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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜
114 女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者 2
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113 114 115 は“ひと綴りの物語”です。
クソエロガッパとバロネス、決着します。
《その2》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き、『オ女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者』の視点です)
―――――――――
実態があやふやな者同士、妙に馬があった。少しも気を緩めることはできなかったが。
彼は私のスパイではない。只の知り合い。知り合った切っ掛けは彼から訪ねてきた。私のプライベートな寝室に、窓から。
『本物のコウ・シリーズの“使徒”を見たかった』と言った。
それでどうかと聞くと、彼は肩を窄めた仕草だけで返答した。私は大変気に入った。それからたまに会い、彼から色々な話しを聞いた。それこそ有りと汎ゆる事を。彼との会話はとても楽しいものだった。代わりに私が経験した転生のこと、元世界の事を教えてあげた。
『そういう事を知りたかったんだよ』
彼は教えてくれた。“祝たる従者”については“クソ小僧”と呼び貶め、顔を嫌そうに顰めただけで多くを語らなかったが、逆に“御たる誰か”については饒舌に語り始めた。まるで熱に浮かされた様に。
彼女が高級貴族の令嬢だということ。その口調がまるで悪役令嬢のそれのように傲慢で高飛車であり、それでいて現在ギルドの職員兵隊全てがひれ伏し膝を折り、崇拝していると。
『“魅了”の魔法は使っていない。あれは素だね。でなければこの僕が膝を折ったりはしないよ。何より彼女は実際に我々を導いてる。実際に戦える兵士に育て上げている』
その言葉に驚愕した。高位貴族の出であり、尊大で人に命令を下すに慣れた処はアマネとそっくりだが、アマネに心から膝を折る者など居ない。私はもちろん、このエルフだってしないだろう。彼なら明白に眉根を寄せて見せるに違いない。
なにより『皆を導いている』? 冗談でしょ。
『一番の崇拝者はこの街に一緒に入ったサキュバスだよ。君の良く知る娘さ。彼女は“御たる誰か”に向かって『主様』と呼んだり、時たまに『エリエル様』と呼んで怒られたりしてるね』
“エリエル”。
『“祝たる従者”を総べる“御たる誰か”』の御伽話しは世界中で語り継がれている。ただ、サキュバスではただの夢物語ではなく事実として認識されており、種族の真に仕える主として、全てを司り、救いに導く王として信仰に近い教えを幼い頃よりその魂に刻み込まれる。種族が続く限り永久に、今までも、此れからも。ずっと。
そしてサキュバスにしか伝わっていないとされる秘めたる真名は、『エリエル』。
サマンサ、サキュバスの種族王の末裔であるオマエがその名で呼ぶのか。“エリエル”と。
その瞬間に止めどもなく溢れる言いようのない嫉妬心と怒りが沸き起こっていた。サマンサと、そのエリエルに。自分が生きていた魂の立ち位置を揺るがしかねない恐怖と共に。自分でも不思議なほどに。
「最後に教えて、彼女は転生者?」
エルフは黙って頷いた。
私は奥歯を噛み締めた。血が滲み出るほどに。
私はコウイチ君に個人チャットを申し込んだ。誰にも邪魔されないパス路を使った直通の限定通話だ。膨大な魔力を消費し、それを肩代わりしてくれるコウイチ君とのみ可能な禁呪だ。
何故禁呪としているかはコウイチ君の負担が膨大で、誰もが会話を望んで回線パニックになったら大変でしょ。とアマネが言い出し、ハーレムナンバーワンの権限で禁止になった。でも皆は知っている。コウイチ君にとっては負担になるほど消費量は大きくないし、一度に幾通りの思考を持ちえ、何人でも同時に通話が出来る事を。
ただ、アマネが自分の知らない所での密談を嫌っているだけだという事を。
なので皆黙って頻繁にコウイチ君に個人チャットを申し込んでいる。コウイチ君が応じるかどうかは二の次だが。
