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Interlude 鏡に映る、さかしまの国
Can't Take My Eyes Off You 4
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「——なァ、アイツのどこがいいワケ?」
ノイズを含んだ声質。
さりさりとした音は私に向けられていたらしく、振り向いた先で、縁だけ青い茶色のような眼が私を見下ろしていた。
昼食のあと、食堂でイシャンと別れ、イシャンの部屋に戻るところだったのだが……隣の部屋から出てきたロキと、鉢合わせた。正しくは、私が彼の部屋の前を過ぎてから、ちょうどロキが現れたかたちになる。
「……なんと、いいましたか?」
初めて声を掛けられたかと思うが、癖の強い発音のせいで、うまく聞き取れなかった。
尋ねる私に、ロキのほうは口角を上げてニヤニヤと笑っている。
「へェ~、マジで共通語わかんねェんだ? 健忘症って? それってどんな感じ?」
「……?」
「記憶がない状態で知らない人間に拐われて、まともな情報もなく部屋に隔離されて、ひとりで外も出歩かせてもらえない。過保護もここまでくると人権侵害だと思うケド、アンタそれで納得してンの?」
「……あの、もうすこし、ゆっくりはなしてもらえないと……」
「自分が、誰かも分かんねェのに、〈伴侶〉か?」
ぺらぺらと動いていた唇は、最後だけゆっくりと責めるような響きを落とした。
その意味だけは、確かに拾えた。
——非難されているのだろうか。
「……ろきさん、」
「なァに? 名無しちゃん」
悪意のこもった呼び名で、愉しげに目を細める彼に向けて——ひとまず片手を上げた。
「わたし、へやにもどりますね」
「……は?」
さよならの意味合いで見せた掌に、彼の怪訝な目が刺さる。
いきなり現れてなぜ悪意をぶつけてくるのか。よく分からないけれど、とりあえず笑っておいた。
「ろきさんの〈ことば〉、ぜんぜんわからないです。もっと〈べんきょう〉しないとだめですね。……というわけで、へやで〈べんきょう〉してきます!」
「………………」
怪訝な顔は、ゆるやかに呆れを帯びて——「あっそォ……」気だるい音をこぼした。
「では、また」
「はいはァい」
くるりと背を向けたロキは、手を振り返すこともなかった。
ただ、その向こうから。ちょうどよく——もしかして、ロキとの接触をハウスAIのミヅキから知らされて——やってきたイシャンが、怖い雰囲気でロキと出会ってしまった。
すでに私たちが離れていたこともあって、イシャンが問い詰めるようなことはなかった。なにか、すれ違いざまに話しているようではあったが。
「心配性だねェ? ひとの伴侶なんか、わざわざ手ェ出さねェって」
「……保証がない」
「オレの信頼に関係なく、ハウスの規則じゃん。君主様の法は絶対——だろ?」
「………………」
「オレなんか気にして閉じ籠めてンの? 名無しちゃん、かわいそォ~だなァ?」
ロキを残して、イシャンは私のもとまで歩いてきた。目の前にたどり着くと、
「ロキとは……何もなかったのだろうか?」
「はい。〈べんきょう〉をがんばろう、という〈はなし〉になりました」
「……ロキと、そんな話題になるだろうか……?」
「なりましたね」
笑顔で迷いなく答えると、イシャンは「そうなのか……」ロキへの疑いを悪いと思ったのか、すこしだけ反省するような色が見えた。
嘘は、なにひとつ言っていない。
イシャンの奥で、こちらを見ていたロキと目が合った。——合った瞬間、彼はどうでもよさそうに目を外して去っていったが。
「何も無いにしても……ロキだけは、なるべく接触を避けてもらいたい。……言動も、貴方に不愉快な思いをさせるかも知れない……」
「ああ、たしかに、ろきさんって〈こども〉みたいですもんね?」
