【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.6 赤と黒の饗宴

Chap.6 Sec.8

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 ワインがなくなった。
 ハオロンが立ち上がるまでもなく、ロボットがやって来て次が要るか確認される。デキャンタではなくボトルを手にしているので、別のワインが開栓されたらしい。遠慮なくもらうことにした。
 グラスが交換され、深いルビー色の液体が注がれた。カシスの香りに口をつけると、先ほどのワインよりも分かりやすい渋みと厚みを感じる。実のところハオロンはワインなど何も詳しくないので、これがどこのなんのワインかなんて、これっぽっちも判らない。木みたいな香りがあるな、燻製くんせい感もあるな、最後のほうはスパイシーなんかな、程度のふんわりした感想しか浮かばない。正直いうとそれらの感想すら一口目しか出てこない。残りはもう、美味しいな、で終わっている。

「……あのふたり、楽しそうやの」

 グラスを片手につぶやく。視線の先、部屋の中央ではロキがアリスにポーカーを教えていた。
 先ほど、床から現れた大きな円卓に目を丸くした彼女。ロキはその反応に気をよくしたのか、ロボット相手にポーカーをする彼女の横に座って、機嫌よくアドバイスしている。あの様子からするとカードゲーム自体が初めてという感じでもないと思うが、ポーカーは知らないのかロキの機嫌を損ねたくないのか、彼女は大人しくロキに頼っている。つまるところ、楽しそうに見える。そしてその感想は独り言ではなく、左隣に座るセトへと向けたものだったのだが……返事がない。

 どうしたのかと横を見ると、ロボットから受け取ったワインを、ごくごくと水みたいに流し込むセトの喉が目に入った。

「……セト?」
「あ?」
「あんた……飲みすぎやって」
「これくらいで酔わねぇよ」
「ほやけど……まぁ、好きにしたらいいけどの……」

 注意を諦めてローストビーフを口に放る。ソースらしい泡がついていて美味しい。メルウィンの料理はなんでも美味しい。とくに甘味が。
 もぐもぐと口を動かしていると、ロキのやかましい笑い声が響いた。

「ウサちゃん、引き悪くねェ? 逆にすげェの?」

 肩を抱いて手札をのぞくロキ。彼女との距離が近い。

「ロキ、ありすのこと気に入ったみたいやの。連絡伝えたときはキレてたけどぉ……まぁ、落ち着いたみたいで良かったわ」
「……あいつは女なら誰でもいいだろ」
「それはあんたやが」
「は?」
「違うの? だってロキは……好み、はっきりしてるやろ?」
「知らねぇ。昔から誰彼だれかれかまわず口説いてた気ぃするし」
「ロキはぁ、もっとこう……野生的? 露出的? なのが好きなんやって。あんなぴらぴらした服のコじゃなくてぇ、胸とかが丸い感じのぉ、ニコニコっとしたぁ……」
「……知らねぇよ」
「うちには説明力がないわ……」
「そういう問題じゃねぇよ」

 言い方の強いセトに、もしや彼は機嫌が悪いのではないかとハオロンは思った。ロキが彼女を気に入り、無事まるく収まったというのに何故だろう。超高級ワインを無造作に開けたサクラに対して、いまだ怒っている——なんてありえないだろうし。まさか、

「……セト、あんたひょっとしてぇ……ありす独占したかったんかぁ?」
「お前、そういうのやめろ。まじでうぜぇ」

(めっちゃ機嫌悪いんやけど……)
 つっこめずに心の中だけでつぶやいた。セトが異性に執着するのは珍しい、というか初めてかも知れない。ハオロンの知る範囲では。
 好きではないと宣言していたのに、他人にられると欲しくなるのだろうか。心理学的なやつか。それがロキともなると、よりいっそう?
 もし相手がハオロンの場合はどんなリアクションだったのだろうかと、興味本位で呑気なことを考えていた。

「……ねぇ、話戻るんやけどぉ、セトは好みあるんかぁ?」
「は? なんの」
「好きなコ? ……まぁ、寝たいコでもいいけどぉ」
「そんなもんねぇよ」

(……それがつまり、“誰でもいい”じゃないんか?)

