【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.10 DRINK ME, EAT ME

Chap.10 Sec.10

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 ブレス端末が来訪を告げた瞬時に、ティアはいやな予感がしていた。こういう虫のしらせは超能力どうこうではなく、もちろん経験則である。というか統計学だろうか。学のない頭では判断つかない。——なので、それについては考えることなく、一旦しらせも無視してみることにした。眠ってますよ、みたいな。都合のよいことに、(自分で設定したのだが)ティアが眠っているかどうかは情報公開されていないので、サクラ以外は知るよしもない。ロキはやろうと思えば分かるらしいが、この来訪者は(予測どおりの人物であれば)自分はできないと断言してくれていたので大丈夫。

 ころんとベッドに横たわって目をつむる。しかし、しつこく鳴り続ける訪問のしらせを無視しきれず、通知を消そうかどうしようか考える。明日のことを(ぜったいに文句言ってくるよね……)思うと、たしょう面倒でも出ておくべきだろうかと……いやいやながら立ち上がった。

 私室のドアを開ける。予測どおりの金髪の青年は、怒っているかと思いきや、意外にも普通の表情で、

「——呑むぞ!」

 すがすがしく宣言した。
 軽い眩暈を覚えて閉口したが、退く気配がないので口を開き、

「……ここまでくると、デジャヴュ? とかもう思わなくて、シンプルにしつこいなって思う。……最近こんなのばっかりじゃない? 僕とセト君って仲良しだったの? 僕は適度な距離をたもって交流してたつもりなんだけど」
「そんなこと言うなよ。ワイン持ってきてやったから」
「……僕のこと、ワインで釣れる簡単な人間だと思ってるでしょ。あのね? 僕だってそんな毎回ちょろくないんだよ?」
「お前が好きそうなの選んでやったぞ。シャンボール・ミュジニー1級の……レ・ザムルーズ、とかいうやつ。知ってるか? なんかで貰った」
「——うん、どうぞ入って」
「おお……ちょろいじゃねぇか」
「それ、僕が初めて飲んだワインなんだよね、ワイン好きになったきっかけの。……さて、ヴィンテージはどうかな~?」

 セトではなく、彼の横にあったワゴンを室内に招き入れた。セトは文句なく追随し、ティアに案内されることなく勝手にソファへと腰を下ろした。2日前も着席していたポジション。決して口に出せないが、ソファの花柄シートが彼の雰囲気とちぐはぐで違和感が強い。本人は何も思っていないようだが、こちらが笑ったら二度と座らないと思う。

 例のごとくロボットは呼んでいないので、開いたワゴンから、開栓された(すでに空いているのがちょっと納得いかない。すこしは断られると思ってほしい)ワインボトルを手に取って、並んでいたワイングラスをルビー色に染めていく。もちろん、ふたりぶん。これは彼の物なので。
 ふたつのソファに挟まれたローテーブルへとグラスを置き、ワゴンに載っていたおつまみのプレートも移した。スライスされた生ハムとチーズ。こんもりと盛られている。セトは大量に食べながら呑むから酔いにくいのかも……? そんなことを思いつつ、彼の向かいのソファに座った。なんとなく正面は嫌なので、斜めに位置する所へ。

「——それで? 今夜は、なに?」
「……べつに用はねぇけど」
「いやいや、そんな前置き要らないからね。……というかなんで僕? また断られたの?」
「お前しか誘ってねぇよ」
「それは光栄だね」
「だろ?」
「(……皮肉なんだけどなぁ)」

 吐息して、ワインをひとくち。赤い果実と花のアロマ。エレガントな風味にうっとりしてしまいそう。目前の人物が、もうすこし味わって幸せそうに飲んでくれる相手ならよかったのに。しかし彼がいなければ飲めなかったわけで。ささやかなジレンマ。
 セトも同じようにワインを飲んだが、ティアと違い余韻にひたることなくフォークで生ハムを次々と口に運んでいる。水のように飲んでいないだけ良いのか。どうやら今日の飲酒ペースは安全らしい。気になる点としては、セトの意識が常にブレス端末にあることくらい。
 本題に入るようすがないので、繋ぎの話題を提供することにした。

「ね、今日のアリスちゃんの服って、ロン君の趣味かな?」
「……は?」

 何言ってんだ?みたいな顔がこちらを向いた。

「黄色のセーター、着てたでしょ?」
「そうだったか……?」
「えっ、あんな目立つ色なのに覚えてないの? 髪もきれいに整えられてたよね?」
「髪は……元に戻ってんな、とは思ったけど」
「そこ? ……え、そこ?」
「見た目なんていちいち気にしてねぇよ」
「え~……」

 いや、今のはこちらが悪かった。セトにこんな話題を振って盛り上がるはずもない。正直にいえば、セトのこういう外見を目に入れていない無頓着なところは、嫌いではない。生まれつき色素が薄いティアは、もの珍しさからなのか初対面では必ず外見をまじまじと見られるタイプである。けれども、セトはずっとティアの目を見ていた。警戒していたのもあるだろうが、ロキみたく上から下までめるように観察されるよりもはるかに好感がもてた。

