【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.10 DRINK ME, EAT ME

Chap.10 Sec.8

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「やっぱ納得いかねェな~……」

 皆が食事を進めるなか、ロキのぶつくさとした声は終わりをみせることなく、もれ続けていた。
 窓側のアリアとハオロンに並んで、メルウィン、彼女、ロキが座っている。座ってはいるが、ロキだけ食事の配膳がない。彼はテーブルに突っしたまま文句を吐き出している。ずっと。

「オレも食べたけどさァ……AとBで味の違いなんてなかったじゃん……アンタらぜってェおかしいよ……」

 誰に向けられているのか。明確に決まっているわけではないのだろうが、途切れることのない悪態にハオロンが吐息した。

「違い、あったよ? メルウィンのは表面がパリっとしてて、中はふわふわやったわ」
「味じゃなくて、食感が違うってこと?」

 顔を上げずにロキが右側を向く。頬はテーブルに張り付いたまま。ハオロンが考えていると、アリアが「小麦の風味といいますか……甘さがありましたね」代わりに感想を述べた。

「だからそれが分かんねェって……」

 ロキの不満がテーブルに落ちていく。
 まったく気にしたようすのないセトは、新たなパンをロボットからもらおうとしていた。それに気づいたメルウィンが、「ぁ……セトくん、」抑えぎみの声量で呼びかけた。

「ん?」
「パンのおかわりなんだけど……じつは、もうなくて……」
「……まじか」
「(そんな絶望的な顔しなくても……)あの、でも……代わりに、いちおう……あるんだけど……」
「? ……あるのかねぇのか、どっちだよ?」
「えっと……」

 逡巡しゅんじゅんするように目線を落としてから、わずかにロキの方を気にしつつ、メルウィンはセトを見返した。

「僕は……せっかく作った料理は、できたら食べてほしくて」
「? ……おう。俺も食いてぇし、俺らの要望、一致してんじゃねぇの?」
「うん……セトくんなら、そう言ってくれる気がしてた……ありがとう。じゃあ、どうぞ」

 メルウィンの指示で運ばれてきたワゴンから、ロボットが保温されたパンをカットし、セトのプレートへと載せた。横にいたティアは、意味ありげな会話の行方ゆくえに興味をいだいて、「なに? 毒でも入ってるの?」プレート上のパンをしげしげと眺める。セトが「んなわけねぇだろ」即座に否定したが、メルウィンの前置きが気になるのか、ためらうようにメルウィンを見た。

「ふつうのパンだよな?」
「……ぇえっと……区別するなら……パンC、かな?」
「……は?」

 セトの疑問の声に重ねて、がばっと勢いよく顔を上げたロキが、

「——ちょっ、ストップ!」

 あわてて制止をかけた声は、なかなかの大きさで、半数以上が驚きながら彼へと目を向ける。何事かとびっくりしているセトを無視して、ロキはメルウィンに向け、

「オレ捨てろって言ったよなァ? 何やってンだよ!」
「……僕は、せっかく作られた料理は、どんなものでも捨てたくないから……。アリスさんと話し合って、おかわりしたいひとが——セトくんが、食べたがったら、出そうって……」
「はァ? 捨てたくなきゃ家畜のエサにでもしたらい~じゃん。ってか、それオレの許可いるくねェ? なんで勝手に決めてンの?」
「…………食べものは、僕の、管理下……です」
「誰の管理下って? 菜園ドームなんてロボ管理じゃん。アンタの出番なんて無いのに何言ってンの? ……あのさァ、ずっと言ってやりたかったけど、料理はアンタが勝手にやってることで、仕事じゃねェ——」

 ——おそらく、ハオロンが隣にいたなら、ロキは突き飛ばされていた。セトが隣でも似たような結果だったかも知れない。ティアとアリアなら止めないが、ロキの辛辣しんらつな言葉のあとにフォローをしていた可能性がある。サクラとイシャンはどうだっただろうか。ただ、そのふたりはロキと隣になったことが、今までに一度もない。