 つっこみたいけれど、つっこんでいいものかどうか。悩みつつワインで口をうるおす。
 円卓では、ロキが脈絡なく彼女の頬にキスをした。ゲームに勝ったのを褒めたのかも知れないが、彼女のほうは対応に困っている。想像する娼婦像とは大分違うなと感じていたところ、セトが口を開いた。

「いや、あるな」
「……なに?」
「好みだよ。……ヤってるときに泣かねぇやつ。怯えるのも気にわねぇし、抵抗すんのもムカつく」
「(外見の話をしてたんやけど)……そぉなんか? うちと逆やの」
「……は?」
「ん?」

 変な顔をしたセト。眉間にしわが寄る。

「お前、ちゃんと聞いてたか?」
「? ……聞いてたよ?」

 頭の上に疑問符でも並んでいそうな顔をして、互いに見合わせた。
 セトが何か言いたそうに口を開けた。その先を待つつもりだったが、視界の端でサクラがティアに耳打ちしているのが見えて、意識がそちらに向く。不審な動き。サクラから何か言われたティアが戸惑っている。言葉を返すティアの唇の動きが気になるが、横を向いているせいで読みきれない。

(……順番?)

 ティアの唇から確認できたワードは、各個人の名前と〈順番〉。名前に関してはハオロンが複数回出た。サクラの口からも。

(うちの話? ……にしては、こそこそしすぎやの……なに話してるんやろ……)

 そばにいるイシャンも会話の内容を理解しているはずだが、聞こえないふりをしているのか無表情だった。ハオロンの視線に気づいたらしく、イシャンがサクラにしらせる。視線をこちらに投げたサクラは微笑した。大したことではないよ、というように。

「——おい、ハオロン。聞いてんのか?」

 セトの声に、サクラたちから目を外して琥珀の眼を見る。

「……あぁ、なんて?」
「お前…………いや、もういい」

 セトは呆気あっけにとられた顔をして、ため息をついた。

「……セト、もう1個訊きたいことあるんやけど」
「なんだよ」
「サクラさんはぁ、ありす、気に入ってるんか?」
「……いや、そんな感じはねぇな。ほとんど関わってねぇし……どっちかっつぅと……気に喰わねぇように、見える。……まあ、他人だしな」
「……気に喰わん人間を連れて帰るの?」
「それは……仲間失って独りだから、同情したんじゃねぇの?」
「サクラさんがぁ? ……それはないって」
「……そうか?」
「セトは、サクラさんを美化しすぎやわ」
「美化? サクラさんは優しいだろ?」
「……まぁ、身内には……」
「他人にも優しいだろ。いろいろあって、今は警戒してるだけで」
「……ん~……そぉかも知れんねぇ……」

 優しい人間が、他人のことを“それ”なんて代名詞で呼ぶだろうか。サクラは彼女をほとんど視界に入れていない。ときおり捉えることもあるが、警戒しているというよりは——探っているみたいに。そしてハオロンから見ると、その慧眼けいがんには何かもっと深い感情が込もっている。ロキがセトに向けるような。……そうか、セトの盲目フィルターでは見えないのか。

「まぁいいわ。うちは気にせず、ありすで遊ぼ」
「………………」
「あぁ、ごめんの……口に出てたわ」
「何も言ってねぇだろ。謝んな」
「ほやの……さ、そろそろ移動しよさ」
「あ?」
「カード」

 目で円卓を示す。サクラの指示で円卓は拡大され、6人分の座席が整った。ひとつひとつの座席は十分すぎるスペースをとって円卓を囲んでいる。

 娯楽室でのカードゲーム。
 これだけの人数で集まってするのは、ハオロンにとって数年ぶりのことだった。そして、これはきっと、ここにいる他の兄弟たちにとっても久しぶりのことだろう。

 サクラに決して逆らわないセトが、他人の為に食い下がったこと。
 他者との衝突を避けがちなティアが、みずからロキに関わったこと。
 食事以外で集まることのない兄弟たちが、全員でないとはいえ——こうしてそろっていること。

 どの事象も、恒常的なハウスでは起こりえないはずだった。
 彼女の加入で、何かが間違いなく変質している。

(……揉め事が起きんといいけどの)

 胸中にかすめた憂慮を払って、立ち上がる。どのみちハオロンの心の大半は、カードに対するワクワクとした高揚感で占められていて、払うまでもなかったのだが。

 ——彼は、対人ゲームが大好きだった。
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