【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.4 うさぎを追いかけて

Chap.4 Sec.7

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(くそっ……あいつどこまで行きやがった!)

 強い焦燥感を覚えて、セトは胸中で悪態をついた。
 モーターホームを出てからおよそ3時間。太陽はもうかなり低く、空の色が変わりつつある。腕につけたブレス端末には先ほどから何度も着信がきていて、戻るようにとのメッセージも届いているが、返すことなく下を見てウサギの足跡をたどっていた。
 足跡は綺麗すぎる道のせいか不明瞭な箇所が多い。ひたすら走れるなら大幅に時間を短縮できるのだが、足跡を確認するのに余計な時間が使われている。走ったり歩いたり急に曲がったり、無駄に多様な足跡なのも腹が立つ。こんなことなら靴に発信機でも仕込んでおくべきだった。逃げないだろうと言っていたティアにまでムカついてくる。

 また、足跡が曲がった。どこへ行きたいのか、あるいはモーターホームから遠ざかりたいだけなのか知らないが、追跡しやすいように進めよと勝手な意見が浮かぶ。ちなみに、セトは逃げたという主張を今のところ黙殺している。それを考慮するとなんのために追いかけているのだか分からない。

 次の建物まで伸びている足跡を目の端で捉えながら走っていく。すると、ブレス端末の着信を告げる振動が強くなった。ごまかせないレベルまで来ている。セトは仕方なく応対する決意をした。

《——セト》

 機械を通していても、その声は重い。

《戻る時間は過ぎているが、何をしている?》

 怒っているかどうか分からない。しかし強圧的ではある。足を止めるべきか一瞬迷ったが、暗くなるまでもう時間がない。今見つけださなければ——。

「……まだウサギを捜してる」
《逃げたなら、追う必要はないと言ったはずだが》
「……逃げてねぇよ」
《これ以上お前が捜す必要はないよ》
「………………」
《今すぐ戻って来られるな? こちらも向かおうか》
「わりぃ、サクラさん」

 サクラの言葉に重ねるように、短く応えた。頭上で薄紫に染まる空が、道に頼りなく残る足跡が、絶え間なくセトを急かし続けている。

「話してる時間がない。通信は邪魔だから、切る」

 ブレス端末の電源を消し、強制的に通信をった。これでもうこの端末はただの装飾品でしかない。残していた言い訳の余地も消えた。後戻りもできない。

(……何やってるんだ、俺は)

 頭の中で呆然ぼうぜんとしている自分もいる気がする。あんな、よく知らない人間の——話も分からない、仲間に入れてもらっておきながら俺らのことを嫌っていて、そのくせティアにだけ態度を軟化させやがって、俺を最初に選んだと思いきやあっさり拒む、思い出すと気にわない要素しかないやつなんかの——ために、サクラの指示まで無視して。ほんとに馬鹿げている。

——アリガトウ。

 そんな覚えたての感謝ひとつで、全部チャラにしてやれるほど広い心は持ちえていない。

 視界の中で、また足跡が曲がった。どこへ行きたいんだお前は。もし本気で逃げる気なら走り続けろよと言ってやりたい。ちょろちょろと迷うようにスピードを落とし、ときおり振り返ったかのように足跡の向きが戻っている。迷子だと主張したセトですら、そんなこと欠片かけらも思っていなかったというのに、本当に道に迷った子供の足跡であるかのようだった。
 だが、モーターホームから遠ざかっているのは間違いない。誰かに怒られるのを恐れるみたいに、かすれた迷子の足跡は、追いかけないでと願っているようで——

(……知るか)

 ウサギがどういう意図であろうと、ここまで来たなら見つけだして問い詰めるまで引き返す気はない。心底逃げたいと思っているなら、恩知らずに面と向かって悪態をついてやる。貸したままの服も剝ぎ取って、ひと思いに——……いや、それをしたら矮小わいしょうな人間と成り果てる。そんな人間にはなりたくない。

 逃げていないと口では言いながら、逃げている蓋然性が膨れあがって良くない思考が展開される。けれどまだ、一縷いちるの望みもあった。

——アリガトウ。

 見つけたときに、一言。
 そう返してくれれば、それだけで。

 逃亡の疑念は忘れてやれる。どんなに俺たちを嫌っていようと、態度が硬化していようと、仲間としてまた受け入れてやれる。

 だから早く、足を止めろ。
 日が沈み、足跡が追えなくなる前に。夜がきて、二度と会えなくなる——その前に。
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