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Chap.6 赤と黒の饗宴
Chap.6 Sec.10
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(……困ったな)
ティアは胸中だけでつぶやいた。
手札が悪いからではない。例の賭けによって負けたぶんの頼み事を、先ほどサクラから耳打ちされたのだが……わりあい面倒なことだったのだ。それが頭を占めていた。
——え、それってさ、カードの勝ち負けを僕に調整しろってこと?
——出来るだろう?
——まぁ、やろうと思えばやれるけど……僕にさせなくてもさ、サクラさん、できるんじゃないの?
——いいや、出来ない。私にはハオロンが全く読めない。
——そうなの? ロン君ってそんなに強いの?
——強いが……強いだけでなく、理解出来ないことをするから厄介だな。
——でも、セト君とロキ君だけ並べればいいんでしょ? ……あ、あいだにロン君が入ってくるとダメだから? ……う~ん……分かった、やってみるよ。
——頼りにしているよ。
——……あのさ、いちおう言うけど……その順番、あとで絶対もめるよ?
——そうだな。
脳裏でサクラの要望を思い起こした。ワインの対価がこの程度の頼み事なら、と安請け合いしたが、後悔している。
ハオロンがトリッキーすぎる。表情や仕草など、表面的なもので心中を読むのは至難だった。ハオロンに気を取られていると、セトとロキ(彼女が代打しているが)に気が回らない。そして砂時計は消えてほしい。せっつかれている気がする。
「オールイン!」
「またかよ……」
ハオロンのにこやかな全額ベットに、セトが呆れ果てている。ハオロンが賭け金を極端に吊り上げる影響をもろに受けて、セトは常に選択の幅がせまい。残りのチップが少ないセトは2択なので、ある意味簡単なのだが、おそらくハオロンの挑発によって知らずしらずのうちにフォールドしづらくなっている。完全にハオロンの掌の上だ。だが、セトが負ける分にはティアは困らない。イシャンはひとつ前のゲームでチップを全額失くしている(最初から彼に勝つ気はない。見張りとして参加していただけだと思う)ので、このままセトに敗退してもらったほうがありがたい。その後にロキを負けさせれば、サクラの要望はクリアできる。
——カードで決める順番だが、セトをロキの次にしてくれないか?
これがサクラの頼み事だった。
ちなみにロキはというと、ごく稀に彼女の後ろからアドバイスをするくらいで参加していない。全額ベットを迷う彼女に、「無理じゃねェ?」それはもう手札をバラしているのと同じことだと思うセリフをかけた。
くしゃりと髪を触ったセトが「オールイン」全額ベットした。サクラは「フォールド」正しい選択。ここで彼女がオールインするとややこしいことになるのだが、「……ふぉーるど」無事に降りた。彼女は実に堅実なプレイヤーだと思う。
「フォールド」
ティアがすみやかに宣言すると、セトは負けを察したようだった。開示されたハオロンの手札と、ロボットの頭上に追加で出されたラスト2枚のコミュニティカードを確認して、セトは舌打ちした。
「お前、頭おかしいだろ。なんでその手でオールインなんだよ……駆け引きとかしろよ」
「次はセトを倒そぉって思っての」
「お前は独りでなんのゲームやってんだ?」
ハオロンはAのペアを所持していた。コミュニティカードでも先にめくられた3枚のうち1枚がAだったので、オールインの時点でAのスリーカードは確定していたことになる。強力な手札ではあったが、全員がゲームを降りてしまうのを避けるためにも普通はオールインなどしない。……普通は。ティアはポーカー経験がほとんどないので実際は知らないが、一般的な人間の心理として。
ティアは苦笑いしてハオロンの方を向いた。
「次は誰をねらうか、訊いてもいい?」
「ボスは最後に倒したいからぁ、ありすやの」
目的は一致している。名前を耳にした彼女は勘づいたようだが、気にしていない。彼女はイシャンが最初に負けた時点でほっとしていた。サクラにも早く負けてほしいと願っているに違いないが、それは叶えてあげられそうにない。
「ボスってサクラさんのこと?」
ハオロンに尋ねてみた。答えを知っていながら。
「どぉやろねぇ?」
考えるそぶりをして見せるその頬には愛嬌があり、邪気がない。何も知らない人間は騙されてしまいそうなほど。——できることなら、この可愛らしい顔の下に隠れているものを、ティアは一生暴かずにいたい。
ロボットから受け取ったワインをあおったセトが、「ティア、お前ハオロン倒せよ」事もなげに指図した。他人事だと思って。
「あのさ……ポーカーってそういうゲームだっけ?」
「やられっぱなしでムカつくだろ」
「やられたのは僕じゃないんだけど……」
「お前なら勝てる。倒しちまえ」
「……セト君、もしかして酔ってる?」
「酔ってねぇ」
新たに配られたカードを確認するふりをして、サクラの要望に応えるべく彼女とハオロンの様子をうかがう。彼女は試合放棄しそうな気配。ハオロンのほうは目があって、ニコッとされた。ちなみにロキは彼女の後ろで洋服のリボンをほどいている。何をする気なのか。
「……まぁ、せいぜいがんばるよ」
自分を追いこむ意味で唱えた。サクラの要望に応えるのは当然だが、セトのエゴにも挑戦するつもりだった。むしろ目指すのはそれ以上。負けられない理由が、ティアにはある。
「よし。ティア、やれ!」
「……うん、外野は静かにしてくれるとありがたいよね……」
セトの雑な応援をBGMに、場の3人——ハオロン、サクラ、彼女——へと、意識を絞る。
さてここからは、本気でいこうか。
ティアは胸中だけでつぶやいた。
手札が悪いからではない。例の賭けによって負けたぶんの頼み事を、先ほどサクラから耳打ちされたのだが……わりあい面倒なことだったのだ。それが頭を占めていた。
——え、それってさ、カードの勝ち負けを僕に調整しろってこと?