 ワインを口に含んで過去へと追想に走っていると、セトが自身のブレス端末にまた視線を流した。わざわざ指摘するのもなんなので、放っておくつもりだが……そう執拗しつように意識している姿は気になるし、理由を推し量りたくなる。これはティアの性分。

「……それで?」
「ん?」
「なにか、僕と話したいことがあるんじゃないの?」
「…………べつに」
「そっちが話さないと、僕が余計なこと訊いちゃうよ?」
「?」
「君が、アリスちゃんを見張ってた理由とかさ」

 セトの眉にぐっと力が入った。苦いものでも食べたみたいに、眉間にあからさまな線を刻んで黙りこむ。
 無言のなかティアがワインを飲んでいると、

「……話したい、ってほどじゃねぇんだけど、」
「うん、話したいほどじゃない話をぜひ聞かせて」
「サクラさんの……ことで」
「(そっちか……)サクラさんが、どうかした?」
「今夜って……ウサギの順番、サクラさんだろ? ……サクラさん……ウサギと寝ると思うか?」
「……僕から情報を引き出そうとしてる?」
「情報? ……いや、ふつうにどう思う? って話だ」
「え~? ……僕は知らないよ。そういうさ、ひとのプライベートは、そっとしておこうよ」
「……実は、昔の話なんだけどよ」
「うん、僕の話は聞いてないね?」

 セトの目線がテーブルに落ちる。斜め横を見つめて、まるでそこに物語が見えているみたいに話し始めた。

「俺とロキと……たまにハオロンで。ハウスから抜け出して夜遊び、つぅか……いや、夜遊びでいいのか? まぁ……そんな感じで、ハウス以外のやつらが……たむろしてる場所に、よく行ってたんだよ」
「あぁ、うん。その話、ふわっと知ってる」
「当時はサクラさんに、目的はライブで音楽活動って話してたけど……俺はストレス発散みてぇなとこがあったし、ロキは女遊び……いや、俺もひとのこと言えねぇか……」
「うん、そのあたりも聞いたね。ふたりとも遊び人だって」
「は? なんでお前知ってんだよ。誰だよ喋ったやつ」
「さて、誰だろうね?」
「……ハオロンだな」
「犯人捜しはいいから、続きをどうぞ」

 こちらに目線を移したセトに、指先を振って先を促すポーズを返した。セトはひん曲がっていた唇を割った。

「サクラさんも、俺らのライブに興味あるっつって、一緒に抜け出したことがあるんだよ。……ライブは、普通に聴いてくれて、何も問題なかったんだけど……」

 セトの目線が、ふよふよと泳ぎだした。

「ほかのバンドメンバーと——そいつらはハウスのやつらじゃなくて……俺が次の予定を話してるあいだに……サクラさん、消えちまって。ガキじゃねぇし、ドリンクでも取りに行ったのか? くらいの気持ちで待ってたら……」

 声量もどんどん下がっていく。(これなんの話?)予測がつかず、ワインのほうに意識を向けて香りをたのしんでいると、セトの神妙な目がティアを見すえ、

「女をひとり……泣かしてたんだよ」

 なにやらとても重大な事のように述べられた。

「へぇ……そうなんだ」
「おい! なんだその反応! しっかり聞けよ!」
「えぇぇ? ……そう言われても……今この話の流れで、僕に何を求められてるのか分からないんだけど……アリスちゃん、泣かしてないかなぁ——ってこと?」
「ちげぇよ! お前が思ってるよりも大事おおごとだったんだぞ! サクラさんだけ戻って来て、そのあとが修羅場ってやつだったんだからな!」
「うん……つまりその修羅場の始まりを話してくれないと。なんでサクラさんが誰かを泣かすことになったの? 今ある情報だけだと、これっぽっちも見当つかないよ?」
「………………」
「……なに? サクラさん、何したの?」
「簡潔に言うと、言い寄ってきた女を振った」
「へぇ……そうなんだ」
「だから聞けよ! ちゃんと!」
「えっ僕に非がある感じ?」

 要領の得ない思い出話をさかなに呑んでいたところ、グラスが空いたので自分でぎ足した。セトも空のグラスを突き出してきたので、仕方なしに入れておく。彼は話のあいま、記憶を舞い起こす呼び水のように呑んでいる。

「だからな、どっかに消えてたサクラさんが戻って来たら……しばらくして、泣いてるやつとその仲間みたいのがやって来て」
「(まだ続くんだ……)」
「サクラさんが泣かせたんだ、どうしてくれるんだよ、って。よく分かんねぇこと言い出して……面倒になったから、とりあえず帰ったんだよ。俺ら、トラブル起こすと煩わしいことになるし……」
「……そうだね、ヴァシリエフハウスの子供が夜遊びなんて、世間的に最悪だね」
「…………俺らだって、普通の人間だぞ」
「普通の人間だろうと、次々といろんなコに手を出してたらたたかれると思うけど?」
「なんでだよ。同意があればいいだろ」
「だめじゃない? 普通は」
「だからなんでだよ」
「僕に“普通”の答えを求められても困るけど……倫理的に? って言えばいい?」
「………………」

