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Interlude 鏡に映る、さかしまの国
おむすびころりん、心をむすび [後編]
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かくして、おにぎりを獲得した彼ら。大きなプレートの上には、薄い和柄のシートでくるまれたおにぎりが並んでいる。
運んできた彼女は、達成感あふれる笑顔でプレートを差し出した。立ち上がって集まってきていた彼らの前に。
「みなさん、どうぞ」
メルウィンが顔をほころばせ、「わぁ、すてきな包み……ぁ、でも、これって中身が見えない……?」
気づいてしまったか、と。ティアが難しい顔をして反応した。本来の彼らが知るおにぎりは、サンドタイプのため横から中身が見える。今回は包みがなくとも、しっかりご飯に覆われているわけなのだが、「……うん。あのさ、味見した僕の偏見だけど……ハズレがひとつあると思う……」
ぽそりとこぼしたセリフを、セトが耳ざとく拾った。
「おい! 景品なのになんでロシアンルーレットみたいになってんだ! こっちはみんな楽しみにしてんだぞ!」
「僕に言われても……アリスちゃんがリストから具材を見つけちゃって……喜んでたから、止められなかったんだよね……」
詰め寄るセトから身を下げて、ティアは「あはは……」苦笑いとともに両肩を上げた。
ふたりの穏やかでない会話を察した彼らに、微妙な緊張が走った。
とりあえず、思いおもいに取ってみる。にこやかな彼女の気持ちをむげにもできず。
開いた中身を、それぞれ口にした。
ぱっと笑顔を見せたのは、ハオロン。「うちのはツナマヨ! 当たりやわ! おいしい!」ほくほく顔の頬がぷっくりとふくれている。
隣ではロキも珍しく喜んで食べていて、「オレのこれ何? めちゃくちゃうまい」彼女へと尋ねた。なんと言えばいいのか。考えた彼女は言語を切り替えて、
『えびの天ぷらだよ』
『てんぷらってなに?』
『………………』
更なるロキの問いに、黙りこむ。考え込む彼女の様子に気づいたメルウィンが、「エビのフリッター、かな?」小さく助言した。
もきゅもきゅと頬を動かしながら、ハオロンがセトの方へ。「セトは何?」
「俺はからあげ。美味い。……メルウィンは?」
「僕は焼いたサーモン。美味しいよ。アリアくんは?」
「私のはご飯の表面が焼かれていて……香ばしい味がします。中身はモッツァレラチーズですね。とろけていて美味しいですよ。……サクラさんは?」
「イクラだな……美味しいよ」
……そうなると。
全然の目がイシャンに向いた。
「………………」
「お、おいっイシャン! 大丈夫か? まずいなら無理しなくても……」
「いいや……私のも、美味しいと思うが……」
イシャンの返答に、「えっ?」ティアが驚きの声をあげた。
吟味するイシャン。「具は分からない。タマリンド……に、似ている。塩気がある分、ご飯とも合う。……美味しい」
「タマリンドとは……なんでしょう?」アリアの疑問には、メルウィンが「タマリンドは、甘くて酸っぱいフルーツだよ。——ぁ、わかった。アリスさんが入れたの、きっと梅干しだ」
「ウメボシ?」
「ドライプラム……えっと、梅を塩漬けして干したもので……僕も食べたことはないから……」
アリアとメルウィンの会話に、いつのまにやら調理室に行って取ってきたらしい彼女が、にこっと笑って、赤黒いベトベトの実が載ったプレートを彼らの前に。それぞれピックが付いていてとても食べやすそう。余計な配慮が行き届いている。
