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Chap.14 純白は手折りましょう
Chap.14 Sec.10
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これは、非常に稀な出来事。
《——なァ、オレに協力してくんねェ?》
私室にいたティアは、彼から連絡のしらせが入った瞬間に「え~?」思わず声を出していた。ハウスに来てから今日まで、彼と端末を通して話したことはない。つまり連絡なんてもらったことがない。彼——ロキから連絡なんて、何かよからぬことが起こる前兆だ。無視してしまいたい、などと真っ先に素直な気持ちが出てしまったけれど、連絡を無視するとティアの私室までやってくるかもしれない。それは絶対に避けたい。なにがなんでも避けたい。
ソファに座ったまま、「……どうしたの?」しぶしぶ通話を受けた。ティアは今ひとりだった。朝方まで一緒にいた彼女は、メルウィンを手伝うため、すでに部屋を出ている。
開口一番(彼の口は見えないけど)言われたのが、〈協力〉という——協調性に欠けるロキには、まったくもって似合わなすぎるワード。季節はずれの雹でも降るかも。離れた窓の外へと視線を投げた。ティアの私室は遮光性能を強めてあるので、外光はあまり入ってこない。明度の低い外は、判別が多少つきにくいが、天気は晴れているし、時刻もまだ昼前である。
「——きみ、寝ぼけて通話の相手を間違えてない? 僕はティアだよ」
《寝ぼけてねェし。アンタに頼んでンだよ》
「天才の君に、凡人の僕が協力できることなんてあるかな?」
《あるから頼んでンじゃん》
「君が言う超自然を求めるなら、お断りだよ?」
《そんなもん当てにしてねェよ、ハオロンを誘導してほしいだけ。アンタ得意だろ?》
「……ロン君?」
ストロベリーブロンドの前髪に挟まれた小顔が思い浮かんだ。記憶のなかでもニコッと笑っている。
ティアの脳裏で、いくつかの情報が結びついていく。今夜の順番はハオロンだ。
「——なるほど。アリスちゃんを、ロン君の所に行かせたくないんだね?」
《そ。アンタ、話が早くてい~ね》
「でもさ、知ってると思うけど……僕は以前、カードゲームで誘って断られてるよ?」
《分かってる。だから、ハオロンが今一番やりてェもんで誘う》
「……え、やだけど」
《……なんだと思ってンの?》
「ゲームでしょ、例の。ロン君が作った、時間がかかるチーム戦の。僕を頭数に入れようとしてるでしょ?」
《アンタ、マジで話早いね。めちゃくちゃ楽》
「僕に断られてるって、分かってるかな?」
《断ってンの?》
「断ってるよ」
《なんで? 何が嫌なワケ?》
「完全没入型のゲームなんてやったことないし、無理だよ。怖いのも無理だし、長時間拘束されるのも嫌かな」
《ゲームに耐えるのとウサギが死ぬのは、どっちが嫌?》
ふいに投げかけられた選択肢に、そっと息を呑んだ。あまりにも極端な例えだ。なにを言っているの?——と、一笑にふすことができないのは、それがロキにとって素直な疑問であると、ティアには分かったから。
「……ロン君、そんなに危険なの?」
《さァね。オレとの約束がどこまで効力もつか、それ次第》
「約束って?」
《“ウサギに痛いことはしない”》
「………………」
《破ったら裁判って脅してあるけど、守る気あンのか分かんねェ》
「…………わかった、いいよ」
《何がいいの?》
「君の頼みごとを、聞いてあげる」
《協力してくれンの?》
「うん」
《……あっそ》
「——ただし、条件があるよ?」
《は?》
ティアは目を閉じた。真っ暗な視界に、青い眼の彼をえがいた。
一輪で目を惹く山ゆりみたいに、凛とした立ち姿の青年。それから、金の眼の彼も。天秤に掛けるのは、そのふたりじゃない。サクラを前に、自分の気持ちを推しはかる。
——どうしたい?
——どう在りたい?
完璧でなくてもいい。あいまいでもいい。自分が望む自分を、すこしでも。——ずるいとしても。
「——セト君も、誘ってくれる?」
開いた目に、ロキの顔は映らない。音声だけで想像しなくてはいけない。彼の心のなかを、彼の天秤に掛けられるものを。
なんで? と、彼は返した。疑問ではなく、抗議の響きで。
「セト君がいると心強いから?」
《アンタが誘えば》
「僕の条件は呑めない?」
《だから、なんでって言ってンの。オレが誘う必要なくね》
「あるよ? 僕、セト君と今けんかしてるんだよね~……だからさ、声を掛けづらいんだ。ロキ君から誘ってよ」
《………………》
「簡単でしょ? この程度の条件も呑めない?」
《……誘っときゃい~んだろ》
「うん、ありがと」
明るい声で感謝を述べ、最後に追加で。
「僕がお願いしてるって言わないでね? 君が——ロキ君が、セト君に協力してほしいって言ってね?」
《はぁっ?》
抗議は聞かない。勢いにまかせて通信を切った。
再び連絡するほどのことでもないだろう。彼のなかで結論を出してくれればいい。どう転ぶかは分からないが、何かに繋がれば……今は、それだけでいい。
ソファから立ち上がったティアは、ベッドへ近寄ると、ころりん。開かれていた天蓋の奥の、シーツの上に転がった。窓とは反対を向いて横たえた身体で、頭を真っ白にしたまま目をつむる。清潔に保たれているシーツは、さらりとして心地よい。枕カバーに吹きかけられたアロマはローマン・カモミール。青りんごに似たフローラルノート。かすかな空腹感を無視して、優しい香りのなか眠りにつこうと思う。
