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Chap.17 ロックンキャロルでワルツを
Chap.17 Sec.10
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それぞれの演奏が片付いたのもあり、全員がテーブルに向いていた。例のごとくセトがパクパクもぐもぐ料理をさらっていくものだから、メルウィンは(それ、まだアリスさんは味見してないと思う……)無言で訴えてみるが、伝わりそうにない。
「……アリスさん、デセールは、なにか食べました?」
セトを止めるのは(誰にも不可能なので)諦めて、彼女に声をかけた。「デセールは、まだ、なにも」首を振ったので、ちょうどいいタイミングだと思い、
「だったら、クリスマスプディングはいかがですか?」
「……くりすます、ぷりん……てぃあが、いってた?」
「ぁ……そうです、たぶん、それです。ティアくんの希望で作りましたから」
「おさけのけーき、と、ききました」
「ぇえっと……ブランデーは使ってますが、アルコールは飛んでるから……酔うことは、ないと思うんですけど……」
「……それなら、たべてみたい」
「はい、ぜひ!」
(よかった!) うれしくて、あらかじめ手配してあったワゴンを、すぐに呼び寄せた。横まで滑ってきたワゴンの上部が開かれ、スチームモードにかかっていたプディングの型ごと、ロボが取り出し、テーブルの上のプレートへ。ひっくり返されて現れたのは、ずっしりとした黒光りする蒸しケーキ。作ろうと決めてから今日までの時間が短かったので、マシンを駆使してスピード熟成させた。
離れたところにいたティアが、目を輝かせている。けれども、寄っては来なかった。遠慮しているのかも。
興味津々の彼女の目の前で、ワゴンから、温めたブランデーの入った小さな銀の柄杓を取り出し、左手に持つ。右手は“ひみつ道具”。
「——あの、ミヅキくん。照明を落としてもらえる?」
《——まかせて!》
ハンドベルを奏でるみたいな声が、頼もしく応える。ふっと照明が消え、明るいボールルームに慣れていた眼が、暗闇を感じるくらいまで。見えなくても、香りで分かる。プディングがある場所に柄杓を傾け、ブランデーをまとったプディングに——火を点した。
闇のなかに灯るのは、幻想的な青の炎。ブランデーの深く華やかなアロマに乗って、甘美な幸福へ誘いこむように、ゆらゆらと揺らめいた。
「……きれい」
見つめる彼女の瞳にも、炎が宿る。
その瞳を見て——メルウィンは、胸に痛みを覚えた。
——これは、アリスさんの歓迎会です。
ティアとロキから、“メルウィンの料理で彼女を引き止める”という無謀なアイディアを聞かされたのは、話し合いの翌々日。「そんなの無理だよっ」「大丈夫だよ」「無理とかナシ。やって」まったくメルウィンの意見を聞かないふたりに、ならば歓迎会を、と。彼女がここにいたくなるような、おもてなしを、みんなで。そんなふうに主張したけれど……本心は、違うところにあった。
彼女を喜ばせたい、安心させたい。純粋にそれだけで歓迎会を提案したわけじゃない。歓迎会として大事にしてしまえば、彼女が出ていきたいと言えなくなるかもしれない。そんな打算が、どこかにあった。
——行かないでほしい。
——ここにいてほしい。
それは僕のわがままだ。
僕は、僕の願いのために歓迎会をしたようなもので……なのに、彼女のためと偽った。それは、とてもずるいことだ。
メルウィンは直前で迷いが生まれ、アリアに相談している。
——メルウィンさんは、お姫様のことが、好きなのでしょうか?
——? もちろん、好きだよ?
——あぁ、そうではなくて……つまり、ハウスでいう、伴侶に望んでいるのか、と……。
——え!
そんなことは、考えたことがなかった。
思いもよらない話題に、そういうことも考えてみたけれど……loveかどうか、よく、分からない。でも、一緒に過ごす時間が——楽しい。
答えを出せないでいたメルウィンに、アリアは何かを察したように頷いていた。
——お姫様は……可哀想ですからね。
——ぇ……っと?
話の流れが読めず、意味を求めるように問いかけたメルウィンに、アリアはとても優しく微笑んだ。
——人は、自分より可哀想なひとに、優しくしたくなるんですよ?
「——めるうぃん?」
火は、消えていた。
短い時間だったが、停止していたメルウィンに、彼女の不思議そうな声が掛けられた。
「ぁ……えっと、明かりをつけましょうか」
光をゆっくりと取り戻したボールルームは、夢から覚めるように元どおりになった。
灯火につどっていた兄弟たちの眼を、メルウィンは、そっと見回す。誰もが平常をよそおっているけれど——きっと、メルウィンと同じなのだろう。
心を込めて謝罪をしたところで、罪は消えない——。
「……アリスさん、」
「?」
「これは、アリスさんが最初に、どうぞ」
切り分けたプディングを載せたプレートを、差し出す。受け取る彼女は、囁くようにして、
「せとが〈さいしょ〉だと、なくなっちゃうね?」
小さく、笑った。
セトを気にしてばかりいるメルウィンに向けた、内緒話。目の前の彼女は笑顔なのに——胸の痛みは、消えない。
同情は、罪だろうか。
慈悲は、傲慢?
