【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
34 / 228
Chap.3 鏡の国の

Chap.3 Sec.10

しおりを挟む
 前髪を下ろすと、イシャンは雰囲気ががらりと変わる。初めに会ったときはワックスか何かで後ろに流していたから分からなかったが、黒い前髪は長さがありウェーブがかかっている。サクラに似た髪質だが、サクラの髪は全体が長いのに対して、イシャンは襟足が短い。そのせいかサクラは女性的で、イシャンは男性的に感じる。前髪を上げていれば、顔色の読みにくい浅黒い肌と強健そうな体つきもあって、迫力のある冷たい印象だった。——しかし、前髪があると幼い。年齢も読めなくなる。

「……どうか、しただろうか?」

 カプセルベッドの中、座ったままぼんやりとした明かりに浮かぶその顔を見ていると、イシャンが表情ひとつ変えることなく口を開いた。応えられずに沈黙するが、気にすることなく彼は腰からベルトを抜き、私の右の手首を掴んだ。セトのように痛くはないが、有無を言わせない圧を感じる。

「もし……私の言っていることが……伝わるなら、先に聞いてもらいたい」

 握った手首を見つめるように、うつむいたイシャンは静かに言葉を紡ぐ。

「貴方は……ここにいるべきでは、ない。……私たちは、ある理由から、外部の人間を非常に警戒している。……貴方が悪いわけではないが……これから先も、私を含め辛辣しんらつな態度をとる者がいるかも知れない。…………できることなら、セトの手を借りることなく、自ら出て行ってほしい。……独りで逃げるなら、誰も追わない」

 イシャンの声は、静謐せいひつな空間に溶けるようになじむ。セトやティアの明瞭な音とは違い、輪郭がぼやけた穏やかな低音。耳には心地よいが、単語の聞きとりは困難をきわめる。ゆっくりと話しているのに、感情がないのも原因なのか、言っていることがまったく分からない。なにか、大切なことを話してくれている。そう感じるのに。

「……私の言葉は、分からないか?」

 墨色の眼が、こちらを向く。その顔は、どこか苦しそうにも見えた。欲望の色はなく、私との行為など必要としていないかのような。

「……そうか。それなら……気の毒だが、……貴方が出て行きたくなるよう、させてもらう」

 目つきが、変わった。そう感じた瞬間、右手首を握っていたイシャンの硬い掌が、私の反対の手もまとめて握り込んだ。手首にかかる力にひるんで振り払おうとするが、彼の手はびくともしない。抵抗する私など意に介さず、イシャンは外していたベルトで私の手首を拘束した。引き絞るように腕まわりまで巻きあげ、留め具で固定される。声をあげる間もない。強い力で体を反転されたと思ったときには、自由を奪われたその状態で腹ばいにマットへと押しつけられていた。状況に頭が追いついていない。いま、何をされているのか。

 硬く大きな手が、下半身に触れた。セトから借りた服はめくれ上がっていて、リボンで結ばれていた下着も簡単に取り払われた。抵抗する機会を一切与えられることなく、押し開かれた脚の付け根を圧迫され、

『——っ、』

 裂けるような痛みが、走った。
 乾いた粘膜をこすって蹂躙じゅうりんするように奥まで突き上げるそれは、人体の一部とは思えない。逃げようと身をよじるが、肩を強い力で押さえつけられ、いっそう奥深く突き立てられた。
 あまりの痛みに悲鳴があがり、涙が浮かぶ。背中にイシャンの体重が掛かったかと思うと、片手で顎ごと掴むように口をふさがれた。

「大声は、良くない。……防音とはいえ……セトは、耳がいい」

 耳朶じだにイシャンの唇が当たる。腰の動きが止まり、低い声音で囁かれた。

「静かに、できるな? ……できないなら、口も拘束することになるが」

 セトの名と、静かにしろ、そう脅されたのだけは分かった。口をふさいでいた手が、様子を見るようにそっと緩まる。その指に噛みついたところで、何にもならないのだろう。歯向かう気力を削ぐほど、力の差は歴然だった。
 腰がまた、強く動く。鉄のくさびを打ち込まれているかのような痛みに悲鳴がこぼれそうになったが、手首に巻きついたベルトを噛んで必死に押し殺した。これ以上ひどい目にあわされるより、素直に声を我慢していたほうがいい。どうせ叫んだところで、誰かが助けに来てくれるとも思えない。

——俺らが、嫌いか。

 痛みと恐怖で埋めつくされる心に、セトの声が浮かんだ。あのとき、彼の言葉の意味を察していながら、私は否定しなかった。否定して、好きだとでも取りつくろっておけばよかったのに。自分の境遇を理不尽だと、心のどこかで思っていた私は、それができなかった。彼らのことを、私はきっと最初から軽蔑している。サクラとの取り交わしに反対してくれなかった、あのときから。どんなに優しくされても、あっさりと受け入れたあの事実が、彼らへの感謝や好感など全部かき消してしまう。

——アリスちゃん。

 焼けつくような痛みのなかに響く、ティアの声。慣れない内部を力任せにかき回す乱暴なこの行為が、目をつむって恐怖に耐える私にいやが応でも気づかせる。

 自分が——いかに優しく抱かれていたのか。

 性欲を発散するためだけなら、私の同意なんて要らない。私の身体をいたわる必要も、優しく愛撫あいぶする必要もない。暴力で言い聞かせ、無理強いして行為に及ぶことだってできた。自分の快楽を求めるだけの、それこそ道具として使われるセックスなんて、いくらでもありえた。
 けれども、セトとティアは自分本位な行為はしなかった。彼らに気遣われていたなんて思いもしなかった私は、よっぽど甘い覚悟だったのだ。

 身の安全の代わりに身体を差し出すと、自分で決めたくせに。それを受け入れた彼らを、勝手に恨んで、ずるいと非難して。
 ずるいのは他でもない、私なのに。

『……っ』

 嗚咽おえつを呑み込む。背にのし掛かる体は重く、それだけでも苦しくて涙があふれる。体を貫く強靭きょうじんな熱は、痛みで心ごと引き裂いていく。
 けれど、何よりも、情けなさで涙が止まらなかった。自分のあまりの身勝手さに、自己嫌悪がナイフのように胸をえぐっていた。

 最初に、サクラの約束を拒んで、強い意志を貫いていれば。あるいは、彼らを受け入れる覚悟をきちんと持てていれば。
 悔やんでも遅い。分かっているのに、中途半端な今の自分が悔しくて、悲しくて、涙を止めることができない。苦痛と恐怖にまみれたこの行為が早く終わることを願いながら、ただただ声を殺して泣き続けた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...