半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜

106 焔雲と稲妻 2

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105 106 107 108は“ひと綴りの物語”です。
いろいろと、自分のおケツを拭くのは大変ですってお話し。
 《その2》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。

 ◆ (引き続き、『サチ』の視点です)
―――――――――
「ほら、私の新しい獣と戦ってみなさいな」


 背を付けた壁の向こうにばかり集中していて、気づかなかった。物音で廊下側に顔を戻すと最初の攻撃魔法で穴が空いた部屋からメイドの少女と下僕の少年がくぐり抜け出てくるところだった。
 既に二人の服の襟首や袖口、裾から作り物じみた渦巻くヘドロのような煙が立ち上り、正対する頃には服は燃え炭と化し、全身を黒い焔と見間違えるような禍々しい雲を身にまとっていた。それが獣化した体毛だ。

 表面の焔雲に青白い、無軌道な閃光を幾筋も躍らせている。表情を失ったかのようなその瞳は白濁し、大きく広げた口には新たな不揃な牙が何本も生え、その度に口内を傷つけ血と唾液が混ざったピンク色の涎を垂れ流している。その手が縦に伸び、爪が伸び始める。背のコウモリの羽が打ち震え、細く長い尾が断末魔の蛇のようにのた打ち回る。二本の角が長く鋭利に突き出す。

 咆哮を上げる。長く、長く、引き摺るように。
 それは地を這い人に原始の恐怖を与える獣のそれだったが、何処どこかもの悲しく、悲鳴のようにも聞こえた。

 落国の民アッシュの一つの種サキュバス。その中で異型の魔女・魔人の、稀に現れる奇種が見せる獣化。それを忌みを込めて呼ぶ、人食い狂雷獣と、或るいはただ単に悪魔と。
 それは本来人が制御できるモノではなかった。バチバチと表面を覆う焔雲の体表を稲妻が走る。

 サキュバスの魔女・魔人は元々が体温が異常に高い。それは内部に太陽を抱え、その熱が表に漏れ出す為。そのままでは自分自身をも焼き殺しかねないそれを、身に備わった自個保有魔系特異技能ユニークスキルの“冷却”で抑える。
 全てを溶かす熱焔ねつえんと全てを氷結させる冷却がせめぎ合い、その温度差で肌の表面に雷雲を生じさせる。

 相反する魔法は術者を極限状態にし、乾きは血を、身を凍らせる寒気は人の温もりを求め人を襲い、無意識に取り込もうと人を食らう。そう伝承は綴っている。一度喰らえば、もう元にはもう出れない。そう伝承では続き、唐突に終る。

「もうこの子達って優秀なの、この年でもう人を食べたのよ。すごくない。
 ありがとうサマンサ、出来損ないでも貴女を育てたノウハウが充分に役立ったわ。後はその身でその強さを実感して頂戴。死になさい。私の為に」

「逃げるわよ! サチ。こんなの相手になんて出来ない。後はハム君と団長さんに任せて!」
 そう叫ぶとエリエル様は胸に吊り下げていた音響閃光弾スタン・グレネードを二つ、室内と獣化した少年少女の足元に起動一秒で転がし、大音響とフラッシュバンの嵐の中を逃げるのではなく、室内に向け散弾を連射し、連射しながら室内へと飛び込んでいった。

 私はハム殿から支給されたテッパチ保護メガネゴーグルに装備された自動対ショック防護機構で何事もなかったが、エリエル様をお止めすることは出来なかった。

 事前準則での撤退時の“ひと当て”は、私がオルツィに行う事にしてもらっていたのだが……正直ありがたい。今オルツィに相対すれば殺意で我を忘れ、獣化の最終段階に達しそうで本当に怖い。
 何より、目の前の二人子供を助けたい。もう人を喰ったとオルツィは言っていた。今は眩しさに目を閉じているが、あの感情が抜け落ちた白濁した眼球が物語るもの。何が出来るか解らないけど、もう遅いのかもしれないけど、二人は嘗ての私だから。