 そして、今夜隣にいたのは——彼女だった。
 ロキがメルウィンに向けた言葉は、もれなく彼女の横顔にそそがれていて。
 言葉のすべては分からなくとも、その厳しさだけは——伝わっていた。

 兄弟の誰かがロキに注意をする間もなく、まるで反射的に動いてしまったかのように、彼女の左手がロキの体を押さえていた。ロキにとって痛くはないけれど、優しくもない。しっかりとした強さで、自分よりも背の高いロキの身体を、とどめるように制していた。

「——なに? なんか文句あンの?」

 反発しようとしたロキを見上げる目は、おびえてはいない。どちらかといえば、困ったような目で、思いついたように、

「……やくそく」
「あン?」
「わたし……ジッケン? ……できた」
「……それが、なに」
「おねがい……できる……やくそく、した」
「…………だから?」
「せとが、ぱん、たべる。……いい?」
「………………」

 目の前に座るティアは、はらはらとして見守っている。彼女の表情がはっきり見て取れるのは位置的に彼だけだった。気が気でないティアとは反対に、彼女のほうは落ち着いている。ロキを怖いと思っている感じはなく、伝えるための言葉探しに苦心しているようだった。そして、その考えていた彼女の表情は、見ているロキの苛立ちが冷めるほど、真剣なもので。

「……お願いは、ひとつだけど。そんなンでい~ワケ?」
「はい」
「……あっそォ」

 ロキは気ががれたようにして、そっぽを向いた。長いリフェクトリーテーブルの上に、不思議な沈黙がただよう。保温されていたパンの湯気みたいに。

「……これ、食えるん……だよな?」

 誰へともなしに、セトの質問が投げられる。メルウィンが答えるのを躊躇していると、隣の彼女が自分に訊かれたとでも思ったのか、口を開いた。

「それは、ろきが、つくった。……ろきの、りょうり」
「はっ?」

 セトの声は「へっ?」に近い衝撃を含んでいて、他の一部の兄弟が発した声も綺麗にシンクロしていた。発生源は、表情からするとハオロンとティア。
 周囲のリアクションに首をかしげる彼女は、知らない。ロキが料理をするなんてことは、天地がひっくり返るくらいありえない——それが彼らの認識だった。

「うそ! うそやろっ? ロキが作るなんて天変地異の前兆やが! こわい! 死にたくないのにっ!」

 驚愕きょうがくの声をあげるハオロンに、「うっせェ~……」そっぽを向いたままのロキが、わずらわしそうに耳をふさいだ。

「セト! 食べたらあかんって! うち、セトには長生きしてほしいんやって!」
「……ハオロンさん、落ち着きましょう……?」

 パンを手に取って見つめるセトを、ハオロンが必死に止めようとして……乗り出したその身を、更にアリアが止めていた。
 メルウィンが、ようやく声を出し、

「僕とアリスさんは、食べたよ。いろいろあって、調理室を見張っ……えっと、見ていたロキくんが、時間つぶしに……作ったものなんだけど……Cとして出す予定が……なしに……」

 ティアがぼそりと「見張ってたって言いかけたよね?」セトにだけ届く声で呟いた。状況が読めていないセトは、横を向くロキを一瞥してから、彼女を見る。じいいっと見つめる黒い双眸そうぼうに、食べるのを待ち構えられている気がする。メルウィンも、同じようにセトを見ている。
 覚悟を決めて、パンに向き合った。

