98 / 228
Chap.9 盤上の赤と白
Chap.9 Sec.6
しおりを挟む話すとは言ったものの、どこまで話せばいいのか。
セトは頭を抱えながら展望広間を過ぎ、私室のドアに向かい立つティアの斜め後ろについた。話すと告げたときの素直な笑顔を思うと、まずもって取り消せない。けれど、イシャンのことは話したくない。どうにかしてごまかせないだろうか。思案してみるが、ティアを相手に騙せる気がしない。
「先に言っとくけど、」
ティアがくるりと首を回した。束ねられた白髪が揺れる。
心を読まれたかと思い、「なんだよ?」ぎくりとして応えた。
「アリスちゃんに、あんまり近寄らないでね?」
「……は?」
「その様子じゃ知らないみたいだけど……きみ、昨日アリスちゃん泣かせてるから」
「…………はっ?」
いきなり爆弾を投下された。
思いもよらない指摘に、違うことを考えていた脳が停止する。“どこまで話すか問題”が消し飛んだ。
フリーズしたセトをかえりみず、ティアはドアを強めにノックした。防音効果の高いドアに対してそれは意味がない。頭の回っていないセトが口を出すまでもなく、ティアは「こんなの聞こえないか……」自身で結論づけ、改めてドアに掌をかざした。
スライドしたドアから中に入ったティアは、「ごめんね、いろいろあって、セト君を連れてきちゃ……」失礼な言い分を口にしていたところ、ふと口をつぐんで背後を振り返った。まだ固まっていたセトに向け、ほとんど聞こえない囁き声で、
「(ね、ちょっと……)」
「(……?)」
「(アリスちゃん……眠ってない?)」
部屋の中ほどを指さした。昨夜セトも座っていた二人掛けのソファ。背をもたれ、うつむく顔はよく見えない。ティアと合わせて静かに近寄ると……
「(……眠ってるな)」
「(……どうする? 違うとこで話す?)」
「(いや……お前の部屋、情報開示してねぇだろ? あんま知られたくねぇし、できればここで……)」
セトの私室はイシャンの私室と近い。間にロキの私室を挟んではいるが、同じ階でもひとり離れたところにあるティアの私室のほうが、心理的に話しやすい。
「(え、私室での会話ってほかのひとも聞けるの?)」
「(聞けねぇ。けど、情報開示してると、在室者が誰か分かる。いちおう私室の中はミヅキ[ハウス内のロボを統括・管理しているAI]から独立してるし……いや、クラッキングしようと思えばできるのか?)」
「(…………ね、クラッキングってなに?)」
「(不正アクセス)」
「(それって誰でもできるの?)」
「(できねぇと思うけど……昔からハウスはセキュリティ堅いし俺はできねぇ。けど、やれるやつもいた。……今はロキの管理下だから、さらに堅いんじゃねぇの?)」
「(……ロキ君に対して、僕らプライバシー皆無ってこと?)」
「(ロキはそこまでしねぇし。興味もねぇよ)」
「(……あのさ、セト君)」
「(ん?)」
「(きみ、アリスちゃん見すぎ。近いし、もうちょっと離れて)」
寝息が分からないほど静かに眠る姿に(生きてるよな……?)心配していただけなのだが、ティアによって引き離された。
「(目が覚めて、最初に見るのが君の顔だったら、びっくりするでしょ? ……こっちで話そう)」
もっともらしい口ぶりで、喧嘩を売っているとしか思えない意見をほざいた。文句を返したかったが、騒音になりそうなので黙っておく。案内された窓ぎわのテーブルにはイスが3つ置かれていた。昨日は2つしかなかった。
イスに座ろうとすると、
「だから、君はこっちだって」
わざわざウサギから遠い位置を示された。そろそろ本気でムカつく。数分前の哀しげな顔はどこへいったのか。もういっそ話さなくてもいい気がしてくる。
「……つぅか、泣かせた覚えはねぇけど」
「じゃ、君が帰ったあとじゃない?」
「なんでだよ。俺がいなくなって泣くのはおかしいだろ」
「……たしかにね? ん? まさかセト君に居てほしかった……?」
「……それはねぇよ」
「そう? ……ひとまず、この話は置いておこうか。先に見張りの件を話してよ」
そっちが話を出しておきながら、追究を諦めて放置された。そもそも泣いたというのが本当かどうか。眠っていたと主張したくせに、ウサギの状態を把握しているのも矛盾している。
「なんでアリスちゃんを見張ってるの?」
単刀直入な問いに、淡い青紫の眼を見返す。頭を切り替えた。別のことを考えながら話せる内容ではない。思考をひとつに集中する。
「……ウサギのことが……心配だったんだよ」
一瞬ティアの顔があっけに取られた。その反応を見て、言ったセリフを自分でも考え、
「いやまて——なんか違う」
「……あ、うん、そうだよね。僕も今ちょっと幻聴が……」
具体的な内容を省き、かつ嘘をつかないようにしたら変なことになった。間違ってはいないが、受け取り手がティアの場合は誤解をまねく。
「だから……つまり……周りのやつらが、ウサギに……何か、やらかすんじゃないかって……気になって……」
「……気づいていないかもだけど、主張の内容、とくに変わってないよ?」
「………………」
「……アリスちゃんに、部屋から出るなって。メル君から伝言聞いたけど……もしかして、純粋にアリスちゃんを護りたくて言ってた?」
「……護りたいは……語弊がある。どっちかっつぅと、ハウスでこれ以上トラブルが起こるのを……避けたい」
「……イシャン君みたいなこと言ってるね?」
