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Chap.13 失名の森へ
Chap.13 Sec.9
しおりを挟む「あれ? ひょっとしてアリスちゃん、眠ってる?」
最初に気づいたのはティアだった。ロキの長身を避けるように頭を傾けると、プラチナブロンドの長髪がさらりと流れた。ふり返ったロキが「待ちくたびれたンじゃねェ? 可哀想だし、オレの部屋連れ帰ってい~い?」尋ねたが、メルウィンによって「……それは、だめ。ロキくんは、だめ」ひかえめな声量ながらもしっかりと否定された。
「なんで? オレが一番優しいのに」
「やさしい……?」
メルウィンが単語を咀嚼していると、ソファの方へと近寄ったティアが、小声で、
「——セト君?」
「……なんだよ」
「起きてたんだ? 目をつぶってるから、君まで眠ってるのかと思ったよ。……ところで、アリスちゃん、なんで君の膝で眠ってるの?」
「横から落ちてきた」
「それで起きないって……そうとう眠かったんだね」
「……そう思うなら、無駄口たたいてんじゃねぇよ。早く決めろ」
囁き声で交わされる言葉に、背後からロキとメルウィンが加わる。
「寝づらそうじゃん、オレが連れ帰ってやるべきだよなァ?」
「それは、ロキくんじゃなくても……」
「アンタじゃ運べねェだろ?」
「ロボを呼ぶから、だいじょうぶ」
近づいたせいか、それぞれ音量に気を遣っているようすは見られる。ゲームをやめたらしいハオロンもまた寄って来て、「ありす、眠ってるんかぁ?」ぴょこっとロキの傍らに顔を出した。セトの膝上を確認してから、
「もぉ、あんたらが決めるの遅いでやわ……」
「いや、昨日アンタのゲームに付き合わされたからじゃね?」
「ん? うちのせいって言いたいんやろか……?」
ティアは胸中だけで(どう考えてもロン君のせいだけどね)突っこみつつ、瞳を上に向けて少しだけ黙考。白い睫毛をパチリと瞬かせ、
「もうさ、ジャンケンで決めちゃう?」
ざっくりとした提案に、ほぼ全員が(それでいいか)と、うっかり妥協しかけたが、セトだけがハッとし、
「——いやまて。サクラさんの“カードで決めろ”って命令は? これ、反したことにならねぇか?」
セトを見下ろしていた4人が顔を見合わせた。
「ぁ……だめ、かな……?」
「うちはいいと思うけどぉ?」
「い~んじゃねェ? 揉めるなら、って仮定条件あったし。今は揉めてねェじゃん」
「うん、僕もいいと思うな」
眉を寄せたセトが、「なら、いいんだけどよ……」いまひとつ納得しないようすで応えた。ティアはセトを見つめ、
「なにか、気掛かりなことでもある?」
「サクラさんの気に障ることは、なるべく避けてぇんだよな……」
「……心配しなくても、もうアリスちゃんを追い出したりはしないでしょ? ハウスの情報を守るって意味でも、解放しないんじゃない?」
「それは……そうだろうけど。……最近のサクラさんは、何考えてるか分かんねぇから……トラブルになったら、“いっそ閉じ籠めておけ”くらいは、言うんじゃねぇか……?」
「………………」
ティアが黙り込むと、隣にいたロキが薄く嗤って「ワンちゃんは主人のご機嫌取りで大変だねェ~?」嫌味を吐いた。すかさずハオロンによってコツンっと軽く肘で小突かれ、「なに?」横を見下ろしたが、ハオロンは目を返さずに、
「サクラさんはぁ、なんで急に他人を入れたんやろか……?」
兄弟の誰しもが思っていた問いを、口にした。その言いぶりからして、ハオロンはサクラの意図について全く考えが及んでいない。ティアは左手にいたメルウィンの顔を見たが、彼も同じように想像すらしていないようで、「どうしてかな……?」不思議そうに同調していた。セトは「知らねぇ。同情したんじゃねぇの……って、この話前もしたよな?」ため息をついた。
ふと、ティアは思うところがあって、ロキを横目で見上げ、
「ロキ君は、どう思う?」
「——どうって、なに?」
「サクラさんが、アリスちゃんを入れた理由……なんだと思う?」
「そォゆうのはアンタの専売特許じゃねェ~?」
「そんなことないよ? サクラさんの思考は、僕よりも君のほうがトレースしやすいんじゃない? ほら、ロキ君って頭いいから」
とってつけたような世辞についてロキは否定せず、かといって舞いあがる感じもなく、
「——褒美だろ、忠犬のための」
淡々とした声音で、答えを出した。
当初のティアの意見と大きくは違わない。暇をもてあました彼らのための娯楽だろう——と。それよりは皮肉じみている、うえに……(なるほど。対象がセト君に絞られてるぶん、僕よりもサクラさんを読み取れてるね)本質に寄っているロキの回答に、彼のエンパシー能力をあなどっていた自己を省みた。共感はなくとも、推測は可能なのか。心の機微は苦手だが、合理的な思考ならば読み取れる。認識を改めた。
ロキの悪意に、セトの目許が険しくなったのを察し、ティアは「じゃ、ロキ君はアリスちゃんと関わっちゃダメだね?」軽い雰囲気で呟いた。
「はァ? なんで」
「ロキ君はサクラさんに忠実じゃないから?」
「あのさァ~、オレは日頃からハウスに貢献してンじゃん。システム維持してンのオレなんだけど?」
「うん、そうだよね。ロキ君は頭いいからね、ありがとう」
「………………」
ともすれば挑発と取って怒りがちなニュアンスであったのに、ロキは無言でそっぽを向いた。ティアが(……ん?)想定外なリアクションについて考えるよりも、ハオロンの「で、どぉするんやぁ?」問い掛けのほうが注意をひいた。
「……ま、ジャンケンでいいんじゃない? ジャンケンなら平等でしょ? 誰も異存ないよね?」
ティアは左右に並ぶ面々を見たが、反対意見は出ない。それぞれ「まァね」「うん」「カードしたかったけどぉ、仕方ないわ」納得したようだったので、思考する隙を与えないために、ティアは先だって右手を出した。
「誰が勝っても恨みっこなしね?」
Rock,Paper,Scissors,shoot!
ティアが知る比較的メジャーな掛け声とともに、全員の手を前へと呼び出す。
ジャンケンなら平等。
机上の数学ならば、確率は暗黙としてそうかも知れない。
ただ、ティアのレトリックは——魔術。心理を含んだ、この勝負の結末は……?
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