【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
218 / 228
Interlude 鏡に映る、さかしまの国

星降る夜は

しおりを挟む
「ウサちゃん、デートしよ」

 夕食後、そう言ったロキに連れ出されたハウスの外には、ピカピカのスノーモービルがあった。
 遊園地のアトラクションにでもありそうな、小さなオープンカーみたいな本体に、下は雪の上を滑りやすそうなソリ状の足とゴムっぽいクローラーのセットで……第一印象は、寒そう。服の防寒は完璧だけども。ちなみに第二印象は危険そう。

「これは、あぶなく……ない?」
「余裕よゆ~♪ 心配ならオートパイロットで行けばい~じゃん」
「どこへいくの?」
「高いとこ。星がキレイらしいから?」

 意外だ。ロキはそういうものに全く興味がなさそうなのに……いや、そういえば私室でも景色が映されている? でもあれは建造物がメインのような……?

 考えている間に身体をひょいっと持ち上げられ、中のシートに移された。拒否権はないらしい。
 エンジン音はなく、後部で雪をくクローラーの車輪が回り始めると、すーっとなめらかに進み出した。意外とゆっくり……なんて油断をしていたら、ものすごいスピードに。

「はやい!」
「だろォ、けっこうスピード出るよなァ~」
「そうじゃなくて……はやすぎっ……」

 遊園地のアトラクションとたとえたが、その見立ては正しかった。ジェットコースターさながらに木々の隙間をぬって高速で進んでいくスノーモービルに、恐怖からシートをがっしりとつかんで震えていた。訴えは風に吹き飛ばされて届いていないのか、ロキはけらけらと笑っている。
 私の方を振り返ると、(あれ?)みたいに不思議そうな顔をした。カラフルな髪が風に流れて弾んでいる。

「……まさか怖い?」

 シートを掴む手を緩めることなく、全力を込めてうなずく。一回で伝わらない気がして、何回も。
 ようやく伝わったらしく、ロキはスノーモービルに速度を落とすよう指示した。ジェットコースターから自転車くらいになった。

「えェ~? あの程度で怖かったワケ? ゲームと比べたら全然じゃん?」
「げーむは、べつだとおもう」
「感覚的に慣れねェ?」
「……なれない」

 スピードが落ちると、流れる景色は緩やかになり、木々の開けた銀世界はスノーモービルのライトを受けてキラキラとしていた。
 夜風はとても冷たい。さらされていた耳が、凍てついたように痛んだ。耳を塞ぐように手で覆うと、ロキがその手の隙間から指を差し入れるように耳へと触れ、

「つめたっ」

 驚きの声をあげた目が丸く開いた。
 横から伸びてきた両手で、左右とも耳を塞がれる。

「耳当て要るじゃん、なんで着けてねェの」

 何か言っている。風のせいもあって、塞がれた耳には何も届いてこない。

 ロキの動く唇を見つめて読み取りにつとめているあいだに、スノーモービルは速度をさらに落として停止した。
 開けた地は、この周辺では最も高度があるように思う。離れた山からすれば大したことはないのだろうが、空気までも凍りつくように冷えびえとしていた。上から見る急斜面はくらくらする。滑り落ちればどこまでも転がっていきそうな。

「どこ見てンの?」

 スノーモービルから顔を出し、そろりと来た道を見下ろしていると、ロキが空を指さした。

「目的こっちなンだけど?」

 指の先を追って目線を上げる。広がる光景に……思わず息をんだ。

「……すごい」

 一面に宝石をこぼしたみたいな、果てしなく続く星空。
 ハウスから見る星空も感動的ではあったが、こちらの広大な星空は孤独を覚えるほど壮麗だった。肌を刺す冷えた空気までもきらめいてる気がする。寂しいのに、美しい——不思議な感動。

「……きれいだね」

 細かい星の光は、空いっぱいを埋めている。
 地上の光が少ないせいなのか山の上だからなのか、星々の輝きは世界を満たすように強く光っていた。

 言葉なく眺めていると、離れていたロキの手が再び耳を包み、くるりと顔をロキの方へと向けられた。
 どうしたのだろう。きょとりと見返せば、その目は不満そうに私を映し、

「空ばっか見すぎ」

(空を見にきたのでは……?)