——出来るだろう?
——まぁ、やろうと思えばやれるけど……僕にさせなくてもさ、サクラさん、できるんじゃないの?
——いいや、出来ない。私にはハオロンが全く読めない。
——そうなの? ロン君ってそんなに強いの?
——強いが……強いだけでなく、理解出来ないことをするから厄介だな。
——でも、セト君とロキ君だけ並べればいいんでしょ? ……あ、あいだにロン君が入ってくるとダメだから? ……う~ん……分かった、やってみるよ。
——頼りにしているよ。
——……あのさ、いちおう言うけど……その順番、あとで絶対もめるよ?
——そうだな。
脳裏でサクラの要望を思い起こした。ワインの対価がこの程度の頼み事なら、と安請け合いしたが、後悔している。
ハオロンがトリッキーすぎる。表情や仕草など、表面的なもので心中を読むのは至難だった。ハオロンに気を取られていると、セトとロキ(彼女が代打しているが)に気が回らない。そして砂時計は消えてほしい。せっつかれている気がする。
「オールイン!」
「またかよ……」
ハオロンのにこやかな全額ベットに、セトが呆れ果てている。ハオロンが賭け金を極端に吊り上げる影響をもろに受けて、セトは常に選択の幅がせまい。残りのチップが少ないセトは2択なので、ある意味簡単なのだが、おそらくハオロンの挑発によって知らずしらずのうちにフォールドしづらくなっている。完全にハオロンの掌の上だ。だが、セトが負ける分にはティアは困らない。イシャンはひとつ前のゲームでチップを全額失くしている(最初から彼に勝つ気はない。見張りとして参加していただけだと思う)ので、このままセトに敗退してもらったほうがありがたい。その後にロキを負けさせれば、サクラの要望はクリアできる。
——カードで決める順番だが、セトをロキの次にしてくれないか?
これがサクラの頼み事だった。
ちなみにロキはというと、ごく稀に彼女の後ろからアドバイスをするくらいで参加していない。全額ベットを迷う彼女に、「無理じゃねェ?」それはもう手札をバラしているのと同じことだと思うセリフをかけた。
くしゃりと髪を触ったセトが「オールイン」全額ベットした。サクラは「フォールド」正しい選択。ここで彼女がオールインするとややこしいことになるのだが、「……ふぉーるど」無事に降りた。彼女は実に堅実なプレイヤーだと思う。
「フォールド」
ティアがすみやかに宣言すると、セトは負けを察したようだった。開示されたハオロンの手札と、ロボットの頭上に追加で出されたラスト2枚のコミュニティカードを確認して、セトは舌打ちした。
「お前、頭おかしいだろ。なんでその手でオールインなんだよ……駆け引きとかしろよ」
「次はセトを倒そぉって思っての」
「お前は独りでなんのゲームやってんだ?」
ハオロンはAのペアを所持していた。コミュニティカードでも先にめくられた3枚のうち1枚がAだったので、オールインの時点でAのスリーカードは確定していたことになる。強力な手札ではあったが、全員がゲームを降りてしまうのを避けるためにも普通はオールインなどしない。……普通は。ティアはポーカー経験がほとんどないので実際は知らないが、一般的な人間の心理として。
ティアは苦笑いしてハオロンの方を向いた。
「次は誰をねらうか、訊いてもいい?」
「ボスは最後に倒したいからぁ、ありすやの」
目的は一致している。名前を耳にした彼女は勘づいたようだが、気にしていない。彼女はイシャンが最初に負けた時点でほっとしていた。サクラにも早く負けてほしいと願っているに違いないが、それは叶えてあげられそうにない。
「ボスってサクラさんのこと?」
ハオロンに尋ねてみた。答えを知っていながら。
「どぉやろねぇ?」
考えるそぶりをして見せるその頬には愛嬌があり、邪気がない。何も知らない人間は騙されてしまいそうなほど。——できることなら、この可愛らしい顔の下に隠れているものを、ティアは一生暴かずにいたい。
ロボットから受け取ったワインをあおったセトが、「ティア、お前ハオロン倒せよ」事もなげに指図した。他人事だと思って。
「あのさ……ポーカーってそういうゲームだっけ?」
「やられっぱなしでムカつくだろ」
「やられたのは僕じゃないんだけど……」
「お前なら勝てる。倒しちまえ」
「……セト君、もしかして酔ってる?」
「酔ってねぇ」
新たに配られたカードを確認するふりをして、サクラの要望に応えるべく彼女とハオロンの様子をうかがう。彼女は試合放棄しそうな気配。ハオロンのほうは目があって、ニコッとされた。ちなみにロキは彼女の後ろで洋服のリボンをほどいている。何をする気なのか。
「……まぁ、せいぜいがんばるよ」
自分を追いこむ意味で唱えた。サクラの要望に応えるのは当然だが、セトのエゴにも挑戦するつもりだった。むしろ目指すのはそれ以上。負けられない理由が、ティアにはある。
「よし。ティア、やれ!」
「……うん、外野は静かにしてくれるとありがたいよね……」
セトの雑な応援をBGMに、場の3人——ハオロン、サクラ、彼女——へと、意識を絞る。
さてここからは、本気でいこうか。
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