私は随分と久しぶりの申請だ。
「久しぶりだね、エルツィ。君が個人チャットを申し込んでくれるなんて感動だよ。もっと頻繁に連絡してくれても構わないんだよ」こんな時の為に。
コウイチ君からは絶対に掛かってくることはないのだから。
私は対コウ・シリーズへの備えを言い訳にして強力な魔導具と魔法の魔法陣をおねだりした。本当は実機が欲しかったが時間がない。“表象印契”は不得意で時間もかかるが、今まで密かに造ってきていた魔導具に組み込むことは可能だ。
私はアマネを非難しないように気をつけながら支援が皆無であることを、これでは満足にコウイチ様のお役に立てないこと等を必死に情に訴えかけて懇願した。
「ゴメンネ、アマネが無理を言って。そろそろ“遷”で忙しいだろうに。俺は気にしないんだけどアマネがね、どうしても排除が必要だからって無理を言ってね、わかったよ、今の君に使える最高の魔法陣を見繕って送ろう」
その言葉が終るや否や頭の中に複数の魔法陣が流れ込んできた。容量が多すぎて吐きそうになる。
「使う時は気をつけてね。転移したばかりだから未だ“魔真眼”は覚醒してないと思うけど、コウ・シリーズは戦闘中に強くなっていく傾向が在る。余裕があるからって甚振ったりせずに物量で圧倒して速攻で決めるんだ。いいね」
私は自分の強化を目的で強力な魔法を求めた。逃げ出した後の為に。
サマンサやエリエル、況や“新たなコウ”に対して思わないではないが、激情に振り回されて自分を損なうほどもう純じゃない。
強力な魔法がパスが切れた後にも使用可能かわからないが、上位の魔法陣は金になるし、劣化版に改造すれば使えるかも知れない。私はパスがなくとも元々が上位の魔女なのだから。
他のハーレムメンバーは私がコウイチ君の元から離れる、裏切るとはこれっぽっちも考えていない。あれほど私を敵視し、排除しようと目論むアマネさえも。それほどまでにコウイチ君とのパスは甘味で呪縛的だ。下的な意味でも。
大量の魔力の受容は自身の強化と高揚感を齎せてくれるし、コウ・シリーズの従者としての高位の身分も魅力的だ。ただ、それだけではない。
主と仰ぎ、身も心も命さえも捧げるこの多幸感を伴う心情は別の言葉で言い換えれば『耽溺』だと思う。
それも中毒性の非常に高い。ある意味その『耽溺』の依存中毒傾向が一番深いのはアマネだろう。自分では絶対に気づいてはいないが。
私がそれに気づけたのは皮肉なことにその側から強制的に離れさせられたこの三年があったお陰だ。その助けになったのが転生前の元世界で散々見倒した趣味のアニメや漫画だった。此方に送られた際の虚無感と飢餓感からひたすら前世のアニメと漫画を思い出し展開や話をなぞることで精神の安定を図った。その中に数多くの中毒性依存を扱った物語を思い出し、客観性を見出したのだ。今の自分とそっくりだと。なかなかに日本のオタク文化は懐が深い。
わざとパス路を閉ざした時と受容した際の落差に驚愕し、身の破滅に直結する依存性に恐怖した。
いまだ完全に離脱している訳では無い。気を抜けば際限なく求める私がいる。それでも逃げだしたいと、逃げると決心したのだ。
「オルツィは抜けるつもりかい?」
コウイチの問いかけに息を呑む。そして私の名前を正確に呼んだことに。とっさに否定の言葉がでなかった。ここは冗談を織り込んで軽く流すか真剣に怒って否定するべきなのか。
「怒ってはいないよ。人それぞれだからね。でも皆を嫌いになって出ていくっていうのは悲しいかな。次の一歩、こことは違う別の場所で新たな自分を見つけるとか、もう一歩成長したいからっていう理由なら嬉しいな」
なんだコイツ。気持ち悪い。
「でもオルツィが居なくなると本当に寂しいな。同郷の元日本人としてアニメとか漫画の話をもっとして盛り上がりたかったんだけどな。ほら、アマネはオタクを毛嫌いしてるからね。もうちょと彼女も丸くなるといいんだけど、あの性格だからね」
アマネが私を嫌う理由。コウイチ君を囲む女達の中でアマネと私以外に転生者は居なかった。元日本人のこの三人だけにはパス路とは違う確かな絆が存在した。その絆が自分とだけでなく、私とコウイチとも繋がっていることをアマネは許せなかったんだと思う。
「パスもそのままで魔力も送ってあげるよ。一人じゃ大変だろうから。もちろんアマネにも内緒で。そして特別に『耽溺』抜きでね。最近は頑張っているみたいだし、僕の側にはもういないのだから必要ないかなって。