「……子供?」
「はい。ちいさな、こどもみたいです」
「(小さい? あんなに身長があるのに?)……それは、私には分からない感覚だが……」
「え? そうなんですか?」
首を傾けると、イシャンのほうは真剣に考え込み始めてしまった。余計な問題を与えたかと思ったが、まじめな表情はとても凛々しくてかっこいいので……訂正するのを忘れ、見入ってしまった。
ふと、目が合う。(何故じっと見られているのだろう……?)という、困惑が見える。
「そういえば……〈とれーにんぐ〉、いいんですか?」
「ああ……貴方が、部屋に入るのを見届けたら、戻ろうと思う」
「なら、わたしは、へやに」
「………………」
邪魔にならないよう、別れを告げて部屋に入ろうと——したが、ドアとの間に腕を伸ばした彼によって、行く手を阻まれた。
「……?」
振り仰げば、黒い瞳が。
私を映して、誘うように細まる。
「貴方も、トレーニングを……してみたいだろうか?」
「え! いいんですか?」
「射撃は認められないが……護身術なら」
「やります! やってみたいです!」
どういう心境の変化だろう。私が部屋から出るのを、彼は嫌がっていた気がするのに……思い違いだったのだろうか。
疑問が顔に出ていたみたいで、気づいた彼は、「一緒なら、危なくはないと……思う」
——なるほど。何もないところでも転べる私だから、今まで危険視されていたのか。最近は転ばなくなったので、信用を勝ち得た……?
「私も、閉じ籠めたいわけでは……ない」
「? ……わかってますよ?」
「……そうか」
脈絡のない主張に首をかしげていると、近すぎる距離に何を思ったのか、イシャンの唇が——額に。ふっと優しく触れた。
「……えっ?」
「……行こう。トレーニングルームは1階になる」
驚いて説明を求める私の目に、彼は応えることなく平然と話をそらした。
熱の生まれる額とは別に、頬も熱い。
そんな状態で——まともにトレーニングなど、できるはずもなく。
散々な結果を披露した私に、彼が(やはり独りでは危険だな)と。
せっかくの信用を破壊しまくって、改めて見守り対象であると、認識させてしまうこととなる。
ノイズを含んだ声質。
さりさりとした音は私に向けられていたらしく、振り向いた先で、縁だけ青い茶色のような眼が私を見下ろしていた。
昼食のあと、食堂でイシャンと別れ、イシャンの部屋に戻るところだったのだが……隣の部屋から出てきたロキと、鉢合わせた。正しくは、私が彼の部屋の前を過ぎてから、ちょうどロキが現れたかたちになる。
「……なんと、いいましたか?」
初めて声を掛けられたかと思うが、癖の強い発音のせいで、うまく聞き取れなかった。
尋ねる私に、ロキのほうは口角を上げてニヤニヤと笑っている。
「へェ~、マジで共通語わかんねェんだ? 健忘症って? それってどんな感じ?」
「……?」
「記憶がない状態で知らない人間に拐われて、まともな情報もなく部屋に隔離されて、ひとりで外も出歩かせてもらえない。過保護もここまでくると人権侵害だと思うケド、アンタそれで納得してンの?」
「……あの、もうすこし、ゆっくりはなしてもらえないと……」
「自分が、誰かも分かんねェのに、〈伴侶〉か?」
ぺらぺらと動いていた唇は、最後だけゆっくりと責めるような響きを落とした。
その意味だけは、確かに拾えた。
——非難されているのだろうか。
「……ろきさん、」
「なァに? 名無しちゃん」
悪意のこもった呼び名で、愉しげに目を細める彼に向けて——ひとまず片手を上げた。
「わたし、へやにもどりますね」
「……は?」
さよならの意味合いで見せた掌に、彼の怪訝な目が刺さる。
いきなり現れてなぜ悪意をぶつけてくるのか。よく分からないけれど、とりあえず笑っておいた。
「ろきさんの〈ことば〉、ぜんぜんわからないです。もっと〈べんきょう〉しないとだめですね。……というわけで、へやで〈べんきょう〉してきます!」
