【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
176 / 228
Chap.15 A Mad T-Party

Chap.15 Sec.11

しおりを挟む
 医務室は極度に消毒されていて、いつも白い。色彩のやかましすぎるロキが忍び込めるはずもなく、中にサクラがいる場合は見つかる前提で入室した。いない蓋然性も低くはないので、開錠の通知がいかないように——その程度の偽装だけ。待機命令に逆らっている時点でペナルティ対象ではある。
 幸運なことに、医務室にはサクラもイシャンもいなかった。

 医務室は、複数の小部屋が繋がっている。入室してすぐの簡易的な治療がおこなえる空間と、大掛かりな手術をするための治療室が正面と左手に二部屋。治療室は透明な壁で仕切られているが、現在どちらも遮光されていて内部が見えない。どこに誰がいるか。ミヅキは使えないが検討はつく。新たな患者がいるわけでもないので、治療を終えているティアもここで眠っていると思われ、左手のメイン治療室だろう。セトは正面のはず。遮光を解くことなくロキが正面の壁に向き合うと、一枚板のような壁に切れ目が入り、人ひとりぶんのドアが生まれてスライドした。
 中をのぞく。頭上の照明は消えていて、足許だけ。淡い光のなか、中央のベッドには白っぽく浮き上がる頭が見えた。髪が短いのでティアではないと判断できる。ただ、髪の長さではなく、ロキは見た瞬間にセトだと判別がついていた。もっと遠目であっても、あるいはもっと暗くとも、彼はわかったかも知れない。

 近寄ってみる。白い服で静かに横たわる身体を見るに、治療はとうに終わっているらしい。内部の壁に設置されたコンピュータから、治療を確認する。弾丸は体内から取り出されていて、ロキの推測どおりサイズも威力も小さい物だった。一瞬も目を離すことなく撃ち抜いたサクラは、割り込んでくるだろうセトの肩口の位置を正確に予測していた——と、ロキはみている。ロキがセトの動きを予測できたのだから、サクラも不可能ではないだろう。
 ——かといって、サクラの立場であったら、ロキは撃てない。後遺症を残すことなく撃てる自信はある。しかし、実際には撃てないだろう。そのあとでセトがどんな目を向けてくるか——ロキには予想できないから。忠誠心を試すために撃ったのなら、ロキからすれば、サクラは傲慢ごうまんだった。あれだけのことをして、セトが自分から離れない自信があるとは。

「犬のくせに、飼い主にみついてンじゃねェよ……」

 小さな悪態は、空虚に響いた。独り言になるかと思われたロキの呟きは、しかしながら、

「——ロキか?」

 びくぅ! っと、ロキの身体が飛び跳ねた。床から数センチ浮いていた。
 目前で目を閉じる——当然眠っているだろうと思われた人間がいきなり喋ったのだから、その反応も無理はないが……ロキにしては大げさな反応だった。

「はっ? アッ? てめェ起きてンのっ?」
「起きてるっつぅか……少し前から意識はあんのに動けねぇんだよ。手足どころか目も開けられねぇ……どうなってんだ?」
「……薬が効いてンじゃね……」
「やっぱりか。今サクラさんいねぇんだよな? お前、薄めるかなんかして抜いてくれよ」
「はァ? 何言ってンの?」
「動けるようにしてくれって頼んでんだよ」
「するわけねェじゃん。……死に損ないの犬は安静にしとけば」
「頼むから。……お前にしか頼めねぇって思ってたら……お前が来たんだろ。やってくれよ」
「いや、なんの理屈にもなってねェよ?」
「頼むって」
「………………」
「ロキ」
「……なんで、オレなわけ?」
「俺が苦境のときは昔からお前が来るだろ」
「知らねェし」
「いいから、早く。サクラさんが戻ってくる前に……喋るのもきついんだよ。早く」
「はァ~?」

 ふざけたことを平然と指示してくるセトに、これだけ元気なら安静も要らないと判断し、言われたとおりにコンピュータで設定した。素直に従うのは腹立たしいのか、

「逆に麻酔ぶち込んで永眠させてやろっかなァ~」
「やめろ」

 天井に収まっていたマシンが動き、マシンアームの先から伸びる、さらに細い触手状のアームがセトの腕を押さえた。細い針を通して、適切にブレンドされた薬剤が、セトの体内に流れ込んでいった。