 不服だとでも言いたいのか舌打ちされた。フォークが邪魔になってきたらしいセトは、ついに手で生ハムをつまみだした。ぱくぱくと口に突っ込んで消費し、思い出したように話の続きを始めた。

「——で、帰りの車ん中で気になってサクラさんに訊いたんだよ。サクラさん、あいつに何かしたのか? 泣かすようなひどいことでも言ったのか? って」
「(あれ? まだ続くの……?)」
「サクラさんの話では、その女に呼ばれて移動したら、いきなりサクラさんの身体を舐めてきた、と。そんで——私の身体を舐めて気持ちいいかと訊くから、気持ち悪いと答えたら泣いた——って」
「うわぁ……」
「なっ、衝撃だろ? そんとき俺、さすがサクラさん! ってよく分かんねぇけど感動したんだよな……」
「……うん、セト君の感動のポイントがおかしい」
「感動は言いすぎたかも知んねぇ……けど衝撃的だろ? 俺やロキなら間違いなく誘惑に負けてるっつぅか……ラッキーっつぅか」
「ね、セト君もう喋らないほうがいいんじゃない? 君、人としてどうかと思う」
「うるせぇな……今の話じゃねぇだろ。あの頃は俺も——ガキだったから。思春期みてぇなもんだろ」
「“子供だった”を免罪符に使うのはどうかな? ……いちおう訂正しておくと、僕は何も感動してないし、どちらかと言えば相手の子に同情するよ? その子はさ、サクラさんのこと、“いいな”と思ったわけでしょ? 誘われてついて来ておきながら、そういう反応されるのは……可哀想な気もするし。……ま、君がそのとき、もうすでにサクラさんの信者だったっていうのは分かった」
「あっそ。……まぁ、でもそうなんだよ。お前サイドのやつがほとんどで、とくに……女から、サクラさんに対する批判がすげぇあって。サクラさん連れて来た俺たちにも飛び火して、アンチがひどすぎるから……俺らもあの場所はそのあと数回で行かなくなった」
「へぇ……相手の子、周りに言いふらすところがしたたかだね。サクラさん視点とはまた違った状況説明かもしれないし、自己防衛としては悪くない選択だと……僕は思うな」
「そうかよ」

 セトが、手にしていたグラスの中身をあおった。(ほんと、水みたいに軽く飲むなぁ……)気持ちよく動く喉を眺めていた。セトにとってのワインと、ティアにとってのワインは、まったく違うものなのだろう。互いにとってのサクラが、そうであるように。

 彼らの過去について興味の薄いティアを、彩度の下がった金の眼が、キリリとして見返した。

「まあ、何が言いたいかっつぅと——サクラさんがウサギと寝るの、想像つかねぇなって話だ」

 本題にたどり着くために、ずいぶんと回り道をしたものだ。
 コメントを求められているようなので、ティアは肩をすくめて応える。

「僕は他人のを想像するなんてやだけど。……ま、たしかにそうかもね? サクラさんは、そういうの無縁な感じ」
「だろ?」
「……つまりセト君は、僕と話して、サクラさんがアリスちゃんには手を出さないって確信をもちたいんだ?」
「は? そういうわけじゃ……いや、……そういうことにも、なる……か?」
「それってどっちがメイン?」
「ん?」
「サクラさんが聖人であってほしいのか、それともアリスちゃんがサクラさんに抱かれるのが嫌なのか、どっち?」
「……なんだその質問」
「サクラさんとアリスちゃん、どっちが中心なのかなって思って」
「……やめろよ。ロキみてぇなこと言うな」
「ロキ君? ……あぁ、最初にそんなこと言ってたね。それなら答えはあのときと一緒?」
「………………」
「なるほど」
「はっ? まだなんも言ってねぇぞ!」
「すぐに答えられなくなったのが、ひとつの答えじゃない?」

 さながら賢者の謎かけみたいに、意味深長な空気だけ出して、グラスに口をつけた。グラス越しに様子を見ると、セトは反論しようとしたのか口を開き——

 ハッと、自身のブレス端末の振動を察したのか、いきなり立ち上がった。

「わりぃ。用事思い出した。じゃあな、おやすみ」

 ものすごく適当かつさっぱりとした別れの言葉を投げつけて、ティアの反応もかえりみず……部屋から飛び出して行った。

 ……ちょっと、信じられない。予測ついてはいたけれど、それでも、もうすこし……いや、もう何も言うまい。

「……残りのワイン、貰うからね?」

 不在のソファへと無意味に告げて、(ま、いっか。ワインまだ残ってるし、浪費された時間に対する報酬としては……悪くないよね)自分に言い聞かせ、グラスを傾ける。

 花ひらく豊かなアロマと、どこまでも優美な味わいに酔いしれる。ゆるんだ思考回路のおかげで——の未来について、考えずにいられそうだった。
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