ああ、これはアマネには黙っておいてね。彼女も『耽溺』には気付いていないから。
『耽溺』て、案外難しくてね。君のように気づいて抵抗が激しくなると、ついつい量を増やして壊してしまうこともあるんだ。ほら、マガイモノの僕たちにはオリジナルのように“与える”ものが無いからね。その代わりでこんな自個保有魔系技能を後付されたんだよ。因果だよね。ああ、これも秘密ね。元日本人同士としての特別なサービス。これ以上話しても別れが辛くなるだけだからね、もう行くよ。
それじゃ最後のお仕事よろしくね。またどこかでね、“千鶴”」
私は跪いて胃の中のもの全てを吐き出した。しばらくは思考が停止して何も考えられなかった。寒さによる身の震えでやっと再起動する。
私は逃げられない。
コウイチが自分以外のコウ・シリーズを見逃すはずなかった。元々がそういったゲームなのだから。
そして“裏切り者”も決して許さない。“仲間”を増やすことが“ストロングポイント”の加算条件なのだから。
態々パスを閉じないことを知らせ、『耽溺』の秘密をあっさり教えた理由。一度通したなら、コウイチからパスを閉じるも開くも随意であること。増減然り。そして経路を通して常に全てを把握されている事実。
コウイチはアマネにも隠した切り札として私を欲したのかも知れない。何時かアマネを切り捨てる時の為の駒として。
『耽溺』を使えば何時でも私を殺せると脅した。何処に逃げて隠れていても、パスは繋がっているかぎり。
中毒者がその禁断症状を果断な、壮絶な努力で克服して脱却できたとしても、その後十数年と経過していても、一度少量でも摂取すれば、その十数年は泡と消え、よりいっそう壊れたジャンキーが出来上がるそうだ。それをフラッシュバックという。ひとたび再発させてしまうと、より強く求め、我を忘れて狂うらしい。
強制的に『耽溺』を絶たれ、予期せぬタイミングで再び与えられたら、狂う自信が私にはある。再び『耽溺』を求めて何でもするだろう。
アニメか漫画で知った。コウイチは何処でそれを知ったのだろうか。言ってる割にアニメも漫画も詳しくなかったのに。ちっとも好きじゃない癖に。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
クソエロガッパとバロネス、決着します。
《その2》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き、『オ女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者』の視点です)
―――――――――
実態があやふやな者同士、妙に馬があった。少しも気を緩めることはできなかったが。
彼は私のスパイではない。只の知り合い。知り合った切っ掛けは彼から訪ねてきた。私のプライベートな寝室に、窓から。
『本物のコウ・シリーズの“使徒”を見たかった』と言った。
それでどうかと聞くと、彼は肩を窄めた仕草だけで返答した。私は大変気に入った。それからたまに会い、彼から色々な話しを聞いた。それこそ有りと汎ゆる事を。彼との会話はとても楽しいものだった。代わりに私が経験した転生のこと、元世界の事を教えてあげた。
『そういう事を知りたかったんだよ』
彼は教えてくれた。“祝たる従者”については“クソ小僧”と呼び貶め、顔を嫌そうに顰めただけで多くを語らなかったが、逆に“御たる誰か”については饒舌に語り始めた。まるで熱に浮かされた様に。
彼女が高級貴族の令嬢だということ。その口調がまるで悪役令嬢のそれのように傲慢で高飛車であり、それでいて現在ギルドの職員兵隊全てがひれ伏し膝を折り、崇拝していると。
『“魅了”の魔法は使っていない。あれは素だね。でなければこの僕が膝を折ったりはしないよ。何より彼女は実際に我々を導いてる。実際に戦える兵士に育て上げている』
その言葉に驚愕した。高位貴族の出であり、尊大で人に命令を下すに慣れた処はアマネとそっくりだが、アマネに心から膝を折る者など居ない。私はもちろん、このエルフだってしないだろう。彼なら明白に眉根を寄せて見せるに違いない。
なにより『皆を導いている』? 冗談でしょ。