「安心しなさいサチ、伝承なんてない。人喰いの衝動なんて出鱈目。そんなのコイツが勝手に植え付けた唯の設定デフォルトよ。遊んでいるだけ。だから未だ間に合う。救ってあげなさい。自らも獣化して。二人を、あなた自身を救いなさい。

 獣化しても、あなたは意識を保ったままでいられる。無意識に人を襲わない。人を喰わない。だから安心して今まで頑なに守っていた封印を解き放しなさい。大丈夫。
 獣化はあなたの紛れもない力。あなたの誇れる力。私には判る。だから信じなさい。あなた自身と、私を、貴女の誇れる主人である私を。

 貴女と私は魔力でパスが通じているのよ。ぶっ太い土管のようなパスが。だから安心しなさい、あなたの脳みそは私が守って上げる。ダメそうになったら私が蹴り上げて引き戻して上げる。それでもダメだったら、その時は私があなたを殺して上げる。あなたの主人として責任を取ってあげるわ」


 私は丹田に魔力を込める。未だ怖い。獣化して、人喰いになったら。それこそ気が狂いそうになる程に。それでも、私は獣になって目の前の二人と、私自身を救わなければならない。御主人様の、命令ではなく、願いだから。

 テッパチとタクティカル・ベスト、ついで黒いコートを投げ捨てる。全身を黒い焔雲が覆う。背のコウモリの羽が広がり打ち震え、細く長い尾が狂乱の蛇のようにのたうつ。牙が生え、爪が伸び、二本の角が鋭利に突き出す。全身の経絡に沿って稲妻が奔る。
 力が漲る。身体が軽い。経絡に沿った稲妻が筋肉を収縮させ、普段とは全く違う動き、速さを実現させる。黒い焔雲に青い稲妻を纏う。

 二人の子供は上手く自身を制御できていないのか動きがぎこちなく、ただ有り余る稲妻を経絡を無視してバチバチと露出させ、周りに放電している。雷電の攻撃特化なのかもしれない。

 このままなし続ければさほど時を置かずに魔力スタミナ切れに陥るだろう。しかしながら年端も行かない少年少女の身に合わない明らかな負荷超過ロードオーバーは、身体が絶え切れずに魔力暴走による膨張爆発が今直ぐに起こってもおかしくはない。それ程に魔力のコントロールが滅茶苦茶だ。いや、最初から最高出力値に固定されているのかもしれない。

 そこまでするものかと思うが、身体を覆う焔雲が赤い蒸気を上げ始めている。全身から血が吹き出ているのだろう。自分も経験したからわかる。
 悠長に構えている暇はない。

 身体を覆う焔雲は衝撃を受けると硬化し、防御力が上がる。また筋肉に直接電気を送ることで手足を動かす速さが増加する。何より、雷電の攻撃が可能となる。
 私も獣化して電撃が効きにくい身体だが表面だけだ。直接触れられての通電には耐えられないし、空中放電では電圧の高さで優劣が決まり、低い方は発生熱に耐えられない。そして今の状況からは彼女たちの方が勝っているのは確実。

 なら、電撃を使われる前に殴打で沈める。骨折位するだろうが、後でハム小僧殿がなんとかしてくれるだろう。幸い二人に武術の心得はないようだ。
 ヒット&ウェイを仕掛ける為に最大加速、少女の左下の死角まで飛ぶ。やはり付いてこれない。がら空きの肝臓が目の前にあった。次の瞬間に意識が暗転した。

 二秒も経っていないだろうが、意識を取り戻した時には、少女がゆっくりと歩み転がった私を見下し止まったところだった。転がっている場所もさっき居た場所から大きく離れていた。その場所にはまだ少年がゆらゆらと身体を揺らし立っていた。初手から失敗したことを痛感する。
 これ程とは思いもしなかった。安全マージン無視のリミッター外しか? 逃げようにも足に力が入らない。

 少女は右手を私に差し向ける。確実な雷電攻撃の基本は直接接触して流し込む。その腕がバチバチと稲妻を這わせ私に迫る。でも、その手が私に届くことはなかった。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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