【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.7 墜落サイレントリリィ

Chap.7 Sec.9

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 今日は特別な日。
 新しくハウスに来た彼女に、料理が美味しいと言ってもらえて、さらには作ってくれてありがとう(単語だけだったけれど、意訳するときっとそんな感じ)と言われた。料理を作る行為を感謝されたのは初めてだった。ティアには盛り付けについて感謝され、ついでにセトにも。
 こんな日はもうないと思う。こんな、陽だまりが胸のなかにみいるような、温かさに泣きたくなるような気持ちになれる、不思議な日なんて。

「アリスさん、この辺りで咲いている花も、摘んでもらえますか?」

 ビオラの花を隣の彼女に示した。メルウィンと彼女は並んで屈み、食用花エディブルフラワーを収穫していた。

 どうしてこうなったかというと。
 ピクニックランチ——ランチは朝の残りをドローンに運ばせて、ブランケットの上でふたりで食べた——の後に、彼女から「わたしも、なにか、したい。……いい?」たどたどしい申し出があったのだ。

——汚れますよ?
——よごれる……だめ?
——だめでは……ないですけど……その、ロボではなく……手で、花を摘むので……アリスさんには、どうかなと……。
——わたしは、……よくない?
——いえ、そういうことではなくて……。
——わたしも、なにか、……したい。

 真剣な様子に負けて、手伝いを頼むことになったのだった。
 彼女は花を傷めることなく、ひとつひとつ丁寧に採取してくれている。時間の無駄づかいだと思っているふうでもない。

「これは……なに?」
「これはビオラです」
「……びおら」
「ティアくんの眼の色と似てますね。青紫色」
「……てぃあの、めの、いろ」
「そうです。タンザナイトの色ですね」
「……たん……?」
「ティアくんが着けている石です。……ぇえっと……これ、です」

 メルウィンは首に着けたチョーカーに触れ、隠れていた服の中から引っ張り出した。

「僕のは、ドラバイトで……色は、ダークブラウン、かな?」
「いろ……だーくぶらうん……めるうぃんの、め?」
「はい。みんな、眼の色に似た石を着けてますよね?」
「……めの、いろ」
「セトくんのは、琥珀こはくです。明るいあめ色です」
「……せとのめ、は、あめいろ」
「蜂蜜みたいで、美味しそうな色です」
「おいしそうな、いろ」
「サクラさんは、ブルーダイヤで……青色」
「さくらは、あおいろ」
「はい。キラキラして、とっても綺麗な色の石です。今のサクラさんの眼は濃いブルーですが、昔はもう少し明るかったので……ほんとにそっくりな色でした。きっと一番高価な物だと思います」
「……いちばん、たかい」
「あとは……ハオロンくんが、オレンジジェイド……だったかな? ハオロンくんも、昔はもっと明るい色の眼だったので……ライトブラウン? ……でも、石の色はアプリコットみたいなオレンジですね」 
「はおろんは、おれんじ?」
「あれ? ……ロキくんは、なんだろう? ……虹色みたいな……そんな感じだったような……」
「……ろきは、にじいろ?」
「えぇっと……そうですね。髪の毛、虹色みたいなものですよね」
「ろきは、かみが、にじいろ」

 思わず笑みをこぼした。メルウィンの言葉をくりかえす彼女の姿が、小さな子供みたいだと思った。

「アリスさんは、何色でしょう? ……黒? ……すこし茶色? 僕と、似てますよね?」

 眼をのぞこうと顔を寄せる。すると、彼女はビクッと身をすくめ、脊髄反射であるかのように身を引いた。まるでこちらを恐れるみたいに。

「ぁっ、ごめんなさい!」
「……ゴメンナサイ」
「ぇ? いえ、アリスさんは謝らなくても……驚かせたのは僕ですから……」

 一気に表情をなくした彼女の顔に困惑しながらも、「そろそろ、ハウスに戻りましょうか」家路いえじを誘って立ち上がった。気分を害してしまっただろうかと不安だったが、彼女は小さく返事をし、何事もなかったように従ってくれた。

 ハウスまでの道のりは、健康のためメルウィンはいつも往復とも歩いている。ハウスに近い個人エリアなのと、荷物は無い——ドローンによって運ばれる——ので、まったく苦ではない。
 彼女と共に歩きながら、半歩うしろの彼女に顔を向けた。

「あの……僕はこのあと、ディナーの用意をしますけど……アリスさんは、どうしますか?」
「…………?」
「セトくんに、連絡を取りましょうか?」
「……せと?」
「ティアくんは、夜まで眠ちゃうって言ってましたけど……セトくんなら、起きてるかなって」
「…………めるうぃんは、ごはん、つくる?」
「はい」
「……わたしも、いい?」
「もちろん!」

 この申し出を心持ち期待していたので、間髪かんぱつを容れずに答えると、彼女の顔に表情が戻った。胸をでおろし、とりとめない会話で埋めつつハウスへの道を歩いていく。セトからは共通語が分からないと聞いていたが、彼女はそこそこ会話ができる。3歳児くらいには。

「ディナーは、何か希望ありますか?」
「……きぼう?」
「アリスさんは、なにが食べたいですか?」
「…………わからない」
「えっと……じゃあ、好きなものはなんですか?」
「………………」
「……トマトは、好きですか?」
「……とまと?」