「………………」
怪訝な顔は、ゆるやかに呆れを帯びて——「あっそォ……」気だるい音をこぼした。
「では、また」
「はいはァい」
くるりと背を向けたロキは、手を振り返すこともなかった。
ただ、その向こうから。ちょうどよく——もしかして、ロキとの接触をハウスAIのミヅキから知らされて——やってきたイシャンが、怖い雰囲気でロキと出会ってしまった。
すでに私たちが離れていたこともあって、イシャンが問い詰めるようなことはなかった。なにか、すれ違いざまに話しているようではあったが。
「心配性だねェ? ひとの伴侶なんか、わざわざ手ェ出さねェって」
「……保証がない」
「オレの信頼に関係なく、ハウスの規則じゃん。君主様の法は絶対——だろ?」
「………………」
「オレなんか気にして閉じ籠めてンの? 名無しちゃん、かわいそォ~だなァ?」
ロキを残して、イシャンは私のもとまで歩いてきた。目の前にたどり着くと、
「ロキとは……何もなかったのだろうか?」
「はい。〈べんきょう〉をがんばろう、という〈はなし〉になりました」
「……ロキと、そんな話題になるだろうか……?」
「なりましたね」
笑顔で迷いなく答えると、イシャンは「そうなのか……」ロキへの疑いを悪いと思ったのか、すこしだけ反省するような色が見えた。
嘘は、なにひとつ言っていない。
イシャンの奥で、こちらを見ていたロキと目が合った。——合った瞬間、彼はどうでもよさそうに目を外して去っていったが。
「何も無いにしても……ロキだけは、なるべく接触を避けてもらいたい。……言動も、貴方に不愉快な思いをさせるかも知れない……」
「ああ、たしかに、ろきさんって〈こども〉みたいですもんね?」
「……子供?」
「はい。ちいさな、こどもみたいです」
「(小さい? あんなに身長があるのに?)……それは、私には分からない感覚だが……」
「え? そうなんですか?」
首を傾けると、イシャンのほうは真剣に考え込み始めてしまった。余計な問題を与えたかと思ったが、まじめな表情はとても凛々しくてかっこいいので……訂正するのを忘れ、見入ってしまった。
ふと、目が合う。(何故じっと見られているのだろう……?)という、困惑が見える。
「そういえば……〈とれーにんぐ〉、いいんですか?」
「ああ……貴方が、部屋に入るのを見届けたら、戻ろうと思う」
「なら、わたしは、へやに」
「………………」
邪魔にならないよう、別れを告げて部屋に入ろうと——したが、ドアとの間に腕を伸ばした彼によって、行く手を阻まれた。
「……?」
振り仰げば、黒い瞳が。
私を映して、誘うように細まる。
「貴方も、トレーニングを……してみたいだろうか?」
「え! いいんですか?」
「射撃は認められないが……護身術なら」
「やります! やってみたいです!」
どういう心境の変化だろう。私が部屋から出るのを、彼は嫌がっていた気がするのに……思い違いだったのだろうか。
疑問が顔に出ていたみたいで、気づいた彼は、「一緒なら、危なくはないと……思う」
——なるほど。何もないところでも転べる私だから、今まで危険視されていたのか。最近は転ばなくなったので、信用を勝ち得た……?
「私も、閉じ籠めたいわけでは……ない」
「? ……わかってますよ?」
「……そうか」
脈絡のない主張に首をかしげていると、近すぎる距離に何を思ったのか、イシャンの唇が——額に。ふっと優しく触れた。
「……えっ?」
「……行こう。トレーニングルームは1階になる」
驚いて説明を求める私の目に、彼は応えることなく平然と話をそらした。
熱の生まれる額とは別に、頬も熱い。
そんな状態で——まともにトレーニングなど、できるはずもなく。
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