——今夜は、長い夜になりそうだから。
《——なァ、オレに協力してくんねェ?》
私室にいたティアは、彼から連絡のしらせが入った瞬間に「え~?」思わず声を出していた。ハウスに来てから今日まで、彼と端末を通して話したことはない。つまり連絡なんてもらったことがない。彼——ロキから連絡なんて、何かよからぬことが起こる前兆だ。無視してしまいたい、などと真っ先に素直な気持ちが出てしまったけれど、連絡を無視するとティアの私室までやってくるかもしれない。それは絶対に避けたい。なにがなんでも避けたい。
ソファに座ったまま、「……どうしたの?」しぶしぶ通話を受けた。ティアは今ひとりだった。朝方まで一緒にいた彼女は、メルウィンを手伝うため、すでに部屋を出ている。
開口一番(彼の口は見えないけど)言われたのが、〈協力〉という——協調性に欠けるロキには、まったくもって似合わなすぎるワード。季節はずれの雹でも降るかも。離れた窓の外へと視線を投げた。ティアの私室は遮光性能を強めてあるので、外光はあまり入ってこない。明度の低い外は、判別が多少つきにくいが、天気は晴れているし、時刻もまだ昼前である。
「——きみ、寝ぼけて通話の相手を間違えてない? 僕はティアだよ」
《寝ぼけてねェし。アンタに頼んでンだよ》
「天才の君に、凡人の僕が協力できることなんてあるかな?」
《あるから頼んでンじゃん》
「君が言う超自然を求めるなら、お断りだよ?」
《そんなもん当てにしてねェよ、ハオロンを誘導してほしいだけ。アンタ得意だろ?》
「……ロン君?」
ストロベリーブロンドの前髪に挟まれた小顔が思い浮かんだ。記憶のなかでもニコッと笑っている。
ティアの脳裏で、いくつかの情報が結びついていく。今夜の順番はハオロンだ。
「——なるほど。アリスちゃんを、ロン君の所に行かせたくないんだね?」
《そ。アンタ、話が早くてい~ね》
「でもさ、知ってると思うけど……僕は以前、カードゲームで誘って断られてるよ?」
《分かってる。だから、ハオロンが今一番やりてェもんで誘う》
「……え、やだけど」
《……なんだと思ってンの?》
「ゲームでしょ、例の。ロン君が作った、時間がかかるチーム戦の。僕を頭数に入れようとしてるでしょ?」
《アンタ、マジで話早いね。めちゃくちゃ楽》
「僕に断られてるって、分かってるかな?」
《断ってンの?》
「断ってるよ」
《なんで? 何が嫌なワケ?》
「完全没入型のゲームなんてやったことないし、無理だよ。怖いのも無理だし、長時間拘束されるのも嫌かな」
《ゲームに耐えるのとウサギが死ぬのは、どっちが嫌?》
ふいに投げかけられた選択肢に、そっと息を呑んだ。あまりにも極端な例えだ。なにを言っているの?——と、一笑にふすことができないのは、それがロキにとって素直な疑問であると、ティアには分かったから。
「……ロン君、そんなに危険なの?」
《さァね。オレとの約束がどこまで効力もつか、それ次第》
「約束って?」
《“ウサギに痛いことはしない”》
「………………」
《破ったら裁判って脅してあるけど、守る気あンのか分かんねェ》
「…………わかった、いいよ」
《何がいいの?》
「君の頼みごとを、聞いてあげる」
《協力してくれンの?》
「うん」
《……あっそ》
「——ただし、条件があるよ?」
《は?》
ティアは目を閉じた。真っ暗な視界に、青い眼の彼をえがいた。
一輪で目を惹く山ゆりみたいに、凛とした立ち姿の青年。それから、金の眼の彼も。天秤に掛けるのは、そのふたりじゃない。サクラを前に、自分の気持ちを推しはかる。
——どうしたい?
——どう在りたい?
完璧でなくてもいい。あいまいでもいい。自分が望む自分を、すこしでも。——ずるいとしても。
「——セト君も、誘ってくれる?」
開いた目に、ロキの顔は映らない。音声だけで想像しなくてはいけない。彼の心のなかを、彼の天秤に掛けられるものを。
なんで? と、彼は返した。疑問ではなく、抗議の響きで。
「セト君がいると心強いから?」
《アンタが誘えば》
「僕の条件は呑めない?」
《だから、なんでって言ってンの。オレが誘う必要なくね》
「あるよ? 僕、セト君と今けんかしてるんだよね~……だからさ、声を掛けづらいんだ。ロキ君から誘ってよ」
《………………》
「簡単でしょ? この程度の条件も呑めない?」
《……誘っときゃい~んだろ》
「うん、ありがと」
明るい声で感謝を述べ、最後に追加で。
「僕がお願いしてるって言わないでね? 君が——ロキ君が、セト君に協力してほしいって言ってね?」
《はぁっ?》
抗議は聞かない。勢いにまかせて通信を切った。
再び連絡するほどのことでもないだろう。彼のなかで結論を出してくれればいい。どう転ぶかは分からないが、何かに繋がれば……今は、それだけでいい。
ソファから立ち上がったティアは、ベッドへ近寄ると、ころりん。開かれていた天蓋の奥の、シーツの上に転がった。窓とは反対を向いて横たえた身体で、頭を真っ白にしたまま目をつむる。清潔に保たれているシーツは、さらりとして心地よい。枕カバーに吹きかけられたアロマはローマン・カモミール。青りんごに似たフローラルノート。かすかな空腹感を無視して、優しい香りのなか眠りにつこうと思う。
——今夜は、長い夜になりそうだから。
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