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Chap.15 A Mad T-Party
Chap.15 Sec.10
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食堂は未だ明るかった。
半数を失った室内は妙にがらんとして、メルウィンは普段座ることの多い窓側の端に、アリアはその向かいに、ハオロンはアリアからいくつか間を開けて廊下側に、それぞれ離れて座っていた。誰も話さないせいか変化に乏しく、刻々と時を刻む壁時計の立体投影だけが、時の流れをしらせていた。ロキだけは、窓ぎわに寄りかかったまま。
「うちのせいやろか……」
日の出にはまだ早い。薄闇を背にしたロキが、ハオロンの呟きに目を上げた。メルウィンとアリアも、同じくしてハオロンに顔を向ける。
長い前髪に挟まれた顔は、誰を見返すことなくテーブルの上を見つめている。
「……うちが、セトを押さえてなんて言ったから……こんな大事に……」
「そんなっ……ハオロンくんのせいなんかじゃないよ」
メルウィンが否定すると、アリアも強く頷いた。
「ハオロンさんに非はありません。サクラさんがあのような手段を取るとは、誰も予想できませんでした」
「ほやけど……これで、セトに何かあったら……」
「——アンタにも責任はあるよな」
ざらつく声が言い放った。
ひくっと肩を震わせたハオロンは、顔を上げられない。アリアが困ったようにロキを見つめ、
「ロキさん……」
「アンタらはハオロンに緩すぎ。ウサギの過剰な拘束具のせいで、アイツ初めから庇護スイッチ入ってたのに——ハオロンが余計に煽ったろ? なんであのタイミングで言うわけ? アイツの前で拷問なんて言って認められるわけねェじゃん」
「……だって、他人のせいでうちらが揉めるなんて……あほらしいやろ。ありすが来るまで、こんなことなかったのに……」
「——ウサギは関係ない。ウサギが犯人ならサクラがとっくに始末してる。あれはオレらが試されてた」
「……え?」
顔を上げたハオロンの呟きには、メルウィンの声も重なっていた。アリアも驚いた目をして、「私たちが、試されていた……?」くり返し唱えた。
「そう、サクラがウサギに毒を飲ますのを、誰が最初に止めるか——止めないか、試しただけ」
「……なぜです? サクラさんは、なんのために……そんなことを……?」
「知らない、興味ない。——けど、オレらの忠誠心もどきを試したならウザい。本気で暴君になるつもりか、なんなのか……オレはサクラの考えてることなんて考えたくないから、考えるならアリアちゃんがやって」
「そんなことを頼まれましても……私ごときにサクラさんの考えなど……」
どこか思考の矛先が飛んでいるロキの淡々とした言いぶりに、アリアは困惑してメルウィンと目を合わせた。メルウィンも眉尻を下げて(今の話……ほんとなの?)半信半疑に考えるようすを見せた。
無言のまま見つめてくるハオロンに気づいたのか、ロキは意識の中心をハオロンへと移し、
「アンタのせいじゃねェって言ってほしいわけ? 言わねェよ? オレは他のヤツらと違ってアンタを可愛いとも思ってねェし。セトに何かあったら、当然サクラのせいだけど、アンタも余計なことしたと思うから一生批難する」
きゅっと、ハオロンの眉が泣きそうに寄るのを横から見たアリアが、意を決したように立ち上がった。
「——なに?」
小言をもらうものだと判断したロキがアリアを見据えたが、アリアは構うことなくドアへと。
「……どこ行くの? オレら待機を命じられてンだけど?」
「医務室に行きます。やはり、医療を担う私がセトさんを診ないわけにはいきません!」
「は? なんで急にそうなンの……? いや待って、……ちょっと、なァ、……アリアちゃん、オレの声聞こえてねェ?」
追いかけてドアを通ったロキは、聞く耳を持たないアリアの肩を押さえた。止められて振り返ったアリアは、廊下の照明の下、深刻な双眸をロキに返した。
「ロキさんの話を聞いて、不安になりました。今のサクラさんが、正しくセトさんを救ってくださるか分かりません……。どうか放してください。これは私の役割なのです」
「今アリアちゃんが行ったら怒られるだけじゃん。……ってか、オレのせいみたいな言い方した?」
「ロキさんのせいではなく、みなさんのためにも、セトさんの様子を確認してまいります。適切な処置が為されていれば、それで問題ありません」
「問題あるくね? ペナルティ科されるじゃん」
「それは私のみですね? 問題ではありませんよ」
「いや……問題だし。それならオレが行く」
アリアのダークブロンドの髪が、さらりと揺れた。
「——どうしてでしょう? ロキさんは、私には優しいのに……ハオロンさんには厳しいですね?」
「そんなことなくね?」
「そうでしょうか?」
「……アリアちゃんは可愛いと思うけど、ハオロンは可愛く思えねェから?」
「それだけではないように思いますが……」
「……そんなこと、今はどォでもいいよな?」
「ええ、そうですね。今ここで話し合うことではないはずです」
「……じゃ、オレが行くから。じっとしててよ。ついでにハオロンになんか言っといて」
「なにか……?」
「知らねェ~、優しい言葉でも掛けてやれば?」
「あぁ、それなら——私でも出来そうです。任されました」
快く引き受けて、そっと微笑んだ。アリアのその穏やかな表情が、ロキは昔から嫌いではない。むしろ好ましく思っている——が、ロキ本人が気づいているかどうかは判然としない。
医務室の方へと廊下を進んでいくロキの後ろ姿に、アリアは心のなかで、
(私にペナルティが科せられることだけが心配なのではなく、本当は……ハオロンさんのそばに残るのが、自分よりも私のほうがいいだろうと、そう思ったのでしょうか……?)
