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Chap.3 鏡の国の
Chap.3 Sec.10
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前髪を下ろすと、イシャンは雰囲気ががらりと変わる。初めに会ったときはワックスか何かで後ろに流していたから分からなかったが、黒い前髪は長さがありウェーブがかかっている。サクラに似た髪質だが、サクラの髪は全体が長いのに対して、イシャンは襟足が短い。そのせいかサクラは女性的で、イシャンは男性的に感じる。前髪を上げていれば、顔色の読みにくい浅黒い肌と強健そうな体つきもあって、迫力のある冷たい印象だった。——しかし、前髪があると幼い。年齢も読めなくなる。
「……どうか、しただろうか?」
カプセルベッドの中、座ったままぼんやりとした明かりに浮かぶその顔を見ていると、イシャンが表情ひとつ変えることなく口を開いた。応えられずに沈黙するが、気にすることなく彼は腰からベルトを抜き、私の右の手首を掴んだ。セトのように痛くはないが、有無を言わせない圧を感じる。
「もし……私の言っていることが……伝わるなら、先に聞いてもらいたい」
握った手首を見つめるように、うつむいたイシャンは静かに言葉を紡ぐ。
「貴方は……ここにいるべきでは、ない。……私たちは、ある理由から、外部の人間を非常に警戒している。……貴方が悪いわけではないが……これから先も、私を含め辛辣な態度をとる者がいるかも知れない。…………できることなら、セトの手を借りることなく、自ら出て行ってほしい。……独りで逃げるなら、誰も追わない」
イシャンの声は、静謐な空間に溶けるようになじむ。セトやティアの明瞭な音とは違い、輪郭がぼやけた穏やかな低音。耳には心地よいが、単語の聞きとりは困難をきわめる。ゆっくりと話しているのに、感情がないのも原因なのか、言っていることがまったく分からない。なにか、大切なことを話してくれている。そう感じるのに。
「……私の言葉は、分からないか?」
墨色の眼が、こちらを向く。その顔は、どこか苦しそうにも見えた。欲望の色はなく、私との行為など必要としていないかのような。
「……そうか。それなら……気の毒だが、……貴方が出て行きたくなるよう、させてもらう」
目つきが、変わった。そう感じた瞬間、右手首を握っていたイシャンの硬い掌が、私の反対の手もまとめて握り込んだ。手首にかかる力にひるんで振り払おうとするが、彼の手はびくともしない。抵抗する私など意に介さず、イシャンは外していたベルトで私の手首を拘束した。引き絞るように腕まわりまで巻きあげ、留め具で固定される。声をあげる間もない。強い力で体を反転されたと思ったときには、自由を奪われたその状態で腹ばいにマットへと押しつけられていた。状況に頭が追いついていない。いま、何をされているのか。
硬く大きな手が、下半身に触れた。セトから借りた服はめくれ上がっていて、リボンで結ばれていた下着も簡単に取り払われた。抵抗する機会を一切与えられることなく、押し開かれた脚の付け根を圧迫され、
『——っ、』
裂けるような痛みが、走った。
乾いた粘膜をこすって蹂躙するように奥まで突き上げるそれは、人体の一部とは思えない。逃げようと身をよじるが、肩を強い力で押さえつけられ、いっそう奥深く突き立てられた。
あまりの痛みに悲鳴があがり、涙が浮かぶ。背中にイシャンの体重が掛かったかと思うと、片手で顎ごと掴むように口をふさがれた。
「大声は、良くない。……防音とはいえ……セトは、耳がいい」
耳朶にイシャンの唇が当たる。腰の動きが止まり、低い声音で囁かれた。
「静かに、できるな? ……できないなら、口も拘束することになるが」
セトの名と、静かにしろ、そう脅されたのだけは分かった。口をふさいでいた手が、様子を見るようにそっと緩まる。その指に噛みついたところで、何にもならないのだろう。歯向かう気力を削ぐほど、力の差は歴然だった。
