に来る。その時ばかりは身構えるが、こちらに攻撃をする素振りも見せない為、僕はしばらくそんな蜻蛉モドキを眺めていた。
圧はとんでもないが、最終的な飛び掛かられる直前の心臓を直接鷲掴みされるような鋭角な殺気は薄いな。
遊んでるな。
ハナは眉間に皺を寄せ、苦しそうに胸を抑えていたが、視線を最後まで外すことはしなかった。
サチは、ただ驚愕と恐怖で瞳孔を大きく開かせ、掠れた声で。
「逃げましょう……今すぐこの街から」
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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
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