しばし、空気が凍る。サクラだけは「私は知っているから要らないよ」ちゃっかりと断りを入れている。ティアとイシャンも食しているので、逃げる権利を保有している。
残された者たちが、恐るおそる手を伸ばし、口の中へ。
5人の顔が、きゅっと中心に向けて縮まった。どう見ても美味しそうではない。
顔のパーツを寄せたまま、メルウィンが「たしか、ハツネさんがマシン管理で作ったものだよ。長期保存食だから、完全管理の保管庫だったら、人間よりも長生きするんだって……言ってた」おまけの説明。
セト、ロキ、ハオロンの空気は沈んでいる。
「いや、こんなもん長く保存してどうすんだ……?」
「まァ……キライじゃないけどねェ……」
「……口のなかのツナマヨの味、消えたわ……これ、しょっぱすぎんかぁ? もっと甘かったらいいのに……」
塩気の強い梅干しを、あまり受け入れられていない。メルウィンの小さなフォローも届いていない。「たぶん昔のひとしか食べないよ。クラシカルブームで、ほんのちょっと流行してたけど……」
サクラの横で静かに味わっていたアリアが、「……なるほど。これが、お姫様の好み……」やはりこちらも受け入れられていないようす。
「祖国の定番というだけであって、好物とは限らないだろう?」サクラの意見には「そうだといいですね……」複雑な表情で返している。
梅干しの存在に圧倒されていた彼らのもとへ、調理室へと戻っていた彼女が追加のおにぎりプレートを持ってきた。「もうすこし、あります」
梅干しから立ち直っていたセトが、彼女のそばへ。「もらう。エビのフリッターどれだ?」
「えびは、これ」示した彼女に絡みつくようにロキがやってきて、「オレもエビ!」「いや、お前は食ったろ。あとひとつずつしかねぇみたいだし、別のにしろよ」セトによってベリっと引き離された。
小さな諍いが始まるのをよそに、ハオロンがプレートの上をあさっている。「うち、チーズ出てくるのが食べたいんやけどぉ……」
テーブルの上にプレートを置くと、彼女はひとつ取ってハオロンに手渡した。「はい。これは、ヤキオニギリ。ショーユをぬって……やいたの」
「ありがと、ありす!」
「私はサーモンが気になりますね」アリアのつぶやきには、メルウィンが率先して手渡した。「サーモンはこれだよ」
「……おや? メルウィンさんは、見た目で分かるのですか?」
「うん、匂いで分かるから……ぁ」
ぎくりと肩をこわばらせたメルウィン。
「え? メル君、もしかして最初から、ハズレがどれか分かってた?」ティアの言葉に、イシャンが無言でメルウィンを見つめている。
「………………」
「ぇ、えっと! でも、梅干しも美味しかったから、はずれじゃないと思う!」
「……私は、次は梅干し以外を頂きたい」
「イシャンくん! これ、からあげ! どうぞ!」
あせあせとメルウィンがイシャンへ手渡した。ティアはその様子を笑いながら、ひらりとサクラの横へ歩み寄った。
「ね、サクラさん。僕、気づいたことがあるんだけど」
「どうかしたのか?」
「さっきさ、梅干しは知っているから要らないって言ったよね?」
「…………」
「それってさ、知識としては知ってるだけで、食べたことはないんじゃない? せっかくだし食べたら? サクラさんの反応、みんな興味あるんじゃないかな~?」
「ティア、お前の口にも一粒放り込んでやろうか?」
「……うん、僕ちょっと、おくち閉じておく」
