【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
201 / 228
Chap.17 ロックンキャロルでワルツを

Chap.17 Sec.12

しおりを挟む
 ステンドグラスのドアは、どうしてか手をかざしただけで開いた。
 ——え? 拍子ぬけしたような気持ちで、うっかり足を踏み入れ、誰もいない暖炉の部屋まで行けてしまい……ふわりと現れたミヅキに、跳ねるように驚いた。空間が白むような、現れる予兆みたいなものがあるのだが、どうしても慣れない。

《——驚かせてしまって、ごめんなさい!》
「いいえ、だいじょうぶ……」
《現在、サクラは権限を放棄していますので、中央棟は入室可能ですが——お客様は、こちら2階の〈暖炉の〉と3階の〈うぐいすの間〉のみ、過去に入室されていますよね? 各階には他にも部屋がありますが、ご案内しましょうか?》

 権限を放棄。2、3時間前くらいにも聞いた気がするその言葉に、ひょっとして私でなくとも入室できた? と思ったが……

《——ちなみに、サクラの私室となっている〈うぐいすの間〉は、本人以外の入室ができませんので、ご了承ください》
「……みづきくん、わたしは、そこに……はいりたい」
《許可されておりませんので、ごめんなさい!》
「………………」

 可愛い笑顔におされる。分かってきたのだが、この子はなかなか厳しい。このではなくて、AIか。

「……みづきくん、おねがい。さくらさんに〈はなし〉があるの」
《サクラにご用ですか? それでしたら、現在サクラは5階の〈天空の間〉にいますので、ご案内しますね》

 難関を越えなければと思ったのに、あっさりとエレベータのドアを開いてもらえた。しかも、案内してくれるらしい。気が変わる前に、と。早足でエレベータに乗り込んでから、急に不安が。
 足もとから胸まで、勇気が抜けていくような、心許ない気持ちが攻めてくる。どうしよう、うまく話せるだろうか……。

《——到着しました。こちらです》

 ひらりと出された白い手が、開いたエレベータの先を示した。彼は来てくれないらしい。来られても、空気の違いというか、この可愛らしいテンションでいられては、やりづらいようにも、思う。
 恐るおそる足を出して、降り立ったフロアの様子を——

 ——宇宙みたい。
 そんな第一印象をいだくほどに、その部屋は一面の星空だった。一瞬ここは外かと思ったが、暖かすぎる。風も感じないこの空間は、ロキの部屋のように、壁から天井にかけて景色が映し出されているのだろう。ただ、ロキの部屋と異なるのは、床はそのままであることと、実際の——外の景色を映し出しているのだと思う。展望広間から見ていた景色と似ていた。こちらのほうが位置が高く、ぐるりと周囲を見渡せられる。
 そんなふうに周りを眺めて、奥に立つ黒い影が目に入った。高い空で輝く丸い月のもと、背の高い青年がそれを見上げている。

『——サクラさん』

 呼びかけると、彼はとくに驚くことなく振り返った。ミヅキの案内が響いていたのだから、誰かが入ってきたことは分かっていたはず。

『……どうかしたのか?』

 色のない表情が、夜空を背に白く浮いている。
 その頭上に、王冠はない。魔物をべるかのような、恐ろしいつのもない。人の命を刈り取る、死の鎌だって、手にしていない。
 ——おなじ、人間。

『………………』
『………………』

 なんと、話したらいいのだろう?
 なんと言えば、彼の心に届くのだろう?

 夜空とそっくりに青い眼を、ただ見つめる。

『…………用がないのなら、』

 ——出て行け。言葉の先を勝手に想像してしまったが、唇を開いたサクラは、まったく違うことを口にした。

『教えてもらいたいことがあるのだが、頼めるか?』

 少しのあいだ、言葉が言葉として頭に入らず、何にもならない時間を置いてしまった。
 考える間をもって、しかし、考えが及ばず、

『……私、に?』
『ああ、教えてもらいたいことがある』
『……私が、サクラさんに教えられることなんて……』
『——長らく解けずにある問題でね。試しに見てくれ』

 サクラの手が、空間をでた。星空が消え、目がくらむほど真っ白に——

《——やめて!》

 突如、すぐそばから響いた女性の声に、びっくりして一歩さがった。まぶしさに細めた目を開けると、ひとりの女性が私に向かって叫んでいた。

《私に触らないで! 薬を打つつもりでしょうっ?》

 なんの話をしているの——と、尋ねようとしたが、すぐに気づいた。これはただの映像だ。ミヅキと同じ、空間に映し出された人。
 黒い髪を、編み込んだように後ろでまとめたそのひとは、ミヅキによく似ている。膨らんだお腹と、そこをかばうような姿勢から、妊婦だと分かった。その女性の右手にはナイフが握られ、反対の手には——緊迫した場にそぐわない、無表情な少年の腕が繋がっていた。ゲームのなかで見たセトとロキよりは、わずかに大きいと思う。その表情からイシャンが連想されたが、肌は白い。波打つ黒髪は鎖骨まで掛かっていて、床に落ちていた目線が上がり——青い眼。知っているものよりも、明るい青を帯びた——その眼が、私を捉えた。

《——落ち着いてください》

 なめらかな声が、頭上から聞こえた。
 横にそれるようにして振り返ると、サクラをやつれさせたような線の細い男性が、ギョロリとくぼんだ目をしきりにまばたきさせながら、妊婦との距離を詰めようとしていた。

《ハツネさん、話を聞いてください。私は、あなたの身体のために処置を——》
《近づかないでっ!》

 金切り声が、脳に刺さる。青い眼の少年は、何も聞こえていないかのように反応しない。
 ——すると、いきなり彼女は少年の身体を引き寄せ、手にしていたナイフの先を、少年の細い首に突き立てるように向けた。

《この子たちを殺すくらいなら、サクラを殺して私も死ぬわ!》
《……やめてください》
《あなた、サクラを殺されたら困るでしょう? あなたそっくりのこの子が、あなたは、何よりも大切なんでしょう?》
《………………》

 彼女の震える手のせいで、ナイフの刃先が、白い喉に赤い線を生んでいる。助けようと伸ばした手は——映像だというのを忘れるほど、その血が痛々しく流れたから——当然のごとく、何も掴めなかった。

《あなたには……あんなに沢山の、あなたのがいるんだから……私にだって、をちょうだいっ……》

 悲痛な声で、彼女は涙を流した。頬をつたうしずくが、ぽたりと、少年の腕に垂れ落ちた。
 ようやく生きているのを思い出したかのように、少年が反応を見せる。涙に視線を落とし、自分の頭の上を仰いだ。女性の顔を、無感動に眺めている。——観察するように。

《……分かりました。望みどおりの出産を……認めます》
《ほんとうね? 騙していない? もしも、これが嘘だったなら——》

——この子を必ず殺して、私も死ぬから。

 魔女の呪いに似たその声は、映像が消えたあとも、いつまでも耳に残り続けた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...