半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第八節 〜遷(うつり)・夜夜中(よるよるなか)〜

099 二百五十 対 七十 〈2〉

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98 99 100 101 は“ひと綴りの物語”です。
 《その2》
ご笑覧いただければ幸いです。

※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
 まだまだ人が死んでいく。死んでいく。殺していく。そうだ、僕が始めた。


 ふと、背中から伝わる温もりに気づく。伝わってくるのは暖かさや柔らかさだけではなかった。それは現実世界に、どんなにクソッタレなこの世だけれども、それでも行ってくれるなと、繋ぎ止めようと懸命に伸ばされた、いっぱいに広げられた掌だ。

 どうしてこんな危ない場所に。とか、こんな残酷でクソな大量虐殺を見せたくないとか、この惨殺劇を始めたのが僕であり、何よりそれを知られたくない、責められたくない。とか欠片も思わず、振り返り、その小さな胸に飛び込みきつく抱きしめる。キツク、シッカリと。自分の身体が弾け飛ばないように。二度と会えなくならないように。

 ゴメンヨ、血塗れな手で抱きしめて服がダメになっちゃうね。でもね、どうしても手を離せないんだ。
 ゴメンネ、力いっぱい抱きしめてるね。痛いよね、苦しいよね。でもね、どうしても力を抜くことが出来ないんだ。
 バラバラに砕け落ちそうなんだ。何かに掴まらないと。誰かに包まれていないとどんどんぱらぱら砂に変わる。虚無が僕に成り代わろうとしている。

 僕を包むハナの力が強くなる。ギュッと。

 僅かに繋ぎ止めていた僕自身への細い糸を白濁した空疎の海から手繰り寄せ、少しずつ剥がれ落ちた自我を取り戻して行く。その今だ朦朧とした意識の中で最初に湧き上がったのは更なる恐怖だった。例えようのない“喪失”を恐れる心。

 始めたのは僕。決心し、やり方を考え、一番うまく行く方法としてこの時この場所で実際に行動した。これは、絶対に必要なことだった。僕が決めた。でも、背中を押したのはハナだった。『何とかならないの』と。
 ハナが何も言わなくても、僕はこの場所にいただろう。同じ決断をしていただろう。そう思う。でも、決心を固める前にハナが僕に願ってしまったのも事実。

 僕のオシッコを垂れ流すほどの後悔と贖罪は、ハナのものでもある事実。僕を最終的に追い込んだ事実。

 だけど、ハナは何も言わなかった。僕への慰めの言葉も。自らの後悔の言葉も。贖罪の言葉も。ただ僕を抱き留めてくれていた。



「私は此処ここにいるよ。ハムくんも此処ここにいるよ。今はそれだけでいいとしましょう。ねえ、ハムくん。私の手を握って」

「今更だけど、僕の手は血塗れで真っ赤だよ」

「だからだよ。その手で、私達は繋がるの」

 彼女から差し出された掌を僕は恐る恐る、でもやっぱり僕の手からは血が滴っていて、それを自分から迎えに来てくれて、僕とハナの手と手は繋がる。それでも、彼女は震えていた。ガチガチと歯を鳴らし。

「私はハムくんと一緒にいる。ハムくんも私と一緒にいる。次は前に進みましょう。始めたことを終わりまで。
 その後で後悔と贖罪を行いましょう。今は、立ち止まってはダメ」

 彼女の頬を流れる涙を窓から差し込む月明かりが照らす。その涙を指で拭う。頬に、真っ赤な血の跡が残った。震えながら彼女は笑った。それはぎこちなくはあったが、そこら中に死体が転がる修羅の中で、確かに慈愛に満ちていた。
 ありがとうハナ。

 ◇
 
 いまだ兵舎の中では喧噪と悲鳴が止まず戦闘が続いている事を示唆していた。ドア口で仁王立ち状態のサチに声を掛ける「ハナを頼む」。
 彼女は一度頷き、素早く横抱えでハナを掬い上げる。

 サチは此処ここには領主に会う為に同行した。ハナを擁護するとはそれを諦めるに等しい「すまない」サチは黙って顔を横に振る。

 ふと、傍らにハナの“火縄銃モドキ改V/R”  が打ち捨てられたように置かれているのに気づく。ハナの力の象徴であり、もう一人の自分自身。深森の中は勿論、街なかでも、ギルドの施設内、食事中でも身から一時も離さなかったそれが無造作に。
 血が滴るそれを服の裾で丁寧に拭う。それをそっとハナの掌に握らせる。

 ◇
 
 外に出ると、途端に直接的な幾筋かの強烈な光が僕を射った。眩しさに目を細める。昔アニメで見た脱獄シーンのスポットライトはやはりこの世界でも有効なのかもしれない。一瞬だけ動きを止めてしまった。

 光の洪水の中で水平に黒い線のような殺意が見えた。確実に僕の元へ。咄嗟に身体の前に金剛石ダイヤモンドの壁を造る。顕現化魔技能サブスタンシエイトで生成し易い単体元素の炭素Cから硬度が高く透明な物質を選んだ。鉄やステンレス、何ならプロテウスでも良かったが、この状況で前が見えないのは怖い。

 間に合った。透明なコンニャク? のような金剛石ダイヤモンド? の壁にプスプス次々と、無数の矢が刺さり半分ぐらいまで埋もれ受け止める?