『一番の崇拝者はこの街に一緒に入ったサキュバスだよ。君の良く知る娘さ。彼女は“御たる誰か”に向かって『主様』と呼んだり、時たまに『エリエル様』と呼んで怒られたりしてるね』
“エリエル”。
『“祝たる従者”を総べる“御たる誰か”』の御伽話しは世界中で語り継がれている。ただ、サキュバスではただの夢物語ではなく事実として認識されており、種族の真に仕える主として、全てを司り、救いに導く王として信仰に近い教えを幼い頃よりその魂に刻み込まれる。種族が続く限り永久に、今までも、此れからも。ずっと。
そしてサキュバスにしか伝わっていないとされる秘めたる真名は、『エリエル』。
サマンサ、サキュバスの種族王の末裔であるオマエがその名で呼ぶのか。“エリエル”と。
その瞬間に止めどもなく溢れる言いようのない嫉妬心と怒りが沸き起こっていた。サマンサと、そのエリエルに。自分が生きていた魂の立ち位置を揺るがしかねない恐怖と共に。自分でも不思議なほどに。
「最後に教えて、彼女は転生者?」
エルフは黙って頷いた。
私は奥歯を噛み締めた。血が滲み出るほどに。
私はコウイチ君に個人チャットを申し込んだ。誰にも邪魔されないパス路を使った直通の限定通話だ。膨大な魔力を消費し、それを肩代わりしてくれるコウイチ君とのみ可能な禁呪だ。
何故禁呪としているかはコウイチ君の負担が膨大で、誰もが会話を望んで回線パニックになったら大変でしょ。とアマネが言い出し、ハーレムナンバーワンの権限で禁止になった。でも皆は知っている。コウイチ君にとっては負担になるほど消費量は大きくないし、一度に幾通りの思考を持ちえ、何人でも同時に通話が出来る事を。
ただ、アマネが自分の知らない所での密談を嫌っているだけだという事を。
なので皆黙って頻繁にコウイチ君に個人チャットを申し込んでいる。コウイチ君が応じるかどうかは二の次だが。
私は随分と久しぶりの申請だ。
「久しぶりだね、エルツィ。君が個人チャットを申し込んでくれるなんて感動だよ。もっと頻繁に連絡してくれても構わないんだよ」こんな時の為に。
コウイチ君からは絶対に掛かってくることはないのだから。
私は対コウ・シリーズへの備えを言い訳にして強力な魔導具と魔法の魔法陣をおねだりした。本当は実機が欲しかったが時間がない。“表象印契”は不得意で時間もかかるが、今まで密かに造ってきていた魔導具に組み込むことは可能だ。
私はアマネを非難しないように気をつけながら支援が皆無であることを、これでは満足にコウイチ様のお役に立てないこと等を必死に情に訴えかけて懇願した。
「ゴメンネ、アマネが無理を言って。そろそろ“遷”で忙しいだろうに。俺は気にしないんだけどアマネがね、どうしても排除が必要だからって無理を言ってね、わかったよ、今の君に使える最高の魔法陣を見繕って送ろう」
その言葉が終るや否や頭の中に複数の魔法陣が流れ込んできた。容量が多すぎて吐きそうになる。
「使う時は気をつけてね。転移したばかりだから未だ“魔真眼”は覚醒してないと思うけど、コウ・シリーズは戦闘中に強くなっていく傾向が在る。余裕があるからって甚振ったりせずに物量で圧倒して速攻で決めるんだ。いいね」
私は自分の強化を目的で強力な魔法を求めた。逃げ出した後の為に。
サマンサやエリエル、況や“新たなコウ”に対して思わないではないが、激情に振り回されて自分を損なうほどもう純じゃない。
強力な魔法がパスが切れた後にも使用可能かわからないが、上位の魔法陣は金になるし、劣化版に改造すれば使えるかも知れない。私はパスがなくとも元々が上位の魔女なのだから。
他のハーレムメンバーは私がコウイチ君の元から離れる、裏切るとはこれっぽっちも考えていない。あれほど私を敵視し、排除しようと目論むアマネさえも。それほどまでにコウイチ君とのパスは甘味で呪縛的だ。下的な意味でも。
大量の魔力の受容は自身の強化と高揚感を齎せてくれるし、コウ・シリーズの従者としての高位の身分も魅力的だ。ただ、それだけではない。
主と仰ぎ、身も心も命さえも捧げるこの多幸感を伴う心情は別の言葉で言い換えれば『耽溺』だと思う。
それも中毒性の非常に高い。ある意味その『耽溺』の依存中毒傾向が一番深いのはアマネだろう。自分では絶対に気づいてはいないが。