腰がまた、強く動く。鉄の楔を打ち込まれているかのような痛みに悲鳴がこぼれそうになったが、手首に巻きついたベルトを噛んで必死に押し殺した。これ以上ひどい目にあわされるより、素直に声を我慢していたほうがいい。どうせ叫んだところで、誰かが助けに来てくれるとも思えない。
——俺らが、嫌いか。
痛みと恐怖で埋めつくされる心に、セトの声が浮かんだ。あのとき、彼の言葉の意味を察していながら、私は否定しなかった。否定して、好きだとでも取りつくろっておけばよかったのに。自分の境遇を理不尽だと、心のどこかで思っていた私は、それができなかった。彼らのことを、私はきっと最初から軽蔑している。サクラとの取り交わしに反対してくれなかった、あのときから。どんなに優しくされても、あっさりと受け入れたあの事実が、彼らへの感謝や好感など全部かき消してしまう。
——アリスちゃん。
焼けつくような痛みのなかに響く、ティアの声。慣れない内部を力任せにかき回す乱暴なこの行為が、目をつむって恐怖に耐える私に否が応でも気づかせる。
自分が——いかに優しく抱かれていたのか。
性欲を発散するためだけなら、私の同意なんて要らない。私の身体をいたわる必要も、優しく愛撫する必要もない。暴力で言い聞かせ、無理強いして行為に及ぶことだってできた。自分の快楽を求めるだけの、それこそ道具として使われるセックスなんて、いくらでもありえた。
けれども、セトとティアは自分本位な行為はしなかった。彼らに気遣われていたなんて思いもしなかった私は、よっぽど甘い覚悟だったのだ。
身の安全の代わりに身体を差し出すと、自分で決めたくせに。それを受け入れた彼らを、勝手に恨んで、ずるいと非難して。
ずるいのは他でもない、私なのに。
『……っ』
嗚咽を呑み込む。背にのし掛かる体は重く、それだけでも苦しくて涙があふれる。体を貫く強靭な熱は、痛みで心ごと引き裂いていく。
けれど、何よりも、情けなさで涙が止まらなかった。自分のあまりの身勝手さに、自己嫌悪がナイフのように胸をえぐっていた。
最初に、サクラの約束を拒んで、強い意志を貫いていれば。あるいは、彼らを受け入れる覚悟をきちんと持てていれば。
悔やんでも遅い。分かっているのに、中途半端な今の自分が悔しくて、悲しくて、涙を止めることができない。苦痛と恐怖にまみれたこの行為が早く終わることを願いながら、ただただ声を殺して泣き続けた。
「……どうか、しただろうか?」
カプセルベッドの中、座ったままぼんやりとした明かりに浮かぶその顔を見ていると、イシャンが表情ひとつ変えることなく口を開いた。応えられずに沈黙するが、気にすることなく彼は腰からベルトを抜き、私の右の手首を掴んだ。セトのように痛くはないが、有無を言わせない圧を感じる。
「もし……私の言っていることが……伝わるなら、先に聞いてもらいたい」
握った手首を見つめるように、うつむいたイシャンは静かに言葉を紡ぐ。
「貴方は……ここにいるべきでは、ない。……私たちは、ある理由から、外部の人間を非常に警戒している。……貴方が悪いわけではないが……これから先も、私を含め辛辣な態度をとる者がいるかも知れない。…………できることなら、セトの手を借りることなく、自ら出て行ってほしい。……独りで逃げるなら、誰も追わない」
イシャンの声は、静謐な空間に溶けるようになじむ。セトやティアの明瞭な音とは違い、輪郭がぼやけた穏やかな低音。耳には心地よいが、単語の聞きとりは困難をきわめる。ゆっくりと話しているのに、感情がないのも原因なのか、言っていることがまったく分からない。なにか、大切なことを話してくれている。そう感じるのに。
「……私の言葉は、分からないか?」
墨色の眼が、こちらを向く。その顔は、どこか苦しそうにも見えた。欲望の色はなく、私との行為など必要としていないかのような。
「……そうか。それなら……気の毒だが、……貴方が出て行きたくなるよう、させてもらう」