「デートって言ったじゃん」

 胸中の疑問に答えるロキの手は温かい。耳の痛みを緩和してくれる。

「……ろきの〈て〉、あったかいね」
「完全防備だから。オレ寒いのキライだし」
「そうなの?」
「そ、寒い夜はとくにキライ」
「……なのに、きょうは、そと?」
「ウサちゃんは空とか外とかスキじゃん?」

 そうだろうか。自分のことなのに相変わらずあいまいだった。
 好きかと言われると分からないが、綺麗だとは思う。

 ロキは軽く笑って、

「ウサちゃんが笑ってくれるかと思ったのに、全然笑ってくンないし。オレのことも見ない……失敗だなァ」

 包まれた手をこえて届いてくる言葉に、すこし考える。
 左右の手に、自身の指先を重ねた。

「〈しっぱい〉じゃない。すごくきれいだとおもうよ」

 笑ったつもりだった。
 でも、ロキは何か納得いかないみたいで、ぐっと顔を寄せ、唇が触れてしまいそうなくらい近い距離で目を合わせてくる。

「そういう適当な笑い方じゃなくてさァ……」
「ろき、すこし、ちかい」

 身を引こうとしたが、顔は押さえ込まれている。
 間近の眼は、星明かりだけでは暗すぎて色がなく、薄い光を拾って普段とは違うイメージをまとっていた。

 近い。それだけでも多少は緊張があるのに、深い色をした眼にじっくり見られると……恥ずかしいような。
 顔に集まる熱が、表に出てしまいそう。

「……ひょっとして今は暑い?」
「……ちかい」
「は?」
「ろきが、ちかい」

 熱を帯びた頬で主張すると、ロキも理解したようで……にやり。よくない笑みで手に力がこもった。

「へェ~? いつもならオレが何しても動揺しねェのになァ?」

 吐息が唇をなでる。
 細く笑う目は、星空よりも吸い込まれそうな色をしている。

 その細い目で眺めたまま、唇を重ねた。
 ひやりと冷えた皮膚が、吐息を絡めてりつき、ほのかに熱を生む。

 唇は肌をたどると、赤くなっているだろう頬に音を立ててキスをした。

「こっちも冷てェ……赤いのに」

 何か言いたい。
 でも、恥ずかしさやらなんやらで何も口にできない。

「ん? 怒ってンの?」
「……おこっては……いない」
「じゃァ照れてる?」
「………………」

 じゃれつくみたいなキスは、よくある。
 挨拶みたいに、いたずらみたいに、彼は気軽に触れてくる。
 慣れてしまっていたはずだが、今夜だけは、変に意識してしまった。

 唇を閉じて無言の訴えを返すと、ロキはくすりと満足げに笑った。

「来た甲斐あったねェ?」

 満天の星を背に笑う顔は、いじわるい目をしている。
 ——でも、それすらも特別に見せるくらい、世界は澄んでいる。

「……ろき、」
「ん~?」
「つれてきてくれて、うれしい。……さむいの、きらいなのに……わたしのために、ありがとう」

 きらめく世界のせいか、ロキの意地悪を流して素直に感謝すると、彼は少しだけ困惑したように瞳を揺らした。
 ——ありがとう。そう言うと、なぜかロキはよく表情が止まる。返し方が分からないみたいな、ロボットのような止まり方をする。

「……まァね」

 短く応えるロキは、耳を挟む手でこちらの頭を引き寄せると、指の隙間から声を送った。

「寒い夜も、ウサギちゃんと一緒なら、べつにキライじゃねェよ」

 温かな吐息が、耳をくすぐる。
 世界を埋め尽くす星が、よりいっそう輝いた気がした。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...