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Interlude 鏡に映る、さかしまの国
私とワルツを
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【ロックンキャロルでワルツを】
chap.17 sec.14
「——それなら、私が教えようか」
弦楽器を奏でるような、耳に心地よい声が、誘うように唱えた。
クラシックダンスなんて、記憶があったとしても踊れるのかいざ知らず——まして相手がサクラともなると、困惑しかない。
しかし、サクラのほうは素人に教えられる自信でもあるのか、平然としたようすで私の手を取った。横にいたセトとティアは、びっくりしていたかと思う。
「——手を、貸してごらん」
差し出されたサクラの手は、こちらの決断を待っている。
今までにも、見たことがある。誰かしらから与えられてきた——思いやりのような、寛容の掌が、残っていた迷いを取り払った。
触れた指先には、温度があって。
彼も人であると、教えてくれる。
握り合わせる掌に、ゆっくりと熱が生まれ、近づいた距離のせいか、サクラの香に全身が包まれ——なにか、記憶から呼び覚まされるものがあったが、明確に捉える前に、ワルツのステップが始まっていた。
私の足に合わせた、小さな歩幅。頭上から降ってくるカウントの声が、子守唄のように優しい。緊張で下げていた目線を上げてみると、見下ろす青い眼と出会った。
美しくきらめく、宝石のような眼。
シャンデリアの光なのか、ツリーの装飾なのか、こまやかな光を映しているそれは、すこしも怖くない。あんなにも恐れていたのに。
『ステップは、掴めたか?』
『……いえ、あまり……』
サクラの足が、音楽よりもほんのすこし先に動いてくれているおかげで、なんとなく合わせられているが……掴めてはいないと思う。たぶん私が教わっているのは、とてもシンプルな初歩的ステップな気がする。受け身の動きで、同じことのくり返しなのだが、ときおりどうしてか足がもつれる。原因は緊張だと思う。
『これが掴めないと、ティアとは踊れないね』
ふっと笑ってみせるサクラの言葉に、真剣に足運びを捉えようと集中してみる。
『足許を見ていては……転んでしまうよ?』
ゆれるドレスの裾に隠されがちな足に注目していて、サクラの指摘どおり、短いヒールなのにバランスを崩した。サクラの胸に顔をぶつけるかと思ったが、サクラの手が支えるほうが早く——まるで抱きしめられるみたいに——転倒は防がれた。
『すみませんっ……』
腕のなかで呟いた謝罪に応えることなく、サクラの目線が私の足先へ。
『その靴が、踊りにくそうだね』
『ぴったりなので……そうでもないのですが……』
『慣れない物で、慣れないことをするものではないよ』
『………………』
非難しているわけではないと思う。
心配してくれている、と取るには自分勝手すぎるが。
——慣れない物で、慣れないことをするものではないよ。
そのセリフは、どこか皮肉めいている。
私ではなく、誰かに向けて。
『……慣れないことをすると……サクラさんでも、失敗したり……しますか?』
『さあ、どうだろうね』
質問の本質を知りながら、はぐらかすように微笑む。
——このひとが笑うタイミングは、すこし変わっている。笑うときじゃないように思うところで、笑ってみせる。相手の反応を試すみたいに。
ゆっくりと再開されたステップは、緊張が緩んだせいか、音楽に合わせやすくなっていた。
『お前が、どう思っているかは知らないが……私は、失敗だとは思っていない。——結末は、最後まで分からない』
『……彼を、追い出すことが……結末で、成功ですか?』
『さて……どうだろう? あるいは、私の予想にない結末かも知れないね』
『……私は、彼にあなたの芝居を話しませんが……追い出すための、積極的な協力はしませんよ……?』
『ああ、理解しているよ』
『………………』
『お前の意思に拘らず、お前の存在によって、じきに出て行くだろう』
『……?』
『賽は投げられた——ということだ』
微笑をかたどる唇が、理解の枠をこえた物語を紡いでいる。
困惑する私の顔に目を合わせて、説明を加えることなく、サクラは優しく微笑んだままだった。
『——本当は、伴侶をあげたかったのだけどね』
『……はんりょ?』
ふいに出た単語の文字が浮かばずに、問い返すと——同時に、ティアの声が。
「サクラさん、そろそろ代わって」
ずるい、との訴えに遮られて、サクラの身体が離れた。
温度を失った手が、ひやりと冷えていく。
「アリスちゃん、ステップ覚えたみたいだね? 僕と踊ってみようよ」
ポニーテールの長い髪を揺らして、ティアがにこりと笑った。サクラの微笑をかき消すような、明るくほがらなか微笑み。