私がそれに気づけたのは皮肉なことにその側から強制的に離れさせられたこの三年があったお陰だ。その助けになったのが転生前の元世界で散々見倒した趣味のアニメや漫画だった。此方に送られた際の虚無感と飢餓感からひたすら前世のアニメと漫画を思い出し展開や話をなぞることで精神の安定を図った。その中に数多くの中毒性依存を扱った物語を思い出し、客観性を見出したのだ。今の自分とそっくりだと。なかなかに日本のオタク文化は懐が深い。
わざとパス路を閉ざした時と受容した際の落差に驚愕し、身の破滅に直結する依存性に恐怖した。
いまだ完全に離脱している訳では無い。気を抜けば際限なく求める私がいる。それでも逃げだしたいと、逃げると決心したのだ。
「オルツィは抜けるつもりかい?」
コウイチの問いかけに息を呑む。そして私の名前を正確に呼んだことに。とっさに否定の言葉がでなかった。ここは冗談を織り込んで軽く流すか真剣に怒って否定するべきなのか。
「怒ってはいないよ。人それぞれだからね。でも皆を嫌いになって出ていくっていうのは悲しいかな。次の一歩、こことは違う別の場所で新たな自分を見つけるとか、もう一歩成長したいからっていう理由なら嬉しいな」
なんだコイツ。気持ち悪い。
「でもオルツィが居なくなると本当に寂しいな。同郷の元日本人としてアニメとか漫画の話をもっとして盛り上がりたかったんだけどな。ほら、アマネはオタクを毛嫌いしてるからね。もうちょと彼女も丸くなるといいんだけど、あの性格だからね」
アマネが私を嫌う理由。コウイチ君を囲む女達の中でアマネと私以外に転生者は居なかった。元日本人のこの三人だけにはパス路とは違う確かな絆が存在した。その絆が自分とだけでなく、私とコウイチとも繋がっていることをアマネは許せなかったんだと思う。
「パスもそのままで魔力も送ってあげるよ。一人じゃ大変だろうから。もちろんアマネにも内緒で。そして特別に『耽溺』抜きでね。最近は頑張っているみたいだし、僕の側にはもういないのだから必要ないかなって。
ああ、これはアマネには黙っておいてね。彼女も『耽溺』には気付いていないから。
『耽溺』て、案外難しくてね。君のように気づいて抵抗が激しくなると、ついつい量を増やして壊してしまうこともあるんだ。ほら、マガイモノの僕たちにはオリジナルのように“与える”ものが無いからね。その代わりでこんな自個保有魔系技能を後付されたんだよ。因果だよね。ああ、これも秘密ね。元日本人同士としての特別なサービス。これ以上話しても別れが辛くなるだけだからね、もう行くよ。
それじゃ最後のお仕事よろしくね。またどこかでね、“千鶴”」
私は跪いて胃の中のもの全てを吐き出した。しばらくは思考が停止して何も考えられなかった。寒さによる身の震えでやっと再起動する。
私は逃げられない。
コウイチが自分以外のコウ・シリーズを見逃すはずなかった。元々がそういったゲームなのだから。
そして“裏切り者”も決して許さない。“仲間”を増やすことが“ストロングポイント”の加算条件なのだから。
態々パスを閉じないことを知らせ、『耽溺』の秘密をあっさり教えた理由。一度通したなら、コウイチからパスを閉じるも開くも随意であること。増減然り。そして経路を通して常に全てを把握されている事実。
コウイチはアマネにも隠した切り札として私を欲したのかも知れない。何時かアマネを切り捨てる時の為の駒として。
『耽溺』を使えば何時でも私を殺せると脅した。何処に逃げて隠れていても、パスは繋がっているかぎり。
中毒者がその禁断症状を果断な、壮絶な努力で克服して脱却できたとしても、その後十数年と経過していても、一度少量でも摂取すれば、その十数年は泡と消え、よりいっそう壊れたジャンキーが出来上がるそうだ。それをフラッシュバックという。ひとたび再発させてしまうと、より強く求め、我を忘れて狂うらしい。
強制的に『耽溺』を絶たれ、予期せぬタイミングで再び与えられたら、狂う自信が私にはある。再び『耽溺』を求めて何でもするだろう。
アニメか漫画で知った。コウイチは何処でそれを知ったのだろうか。言ってる割にアニメも漫画も詳しくなかったのに。ちっとも好きじゃない癖に。
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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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