 映像を出すと、すこし考えてから頷いた。好きというよりは、好き嫌いを主張することをためらうような、曖昧な頷き方だった。

「トマトの水分ジュを使ったスープを、今日のビオラで飾るのは、どうですか? きっと綺麗に仕上がります。アリスさんとティアくんのだけ、特別に」
「……とくべつ? わたしと、てぃあ?」
「はい。……ぁ、セトくんも、見るって言ってましたね……ぇえっと、では、セトくんも」
「……せと、も」
「そうなるとみんな飾ったほうがいいかな? ……特別じゃなくなっちゃいますね」
「……とくべつ、じゃない」
「ぅーんと……じゃあ、アリスさんとティアくんだけ、とびきり綺麗に飾りますね」
「トビキリ……きれい。……アリガトウ?」
「どういたしまして」

 首をひねった疑問形のありがとうではあったけれど、伝わったと思う。聞き取りは4歳児くらいかも。一般的な幼児の発達なんて詳しくないから、なんとなくの判断。

 ハウスのエントランスホールを、食堂の方へ。
 料理の何を手伝ってもらおうかと思案する。なるべく手が荒れなくて、楽しいと思ってもらえるものがいい。

(サラダのドレッシング作り? ……楽しいかな。……僕は楽しいけど。タルトレットの盛り付けとか……楽しい、かな? ……普通はどういうのが楽しいのかな……?)

 昔は料理を作るというレクリエーションがあった。数回だけ。まだ小さかったセトとロキは、魂の抜けたような顔で参加していて、あの顔は今思い出してもちょっと笑えちゃう。彼らは料理作りが嫌いなのではなく、外で走るとか道具で戦うとか、そういう決着するものを望んでいたから。あのころは——よかった。まだ自分のことも、他の兄弟のことも、よく知らなくて。
 劣等感もなくて。どちらかというと自分は、特別な——とびきりの、存在だと思っていたから。

「……アリスさん、せっかくなので、パンを焼いてみませんか?」
「……ぱん?」
「はい。低温発酵させた生地があるので、成形して焼くんですけど……昔、セトくんたちも作ってたことを思い出して」
「……せと?」
「正確にはみんなで作ったんですけど……作ってるときは楽しくないって顔してた子も、できあがりを食べたら嬉しそうな顔になったので……アリスさんも、もしかしたら……」

 ——笑ってもらえるかも。
 そんな、下心をいだいたせいだ。

「お! ウサちゃん見ィ~っけ!」

 食堂のドアが開いた先に、メルウィンの一番苦手な相手がいた。すぐ目の前にネオンピンクのトップス。ジャンクフードとスナックの匂いが強い。ロキは食堂なんて日中ほとんど来ないのに、どうしているのだろう。

「アンタずっと散歩してたの?」
「…………サンポ?」
「あ~ハイハイ、相変わらず分かンないねェ? まァいいよ、オレと遊ぼ」

 彼女の肩に手をおいて、廊下に出ようとするロキに「ま、まって、ロキくん」声をかけると、今気づいたと言わんばかりの目で見下ろされた。セトみたいに鋭いわけではないのに、この見下したような視線……得意じゃない。

「あァ、ヴェスタが連れ回してたワケ?」
「……あの、アリスさんは……今から、料理をするから……」
「だから? 人手なんか要らなくねェ?」
「……でも、パンを……焼く、予定で……」
「そんなのロボにさせときゃい~じゃん。ウサちゃんはオレの相手で忙しいンだからさァ」
「…………でも、」
「そっちはウサギじゃなくても問題ねェじゃん? オレはウサギちゃんじゃなきゃヤなの。……てゆ~か、代わりがあンのに、なんでわざわざ雑用させンの?」

 ——雑用。
 胸に刺さるワードだった。
 なんと言ったらいいのか。言葉がみつからない。

「納得いったァ? じゃ、もらってくなァ~」

 彼女が「ろき……わたし、つくる……めるうぃんと……」小声で訴え、こちらを気にしていたが、ロキによってほぼ強制的に連れていかれた。
 目に痛い蛍光色のフラミンゴみたいな姿が去っていく。はっと思いたって、セトへと急いで連絡を取った。

 コール音がゆっくり6回。期待していたよりもすごく遅い。

《……なんだよ》
「ぁ、セトくん! どうしようっ、アリスさんがロキくんに見つかっちゃって……つ、連れていかれちゃったんだけど……」
《………………》
「あの……聞いてる?」
《……聞いてる》

 ホワイトノイズがうっすらと混じった声。おかしい。ハウス内だったら普通に会話しているのと変わらないくらいクリアなはず。

「……もしかして、外にいるの?」
《ん? ……ああ、まぁ。俺のエリアにいるけど》
「ぇっ……森にいるのっ? なんでそんな遠くに……えっと、それより、アリスさんはどうしたらいい?」
《……ロキだろ? なら別にいいんじゃねぇの?》
「? ……ティアくん、ロキくんも避けたいって言ってたよ……?」
《ウサギはロキが好きなんだよ。ティアは認めてねぇけど》
「……ぇ、」
《ロキなら暴力はねぇし、ほっとけばいいだろ》
「ぇ……でも、……でも、」
《じゃあな。切るぞ》

 何も解決することなく、通信が絶えてしまった。ティアにも連絡してみたが、繋がらない。緊急で連絡するべきかしばらく悩んで、やめて、でも念のためメッセージだけは送った。

 今日は特別な日——なんて、やっぱり違う。
 いつもどおり、僕なんか何も役に立てない日だ。
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