ティアの口は貝のようにぴっちりと閉じられた。
「ありす! ヤキオニギリめっちゃ美味しい! うちこれ好きやわ!」
満面の笑みで感想を述べるハオロンに、セトとロキが反応した。
「まじか。俺も一口くれよ」
「オレもちょ~だい」
「あかんよ? あんたらの口は大きすぎやし。また今度ありすに作ってもらいね」
「(ぱくっ)」
「あっこら、ロキ!」
「うま。オレこれもスキ」
「あかんって言ったが!」
「……(ぱくり)」
「あっ!」
「おぉ、うまいな」
「……チーズのとこ……ぜんぶ、たべられた……」
残された小さなおにぎりの断片を見つめて、ハオロンの静かな声が……ぽつりと。
彼女と話していたメルウィンの目が、沈痛なハオロンに。「ぁ……ハオロンくんが……」
「ああ……あれは、まずいですね」アリアの困惑顔に、彼女は首をかしげる。「お姫様はご存知ないですね。……ハオロンさんは、普段サクラさんに告げ口するかたちで怒ってみせますが、あれは本気で怒っているわけではなく……ノリで怒っているだけで……本気で怒ると、少々困った事に……」説明している途中で、ハオロンの可愛い口から「あんたら……絶対にゆるさん……」呪詛の響きがもれてきた。びっくりする彼女の目の先で、ゆらりとハオロンがロキを振り返った。
「……は? いやオレちょっとしか食べてねェじゃん。ほとんどセトが……って、ちょっ、なんでこっちくンの!」
オレンジブラウンの眼が、獲物を捉えて復讐に燃えている。
たまにあることなのか、メルウィンとアリアはとても落ち着いている。
「セトくん、食べてすぐ廊下に逃げていったね……」
「ええ……さすが、“強い”脚力の持ち主。速いです」
「ぁ、ロキくん倒れた……」
黙々と食べていたイシャンが、「……確実なほうから倒すのは、適切な判断だと思う」シンプルなコメント。止める気はないらしい。ゲームを通して心を通わせたイシャンは、現在ハオロンの絶大なる味方。
様子を見ていたメルウィンの目が、そろりとドアに流れた。「……残りのおにぎりを食べたいからなのかな……セトくん、すぐそばにいるみたい。……チーズの匂いがするよ」
ハオロンの目も、メルウィンの視線の先に焦点を絞っている。「セトも、次のおにぎりに手ぇ伸ばした瞬間、シメるわ……」
その脅しは、「!」おそらくセトの耳にも聞こえている。
騒々しくなってきた彼らを放って、ティアはテーブルに着いていた。サクラと彼女も並んで着席している。
貝から人に戻っていたティアは、眉をひそめた。「ちょっと君たち、落ち着いて食べなよ。せっかくのおにぎり、落としちゃうよ?」おにぎりそっちのけで揉め始めたセトとハオロンは、テーブルの周りや廊下から調理室など、走り回っている。
騒音を気にせず、サクラは彼女と一緒にほうじ茶なんかを優雅に飲んでいた。「問題ないだろう。あの子たちなら、落ちても転がっても全部食べるだろうからね」
「お行儀わるい……こらセト君! 走らない! ほら、アリスちゃんに笑われてるよ!」
「——さて。私も、もうひとつ貰ってもいいか?」
「さくらさんは、なにが、いいですか?」
「なんでも構わないよ。……『梅干し以外なら、ね』」
プレートに載せられた、和の包み。それらを眺めるサクラの脳裏には、遠い記憶が重なっている。
——サクラ、おにぎり作ったのよ。マシンだけど……食べない?
——いただきます。
——……私の祖国のものなんだけど、どう?
——……私の嗜好には合いません。
——おいしくない? もう食べない?