兄弟たちには理解されにくい彼を、困り顔で見送っていた。
昔から、周りの人間をよく見ているのに、何故か怒らせることばかりするのは、どうしてか。アリアについても——かわいい。女の子じゃん。なんで髪切ったの?——からかうような言葉で絡んでくることが多く、「私は生物学的にも性自認も男性ですよ?」と説明するも、まったく響かないので諦めてしまった。アリアには怒るという選択肢がなかったのもあって、揉めることはなかったが……望ましい言葉では決してなかった。
ただ、あまりに——嬉しそうに笑って「かわいい」と言ってくるものだから。嫌だと思う気持ちよりも、仕方ないな——と。諦めに、すこしだけ優しい気持ちで、赦してしまったのだろう。
過去を重ねていると、複雑に色が入った髪は見えなくなった。
ペンダントのない胸に、そっと右手を合わせ、
(——どうかセトさんも、何事もなく回復しますように……)
人知れず、願いをかける。
祈りを聞いてくれる超常的存在がいるかは知らないが——それでも。
半数を失った室内は妙にがらんとして、メルウィンは普段座ることの多い窓側の端に、アリアはその向かいに、ハオロンはアリアからいくつか間を開けて廊下側に、それぞれ離れて座っていた。誰も話さないせいか変化に乏しく、刻々と時を刻む壁時計の立体投影だけが、時の流れをしらせていた。ロキだけは、窓ぎわに寄りかかったまま。
「うちのせいやろか……」
日の出にはまだ早い。薄闇を背にしたロキが、ハオロンの呟きに目を上げた。メルウィンとアリアも、同じくしてハオロンに顔を向ける。
長い前髪に挟まれた顔は、誰を見返すことなくテーブルの上を見つめている。
「……うちが、セトを押さえてなんて言ったから……こんな大事に……」
「そんなっ……ハオロンくんのせいなんかじゃないよ」
メルウィンが否定すると、アリアも強く頷いた。
「ハオロンさんに非はありません。サクラさんがあのような手段を取るとは、誰も予想できませんでした」
「ほやけど……これで、セトに何かあったら……」
「——アンタにも責任はあるよな」
ざらつく声が言い放った。
ひくっと肩を震わせたハオロンは、顔を上げられない。アリアが困ったようにロキを見つめ、
「ロキさん……」
「アンタらはハオロンに緩すぎ。ウサギの過剰な拘束具のせいで、アイツ初めから庇護スイッチ入ってたのに——ハオロンが余計に煽ったろ? なんであのタイミングで言うわけ? アイツの前で拷問なんて言って認められるわけねェじゃん」
「……だって、他人のせいでうちらが揉めるなんて……あほらしいやろ。ありすが来るまで、こんなことなかったのに……」
「——ウサギは関係ない。ウサギが犯人ならサクラがとっくに始末してる。あれはオレらが試されてた」
「……え?」
顔を上げたハオロンの呟きには、メルウィンの声も重なっていた。アリアも驚いた目をして、「私たちが、試されていた……?」くり返し唱えた。
「そう、サクラがウサギに毒を飲ますのを、誰が最初に止めるか——止めないか、試しただけ」
「……なぜです? サクラさんは、なんのために……そんなことを……?」
「知らない、興味ない。——けど、オレらの忠誠心もどきを試したならウザい。本気で暴君になるつもりか、なんなのか……オレはサクラの考えてることなんて考えたくないから、考えるならアリアちゃんがやって」
「そんなことを頼まれましても……私ごときにサクラさんの考えなど……」
どこか思考の矛先が飛んでいるロキの淡々とした言いぶりに、アリアは困惑してメルウィンと目を合わせた。メルウィンも眉尻を下げて(今の話……ほんとなの?)半信半疑に考えるようすを見せた。
無言のまま見つめてくるハオロンに気づいたのか、ロキは意識の中心をハオロンへと移し、