だしぬけに避けていた名前を口にされ、セトの片眉がピクリと反応した。ティアがそれを逃すはずもなく、
「え? イシャン君と何かあった?」
「いや……べつに、なにも」
「………………」
「………………」
「……そうだよね、僕になんか話せないよね……」
「おいっやめろよそれ!」
セトの思わず大きくなった声に、「しーっ!」ティアが指を立てて注意した。しかし、ふたりの視線の先、ソファでうつむいていた黒い頭がぱっと上がった。ティアの口から「あっ」声がこぼれ、青紫の眼が非難を込めてセトに向けられる。
顔を上げたウサギが、こちらを振り返った。ふたりの姿を捉えて——正確には、セトの存在に驚き——焦燥に駆られたようにして立ち上がった。眠るつもりはなかった、そんな感じの慌てぶりだった。
「うるさくしてごめんね? ……セト君と、ちょっと話があって。アリスちゃんは眠っててもいいよ?」
ティアの声掛けに首を振って、「……なにか、わたしが、すること……あると……します」文法が一部崩壊したセリフを口にした。セトには理解できなかったが、ティアは察したらしく立ち上がって、「それなら、お茶しようか。ここから、ふたりぶん頼んでもらっていい?」ローテーブルに置かれていた端末を手渡した。人さし指と中指。ティアは2本の指を立てただけだが、それで伝わったのだろうか。ウサギは難しい顔で端末を見つめている。
「あいつ、分かんねぇだろ。お前がやってやれよ」
「いいからセト君は黙ってて」
テーブルに戻ってきたティアに助言すると、小声で言い返された。よく分からない。もうひとつ気になったことに触れる。
「つか……ふたり分?」
「僕と、アリスちゃん。……セト君はもう帰っていいよ?」
「……は?」
「また違う機会にしよう。アリスちゃんの前で話せる内容じゃないみたいだから。ディナーまで部屋に閉じこもっておくし、誰も入れないから心配しないで」
ティアは急に真顔になって早口に言い切り、席に着くことなく、セトが出て行くのを待つ体で横に立った。拍子抜けして5秒ほど動けずにいると、「……セト君も、一緒にお茶したいの?(そんなわけないよね?)」なにやら心の声がダブって聞こえる。
とりあえず席を立った。すると、ふっと、端末を見ていたウサギの視線が動き、目が合う。ためらいがちに小さく開かれた唇が、
「……へやに、いく……?」
「部屋? ……いや、お前らがここにいるなら、俺はトレーニングでも行くけど」
躊躇したわりには大したことのない質問だった。否定すると、横でティアが変な顔をしていた。ティアはウサギの方に向き直し、
「だめだよ、アリスちゃん。いちおう君は今、僕のだよ? ……や、ごめん。……今のなし……」
諭すようなセリフをかけたかと思うと、すぐさま取り消した。自己嫌悪したように顔をしかめている。意味がひとつも分からない。眉を寄せていると、無言のティアが横目でこちらを見上げた。
「……なんだよ?」
「僕、アリスちゃんとお茶するの、わりと楽しいんだよね」
「? ……まぁ、だろうな? お前の感じ見てれば、俺でも分かるけど……?」
「うん、だから連れて行かないでほしい」
「……? 連れてくなんて言ってねぇだろ」
「……ひとかけらも分かってない感じ?」
「何が?」
「…………や、なんでもない」
首を振ったティアは、にこりと不自然に笑った。馬鹿にされているような気が。
「なんでもなくねぇだろ。説明しろよ、気になる」
「また今度ね。ほらセト君、トレーニング行っておいで~」
ひらりと指先で別れをアピールするティアは、セトの肩口を押してドアへと誘導した。抵抗する意味もないので——イシャンの話をしなくて済むのなら望むところなので——、意味ありげな言動は気になるが、大人しく出て行くことにする。
ドアが閉まる直前で背後を一瞥すると、黒い眼が困ったようにこちらを見ていた。まるで、すがるみたいな。あるいは、呼んだら素直について来そうな。あまりにも都合のいい解釈に、自分でも呆れてしまいそうだった。
——まさかセト君に居てほしかった……?
脳裏に浮かんだティアの仮説に舌打ちする。ありえない。ありえなさすぎて、それを口にしたティアに対しても苛立つくらい。
昨夜の、記憶に残るウサギの顔は、どう思い直そうとしても、
(居てほしいって顔じゃねぇんだよ……少しも)
うるんだ瞳で困ったように見つめ返すそれは、泣き顔よりはマシだ。それでも——ティアやメルウィンに向ける程度には表情をやわらげないかと——期待じみた感情が湧く。ロキですら普通に話していた。そうなると、自分だけ恐れられる理由が見つからない。
——私が殺しても、支障は無いだろう?
くだらない思考を止めるように、イシャンの言葉が浮かんだ。ウサギの態度はどうでもいいことだ。それよりも深刻な問題に気を張るべきだと、冷静な判断で意識のスイッチを入れる。
ティアは私室を出ず誰も入れないと言っていたから、夕飯まではいいとして。そのまま次の相手に引き渡されてしまえば、イシャンは手が出せない。今夜のウサギの居場所は——
(——ああ、ハオロンか。あいつなら大丈夫だな……)
ひとり納得するセトは、まだ知らない。
あの愛らしい笑顔の下に隠れる、刺激を求めてやまない凶暴な怪物。それから、兄弟への思いやりに反して、それ以外に対する非情さに秘められた——暗い闇を。
30
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