——要りません。
——……そう。
あまりにも遠い記憶。
それなのに、彼の脳は鮮明に再生する。
言語の切り替えられたサクラのセリフに、彼女は、梅干しだと思われる包みを、サクラから遠い位置にずらした。残念そうな顔をしている。
『梅干しは、不人気みたいですね……サクラさんも、嫌いですか?』
『好みではないな。……だが、お前がわざわざ作ってくれたのだから——食べてみようか』
『えっ? ……いえ、苦手なら、無理に食べていただかなくても……』
『味覚の鈍化で、苦手だと思っていたものが好きになることもある。……味覚に限らないが、人は——変わる。……今なら、』
青白い手が、離れたそれに伸びようとしたが、
「——サクラさん! これ、余ってるやつ貰ってくな!」
軽快な足どりで、セトが横から攫っていった。
彼女が『あ……』小さく声をもらして、サクラを見る。失われた空間を無表情に眺めていたサクラは、ふいに——微笑んだ。ひどく綺麗に。
「……なるほど。横から奪われる気持ちが、多少は理解できた。ハオロン、セトを捕まえるのを手伝ってやる。——ミヅキ、ドアを全てロックしろ」
《——はぁい!》
鈴の音に似た声が応えて、セトが逃げ出そうとしていた廊下へのドアがピシリと閉まった。「はっ? え、サクラさんっ?」足止めされて戸惑うセトの背後には、ようやく追いついたハオロンが。
「ふっふっふっ……セト、積年のうらみ、覚悟しての?」
「積年っ? ……いやまて! 落ち着け! これやるから!」
「——それは梅干しやろが! あんぽんたんっ!」
ハオロンの回し蹴りが、実に華麗に決まった。
立ち上がっていたサクラが足を進め、うずくまるセトの横に転げ落ちたそれを、白い手でひらりと拾い上げる。「私の欲しいものに手を出すなら、それなりの覚悟をしなさい」
ほうじ茶を追加でもらったティアが、すこし離れたその光景に吐息した。
「……何について言ってるのやら……」
「……?」
「気にしないで、アリスちゃん。独り言だから。……僕らも食べよっか。ひとつ、奇跡的に残ってるみたいだし、半分こしようよ。……メル君、アリア君、イシャン君。これ、もらっていい?」
「うん、もちろん」
「もちろんです」
「ああ、もちろんだ」
生き残っている3人の了承をとって、ティアは「ありがと。……はい、アリスちゃん。半分どうぞ」開かれた包みを半分に。受け取った彼女は微笑んだ。
「ありがとう、てぃあ」
「や……違うね、僕のほうが言わないと。作ってくれて、どうもありがとう」
「どういたしまして」
応えて、手のなかのおにぎりを頬ばった。
久しぶりに誰かと食べるおにぎりは、懐かしくて。
——美味い。
——スキ。
——美味しいね。
そんな言葉とともに、じんわり、心にしみる味がする。
マシンには、きっと、生み出せない——。
あたたかな昼下がり
心を結び
真心おむすび、食べましょう
おむすびころりん、絆を渡り
落ちても転がっても
あなたのもとへ
fin.
運んできた彼女は、達成感あふれる笑顔でプレートを差し出した。立ち上がって集まってきていた彼らの前に。
「みなさん、どうぞ」
メルウィンが顔をほころばせ、「わぁ、すてきな包み……ぁ、でも、これって中身が見えない……?」
気づいてしまったか、と。ティアが難しい顔をして反応した。本来の彼らが知るおにぎりは、サンドタイプのため横から中身が見える。今回は包みがなくとも、しっかりご飯に覆われているわけなのだが、「……うん。あのさ、味見した僕の偏見だけど……ハズレがひとつあると思う……」
ぽそりとこぼしたセリフを、セトが耳ざとく拾った。
「おい! 景品なのになんでロシアンルーレットみたいになってんだ! こっちはみんな楽しみにしてんだぞ!」
「僕に言われても……アリスちゃんがリストから具材を見つけちゃって……喜んでたから、止められなかったんだよね……」
詰め寄るセトから身を下げて、ティアは「あはは……」苦笑いとともに両肩を上げた。
ふたりの穏やかでない会話を察した彼らに、微妙な緊張が走った。
とりあえず、思いおもいに取ってみる。にこやかな彼女の気持ちをむげにもできず。
開いた中身を、それぞれ口にした。
ぱっと笑顔を見せたのは、ハオロン。「うちのはツナマヨ! 当たりやわ! おいしい!」ほくほく顔の頬がぷっくりとふくれている。