「——はい」
同じ笑顔を返しながら、ティアの手に手を重ねた。
胸に残る不安を、そっと抑えて。
chap.17 sec.14
「——それなら、私が教えようか」
弦楽器を奏でるような、耳に心地よい声が、誘うように唱えた。
クラシックダンスなんて、記憶があったとしても踊れるのかいざ知らず——まして相手がサクラともなると、困惑しかない。
しかし、サクラのほうは素人に教えられる自信でもあるのか、平然としたようすで私の手を取った。横にいたセトとティアは、びっくりしていたかと思う。
「——手を、貸してごらん」
差し出されたサクラの手は、こちらの決断を待っている。
今までにも、見たことがある。誰かしらから与えられてきた——思いやりのような、寛容の掌が、残っていた迷いを取り払った。
触れた指先には、温度があって。
彼も人であると、教えてくれる。
握り合わせる掌に、ゆっくりと熱が生まれ、近づいた距離のせいか、サクラの香に全身が包まれ——なにか、記憶から呼び覚まされるものがあったが、明確に捉える前に、ワルツのステップが始まっていた。
私の足に合わせた、小さな歩幅。頭上から降ってくるカウントの声が、子守唄のように優しい。緊張で下げていた目線を上げてみると、見下ろす青い眼と出会った。
美しくきらめく、宝石のような眼。
シャンデリアの光なのか、ツリーの装飾なのか、こまやかな光を映しているそれは、すこしも怖くない。あんなにも恐れていたのに。
『ステップは、掴めたか?』
『……いえ、あまり……』
サクラの足が、音楽よりもほんのすこし先に動いてくれているおかげで、なんとなく合わせられているが……掴めてはいないと思う。たぶん私が教わっているのは、とてもシンプルな初歩的ステップな気がする。受け身の動きで、同じことのくり返しなのだが、ときおりどうしてか足がもつれる。原因は緊張だと思う。
『これが掴めないと、ティアとは踊れないね』
ふっと笑ってみせるサクラの言葉に、真剣に足運びを捉えようと集中してみる。
『足許を見ていては……転んでしまうよ?』
ゆれるドレスの裾に隠されがちな足に注目していて、サクラの指摘どおり、短いヒールなのにバランスを崩した。サクラの胸に顔をぶつけるかと思ったが、サクラの手が支えるほうが早く——まるで抱きしめられるみたいに——転倒は防がれた。
『すみませんっ……』
腕のなかで呟いた謝罪に応えることなく、サクラの目線が私の足先へ。
『その靴が、踊りにくそうだね』
『ぴったりなので……そうでもないのですが……』
『慣れない物で、慣れないことをするものではないよ』
『………………』
非難しているわけではないと思う。
心配してくれている、と取るには自分勝手すぎるが。
——慣れない物で、慣れないことをするものではないよ。
そのセリフは、どこか皮肉めいている。
私ではなく、誰かに向けて。
『……慣れないことをすると……サクラさんでも、失敗したり……しますか?』
『さあ、どうだろうね』
質問の本質を知りながら、はぐらかすように微笑む。
——このひとが笑うタイミングは、すこし変わっている。笑うときじゃないように思うところで、笑ってみせる。相手の反応を試すみたいに。
ゆっくりと再開されたステップは、緊張が緩んだせいか、音楽に合わせやすくなっていた。
『お前が、どう思っているかは知らないが……私は、失敗だとは思っていない。——結末は、最後まで分からない』
『……彼を、追い出すことが……結末で、成功ですか?』
『さて……どうだろう? あるいは、私の予想にない結末かも知れないね』
『……私は、彼にあなたの芝居を話しませんが……追い出すための、積極的な協力はしませんよ……?』
『ああ、理解しているよ』
『………………』
『お前の意思に拘らず、お前の存在によって、じきに出て行くだろう』
『……?』
『賽は投げられた——ということだ』
微笑をかたどる唇が、理解の枠をこえた物語を紡いでいる。
困惑する私の顔に目を合わせて、説明を加えることなく、サクラは優しく微笑んだままだった。
『——本当は、伴侶をあげたかったのだけどね』
『……はんりょ?』
ふいに出た単語の文字が浮かばずに、問い返すと——同時に、ティアの声が。
「サクラさん、そろそろ代わって」
ずるい、との訴えに遮られて、サクラの身体が離れた。
温度を失った手が、ひやりと冷えていく。
「アリスちゃん、ステップ覚えたみたいだね? 僕と踊ってみようよ」
ポニーテールの長い髪を揺らして、ティアがにこりと笑った。サクラの微笑をかき消すような、明るくほがらなか微笑み。
「——はい」
同じ笑顔を返しながら、ティアの手に手を重ねた。
胸に残る不安を、そっと抑えて。
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