【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.14 純白は手折りましょう

Chap.14 Sec.11

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——アリスさんと一緒に、セトくんが好きそうなブラウニーを作ったんだ。よかったら、どうかな?

 セトの端末にメルウィンからメッセージが入ったのは15時頃。セトは私室にいた。食堂に行くことも可能だったが、並んだ名前に抵抗を覚えて私室に送ってくれと返信した。……しかし、私室への(ロボではない)訪問のしらせが届いて開いた先には、

「……こんにちは」

 ふたつの丸い黒。緊張した面持おももちで見上げてくる苦手な顔が。「……なんだよ」耳に届く自分の声の調子が気になった。動揺が出ている気がした。

「ぶらうにー……もって、きました」
「(食堂を避けた意味ねぇ……)ロボを使えよ。往復が無駄だろ」
「………………」

 ウサギの目線が下に落ちる。反射的に「いや、……悪かったな」取ってつけたようなフォローを口にすると、目線が戻ってきた。瞳はうかがうようにセトを見つめている。

「……なにか、おしごとは、ありますか?」
「いや、ねぇな」
「……なにも?」
「そんな催促しなくても、見つけたらこっちから言う」
「………………」

 視線が重なっていると気まずい。目をそらすように横にあったワゴンを示した。

「……メルウィンと作ったって?」
「はい」
「ふぅん……」
「………………」

 適当に振った話なんて続くわけない。会話終了かと思い、ワゴンだけ呼び込もうとしたが、

「せとが、」
「?」
「……せとが、ちょこれーと、すきなので……つくりました。できたら……かんそうもききたい、です。いっしょに、たべても、いいですか?」

 意を決したように開かれた唇が、懸命なようすで定型文めいたセリフをたどたどしく言いきった。丁寧な言い回しで、頭の中で何度も唱えていたかのような。言い終えた瞬間に(よし、言えた!)みたいな謎の達成感が見えた。ただ、「……は?」怪訝けげんそうなセトの声に対して、その達成感はすぐさま引っ込んだ。

「——だめなら、だいじょうぶです。わたしは、もどります」

 何故か深く一礼して、身をひるがえす。いさぎよいほどに素早い動き。そんなに機敏きびんに動けたのか。と、放心しかけて——(いや待て)その腕を掴んでいた。
 とっさに出た手は力が入ってしまったが、慌てたように緩めた。痛みを訴えるようすはなかった。見上げる目におびえはなく、きょとりとしている。

「……?」
「いま、なんつった?」
「わたしは、もどります」
「いや、その前……」
「……だめなら、だいじょうぶ……?」
「……もうひとつ、前」
「いっしょに、たべてもいいですか?」
「………………」

 当たり前みたいな顔でさらりと答えるが、その意味を正しく捉えているのだろうか。セトの経験則によれば非常に疑わしい。自然と眉を寄せて険しい顔になる。それを下から見ていた彼女の肩が縮こまっていく。

「……だめなら、だいじょうぶ、です」
「駄目なんて言ってねぇだろ」
「……?」
「一緒に食うのはいいけど……いや、いいの、か? ……俺の部屋で? まあ、テーブルとイス出せばいけるか……じゃねぇ……お前、俺と食うよりメルウィンとかティアとか……ロキとか。ほかにいるだろ? 仕事ないからって無理して俺に付き合う必要ねぇし……好きにしろよ?」

 当たりが強くならないように。気をつけて話したせいか遠回しすぎて、結局のところ了承しているのかどうか判りづらい。
 翻訳機からの音声を、神妙な顔で聴いていた彼女もまたクエスチョンマークを浮かべている。セトも混乱している。

——いっしょに、たべてもいいですか?

 一緒に。そんな言葉がくるとは思っていなかったから。

「………………」
「………………」

 いったん互いに沈黙する。招き入れる気配のないセトに、(やはり断られたのだ)と判断したらしい彼女が「わかりました」身を引こうと、したけれども、セトの手が離れず身動きがとれない。
 そこはかとなく収まりが悪い空気。次に出すべき言葉を、セトは見つけられていない。

 口を開いたのは、彼女だった。

「……わたしは、いっしょにたべても……いい?」
「……ああ」

 意外そうに、ぱちりと目を瞬いてから、「ありがとう」都合よく使い古されたお決まりのセリフ。感謝なんて大してないくせに。胸あたりを撫でるざらりとした厭な感覚を無視して、彼女を部屋へと招き入れた。
 セトの口頭による命令を聞き取り、壁からシルバーのテーブルとイスが現れる。薄く流線的なイスは、ふたつ。シンプルなデザインのそれに腰掛けると、セトは立っていた彼女を呼んだ。

「珈琲か紅茶、要るか?」
「こーひーは、もってきた」
「ああ、さんきゅ」

 上部が開かれたワゴンには、珈琲の入ったマグカップと、四角いガトーショコラみたいな——ブラウニーの載ったプレートがあった。ツーセット。プレートに載ったブラウニー(片方は一切れ、もう一方は分厚いのが三切れ)には生クリームと茶色いソースが掛かっていて、メルウィンだろうと思った。誘いを断っていたら、このセットをひとりで食べることになっていたわけで……それはバツが悪すぎる。
 セットを取ってテーブルに置く。向かい合うイスに腰掛けたウサギに目を向けて、今日も髪がないな(纏めているな)と認識して、ふと——首が隠れていることに気づいた。ハイネックのニット。誰かに指摘されたのか、自分で察したのか、ただの偶然なのか……