目つきが、変わった。そう感じた瞬間、右手首を握っていたイシャンの硬い掌が、私の反対の手もまとめて握り込んだ。手首にかかる力にひるんで振り払おうとするが、彼の手はびくともしない。抵抗する私など意に介さず、イシャンは外していたベルトで私の手首を拘束した。引き絞るように腕まわりまで巻きあげ、留め具で固定される。声をあげる間もない。強い力で体を反転されたと思ったときには、自由を奪われたその状態で腹ばいにマットへと押しつけられていた。状況に頭が追いついていない。いま、何をされているのか。
硬く大きな手が、下半身に触れた。セトから借りた服はめくれ上がっていて、リボンで結ばれていた下着も簡単に取り払われた。抵抗する機会を一切与えられることなく、押し開かれた脚の付け根を圧迫され、
『——っ、』
裂けるような痛みが、走った。
乾いた粘膜をこすって蹂躙するように奥まで突き上げるそれは、人体の一部とは思えない。逃げようと身をよじるが、肩を強い力で押さえつけられ、いっそう奥深く突き立てられた。
あまりの痛みに悲鳴があがり、涙が浮かぶ。背中にイシャンの体重が掛かったかと思うと、片手で顎ごと掴むように口をふさがれた。
「大声は、良くない。……防音とはいえ……セトは、耳がいい」
耳朶にイシャンの唇が当たる。腰の動きが止まり、低い声音で囁かれた。
「静かに、できるな? ……できないなら、口も拘束することになるが」
セトの名と、静かにしろ、そう脅されたのだけは分かった。口をふさいでいた手が、様子を見るようにそっと緩まる。その指に噛みついたところで、何にもならないのだろう。歯向かう気力を削ぐほど、力の差は歴然だった。
腰がまた、強く動く。鉄の楔を打ち込まれているかのような痛みに悲鳴がこぼれそうになったが、手首に巻きついたベルトを噛んで必死に押し殺した。これ以上ひどい目にあわされるより、素直に声を我慢していたほうがいい。どうせ叫んだところで、誰かが助けに来てくれるとも思えない。
——俺らが、嫌いか。
痛みと恐怖で埋めつくされる心に、セトの声が浮かんだ。あのとき、彼の言葉の意味を察していながら、私は否定しなかった。否定して、好きだとでも取りつくろっておけばよかったのに。自分の境遇を理不尽だと、心のどこかで思っていた私は、それができなかった。彼らのことを、私はきっと最初から軽蔑している。サクラとの取り交わしに反対してくれなかった、あのときから。どんなに優しくされても、あっさりと受け入れたあの事実が、彼らへの感謝や好感など全部かき消してしまう。
——アリスちゃん。
焼けつくような痛みのなかに響く、ティアの声。慣れない内部を力任せにかき回す乱暴なこの行為が、目をつむって恐怖に耐える私に否が応でも気づかせる。
自分が——いかに優しく抱かれていたのか。
性欲を発散するためだけなら、私の同意なんて要らない。私の身体をいたわる必要も、優しく愛撫する必要もない。暴力で言い聞かせ、無理強いして行為に及ぶことだってできた。自分の快楽を求めるだけの、それこそ道具として使われるセックスなんて、いくらでもありえた。
けれども、セトとティアは自分本位な行為はしなかった。彼らに気遣われていたなんて思いもしなかった私は、よっぽど甘い覚悟だったのだ。
身の安全の代わりに身体を差し出すと、自分で決めたくせに。それを受け入れた彼らを、勝手に恨んで、ずるいと非難して。
ずるいのは他でもない、私なのに。
『……っ』
嗚咽を呑み込む。背にのし掛かる体は重く、それだけでも苦しくて涙があふれる。体を貫く強靭な熱は、痛みで心ごと引き裂いていく。
けれど、何よりも、情けなさで涙が止まらなかった。自分のあまりの身勝手さに、自己嫌悪がナイフのように胸をえぐっていた。
最初に、サクラの約束を拒んで、強い意志を貫いていれば。あるいは、彼らを受け入れる覚悟をきちんと持てていれば。
悔やんでも遅い。分かっているのに、中途半端な今の自分が悔しくて、悲しくて、涙を止めることができない。苦痛と恐怖にまみれたこの行為が早く終わることを願いながら、ただただ声を殺して泣き続けた。
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