「ワンショットだよな? 点滴してる暇はねぇぞ」
「うるせェな~。薬少ないし、それくらい分かってる」
「効くまでどれくらいだ?」
「てめェなら5分じゃね」
「よし。ありがとな」
「………………」

 むっと唇を閉ざしたロキは、何も言葉を返さなかった。
 セトは指先やまぶたに力を入れているのか、痙攣けいれんのように動くようすが見られる。ゆるゆると自己の指揮下に取り戻していくが、身体が思いどおりになるまで耐えられなかったのか、

「——ウサギは?」
「知らねェ」

 おそらくロキを巻き込むまいと訊かずにいたのだろう。その配慮から、セトが何をしようとしているのか、ロキは察してしまった。

「サクラに問い詰めンの? また攻撃されるだけじゃん」
「次はらわねぇ。ブレスは外してく」

 サクラが致命傷を外して撃つ銃を、あえて避けてしまうと、いっそ危険なのではないか。ロキの脳裏で、よくないシミュレーションが繰り広げられる。

「反撃する気がねェのに、無理じゃねェ?」
「——いや、脅す気はある」
「サクラを脅しても効かねェよ? そもそも、てめェに駆け引きは無理」
「………………」

 開いた目が、細く天井を睨んだ。セトは拳を握りしめていた。

「——お前は?」
「は?」
「ロキは、ウサギがどうなってもいいのか」
「……ヤだけど」
「なら、協力してくれ」

 手を開いては握る。腕に力を入れて起き上がろうとしたセトの上体が、がたんっと倒れそうになり、思わずロキは手を伸ばしていた。セトは、その手を取ることなく耐えた。

「身体が重てぇ……」
「動くの早すぎンだって。完全に中和されるわけでもねェんだしさァ……もうちょい大人しくしとけよ……」
「……ウサギ、どこにいるか分かるよな?」
「知らねェって言ったじゃん」
「捜してくれるか?」
「見つけてどォすんの?」
「逃がす」
「まさかハウスから? ウサギひとりじゃ車も動かせねェよ? 行けるわけなくねェ?」
「俺も行く。外で預けられるとこ見つけたら、そこに託せばいいしな」
「あのさァ……ウサギが出ていくなんて、今のサクラは認めねェよな? サクラを攻撃する覚悟もねェのに、勝率あると思ってンの?」
「分かってる。——だから、お前に協力を仰いでるんだろ」

 セトの眼が、ロキを見上げた。狼のような眼は、薄明かりを拾って深いあめ色に輝いている。小さな頃から、ロキのそばにあったもの。大好きだった笑顔を持つひとと類似する、金の眼。これが自分の眼窩がんかまっていたなら——と、ロキが一度は欲した物の、ひとつ。

「ウサギを助けたいなら、俺とハウスから逃げてくれ」

 琥珀こはくの目が、強くロキを捉えていた。
 怒っているようにも見えるその目つきに、ロキの頭のなかで過去が鮮明に広がる。

——謝るなら、目を見て謝れ! 相手に伝わらなきゃ謝罪なんて意味ねぇんだよ!

 いつだって、根拠のないことを当たり前のように語ってきた。たいてい誰かのために怒ってばかりいる、旧知の——兄弟であり、ライバルであり、家族でもあった——友達。
 この瞳が嘘をつかないことを、知っている。

「……マジで言ってる?」

 ——それでも、ロキは信じられずに尋ねていた。

「冗談で言うわけねぇだろ」
「……オレがウサギの為に、てめェなんかと逃げると思ってンの?」
「お前、ハウスに未練なんてねぇだろ」
「そォでもないけど? ここ以上の設備と資源に余裕ある場所なんて近場でなくね?」
「かもな。ハウスに戻りたいなら、あとで俺に全部なすりつけてサクラさんに泣きつけよ」
「誰が。サクラに泣きつくとか、ぜってェやだ」
「なら俺と逃亡だな。ほとぼりが冷めるまで……冷めるとして。ウサギがお前と離れたくないっつったら、預けず3人で? ウサギがお前をあっさり捨ててコミュニティ決めたら、俺と。まあ……なんとかなるだろ」
「……マジで言ってる?」
「しつけぇな。まじで言ってるに決まってんだろ」
「……オレと? なんでオレ?」

