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Chap.14 純白は手折りましょう
Chap.14 Sec.15
しおりを挟むこの部屋に入るのは2度目になる。
暗い色をした木の床に、ぼうっと灯る和紙の張られた行燈。室内は全体的に暗く、丸い窓には偽物の三日月が浮かんでいた。前回は窓ぎわの黒いテーブルの前にいたが、今日の私はベッドの上に腰掛けている。白いシーツは皺ひとつなく、触れるのもためらわれるほど整っていた。部屋の奥まった場所にあるベッドは、頭側が壁に寄せられていた。足側には空間を仕切るためか木の細い柱が並んでいて、それによって遮られた視界に月は見えなかった。
窓の方を見ていると、
『——最近は、随分と楽しそうに過ごしているようだな?』
かけられた声に、ひやりと背筋が冷える。耳に優しいはずの、私のための言語。見上げたサクラの顔は微笑んでいた。
『すみません……』
『謝る必要があるのか?』
『………………』
『謝るという行為は、自分に非があると認めることにならないか?』
責めるような言葉を、不思議そうな響きで口にする。重なった視線は動かず、答えが分からない私をおいて、彼は話を終えた。
『服を——脱いでもらおうか』
言われたとおりに、身につけていた衣服をひとつひとつ脱いでいく。ぬくもりを感じない目は、観察するように私を眺めている。恥ずかしい——と、思う気持ちを殺すくらい、冷たい色。吐き出す息が震えるのは、肌寒いからじゃない。
一糸まとわぬ姿を、衣服の乱れない彼が見下ろしていた。平坦な感情のまま、まるでそこに、何者もいないかのように。
『……私に抱かれることに、それほど嫌悪は無いか?』
質問の意図を考える。理解の及ぶ言語のはずなのに、翻訳機に頼るよりも、返答に気を遣う。
『……ない、です』
『それは残念だな』
『……?』
ひらり。紫紺の袖から伸びる白い手が、宙を舞った。ロボットを呼びつけたのだと、遅れて気づいた。
『——最初に、お前が逃げ出した日のことを、覚えているか?』
何を訊かれているのか。逃げ出したことを忘れるわけがない。その罪で、今もここに縛られているようなものなのに。
質問の意図は読めないが、否定することのない私の様子に、サクラは肯定と取ったようだった。
『何故、逃げ出したのか——要因も憶えているだろう?』
サクラの言葉に、イシャンの硬い掌の感触を思い出した。あらがう気力を失うほどの、強く絶対的な力。身体を貫く痛みと、無力な自分。情けなさで胸がいっぱいになった、あの夜——。
『イシャンが何をしたのかは知らないが……想像に難くない。それを再現してみせることも——同様に、難しくはない』
サクラの声音が、わずかに低くなった。すぐそばにやってきていたロボットが、逆光で暗い陰に覆われている。——それが、あまりにも不穏だった。
『私が何をしようとしているのか、分からないか? ……それとも、理解すること自体を拒んでいるか』
私の身体に伸びてきたのは、サクラの掌ではなかった。ロボットから生えた触手のようなアームが、ぐるりと腕に巻き付いた。イシャンによって縛られ付いた、気付かぬうちに消えていた痕と——同じように。
振り払おうとしたのに、こわばった身体のせいでうまく力が入らない。覚悟していたものと、自分の身に起こっていることが結びつかない。押さえ込まれた四肢が、シーツの上に縫い付けられる。
『ロボに性行為の真似事をさせるのは、よくあることらしいが……実際に見る機会はなかったな。——さて、どんなものだろうね?』
真っ白になっていた頭が、絶望に染め上げられる。瞳に浮かぶ涙は、これから訪れる未知への恐怖から。
——どうして。
声にならない気持ちだけが、胸をきつく締めつける。どうして、こんな目に遭わないといけないのか。これが何になるというのか。彼のストレス発散にしろ何にしろ、こんな——ことを、なぜ?
混乱のなか、冷たく柔らかな感触が下半身に触れた。強引に開かれた脚のあいだから、迷うことなく中へと——細く這入り込まれる。経験したことのない違和感が、強い不快感に変わっていく。足に力を入れて解こうとするけれど、絡みつくアームが増え、より開かれてしまった。
こわい、やめて、お願い。
浮かぶ言葉を訴えたとしても、おそらく無駄だ。隣にイスを呼んで腰掛けたサクラは、平気な顔で私と目を合わせている。このひとは——人じゃない。それか、私のことを人と思っていない。
ぬくもりのない細いアームが、中で周囲をさぐるように動き回る。隙間から数を増やし、いっそう存在感を強めて前後に律動する。機械特有のつめたさ。温度だけでなく、心のない動きが——
『——んっ』
腕に絡まっていたアームの先が、そっと撫でるような細やかな動きで胸を這った。震えた身体の反応を読み取ったかのように、胸の上をさわさわと動いていく。先端に優しく吸いついてみせるその動きに、
——ウサギちゃん、可愛いこと言ってよ。
余計なものが、重なってしまった。
思い出した瞬間、気持ちに隙間が生まれた。怖いだけの、嫌悪感しかなかったはずのアームが、ふいに別の存在に変わって——周期的な動きに、粘膜をなめらかに擦りあげる刺激に、性的なよろこびを得ようとしてしまう。——こんな物に、こんな思いをしたくないのに——。
涙のにじむ目に、サクラの微笑が映った。
『私の予想とは反応が異なるようだな……拘束されても、さほど嫌悪感は無いか。——それとも、ロボに相手されるのが好みか?』
違う。否定したいのに、喘ぎ声のほうが先に出てしまいそうで口を開けない。何度も出し入れされるアームの勢いが、うるおいを纏ってなんの抵抗もなく滑り動く。入りぐち周りで待機していたアームが、こぼれた粘液をすくって後ろの——本来、生殖機能のない——侵入口を見つけたように、そろそろと撫でまわした。ぞっと背筋に走る感覚が、間違いなく嫌悪だとは——言いきれなくなっている。
『やめて……くださいっ……』
鳴き声みたいな音が、喉から出ていく。そのあいだに絞り出した願いを、サクラは聞きこぼしたふりをして黙っていた。
人間みのない機械の手が、肌をなぶり、全身の感覚をひとつ残らず搦め捕っていく。温かい人の触れ合いを忘れさせられる。——なのに、よく似た官能を煽って思考を惑わせる。状況を忘れてしまう。
気持ちいいとは思わない。気持ちわるい。あくまでも、気持ちわるい。身体は快感を得ても、心は拒絶を覚えている。つらい、悲しい——早く終わって。
『——お前は、こういう状況でも快楽を享受できるのか。相手が誰かに関係なく、何であっても……いとしい相手でなくとも』
観察の結果を確認するサクラの言葉が、彼女の胸をえぐることはなかった。絶えまない責め苦を耐えることに精一杯で、耳に届いていない。
その声に、青年にしては珍しい——失望するような響きがあったことも。
すべて、知るよしもない。
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