【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Interlude 鏡に映る、さかしまの国

狼少年

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(もしも、普通に受け入れられていたのなら)

 緊急をしらせるアラートが鳴った。
 ハウス内でのんびりと過ごしていたティアや、ゲームに興じていたハオロンを含め——とにかくハウス内にいた全員がエントランスホールへと集まっていた。
 何事か、と。わずかに遅れてやってきたティアの目の先では、森から帰ってきたらしい感じの彼女と、隣に——ジャッカル?

「え……どうしたの?」

 周囲の兄弟たちが沈黙している。尋ねたティアの声が、辺りに反響する。近くにいたメルウィンが振り返ったが、どうやら困惑している。そういえばセトがいない。
 答えが誰からもないので、彼女を見ると、目が合った。真剣な顔をした彼女が、ぽつりと、

「せとが……〈おおかみ〉に、なりました」
「……うん?」

 ——それは、比喩的な感じ?
 思わず軽い気持ちで問いかけそうになったが、そういうことではないらしい。彼女の目線が、横でピシッと姿勢を正しているジャッカルに向けられる。

「〈もり〉で……すこし、おくへいったら……せとが、きゅうに、いなくなりました。なまえをよんだら……せとのきえたところから、この〈おおかみ〉が……」

(あぁ、その子、セト君が世話してるジャッカルか)

「……この〈おおかみ〉、せとなんです。しんじられないかも、しれないけど……みてください! 〈め〉が、せとなんです!」

 せっぱ詰まった顔で言ってくる彼女に、「えぇ……あぁ、うん……」あいまいに返事をしていると、急にハオロンが、

「そぉなんやって! 黙っててごめんの、ありす。セトは、昔のうちの実験で、ときどき動物になってまうんやって!」

 何を言い出すのやら。
 ティアの心をよそに、駆け寄ったハオロンがジャッカルに抱きついた。「ごめんの~! セト~っ! 」とりあえず、うるさい。
 状況を捉えてよく見ると、誰も深刻な空気ではなかった。ロキにいたっては半笑いだ。

(なにこの茶番……)
 閉口しているティアの前で、ブレス端末でセトの位置情報でも確認していたらしいサクラが、手を離した。そして、静かな声で、

「黙っていて悪かったね。これは、ハウスの極秘情報だ……外にれては、人々の好奇の目にさらされてしまうだろう、ということで、口外禁止を言いつけてあった」

 真顔でなにを言う。
 サクラまでもが、彼女の誤解に便乗した。
 素直に受け取った彼女は、「そんな……」悲愴感あふれる顔でジャッカルを見下ろす。ジャッカルのほうは、ハオロンよりも彼女を気に入っているのか、ハオロンの手から抜けて彼女にすりすりと顔を寄せていた。ふむ、こういうのも飼い主に似るのだろうか。主人よりは可愛げがある。

 こぼれる笑みをごまかしつつ、アリアが、

「治療の手段を研究してはいるのですが……いまだ効果的なものを見つけられず……」

 さらっと嘘をついた。
 メルウィンは良心が痛むのか黙っている。一方で、ロキは良心などではなく、単に展開をたのしみつつニヤニヤと無言を貫いている。
 ただ、

「セトが、狼……?」

 ひとりだけ、あちら側の兄弟もいる気が。
 混乱の見えるイシャンに、ティアは同情の横目を送った。たぶん信頼するアリアまで嘘をついたせいで、冷静な判断ができなくなっている。(ハウスの極秘情報を、イシャンにだけ伝えないなんてことはありえないのだが)

 まじめぶった顔で、サクラが彼女に歩み寄り、

「どうやらは、お前といたいようだね。もし、よければ……この子の面倒を見てもらえるか? こうなると、思考も動物と変わらない。飼育についてはミヅキから指示をもらえるだろう」
「——わかりました。〈せきにん〉をもって、めんどうみます」

 勇ましいほどに凛々りりしい顔で応えている。嘘でしょう、と口を挟みたかったティアも、最終的にあきれすぎて何も言えない。

「ほら、せと、おいで。ごはん、あげようね」

 いつになく優しい声と笑顔で、ジャッカルを連れていく彼女。が見ていたら、ジャッカルにまで嫉妬すると思う。いや、本気でジャッカルになれないか検討するだろうか……
 そんな彼女に、メルウィンが慌てて、

「え! アリスさん、食堂に動物を入れちゃだめですよっ?」
「? ……でも、このこ、せとだから……」
「セトくんでも汚れてたらだめです! せめて洗ってからっ……」
「——わかった、あらってくるね」

 自室でジャッカルの体を洗ってあげるらしい。サクラに許可をとった彼女は、エレベータへと向かっていった。ジャッカルは非常に良い子然としてついていく。やはり飼い主には似ていない。

 そうこうしていると、エントランスのドアが開いた。なんだか少しボロボロになっている、本物のセトが。息を切らしているあたり、いなくなってしまった彼女を全力で追いかけてきたのかもしれない。

 ウサギはっ? と訊きたかっただろう彼は、しかし、そろっていた兄弟たちに戸惑いを浮かべる。
 サクラが質問を察し、

「先に帰ってきているよ。私室でシャワーを使っているだろうね」
「お、おぉ……そうか」

 セトの顔には、安堵あんどにまぎれて(あいつなんで急に独りで帰っちまったんだ?)疑問も浮かんでいる。
 混乱に混乱を重ねているイシャンが、

「セト……? どうか……したのだろうか……?」
「ん? ああ、ちょっとな……斜面で滑った」
「セトが、森で転ぶなんてことが……あるのか」
「よそ見してたら落ちた。俺だって、たまにはある」
「そうなのか……」

 に落ちきっていないイシャンに、(どうせアリスちゃんのこと見てて落ちたんでしょ)真実を教えてあげたい。ちなみにイシャンはジャッカルについても謎が解けきっていない。

「そうなると……先ほどの、狼——いや、ジャッカルは……?」
「ん?」

 頭を悩ませて黙ってしまったイシャンに変わって、ハオロンが、可愛くにっこり。

「ありすなら、とシャワー浴びてるわ!」
「……は?」
「セトのこと、めっちゃ心配してたからぁ……部屋に行って、顔見せてあげたらどぉやろか? もうちょっとあとで。とりあえず、セトもシャワー浴びね!」
「おぅ、そうだな……?」

 聞き違いだろうか。そんな疑問を残しつつ、セトがエレベータへと去っていくのを、兄弟みんなで見送り、

「……ありす、どんな反応するか……隠れて見にいこっさ」
「いいねェ~、見応えありそォじゃん」
「アリスさん、可哀想……みんな、悪趣味だよ。アリアくんまで……」
「ふふ、ちょっと楽しくなってしまいました」

 そのあたりで、イシャンもようやく理解がいったらしい。衝撃の目をアリアに向けている。たしかに、あんなにさらっと騙せるとは。ティアからしても意外だった。

 クスリと笑うサクラに、ティアはため息をこぼす。

 狼が来たと嘘をついた羊飼いの少年を、彼らは知らないのだろうか。
 信用というものは、一度失えば、なかなか取り戻せないのだが。

(……アリスちゃんが疑心暗鬼になっても、僕は知らないよ?)

 娯楽にえた彼らの、ちょっとした遊びに巻き込まれた彼女に、心の底から同情の念を送っていた。
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