 焦っていたのと、金剛石ダイヤモンドの靭性の低さが頭をよぎり、中途半端な生成になってしまったようだ。靭性“大”に引っ張られた謎の軟性物質コンニャクでは強度が足りず、胸の十センチ手前で辛うじて止まった矢が数本。水平の矢の雨は止むことを知らずその数十倍の矢が僕の脇を抜け、無茶苦茶に広範囲に降りそそぐ。

 たった一人に対して明らかなオーバーキルだが、横に逸れて逃げることも出来ない。
 そして偶然制作してしまった軟性性金剛石コンニャクの壁は有効かもしれないことに気づく。やはり低い靭性は弱点になる。大量の矢の雨にはダイヤモンドそのままであったなら絶え切れずに何度も破壊され、再生成も最後には間に合わなくなっていただろう。低粘度過ぎる点は改良の余地はあるが、一度固定してしまった固有魔法を改良するにはちょっと時間が欲しい、今は絶賛戦闘中だ間が悪い

 突然、スポットライトの光源の一つが途絶え、悲鳴が上がる。一つではなかった。複数箇所が立て続けに。
 今頃になって伏兵の二小隊が後方から城塁夜警の敵四十人に襲いかかったのだろう。兵舎からひとり飛び出してきた間抜けを囮として。

 影に潜み、タイミングを測っていた。味方を救うのではなく、囮とした。実際、あれは僕じゃなければ死んでたな。いいよ、そう言うの。
 迫りくる無数の矢で構成された壁の圧力が弱まる。ポッカリと空いた穴に身体を捩じ込み、糸を縫うように矢の束を避け、敵に迫る。

 混ぜてくれよ。
 今、味方の若い傭兵の頭をかち割ろうと振り上げたバスターソードの敵兵の男の土手っ腹に銃弾を撃ち込む。派手に吹っ飛ぶ。助けようと思った訳じゃない。矢を避け続けた穴の出口がたまたまだ。だから助けた傭兵の胸に前蹴りを放つ。派手に吹っ飛ぶ。邪魔だから。

 返す刀じゃなく足で、左後ろの敵兵の顎を水平に伸ばした踵で搗ち割る。三時・九時、二方向の敵を両手を広げて狙撃する。歩を進め四時・零時の敵を、二時・八時を射撃、五時を蹴りで同時に。
 手を伸ばしてから射程一メートルでも混戦なら十分機能している。外してもフレンドリーファイヤーにはなりにくい。たぶん。


十一時と六時からギリギリ届かない遠間から長槍が同時に迫る。早くも対応された? 偶然ぽいな。武器エモノがそれだけしかなかったようだ。
 考察はあとにして今は、二方向に軟性金剛石コンニャクの壁を顕現させる。透明で視界がいいのだけど、やはり硬度で弾き返すのではなく、弾性で力を削ぐ感じ。でもこれはこれで使い出がある。

 槍は半分程度埋まって絡み付いて止まっている。身体を回転させるとそのままコンニャク壁も付いて回転する。一本の槍の柄が折れ、もう一本は折れなかったが握っていた兵を吹っ飛ばした。軟性金剛石コンニャク壁は地面ではなく、僕の身体を基準に固定されているようだ。あれ? なら、矢の雨の時も防ぎながら自由に逃げられたんじゃね。初めて知った新事実。

 ならと、敵兵の密集地に突貫し、軟性金剛石コンニャク壁でボヨヨンと弾き飛ばし、転ばしたところで次々と銃撃していった。
 ふと背後から迫る気配にとっさに迎撃。
 如何にも古参な顔つきの傭兵のふてぶてしい顔の横十センチを銃弾が抜ける。とっさに仲間だと思って外した訳じゃない。完璧に避けられた。

 剣先を下げ、両手をあげて近寄る古参傭兵。
「味方が巻き込まれています。それ、止めてもらっていいっすか。囮の件、団長の命令だったので、殺るなら団長だけをお願いしやす。それだけっす。ああ、あと、さっきは若いのをアリガトござい」いいながら背後の敵の腹に剣先をねじ込み「やした」そのまま混戦の闇の中に消えていった。

『バラすなよな。……悪りーな、死ななくて何より」耳元でオッサン臭満載な声で囁かれる。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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