隣ではロキも珍しく喜んで食べていて、「オレのこれ何? めちゃくちゃうまい」彼女へと尋ねた。なんと言えばいいのか。考えた彼女は言語を切り替えて、
『えびの天ぷらだよ』
『てんぷらってなに?』
『………………』
更なるロキの問いに、黙りこむ。考え込む彼女の様子に気づいたメルウィンが、「エビのフリッター、かな?」小さく助言した。
もきゅもきゅと頬を動かしながら、ハオロンがセトの方へ。「セトは何?」
「俺はからあげ。美味い。……メルウィンは?」
「僕は焼いたサーモン。美味しいよ。アリアくんは?」
「私のはご飯の表面が焼かれていて……香ばしい味がします。中身はモッツァレラチーズですね。とろけていて美味しいですよ。……サクラさんは?」
「イクラだな……美味しいよ」
……そうなると。
全然の目がイシャンに向いた。
「………………」
「お、おいっイシャン! 大丈夫か? まずいなら無理しなくても……」
「いいや……私のも、美味しいと思うが……」
イシャンの返答に、「えっ?」ティアが驚きの声をあげた。
吟味するイシャン。「具は分からない。タマリンド……に、似ている。塩気がある分、ご飯とも合う。……美味しい」
「タマリンドとは……なんでしょう?」アリアの疑問には、メルウィンが「タマリンドは、甘くて酸っぱいフルーツだよ。——ぁ、わかった。アリスさんが入れたの、きっと梅干しだ」
「ウメボシ?」
「ドライプラム……えっと、梅を塩漬けして干したもので……僕も食べたことはないから……」
アリアとメルウィンの会話に、いつのまにやら調理室に行って取ってきたらしい彼女が、にこっと笑って、赤黒いベトベトの実が載ったプレートを彼らの前に。それぞれピックが付いていてとても食べやすそう。余計な配慮が行き届いている。
しばし、空気が凍る。サクラだけは「私は知っているから要らないよ」ちゃっかりと断りを入れている。ティアとイシャンも食しているので、逃げる権利を保有している。
残された者たちが、恐るおそる手を伸ばし、口の中へ。
5人の顔が、きゅっと中心に向けて縮まった。どう見ても美味しそうではない。
顔のパーツを寄せたまま、メルウィンが「たしか、ハツネさんがマシン管理で作ったものだよ。長期保存食だから、完全管理の保管庫だったら、人間よりも長生きするんだって……言ってた」おまけの説明。
セト、ロキ、ハオロンの空気は沈んでいる。
「いや、こんなもん長く保存してどうすんだ……?」
「まァ……キライじゃないけどねェ……」
「……口のなかのツナマヨの味、消えたわ……これ、しょっぱすぎんかぁ? もっと甘かったらいいのに……」
塩気の強い梅干しを、あまり受け入れられていない。メルウィンの小さなフォローも届いていない。「たぶん昔のひとしか食べないよ。クラシカルブームで、ほんのちょっと流行してたけど……」
サクラの横で静かに味わっていたアリアが、「……なるほど。これが、お姫様の好み……」やはりこちらも受け入れられていないようす。
「祖国の定番というだけであって、好物とは限らないだろう?」サクラの意見には「そうだといいですね……」複雑な表情で返している。
梅干しの存在に圧倒されていた彼らのもとへ、調理室へと戻っていた彼女が追加のおにぎりプレートを持ってきた。「もうすこし、あります」
梅干しから立ち直っていたセトが、彼女のそばへ。「もらう。エビのフリッターどれだ?」
「えびは、これ」示した彼女に絡みつくようにロキがやってきて、「オレもエビ!」「いや、お前は食ったろ。あとひとつずつしかねぇみたいだし、別のにしろよ」セトによってベリっと引き離された。
小さな諍いが始まるのをよそに、ハオロンがプレートの上をあさっている。「うち、チーズ出てくるのが食べたいんやけどぉ……」
テーブルの上にプレートを置くと、彼女はひとつ取ってハオロンに手渡した。「はい。これは、ヤキオニギリ。ショーユをぬって……やいたの」
「ありがと、ありす!」
「私はサーモンが気になりますね」アリアのつぶやきには、メルウィンが率先して手渡した。「サーモンはこれだよ」
「……おや? メルウィンさんは、見た目で分かるのですか?」
「うん、匂いで分かるから……ぁ」
ぎくりと肩をこわばらせたメルウィン。