「アンタのせいじゃねェって言ってほしいわけ? 言わねェよ? オレは他のヤツらと違ってアンタを可愛いとも思ってねェし。セトに何かあったら、当然サクラのせいだけど、アンタも余計なことしたと思うから一生批難する」
きゅっと、ハオロンの眉が泣きそうに寄るのを横から見たアリアが、意を決したように立ち上がった。
「——なに?」
小言をもらうものだと判断したロキがアリアを見据えたが、アリアは構うことなくドアへと。
「……どこ行くの? オレら待機を命じられてンだけど?」
「医務室に行きます。やはり、医療を担う私がセトさんを診ないわけにはいきません!」
「は? なんで急にそうなンの……? いや待って、……ちょっと、なァ、……アリアちゃん、オレの声聞こえてねェ?」
追いかけてドアを通ったロキは、聞く耳を持たないアリアの肩を押さえた。止められて振り返ったアリアは、廊下の照明の下、深刻な双眸をロキに返した。
「ロキさんの話を聞いて、不安になりました。今のサクラさんが、正しくセトさんを救ってくださるか分かりません……。どうか放してください。これは私の役割なのです」
「今アリアちゃんが行ったら怒られるだけじゃん。……ってか、オレのせいみたいな言い方した?」
「ロキさんのせいではなく、みなさんのためにも、セトさんの様子を確認してまいります。適切な処置が為されていれば、それで問題ありません」
「問題あるくね? ペナルティ科されるじゃん」
「それは私のみですね? 問題ではありませんよ」
「いや……問題だし。それならオレが行く」
アリアのダークブロンドの髪が、さらりと揺れた。
「——どうしてでしょう? ロキさんは、私には優しいのに……ハオロンさんには厳しいですね?」
「そんなことなくね?」
「そうでしょうか?」
「……アリアちゃんは可愛いと思うけど、ハオロンは可愛く思えねェから?」
「それだけではないように思いますが……」
「……そんなこと、今はどォでもいいよな?」
「ええ、そうですね。今ここで話し合うことではないはずです」
「……じゃ、オレが行くから。じっとしててよ。ついでにハオロンになんか言っといて」
「なにか……?」
「知らねェ~、優しい言葉でも掛けてやれば?」
「あぁ、それなら——私でも出来そうです。任されました」
快く引き受けて、そっと微笑んだ。アリアのその穏やかな表情が、ロキは昔から嫌いではない。むしろ好ましく思っている——が、ロキ本人が気づいているかどうかは判然としない。
医務室の方へと廊下を進んでいくロキの後ろ姿に、アリアは心のなかで、
(私にペナルティが科せられることだけが心配なのではなく、本当は……ハオロンさんのそばに残るのが、自分よりも私のほうがいいだろうと、そう思ったのでしょうか……?)
兄弟たちには理解されにくい彼を、困り顔で見送っていた。
昔から、周りの人間をよく見ているのに、何故か怒らせることばかりするのは、どうしてか。アリアについても——かわいい。女の子じゃん。なんで髪切ったの?——からかうような言葉で絡んでくることが多く、「私は生物学的にも性自認も男性ですよ?」と説明するも、まったく響かないので諦めてしまった。アリアには怒るという選択肢がなかったのもあって、揉めることはなかったが……望ましい言葉では決してなかった。
ただ、あまりに——嬉しそうに笑って「かわいい」と言ってくるものだから。嫌だと思う気持ちよりも、仕方ないな——と。諦めに、すこしだけ優しい気持ちで、赦してしまったのだろう。
過去を重ねていると、複雑に色が入った髪は見えなくなった。
ペンダントのない胸に、そっと右手を合わせ、
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