「いただきます」

 手を合わせる彼女の姿に、釣られたようにして合掌する。カフェタイムに〈いただきます〉を言うのは珍しい。かも知れない。

 誘いを受けたはいいが、何を話せばいいのか。考えながらブラウニーをフォークで割って口に入れた。手で持って食べられそうなほどずっしりとした作り。プレートの盛り方が(フォークで食べてね)と言わんばかりなので、一応その意図に従っている。濃いチョコレートの風味と、甘酸っぱい——林檎りんごらしき果実と、舌にまとわりつく甘く香ばしい味。美味うまいな、好みだな。感想が頭に浮かんだところで、目の前から注がれる視線に……耐えられず、

「……なんだよ」

 セト本人に悪意はないが、ギロリとした目つきで視線を返していた。
 びくついた彼女の手から、フォークが滑り落ちる。カシャンと耳障みみざわりな音が響き、「ごめんなさい……」小さな謝罪がこぼれた。消え失せそうな語尾に、セトが吐息した。

「——だから言っただろ」
「……?」
「無理に付き合う必要ねぇって。一緒に居て楽しいやつと食えよ」
「………………」

 ふっと寄せられた眉の下、黒い眼が悲しそうに見えた。あるいは、困ったようにも。
 彼女はそろそろとフォークを拾い上げ、ためらいがちに、

「……このまえの、ぱん・お・しょこらを、たべたときに、」
「?」

 彼女の伏せられた瞳はテーブルの上に向けられている。唐突に始まった話題に、セトの目に困惑が映った。

「せとが、おいしいと、いってくれて……うれしかった、です」
「………………」
「……これも、めるうぃんに、きょうりょくしてもらって……とてもおいしく、できたから……よろこんで、もらえるかと……おもったけど、」

 瞳が、セトを捉える。怖がっていない。その——揺れていない目に見つめられると、周囲の音が消えるような錯覚がする。そこが世界の中心であるかのような、万有引力の法則を無視した、絶対的で吸い込まれそうなほどの引力。

「……おいしく、なかった?」

 瞳に囚われて、理解が遅れた。ありきたりなフレーズだったのに、5秒くらい。完全に思考停止していたセトは、はたりと我に返った。

「……は? 何が美味しくないって?」
「? ……このぶらうにー、せとは、あまり、すきじゃない?」
「いや、美味いけど」
「……おいしい?」
「おう」
「……ほんとうに?」
「ほんとに。……なんで疑ってんだよ?」
「…………たべながら、むずかしいかおを、していたので」
「………………」
「……おいしいなら、よかった、です」

 ほっとしたのか、目許の緊張がほんのすこし緩んだ。一口サイズに分けたブラウニーを口に含んで味わうと、珈琲のカップへと手を伸ばしながら、

「りんごと……きゃらめる?  “きせつのぶらうにー”、です。……りんごのかおりを、だす……ために、りんごと、りんごのおさけ……かるばどす? を……いれた、はず」

 どこかで聞きかじったような言い方。メルウィンからなのか。添えられた説明は、ふわっとしている。詳細を突っこんでも答えは返ってこなさそうな、おぼろげな説明。

「お前、作ったわりに曖昧あいまいじゃねぇか」
「……めるうぃんの、ことばが……おぼえきれなくて……」
「もっかい作ってくれっつっても、作れなさそうだな」

 セトの軽い指摘に、彼女がすこしだけ目を見開いた。

「……もういちど、たべたい?」
「……まぁ」
「それは……つまり、とてもおいしい?」
「ああ」

 短い肯定。それを聞き取って、ようやく彼女は安堵し、珈琲を飲んだ。(なんでそんな緊張してんだよ。珈琲くらいサッと飲めよ。怒ってねぇんだよ俺は)突っこみたいことは何ひとつ口にできない。

 深煎ふかいりのコクが強い珈琲。その黒い液体にくちづける唇から目をそらした。同じようにマグカップを手にして、ほろ苦さに避難する。この時間は一体なんなのか。今更ながら、そんな疑問が浮かぶ。早く食べ終えて出て行ってほしい気持ちと、泣かずにいてくれるなら、もう少しくらいは——ゆっくり食べてくれてもいいような、矛盾した気持ちが交互に折り重なっている。
 知らずしらずセトの食の進みが遅くなっていることには全く気づかず、彼女はに入った。

「……せと、」
「ん?」
「ひとつ、ききたいことが……」
「?」

 チョコレートと珈琲の混じった、深く濃厚なアロマ。その香りのなか彼女が掛ける問いは、図らずしもセトに甘い幻想をいだかせることとなる。

「……こんや、あいてる?」


 “常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである”。古き時代にそう言ったのは誰だったか……ともあれ、

——今夜、空いてる?

 セトの常識によると、その問いはどんな意味をもっていたのか。
 それは経験に基づくものであり、ティアに言わせれば——有罪。自業自得ともいえる、受け取り手の勝手な思い違いによって……今宵こよいの幕開けは実に荒れそうだった。
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