 セトは途中から目を離してストレッチを始めている。日常的な動作で、事もなげに話す内容が重いのか軽いのか、ロキはだんだんと分からなくなっている。
 セトはブレス端末を外しながら、「俺ひとりじゃサクラさんに勝てねぇし……お前ひとりでも無理だろうけど」ひょいっとベッドから降りて、

「ふたりなら勝てる。昔からそうだっただろ? 俺は、お前がいたら——なんだってやれる」

——昔のオレは、セトといるのがほんとに楽しくて。セトとオレなら、なんでもやれるって思ってた。

 それを言ったのは——ロキだ。似たようなことを、でも、少し違うかたちで。

「……なんでいま言うかなァ~?」

 天井を仰ぎ見て、思いっきり息を吐き出した。
 欲しかった言葉を、そんなあっさり、今までの全てがなかったみたいに。

 ロキのセリフが理解できず、(何言ってんだ?)みたいな顔をしたが、時間が惜しいらしいのかセトは「とにかくウサギ捜してくれ」非常に勝手な言い分。まだ逃亡幇助ほうじょのOKは出していない。
 しかし、迷いたいのに——迷えない。一瞬でほだされた自分を、どうしたらいいのだろう。ロキのなかの葛藤は、ひとまず彼女を助けるという目的に焦点を合わせ、行動を開始した。

 ジャケットの右ポケットから、薄い携帯端末を取り出す。ブレス端末を身につけているなら、ミヅキの監視の目をかいくぐって居場所を調べるのは難度が低い。余裕で引き出せる情報が映し出されるまでのあいだ、ついでに、

(あァ~あ、てめェは昔から勝手なンだよ。オレを——特別みたいに言ってくンのに、オレだけじゃ足りない。誰にでも優しくすンのに、一番はサクラで、いざとなったら他は捨てられる。……オレの敗北感も知らない。そういうところが、昔からマジで……)

 感情を言語化して、人間っぽく口の中で呟いてみる。「何ぶつぶつ言ってんだよ? ウサギの居場所わかったのか?」横から端末をのぞきこもうとしてくる金髪がうっとうしいので、空間に映し出した。ハウスの立体マップ。

「……中央棟か」

 セトの声は重かった。中央棟の〈暖炉の間〉からワンフロア上がった——おそらくサクラの私室。内情が知れない、現状では最難関といえる場所に、彼女とサクラのマークがついている。ロキは「軍犬は一緒じゃねェな……」ついでに表示された各個人の位置情報に目をすべらせてから、ハッとした。

「なァ、イシャンがこっち向かってる」
「……ほんとだな」
「どォすんの? 見つかったらサクラに報告されてゲームオーバーじゃね?」

 マップから目を離したセトは、診療台の横にあったワゴンに寄った。置かれていた自身の服を取り、素早く着替えていく。動きやすいそれに身を包みながら、「イシャンは、俺がやる」短く答えた。

「は? やるって何?」
「気絶させるだけだ。なるべく怪我させねぇように気をつける」
「……マジで、サクラに歯向かう気なんだ」
「ああ」

 セトが、服と並んでいたバトンを手に取った。収納されていた30センチほどのバトンを引き伸ばす。室内のスペースから判断し、適切な長さに。
 ロキを、睨むような目で見返し、

「今のサクラさんには従えねぇ。ウサギは——俺とお前で護る」
 
 ——いいな?
 セトの強い意思確認に、ロキは幼い頃の高揚感が重なるのを感じていた。わくわくするような、場違いな感情。無理やり言葉にしてしまえば、誰にも理解してもらえず批判されるような、にぎやかでカラフルな感情。

「——おっけェ、やってやろ~じゃん♪」

 軽快な声で返すロキの横で、マップのなかを動くイシャンのマークが、医務室前に。
 身構えたセトが、治療室のドアから滑り出る。

 医務室の開いたドアの所で、目を開き驚いたようなイシャンへ、突進しようと——
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...