それでも、優しくなれるなら——。
「……それは、ティアくんが怒っちゃいそうですね?」
軽い声で、秘密を返した。
胸の痛みも、隠して。
「……アリスさん、デセールは、なにか食べました?」
セトを止めるのは(誰にも不可能なので)諦めて、彼女に声をかけた。「デセールは、まだ、なにも」首を振ったので、ちょうどいいタイミングだと思い、
「だったら、クリスマスプディングはいかがですか?」
「……くりすます、ぷりん……てぃあが、いってた?」
「ぁ……そうです、たぶん、それです。ティアくんの希望で作りましたから」
「おさけのけーき、と、ききました」
「ぇえっと……ブランデーは使ってますが、アルコールは飛んでるから……酔うことは、ないと思うんですけど……」
「……それなら、たべてみたい」
「はい、ぜひ!」
(よかった!) うれしくて、あらかじめ手配してあったワゴンを、すぐに呼び寄せた。横まで滑ってきたワゴンの上部が開かれ、スチームモードにかかっていたプディングの型ごと、ロボが取り出し、テーブルの上のプレートへ。ひっくり返されて現れたのは、ずっしりとした黒光りする蒸しケーキ。作ろうと決めてから今日までの時間が短かったので、マシンを駆使してスピード熟成させた。
離れたところにいたティアが、目を輝かせている。けれども、寄っては来なかった。遠慮しているのかも。
興味津々の彼女の目の前で、ワゴンから、温めたブランデーの入った小さな銀の柄杓を取り出し、左手に持つ。右手は“ひみつ道具”。
「——あの、ミヅキくん。照明を落としてもらえる?」
《——まかせて!》
ハンドベルを奏でるみたいな声が、頼もしく応える。ふっと照明が消え、明るいボールルームに慣れていた眼が、暗闇を感じるくらいまで。見えなくても、香りで分かる。プディングがある場所に柄杓を傾け、ブランデーをまとったプディングに——火を点した。
闇のなかに灯るのは、幻想的な青の炎。ブランデーの深く華やかなアロマに乗って、甘美な幸福へ誘いこむように、ゆらゆらと揺らめいた。
「……きれい」
見つめる彼女の瞳にも、炎が宿る。
その瞳を見て——メルウィンは、胸に痛みを覚えた。
——これは、アリスさんの歓迎会です。
ティアとロキから、“メルウィンの料理で彼女を引き止める”という無謀なアイディアを聞かされたのは、話し合いの翌々日。「そんなの無理だよっ」「大丈夫だよ」「無理とかナシ。やって」まったくメルウィンの意見を聞かないふたりに、ならば歓迎会を、と。彼女がここにいたくなるような、おもてなしを、みんなで。そんなふうに主張したけれど……本心は、違うところにあった。
彼女を喜ばせたい、安心させたい。純粋にそれだけで歓迎会を提案したわけじゃない。歓迎会として大事にしてしまえば、彼女が出ていきたいと言えなくなるかもしれない。そんな打算が、どこかにあった。
——行かないでほしい。
——ここにいてほしい。
それは僕のわがままだ。
僕は、僕の願いのために歓迎会をしたようなもので……なのに、彼女のためと偽った。それは、とてもずるいことだ。
メルウィンは直前で迷いが生まれ、アリアに相談している。
——メルウィンさんは、お姫様のことが、好きなのでしょうか?
——? もちろん、好きだよ?
——あぁ、そうではなくて……つまり、ハウスでいう、伴侶に望んでいるのか、と……。
——え!
そんなことは、考えたことがなかった。
思いもよらない話題に、そういうことも考えてみたけれど……loveかどうか、よく、分からない。でも、一緒に過ごす時間が——楽しい。
答えを出せないでいたメルウィンに、アリアは何かを察したように頷いていた。
——お姫様は……可哀想ですからね。
——ぇ……っと?
話の流れが読めず、意味を求めるように問いかけたメルウィンに、アリアはとても優しく微笑んだ。
——人は、自分より可哀想なひとに、優しくしたくなるんですよ?
「——めるうぃん?」
火は、消えていた。
短い時間だったが、停止していたメルウィンに、彼女の不思議そうな声が掛けられた。
「ぁ……えっと、明かりをつけましょうか」
光をゆっくりと取り戻したボールルームは、夢から覚めるように元どおりになった。
灯火につどっていた兄弟たちの眼を、メルウィンは、そっと見回す。誰もが平常をよそおっているけれど——きっと、メルウィンと同じなのだろう。
心を込めて謝罪をしたところで、罪は消えない——。
「……アリスさん、」
「?」
「これは、アリスさんが最初に、どうぞ」
切り分けたプディングを載せたプレートを、差し出す。受け取る彼女は、囁くようにして、
「せとが〈さいしょ〉だと、なくなっちゃうね?」
小さく、笑った。
セトを気にしてばかりいるメルウィンに向けた、内緒話。目の前の彼女は笑顔なのに——胸の痛みは、消えない。
同情は、罪だろうか。
慈悲は、傲慢?
それでも、優しくなれるなら——。
「……それは、ティアくんが怒っちゃいそうですね?」
軽い声で、秘密を返した。
胸の痛みも、隠して。
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