「え? メル君、もしかして最初から、ハズレがどれか分かってた?」ティアの言葉に、イシャンが無言でメルウィンを見つめている。
「………………」
「ぇ、えっと! でも、梅干しも美味しかったから、はずれじゃないと思う!」
「……私は、次は梅干し以外を頂きたい」
「イシャンくん! これ、からあげ! どうぞ!」
あせあせとメルウィンがイシャンへ手渡した。ティアはその様子を笑いながら、ひらりとサクラの横へ歩み寄った。
「ね、サクラさん。僕、気づいたことがあるんだけど」
「どうかしたのか?」
「さっきさ、梅干しは知っているから要らないって言ったよね?」
「…………」
「それってさ、知識としては知ってるだけで、食べたことはないんじゃない? せっかくだし食べたら? サクラさんの反応、みんな興味あるんじゃないかな~?」
「ティア、お前の口にも一粒放り込んでやろうか?」
「……うん、僕ちょっと、おくち閉じておく」
ティアの口は貝のようにぴっちりと閉じられた。
「ありす! ヤキオニギリめっちゃ美味しい! うちこれ好きやわ!」
満面の笑みで感想を述べるハオロンに、セトとロキが反応した。
「まじか。俺も一口くれよ」
「オレもちょ~だい」
「あかんよ? あんたらの口は大きすぎやし。また今度ありすに作ってもらいね」
「(ぱくっ)」
「あっこら、ロキ!」
「うま。オレこれもスキ」
「あかんって言ったが!」
「……(ぱくり)」
「あっ!」
「おぉ、うまいな」
「……チーズのとこ……ぜんぶ、たべられた……」
残された小さなおにぎりの断片を見つめて、ハオロンの静かな声が……ぽつりと。
彼女と話していたメルウィンの目が、沈痛なハオロンに。「ぁ……ハオロンくんが……」
「ああ……あれは、まずいですね」アリアの困惑顔に、彼女は首をかしげる。「お姫様はご存知ないですね。……ハオロンさんは、普段サクラさんに告げ口するかたちで怒ってみせますが、あれは本気で怒っているわけではなく……ノリで怒っているだけで……本気で怒ると、少々困った事に……」説明している途中で、ハオロンの可愛い口から「あんたら……絶対にゆるさん……」呪詛の響きがもれてきた。びっくりする彼女の目の先で、ゆらりとハオロンがロキを振り返った。
「……は? いやオレちょっとしか食べてねェじゃん。ほとんどセトが……って、ちょっ、なんでこっちくンの!」
オレンジブラウンの眼が、獲物を捉えて復讐に燃えている。
たまにあることなのか、メルウィンとアリアはとても落ち着いている。
「セトくん、食べてすぐ廊下に逃げていったね……」
「ええ……さすが、“強い”脚力の持ち主。速いです」
「ぁ、ロキくん倒れた……」
黙々と食べていたイシャンが、「……確実なほうから倒すのは、適切な判断だと思う」シンプルなコメント。止める気はないらしい。ゲームを通して心を通わせたイシャンは、現在ハオロンの絶大なる味方。
様子を見ていたメルウィンの目が、そろりとドアに流れた。「……残りのおにぎりを食べたいからなのかな……セトくん、すぐそばにいるみたい。……チーズの匂いがするよ」
ハオロンの目も、メルウィンの視線の先に焦点を絞っている。「セトも、次のおにぎりに手ぇ伸ばした瞬間、シメるわ……」
その脅しは、「!」おそらくセトの耳にも聞こえている。
騒々しくなってきた彼らを放って、ティアはテーブルに着いていた。サクラと彼女も並んで着席している。
貝から人に戻っていたティアは、眉をひそめた。「ちょっと君たち、落ち着いて食べなよ。せっかくのおにぎり、落としちゃうよ?」おにぎりそっちのけで揉め始めたセトとハオロンは、テーブルの周りや廊下から調理室など、走り回っている。
騒音を気にせず、サクラは彼女と一緒にほうじ茶なんかを優雅に飲んでいた。「問題ないだろう。あの子たちなら、落ちても転がっても全部食べるだろうからね」
「お行儀わるい……こらセト君! 走らない! ほら、アリスちゃんに笑われてるよ!」
「——さて。私も、もうひとつ貰ってもいいか?」
「さくらさんは、なにが、いいですか?」
「なんでも構わないよ。……『梅干し以外なら、ね』」
プレートに載せられた、和の包み。それらを眺めるサクラの脳裏には、遠い記憶が重なっている。
——サクラ、おにぎり作ったのよ。マシンだけど……食べない?