 …………ぱくっ。
 ちぎることなく、かぶりついたセトの大きな一口によって、それが口腔にさらわれていった。

「あ~っ!」

 ハオロンの沈痛な叫びが響くなか、もぐもぐと咀嚼そしゃくしたセトは、ごくんと呑み込み、

「? ……ふつうに美味いけど……?」

 意外にも好感触なコメント。
 横からティアが「え? ほんと?」疑わしげに尋ね、セトは改めて吟味ぎんみする。

「まぁ……メルウィンのに比べたら、硬いとは思うけど。俺が昔食ってた手作りよりも……美味い気ぃする」
「僕にも、すこし」

 ティアがロボットに頼み、一欠片ひとかけらぶんをちぎって口に入れた。

「……ほんとだ、美味しいね。……焼きたてマジック?」
「えっ! うちも食べたいんやけど!」

 ロボットを呼ぶハオロンに、アリアも「それでは、私もひとつ」続いた。
 サクラとイシャンも珍しくおかわりを希望し、全員がロキの手作りパンを食することになった。

「美味しい!」目を丸くするハオロン。
「美味しいですね」微笑むアリア。
「……美味しい」淡々としたイシャン。

 美味しいよ、と。サクラが感想に続けて「ロキは昔から器用だからね」微笑した。その言葉に、兄弟たちはに落ちたようだった。ハオロンがホッとして笑う。

「普通に食べられるパンやったの。……もぉ、ロキとメルウィンが大げさに言うからぁ」
「……ぇ……僕も悪かったのかな……? ごめんね?」
「メルウィンは悪くないわ……ロキが元凶やの」

 ハオロンは「なんで捨てよぉとしたか分からんし……何が気にわんかったんやぁ?」ロキへと声だけ投げた。
 いつのまにか食事を始めていたロキは手も口も止めることなく、その質問を捨て置く。ロキの正面に近いティアは(自分の手作りが誰にも選ばれないの、嫌だったんだろうな~?)くすりと笑みをこぼして、それに目ざとく反応したロキに睨まれたが、目を合わすことなく受け流した。

 不愉快な気持ちから、ロキは隣の彼女に、彼女だけが分かる言語で、

『おねがいの、むだづかい。あなたはおれに、たのむべきことが、あったのに』
『……?』
『ほんやくき、いらないの?』
『ほんやくき? ……って、なに?』
『おれらのげんごを、あなたのげんごにほんやくする、デバイス』
『……翻訳機……そんなのが、あるの?』
『ないよ。だから、つくってあげようかって』
『作れるの? 作ってくれるの?』
『つくらない。おねがいはおわったから』
『………………』

 腹いせに近い。ロキは、彼女が後悔すればいいと思ってそれを告げた。しかし、彼女は期待したほど落ちこまず、もしかすると作れるなんて信じていないのかと思うくらい反応が薄かった。ぱちぱちと、面喰らったようにまばたきをしただけ。

『……あなたは、ことばをしらないせいで、そんしてる。それなのに、のんきだね』
『簡単な言葉なら、分かるようになってきたよ……?』
『わかってない』

 ここから先は、腹いせに悪意がにじんだ。

『あなたが、サクラのいいなりになっている、りゆうは?』
『………………』
『こたえられない?』
『……私は、助けてもらったから……』
『たすけてもらったら、なんでもするの?いわれるままに、だれとでもねるの?』
『……ほかに、私にできることが……ないよ』
『そうまでして、ここにいたい?』
『………………』
『いたくないのに、なぜいるの?』
『……行き場所が、無いから』
『まえのばしょは、おいだされたんだった?あなた、なにしたの?』
『? ……追い出されたって、なんの話?』
『あなたは、まえのコミュニティから、おいだされたんだろ?』
『……ロキ、私は何も』

 ——おぼえてない。記憶がないの。
 真実が音になるのを、静やかな声が遮った。

「——ロキ」

 呼ばれた名の青年とは、真逆の声質。
 耳に甘く響くそれは、楽器と奏者の、共に優れたペアだけが生むことのできる、なめらかで心地のよい音色。
 席を立ったサクラの呼び声は、神経にさわることなく、脳裏でやわらかにひるがえる。

「そろそろ、を貰おうか。食事は終わっているね?」

 ——きっと、人を丸め込む悪魔もまた、こんな声をしているのだろう。
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