——いただきます。
——……私の祖国のものなんだけど、どう?
——……私の嗜好には合いません。
——おいしくない? もう食べない?
——要りません。
——……そう。
あまりにも遠い記憶。
それなのに、彼の脳は鮮明に再生する。
言語の切り替えられたサクラのセリフに、彼女は、梅干しだと思われる包みを、サクラから遠い位置にずらした。残念そうな顔をしている。
『梅干しは、不人気みたいですね……サクラさんも、嫌いですか?』
『好みではないな。……だが、お前がわざわざ作ってくれたのだから——食べてみようか』
『えっ? ……いえ、苦手なら、無理に食べていただかなくても……』
『味覚の鈍化で、苦手だと思っていたものが好きになることもある。……味覚に限らないが、人は——変わる。……今なら、』
青白い手が、離れたそれに伸びようとしたが、
「——サクラさん! これ、余ってるやつ貰ってくな!」
軽快な足どりで、セトが横から攫っていった。
彼女が『あ……』小さく声をもらして、サクラを見る。失われた空間を無表情に眺めていたサクラは、ふいに——微笑んだ。ひどく綺麗に。
「……なるほど。横から奪われる気持ちが、多少は理解できた。ハオロン、セトを捕まえるのを手伝ってやる。——ミヅキ、ドアを全てロックしろ」
《——はぁい!》
鈴の音に似た声が応えて、セトが逃げ出そうとしていた廊下へのドアがピシリと閉まった。「はっ? え、サクラさんっ?」足止めされて戸惑うセトの背後には、ようやく追いついたハオロンが。
「ふっふっふっ……セト、積年のうらみ、覚悟しての?」
「積年っ? ……いやまて! 落ち着け! これやるから!」
「——それは梅干しやろが! あんぽんたんっ!」
ハオロンの回し蹴りが、実に華麗に決まった。
立ち上がっていたサクラが足を進め、うずくまるセトの横に転げ落ちたそれを、白い手でひらりと拾い上げる。「私の欲しいものに手を出すなら、それなりの覚悟をしなさい」
ほうじ茶を追加でもらったティアが、すこし離れたその光景に吐息した。
「……何について言ってるのやら……」
「……?」
「気にしないで、アリスちゃん。独り言だから。……僕らも食べよっか。ひとつ、奇跡的に残ってるみたいだし、半分こしようよ。……メル君、アリア君、イシャン君。これ、もらっていい?」
「うん、もちろん」
「もちろんです」
「ああ、もちろんだ」
生き残っている3人の了承をとって、ティアは「ありがと。……はい、アリスちゃん。半分どうぞ」開かれた包みを半分に。受け取った彼女は微笑んだ。
「ありがとう、てぃあ」
「や……違うね、僕のほうが言わないと。作ってくれて、どうもありがとう」
「どういたしまして」
応えて、手のなかのおにぎりを頬ばった。
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